自分の気持ち
営業中は集中している。
鈴木とも普通に友達の会話だけにとどめる。
沢野先生は部屋にいる時が減っているみたいだけれど、時間があるときは薬の話を聞いてくれた。気まずい素ぶりは見せないところが沢野先生のやさしさだと思う。
橘先生は父親のように相変わらず接してくれる。首に出来た赤い痕に気がついたのも橘先生だった。
「鈴木、男が出来たのか?」
率直に言われて、私は恥じらいながら頷いた。
「まあ、誰なのかは追求しねぇが、その、大事にしてくれるやつなんだろうな?」
「はい。大切にされてると思います」
「なら、良かったな。既婚者に惚れたままよりそっちの方が健全だ」
私と橘先生は一緒に苦笑いを浮かべる。
「好きなんだろう?」
聞かれてとっさに言葉が出なかった。
この鈴木に対する感情が何なのか、最近ずっと悩んでいたから。
「なんだ、惚れられて付き合ったのか」
「まあ。でも、好き、ですよ?」
「なら良いが。初めての彼で浮かれてんだろうが、仕事はしっかりしろよ?」
「大丈夫です! してます!」
私は拳を握って答えた。
「シルビルナの処方も少しずつ伸びてきて、有り難い限りです」
「おう。なんか竹部が珍しく何例か出したみたいだぞ?」
「そうなんですか? お礼言わなきゃ!」
「まあ、竹部も論文書かなきゃならんからな。そのためには自主研究進めんとな」
私は満面の笑みで頷く。
「まあ、幸せなことは良いことだ。大事にしてもらうんだな」
「はい!」
私はもう一度にっこり頷いた。
順調過ぎて怖いくらいなのに、家に帰ると考えてしまう。鈴木への気持ちの正体を。
私の鈴木が好きという気持ちは、まだ友達として好きなのかを。
香澄に言うと、
「キスがイヤじゃないんでしょ? ならもうかなり好きなんじゃないの? 友達から始まる付き合いもあるよ?」
と言われた。
でも私は考えてしまう。最近、鈴木とのキスがイヤなどころか気持ちいいと感じてしまう自分がいる。
もしかして私、自分の気持ちよさのために鈴木を利用してないよね? そうなら鈴木に申し訳ない。
私のこのよく分からない気持ちのままで鈴木はいいのだろうか。
「直接鈴木君に相談してみたら?」
「鈴木を傷つけないかな?」
「うーん、大丈夫だと思うよ? 鈴木君は理緒が鈴木君をまだ好きじゃないのは分かってて付き合ったんでしょ?」
私は鈴木に正直に話すことにした。
週末映画を見て、私の部屋に戻ってきた日。
キスをしてこようとした鈴木に、
「待って。話したいことがあるの」
と真面目に向き合った。鈴木は私の様子に、正座をして、
「何?」
と聞き返す。
「あのね」
私は自分の思っていることを伝えた。
鈴木は姿勢を正して聞いていたが、途中から笑い出した。
「ちょっと、私、真面目な話をしてるんだけど?」
「うん。あははは」
私は怒ってそっぽを向いた。
「ごめん。怒らないで。いや、別れ話でもされるのかなと思って緊張しちゃったよ」
「……そんなわけないけど……。鈴木はイヤじゃないの? こんな風に思ってる私のこと」
「正直に言うね」
鈴木は言って、私を後ろから抱きすくめる。
「嬉しいよ。鈴木の変化が」
「え?」
「だって、友達って思ってたらそんなこと考えないだろ? キスが気持ちいいことだって、簡単だよ。それは俺に気持ちが向いてきたからだと思うよ」
「そうなのかな?」
そう言われるとそんな気もする。
営業中でも鈴木の気遣いだとか、かけてくれる言葉が嬉しいと思うときが増えた。付き合う以前から鈴木はやさしかったのは分かっていたけれど、今はもっとやさしいと感じる。その違いが私の心の変化からなら、そうなのかもしれない。
私は鈴木に向き直った。
鈴木は柔らかい目で私を見ている。この目も好きだと思う。熱っぽさも宿るやさしい目。
「ん?」
なんだか恥ずかしくなって私は俯く。
「なに、どうしたんだよ?」
「鈴木は私のこといつ好きになったの?」
「難しい質問。実は、かなり前からだと思うよ。なんか危なっかしくて、面倒見てあげたいと思って……。髪型変えた時は、周りが鈴木のこと可愛いと思うんじゃって面白くなくて。鈴木に悪さするドクターが許せなくて。今思えば嫉妬だったのかなと」
聞いているとなんだかむず痒いようなくすぐったいようなで、私は全身が熱くなるのを感じた。
「だから元カノには悪かったなと思う。正直、遠恋になってから電話で喧嘩ばかりで、疲れていた。そんな時、鈴木を見てると可愛いなって。あー、俺、浮気性なのかな?」
自分で言って頭を抱える鈴木に、私は顔を上げて鈴木を真っ直ぐに見た。
「浮気性なの? 鈴木がほかの女性の方にふらふら行ったらイヤ、だな」
言ってしまって、自分でも驚いた。鈴木の顔がぱっと赤く染まった。
「そういうのは反則じゃない? 可愛すぎるでしょ」
言って、鈴木は私を抱きしめた。
「俺、告白されて付き合ってばかりだったんだよね。自分からは初めて。そして、こんなに独占欲感じるのも初めて。鈴木が他の男を見てるとそれだけで嫌な気分になる」
「橘先生とか? 沢野先生とか?」
「そう。橘先生のこと聞いた時、すっげー焦ったし、沢野先生から鈴木の匂いしたとき、殴ってやろうかと思った」
「鈴木って普段穏やかな感じだから想像出来ない。でも、確かにあの日は怖かったな」
ごめん、と鈴木は謝る。
「とられたくない。自分のものにしたい。そんな自分勝手な想いが爆発したからね。今思えば焦りすぎだし、鈴木の気持ちを無視してたよな。ほんとごめん」
「もういいよ。そんな顔しないで」
鈴木の悲しそうな顔は見たくない。鈴木がそれだけ追い詰められてたんだって今ではわかる気もする。
「でも後悔はしてない。最悪な告白だったけど、結果今こうしてるから」
鈴木は私の額に自分の額をこつんとぶつけた。
「そろそろキスしていい? もう我慢できない」
私は、
「いいよ」
と言って目を閉じた。
「理緒って呼んでもいい?」
鈴木の言葉に、ぼうっとした頭のまま頷く。
「理緒……」
ため息のように呼ばれて、私は自分の名前がこんなにも素敵な響きを持つのだと初めて知った。
「つ、司」
答えるように腕を鈴木の首に回して、名前を呼んだ。
「やべえ。名前呼ばれんのこんなに嬉しいんだ……」
鈴木が言ってますます深い口づけをしてくる。私の口の中を優しく優しく鈴木の舌がなぞっていく。
舌が舌に触れる。艶かしい音が響く。恥ずかしいと思うのに、ずっとこうされたいと思ってしまう。
私、どうしちゃったの? こんなにいやらしかったの?
しばらく悩ましい音を立てて私たちは口付けを交わしていた。
「んんっ?!」
私の肩がぴくんと揺れた。鈴木の細くて長い指が私の胸の膨らみに触れたのだ。
「今日は服の上から触るだけにする。イヤなら言って」
鈴木が切なそうに言って、私はそれを拒まなかった。
胸の形をなぞるように恐る恐る触っていた鈴木の手に段々と力が入る。
「理緒の胸、柔らかい」
揉まれるたびに甘い快感が私の中に沸き起こる。恥ずかしくて仕方ないのにもっと触って欲しいとも思ってしまう。
鈴木になら触られても嫌じゃない、と思う自分がいた。
「理緒……」
耳で名前に感じて、舌で鈴木の体温を感じて、胸で鈴木の欲望を感じる。
これ以上触られてると変な気分になりそうと思ったときに鈴木の指先が膨らみの頂きに触れて、私は思わず、
「んあ」
と声をあげてしまった。その声はまさに甘える女の声で私はそんな自分に驚く。
「つか、さ……! だめぇ!」
「ダメ、なの? こんなに感じてるのに?」
意地悪く鈴木が頂点を触り続けて、私は鈴木に枝垂れかかってしまった。
「理緒えろい」
そう言って鈴木は私を片手で抱き起こしながら再び深いキスをして、もう片方の手で胸の先端を弄る。
「やだ! こんな私、見られたく、ない、よ」
「俺にだけは見せていいの。……可愛いよ、理緒。このまま最後までしたいけど、今日はここまでにしとくね」
鈴木の指が胸から離れて、私は楽になるとともに物足りなさも感じる自分をはしたないと思った。
鈴木を見上げると、
「やばいから、本当に。そんな目で見ないで。もう、俺、あそこギチギチ」
と言われ、視線を下げると、鈴木の股間の辺りが盛り上がっていて、私はかあっと赤くなった。
「だ、大丈夫、なの?」
「あんまり大丈夫じゃないけど、でも、理緒は初めてだし、最後までするのは理緒が望むときにしたいから」
鈴木は本当に私を大切にしてくれてる。私はちょっと感動してうるっときた。
「ありがとう」
そう言って鈴木の唇にちゅっと触れるだけのキスをした。
「やばいな。どんどん理緒が可愛く見えてくる」
「っ。恥ずかしいこと言わないで」
そう言いながら、何となくわかる気もしていた。鈴木が段々かっこよく見えてきてるから。私の頭は夏も終わろうとしているのに春真っ盛りのようだ。
仕事中に甘い雰囲気を醸し出すのだけは避けたい。
私たちはお互いそう努力した。




