↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄鑑定士は、恋を値切らない  作者: くるみ
エピローグ 婚約破棄鑑定士は、恋を値切らない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/52

第50話 3頁あります

初雪は、裏通りの汚れた石まで1度だけ白くした。


閉店間際の店には静かな寒さが残り、レオンの鞄だけが妙に膨らんでいた。

王妃の鑑定から、さらに半年が経った。

王都には初雪が降った。

《未練商会》の仕事は、相変わらず多い。


婚約破棄。

離縁。

共同事業の解消。

返されなかった持参品。

名前のない家事。

報酬の出なかった奉仕。


中には、

「10年間、隣人の猫へ餌をやっていたので飼育費を請求したい」

という相談もあった。


猫本人の依頼意思が確認できないため、保留になった。


「キュ」

「あなたではありません」


クルミが不満そうに尾を振る。

夕方、最後の客が帰った。

サロメは外套を着る。


「先に帰ります」

「珍しいですね」

「用事があります」

「何の?」

「私にも私生活があります」

「知りませんでした」

「失礼ですね」


サロメは扉を開ける前に、扉の先にいるレオンを見た。


「法務官殿」

「はい」

「閉店は8時です」

「知っています」

「延長料金は」

「何の話です?」

「念のため」


サロメは帰った。

エルネスタは首をかしげる。


「何でしょう」

「分かりません」


レオンはいつものように書類鞄を持っていた。


「今日は監査ですか?」

「違います」

「では、何かご相談?」

「はい」

「契約関係ですか?」

「そうです」

「でしたら、こちらへ」


エルネスタは相談机を示した。


「依頼人のお名前を」

「レオン・ハルフォード」

「存じています」

「形式です」

「それを言うなら、私が聞く側です」

「そうでした」


様子がおかしい。

レオンは椅子へ座った。

鞄を開く。

紙の束を出した。

エルネスタは受け取る。


「また法案ですか?」

「違います」

「今日は細かい字を読みたくないのですが」

「3頁あります」

「多いです」


1枚目の上部を見る。


『婚姻後の生活及び財産管理に関する条件案』


エルネスタは3秒ほど黙った。

もう1度読む。

文字は変わらない。


「法務官殿」

「はい」

「私、何か聞き逃しましたか?」


レオンの顔が固まった。


「何を」

「求婚を」


沈黙。

クルミが胡桃をかじる音だけがする。


「……今からする」

「今から?」

「先に条件を確認したほうが合理的だと思った」


エルネスタは書類を見る。

住居。

家事分担。

双方の仕事の継続。

財産管理。

転勤が生じた場合。

子どもが生まれた場合の育児分担。

家族の介護。

喧嘩をした際に、その日のうちに結論を出すことを強制しない。

妙に細かい。


「これを、いつ作ったのですか」

「少し前から」


再び沈黙が落ちる。


「1度、5頁になった」

「減らしたのですね」

「はい」

「頑張りましたね」

「そこを褒めるのですか」

「今のところ、褒められる部分がそこしか」


レオンが息を吐いた。


「順番を間違えました」

「大きく間違えています」

「やり直しても?」

「どうぞ」


レオンは立ち上がった。

エルネスタも、なぜか姿勢を正した。

彼は口を開いた。

閉じた。

もう1度開く。


「……好きだ」


エルネスタは待った。


「それだけですか?」

「これ以上は、今は出てこない」

「書類は準備できたのに?」

「書類は推敲できる」

「求婚は?」

「練習したものは、全部忘れた」


エルネスタは笑いそうになった。

笑う場面ではないと思って、少し我慢した。

でも、結局笑った。


「すみません」

「笑うところですか」


レオンは困ったように眼鏡を直す。


「返事を急がせるつもりはありません」

「書類を先に渡したのに?」

「それは」

「はい」

「失敗でした」


認めた。

エルネスタは3頁目まで読んだ。


「1つ、足したいです」

「何を?」


机の上に紙を置き、余白へ書く。

『我慢していることを、勝手に大したことではないと決めない』

レオンが読む。


「双方に?」

「もちろんです」

「分かりました」

「異議は?」

「ありません」

「では、条件はこれで」

「返事は?」


今度はレオンが尋ねた。


「その前に」


エルネスタは彼の手元を見る。


「指輪は?」

「あります」


レオンが上着の内側へ手を入れた。

小さな箱を取り出す。

開いた。

銀色の細い指輪だった。

華美ではない。

エルネスタが近づいて見ようとした、その瞬間。

灰色の影が机を走った。


「あ」

「クルミ!」


クルミが指輪をくわえて逃げる。


「待ってください」

「キュッ」

「飲み込まないで!」

「リスは指輪を飲み込みますか?」

「知りません!」


クルミは書棚へ駆け上がった。

レオンが椅子を引く。


「乾燥リンゴは?」

「戸棚です」

「取ってください」

「はい」


エルネスタは乾燥リンゴを1枚出した。


「クルミ」


黒い尾が揺れる。


「交換です」


クルミは少し考えた。

指輪を落とす。


「わっ」


レオンが受け止めた。


「危なかった」

「キュ」

「あなたは何もしていない顔をしないでください」


乾燥リンゴだけは受け取る。

レオンは指輪を布で拭いた。


「続けても?」

「はい」

「どこから」

「返事からでしょうか」

「ああ」


エルネスタは少しだけ息を吸った。


「はい」


レオンが動かない。


「何が」

「返事です」

「……聞こえなかった」

「もう言いません」

「それは困る」

「では、今度は」


エルネスタは差し出された手に、自分の手を重ねた。


「書類より先に」

「分かりました」

「本当に?」

「次は」

「次?」

「いえ」


レオンが黙った。


「今後です」

「そうしてください」


指輪は、今度こそエルネスタの指に収まった。

少しだけ大きい。


「緩いですね」

「測ったはずですが」

「いつ?」

「以前、クルミに取られた手袋から」

「手袋から?」

「すみません」

「直してください」

「はい」


求婚が終わった直後から指輪の修正依頼をすることになった。

それも、2人にはちょうどよかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。