誕生
「さよなら、アンテ」
かつて勇者の子と呼ばれた者は、自分に言い聞かせるように挨拶をすると、黒く禍々しいオーラを纏った。
魔王の玉座はその人間を拒否することなく、新しい魔王として受け入れた。探るような黒い手は、給仕が朝の身支度を済ませるように代々受け継がれてきた冠やマントを身に付けさせる。
魔大陸の心臓部から新魔王の即位が伝播され、世界中の魔物・魔族に興奮が波及していった。ドラゴンたちが空を舞い、ゴブリンやスライムの巣はざわめく。老齢の予言士や魔法使いはいち早くその危険な予兆に気づき、日を跨がないうちに勇者の耳にも入ることだろう。
魔族たちは品定めするように魔脈をたどって新しい魔王の気配を舐めまわし、不快感や好奇心を各々露にした。全ての視線が魔大陸の中心、魔王城に集まる。
人間の身で生まれた新たな魔王は、流れ込む魔素と絶えずさらされる瘴気に苦しそうな笑みを浮かべる。
この体で魔大陸の環境に適応することは出来ないだろう。少しづつ体を蝕み、数年か、数十年もしないうちに命の灯まで消してしまう。
でも、それでいい。勇者ケルサスが此処に来るまで持てばいい。その目でこの光景を見つめ、過ちを気付かせることができれば、後は死んでも良かった。
「僕はもう、勇者の子じゃない。これで、やっと。やっと解放された」
玉座のひじ掛けにしがみ付きながら、産声が漏れないように息を吐く。冠の重さも、肩にのしかかる重厚な刺繍もあらゆるものが魔王の誕生を呪っていた。かつてこの世に生を受けた時の痛みと苦しみを思い出したように、人間の身体は悲鳴をあげた。
「ずっと、ずっと嫌だった。なんで人間なんかに産んだんだよ。弱くてなんにもできないのに」
頭の中を長く占領していた偶像を絞め殺すように、父親の顔を思い出す。憧れであり、越えられない壁であり、長く暗い影を落とす錨。聖の属性を背負う父ケルサスにいつも目を伏せてしまったのは、きっとこの未来を暗示していたのだろう。
新しい、強い力も手にはいった。今なら殺せるかもしれない。
「僕は父さんと同じには成れないのに。なれるはずないのに。・・・・・・僕がどれだけみじめだったか知らないだろ? 」
「父さん、僕を見つけてくれるかな? 」
ピクシブにあげてそのままになってました。すみません。




