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初めてのデート

 鈴木とはあの夜からまだ二人では会ってなかった。

 電話では相変わらず話している。今週の土曜日は講演会があるから、その翌日の日曜日に会おうかということになった。

 営業靴がボロボロになってきたので、会社の支店が近いのはちょっと気になったが、デパートのある駅で待ち合わせた。



「今日、スカートだな!」


 会ってまずそう言われて私は頬が熱くなる。私服でスカートはほとんど持っていないけれど、靴を選ぶときに脚が綺麗に見えるかどうかも大きなポイントなのでスカートにしたのだ。


「別に鈴木のためじゃないからね」


 と言うと鈴木はなーんだ、と残念そうだ。

 早速靴を見て回る。


「ヒールのある靴で営業するのって大変そうだな」

「そうね。私は3センチヒールのしか履かないけど、もっと高いヒールの女子も多いよ。でもその3センチヒールがなかなかないんだよね。鈴木は買いたい物ないの? 退屈じゃない?」


 私が売り場で靴を選んでは足を入れる作業を繰り返しているのを鈴木はただ見ているのだ。


「いや、これはこれで興味深いよ。なあ、足の爪にもマニキュア塗ってる?」


 鈴木の目敏さに驚き、


「う、うん。よく気がついたね」


 と少しドキドキして答えた。足の爪を見られてるなんて思ってもいなかったから。

 鈴木は私の手をとり、


「手の爪にしてるなあと思ってたんだよね。この色、営業の邪魔にならないし、でも女性らしくていいよな」


 と言った。私は手をしげしげと見つめられてますます全身が熱くなるのを感じた。


「友達からもらったの。爪、綺麗じゃないけどね。ピアノ弾いてた時の癖で、ついつい深爪しちゃうの」


 と言って手を鈴木から離そうとするけれど、鈴木は私の手を取ったままだ。


「確かに爪ちっさ」


 鈴木は自分の指の爪と比べている。鈴木の指は細くて長い。もしかしたら沢野先生の指より細いかもしれない。そして何も塗っていないのに綺麗な爪をしていた。


「でも俺は爪を伸ばしてデコってるより、この爪の方が潔くて好きだよ」


 さりげなく言われて、私は自分だけどきどきしているのだろうかと不安になる。


「靴を見にきたんだけど?」

「あ、ごめんごめん」


 私は何足も試し履きをして、鈴木にも見てもらい、気に入った靴を二足買いした。


「他にはないの? 買いたいもの」

「スーツ。夏用のをセールで安く買えるかなと思って」

「じゃ、見に行こう」


 女性靴や服の売り場に行っても動じない鈴木は女慣れしてるからだろうなと思うと少し面白くなかった。

 靴は3センチヒールがなかなかないが、スーツはまたスーツで悩みがある。私は上と下のサイズが違うのだ。


「鈴木さ、暗い色のスーツしか着てこないから、こんなのは?」


 薄いベージュのスーツを鈴木が勧めてくる。確かに持ってない色。試着室に持って入った。

 悪くない、と思っていると、


「俺も見たい」


 と鈴木が言ってきた。仕方ないので試着室から出る。


「おー、明るい色も似合うじゃん」


 そう言われると悪い気はしない。私はそのスーツを購入した。鈴木が靴とスーツの入った紙袋を迷わず手に持つ。慣れていない私はそれだけで感動だ。


「じゃ、さ。今度は俺と会う時に着てほしい服を俺が買うから」

「え?」


 どうやら鈴木は私に可愛らしい服を着せたいようだ。


「わ、私、そういうの似合わないから。シンプルな服の方が好みだし」

「ワンピースぐらい着てくれてもよくない?」


 私は困ってしまう。ワンピースこそ入らないのが多いのに。


「胸に合わせると太って見えるからワンピは嫌なの」


 小声で言う。本当は香澄の結婚式用のワンピースを買いたいけれど、鈴木と選ぶのはまだちょっと勇気がいる。


「まあ、服は選ぶけど、個人的には残念じゃないよ。俺は小さいより大きいほうが……」


 自分で言って鈴木は赤くなっている。私は私で鈴木に今後胸を触られることがあるのだと思って恥ずかしくなり、顔を伏せた。


「その。じゃあ、ワンピじゃなくていいから可愛いの着てよ」


 結局、ベージュピンクのロングプリーツスカートとバーガンディのニットで妥協した。

 パスタを食べて、この後どうする? となった。


「その、何もしないなら部屋に来てもいいよ?」


 という私の言葉に、


「何もしないは無理。キスぐらいさせてよ」


 と鈴木が言う。


「……キスまでだからね?」


 私たちは地下鉄に乗って私のアパートに戻った。


「明るい部屋だね」


 南の窓から陽が差し込んでるのを眩しそうに見て鈴木が言う。


「お茶入れるね。ハーブティーでもいい?」

「ハーブティー? そんなの日常に飲んでんの?」

「私、香りがいいのが好きだから」

「そうだったな。香水も好きだもんな」


 鈴木は言って香水瓶の並んだ棚を見ている。

 私はレモングラスとペパーミント、リンデンの入ったハーブティーを出した。


「レモンみたいな香り」

「うん。レモングラスってのが入ってるから」


 私は鈴木の向かいに座ろうとすると、ベッドを背に座っていた鈴木が手招きした。


「せ、狭いし」

「大丈夫だよ。俺の隣に座ってよ」


 私は借りてきた猫のように鈴木の隣に座る。


「そんなに緊張しなくていいのに」


 鈴木は言って私の髪を撫でた。私はますます固まる。


「買い物まで仕事のもんなんだもん。ほんと鈴木は真面目だよな」


 耳の近くでくすくすと笑われて、私はどきりとする。鈴木には何でもないことが私には初めてで戸惑ってしまう。


「だから緊張し過ぎだって」


 鈴木は私の顔を覗き込む。 


「何? もしかしてキスされるって期待してる?」

「そ、そんなんじゃっ!」


 かあっと熱くなって言い返すと、額にキスされた。

 そして、その唇が段々と下りてくる。瞼に。鼻に。


「く、くすぐったい!」


 私が身をよじると、鈴木は肩に手を回して私を抱き寄せた。

 そして唇にキスをちょんとする。

 私はきょとんとして鈴木を見つめた。


「もの欲しげに見てるよ? 鈴木」

「そんなこ……」


 言い返す途中で唇を塞がれる。唇を何度も食まれて、私は力が抜けそうになる。


「んあっ」


 自分じゃないような声がもれて、恥ずかしくなった。どうしよう。鈴木なのに、どきどきしてしまう。

 鈴木の舌が入ってくる。酔っていた時とは全く違う優しい深いキス。丁寧に舌が私の口の中を撫でていく。そして、舌に絡みついた。

 どうしよう。身体の奥が熱くなる。

 私は怖くなって手で鈴木の胸を押す。鈴木が一度唇を離した。私は酸素を取り込む。


「嫌だった?」 


 鈴木がやさしく囁いた。

 私はとっさに首を横に振る。


「良かった……」 


 そう掠れた声で言われると心臓がもたない。

 鈴木とは友達だから、こんなこと出来ないと思っていた。なのに、私、嫌じゃない。むしろ……。私、どうしちゃったんだろう。

 鈴木の口づけからは私のことを大切にしてくれてるのが伝わってきて、なんだか切なくなる。


「鈴木、そんな目で見られると、俺……」


 鈴木の唇がまた落ちてきた。


「ん……」


 ダメだ。力が抜けちゃう。

 十分私の舌を堪能して鈴木は唇を首にずらしてきた。


「あ……っ」


 首に何度か口づけられ、私は倒れそうになる。鈴木がその私を支えて、唇を離した。


「ごめん。ここまでにしとかないと歯止めが効かなくなる」


 苦しげな鈴木の声。私の口から安堵なのかよく分からないため息がでた。


 私はぼんやりしたままぬるくなったハーブティーを飲んだ。

「酸味とスッとする味。面白いね、ハーブティー」

「ぬるくなっちゃったけどね。音楽でも聴く? Queenにする?」

「俺が好きな曲入れまくったCDでしょ?」

「そう。私聞いてるとどの曲もそれぞれ良さがあって好きになってきたよ!」

「そりゃ嬉しいね」


 曲をかけると鈴木が口ずさみ出した。なかなか上手い。


「鈴木、声甘いね。フレディよりパンチには欠けるけど、綺麗な声」


 私が言うと、鈴木は恥ずかしげに下を向くと頭をかいた。その耳は赤い。自分の一言が鈴木をこんな風に照れさせるなんて、と私は不思議な気持ちになった。でも、悪くないな。


「な、何? あんまり見つめられると困るんだけど」


 ついつい鈴木を見てると、顔が赤いままの鈴木が抗議した。

 何だろう。母性をくすぐられる。

 私、鈴木とかなり時間を共にしてきたと思ってたけど、私の知らない鈴木の面がまだまだこんなにあるんだ。


「ほんとに何なんだよ?」

「鈴木って、意外と可愛いとこあるんだなと思って」


 私の言葉に鈴木はますます顔を赤くした。


「ばーか。男は可愛いなんて言われても嬉しくねーんだよ」


 拗ねてるのがまた可愛い。小動物みたいだ。

 私は鈴木の頭を撫でてみた。


「すーずーきー! 襲うぞ、こら!」


 鈴木はお返しとばかりに私の髪をぐしゃぐしゃ撫でた。私は笑いながら逃げようと身をよじった。その私を鈴木は後ろから抱きすくめる。


「あーあ。捕まっちゃった」


 鈴木の足に挟まれるように座る形になり、


「変なの。鈴木とこうしてるのって」


 と私は笑って言った。

 鈴木は私の首筋に顔を埋めて、


「俺はずっとこうしたかったから、なんだか夢見たい」


 と言った。その声の切なさに、なんだかきゅんとしてしまう。


「変なの」 


 私は誤魔化すためにもう一度言った。


「鈴木いい匂い」


 鈴木に言われて、私は顔から火が出そうになる。


「ちょっと! 匂い嗅いじゃだめ! 汗かいてるし!」

「いいじゃん。いい匂いなんだから」

「やだ!」 


 上半身をひねって鈴木を見る。


「やなの」


 私の言葉にふてくされた鈴木がまた可愛くてくすくす笑ってしまった。


「あー、俺、尻に敷かれそう」

「ふふっ。そうかもね。イヤ?」

「うーん。イヤじゃないけど、主導権握りたい」

「そういうものなんだね~」

「だから、握らせて?」

「さっき握ってたじゃん!」

「そうだっけ?」


 言いながら鈴木が肩に沿って舌を這わせてきたので、私はビクンと体を硬ばらせる。


「もう! 今日はお終い!」

「えー、じゃあさ、鈴木からキスしてよ」

「私から?!」


 私はちょっと困ったように鈴木を見る。鈴木の期待に満ちた目に、私は観念した。

 少しお尻を浮かせて鈴木の首におそるおそる腕を回す。そして、ゆっくりと鈴木の唇に自分の唇を重ねた。


「鈴木、震えてる」


 鈴木は言って、私の背に手を回して私を抱きしめる。ちゅっちゅっと唇を合わせるたびに音が響いた。

 お互いしか見ていない時間。

 鈴木の舌が入り込んでくる。

 私はそれを素直に受け入れてしまう。


「そういう顔は俺だけに見せること」


 私は自分がどんな顔をしてるか分からず恥ずかしくなる。


「なんかさ、天国のような地獄のような?」

「え?」

「もちろん、今、キスだけでも嬉しいよ? でも、これ以上進んじゃだめって拷問みたい」

「ごめん……。でも、約束じゃん?」

「だね。鈴木の方からしてもらったし、良しとしますか」


 その後も私と鈴木ははたから見るとイチャイチャだろうなあということを鈴木が帰る夕方まで繰り返していた。もちろんキス以上はしなかったけれど。


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