勇者
新シリーズです。
とりあえず10話書きたい。
ケルサスは勇者だ。
20年前に魔王を討伐して以来、ずっと最前線で活躍している。凶悪なモンスターの討伐も希少な素材の採集も、ケルサスがいなければあと数百年はなしえなかっただろうと言われている。
アンテが生まれたのは、ケルサスがちょうど魔王討伐に向かう前の日だった。
真っ赤な顔で産声を上げる小さな命を腕に乗せながら、無事に帰ってくるには絶対に魔王を討つしかないのだ、とケルサスは決意を固めた。
出立する最後の時間まで、ケルサスは妻とアンテの傍に留まった。
無理をしないでほしい。困ったら誰かを頼って、とケルサスが言うたびに、妻はどうか無事に帰ってきてほしいと返した。
そして、名残を惜しんで2人と別れる時、ケルサスはアンテが生まれて初めて笑うのを見た。
気の置けない仲間たちは、珍しく遅刻してきたケルサスを軽くからかい、何事も無かったかのように魔大陸へ向かった。
数年をかけた魔王討伐の達成を国王陛下に報告し、一通りの手続きが済むと、ケルサスは記憶を頼りに懐かしい街並みを進み、数年ぶりに家のドアを叩いた。
モンスターに負わされた傷も、長旅の疲れも全て妻との抱擁でかき消えた。頬を優しく包み、懐かしい声で自分の名前が妻の口から紡がれるのを、ケルサスは享受した。
そして、妻の足に捕まっている、小さなアンテと目があった。
ケルサスは身を屈め、あの日につけた大切な息子の名前を呼ぶ。あなたのお父さんよ、と妻はアンテの頭を撫でた。
アンテは一度、母親の方を見てからケルサスに顔を向けた。警戒の眼差しを向けながら、アンテは更にぴったりと母親に貼りついた。
自分の親指すら握りきれていなかった小さな手が、服の裾を掴めるほど大きくなっている。それに気付いたケルサスは、嬉しさと悔しさが混ざった表情をした。
魔大陸に向かう間も、モンスターと対峙した時も、魔王に膝を折りそうになった時も、ケルサスはずっと生まれたばかりのアンテを思い出した。
二十分の一もない小さな指と、おくるみの中でモゾモゾと動く手足。眩しそうに薄目をあけて、こちらを見つめてくる。腕を伝って体温と鼓動が少しずつケルサスの体に侵食していく心地よい感覚。
それが、ケルサスの知っているアンテの全てだった。
だが、今ケルサスの目の前にいるのは、アンテという名前こそ同じでも全く別の存在だ。
初めて離乳食を食べた時、初めて立ち上がった時、初めて言葉を話した時。確かに存在したアンテの成長を、ケルサスはずっと一つしか知らなかった。
アンテの笑顔を思い出しながら、ケルサスはただいまと2人に伝える。
突然帰ってきた父親に、その日アンテが近づくことは終ぞ無かった。2人の間にできた溝がどれだけ深いのかもわからないまま、勇者としてケルサスは王都で暮らしはじめた。
魔王討伐を果たして以来、魔大陸ではケルサスの殺害と、新たな魔王政権の樹立を進める動きが度々ある。
一生遊んで暮らせるだけの富を築いたケルサスは、それを見越して勇者としての活動を辞めなかった。
過去のパーティメンバーだけでなく、モンスターや素材採取の難易度に合わせて多くの冒険家と人脈を広げ、時には単独で依頼をこなした。
数日、数ヶ月ごとに家を行き来する生活で、ケルサスは今までの20年間、半年以上家に留まったことが無い。
英雄として仰々しく扱われるせいで、王都は居心地が悪く不自由を強いられる。
それに、アンテには自分の背中を見て成長してほしかった。
ケルサスのいる生活に馴染むまで時間はかかったが、アンテは人見知りせず父親に接するようになった。
ケルサスとの関わりは少なめだったが、剣をならい、料理や生活に役立つ魔法を覚えて、アンテは少しずつ父と同じ勇者になることを目指した。
そして、10年前。
ケルサスは妻と離婚し、アンテは母親の方についていった。




