外野
勇者ケルサスの子に、過去素行の問題があったか。
ゴシップ好きの情報屋が勇者の知り合いに近づいているらしい。勇者の子がどんな人柄だったかを知る人間は少なくないが、それよりも、ケルサスが我が子に深い愛情を抱いていることを皆は知っていた。勇者である前に、ケルサスはあの子の親だ。誰も、彼より先に話そうとする者はいなかった。
新たな魔王の即位は、瞬く間に全世界へ衝撃をもたらした。魔王の代替わりはふつう、勇者の討伐直後か下剋上でしか起こらないからだ。勇者ケルサスが前回魔王を討伐して以降、各国は新魔王の誕生をひたすら妨害し、芽という芽を潰してきた。
その努力によって魔王や魔族の世代交代は上手く回避され、次に強い魔物や魔族が登場するのは早くても10年後だろう、というところまで押し返したのだ。
そんな矢先、また魔王が生まれた。しかも最悪なことに人間の、勇者の子供から。
だがケルサスの善性は多くの人間にとってもはや疑う余地はなく、勇者の関与や陰謀を疑う声は早々に下火になった。代わりに、これまで全く注目も話題にもされていなかった勇者の子は、大衆がつくりだす噂話によって全く違う人格を形成され始めていた。
元気に公園で遊んでいたというご近所の思い出は、虫や小動物をいじめたことに改変され、図書館で本を読んでいたという目撃情報は陰湿さと悪の鱗片に結びつけられた。さらに、父が仕事で忙しく寂しい思いを零していたという友人の話は、勇者ケルサスの活躍に負の感情を抱いていたという憶測を呼び、これ以上の沈黙を貫けば、人類の大衆心理はこれまでの歴史と同じ残虐な方向へ向かってしまっただろう。
あらゆる場所で不安や闘争心が煽られる中、勇者ケルサスはとうとう人々の前に姿を現した。一瞬の隙も逃すまいと身構えていた記者たちは、しかし若かりし頃の鋭いまなざしを湛えた勇者に息を飲んだ。
魔王討伐遠征時に身に着けていたものとまったく同じ衣装を身にまとったケルサスが、これから何をしようとしているのかは火を見るよりも明らかだったからだ。
「先刻、我がパーティーは魔王討伐クエストを受理した。準備ができ次第、我々は魔大陸に向かう」
その声に焦りや動揺は無かった。魔王誕生から今までにケルサスが感じていたどんな感情も、そこから伺い知ることは出来なかった。記者たちは、取り繕った勇者から面の皮を剥がし、人間らしい感情や親心を引きだそうと大量の質問を浴びせた。普通の人間がすぐに気持ちを切り替えて自分の子を殺そうとするなど、したくても出来ない筈だからだ。善と優しさをもって生まれた勇者ケルサスであれば、その驚きや悲しみもどれほどのものか。
「新たな魔王について、どうお考えですか? 」
自分が満足のいく回答が出るまで、絶対に質問を止めない。そんな決意が最初の記者の目に語られていた。
ケルサスがこれを聞いた時に、動揺や何かしら表情の変化は無いか? 言葉に詰まったり、言い淀んだりしないか? あらゆる情報が彼らにとっての養分だった。
「日が絶つほど、討伐の難易度は上がる。玉座が認めただけで脅威はまだそれほど大きくない。生身の人間であった期間が長いことも考えると、定着するまでに数日から数か月の時間がかかるだろう」
「討伐難易度は、前回と比較して高いですか? 」
「自分の息子さんが魔王になったこと、世間に対してどう思われますか? 」
「パーティーメンバーを決めた理由をお教えください」
「他の魔族も討伐する予定はありますか? 」
弱った獲物にたかる野犬のように、記者たちは勇者に噛みついていった。ケルサスは静かにそれに耐え、時間の許す限り全ての質問に答えた。
最後の質問に答えると、ケルサスは定刻通り会見を終えた。記者たちも1,2個さらに質問を続けようとしたが、魔王討伐のクエストを控えている手前、あまりしつこく食い下がるようなことはしてこなかった。
いつもの速度で廊下を歩き、顔なじみのパーティーメンバーが集まる部屋に入る。いつも通り扉を閉めて挨拶をする。普通のよくある魔物討伐と変わらない表情や雰囲気に、仲間たちはあえてそれに合わせた。
一人がケルサスに近づき肩を軽くたたくと、ようやく勇者は苦しそうな笑みを零した。
「・・・・・・アンテは。そんなことをするような子じゃない」
「知ってるさ」
うなだれるケルサスに、腕を回して肩を組む。勇者ではなく、親として、一人の家族としての本音をケルサスはそこで始めて吐露した。
ただの思春期や反抗期も、剣と魔法の世界になると大変ですね。




