引っ越しの手伝い
週末は香澄の引越しの手伝いをしに行った。
クッキーがお出迎えしてくれて、そんなクッキーとも今日でお別れかと思うと寂しくなる。
何より香澄が会社に行ってもいないというのが私には実感が湧かないけれど悲しかった。
「今生の別れじゃないんだから」
と香澄は言うけど、滅多に会えなくなるのには違いない。
「まあ、でも、心配してたよりは上手く行ってるみたいじゃない? 鈴木君と」
「うーん、まあ、友達の延長みたいな感じではあるけど」
「友達はキスしないけど?」
香澄に笑われて私は何も言えなくなった。
「あの先生は? 営業行ってる?」
「実は、プロポーズ断ってから行けてなくて……。挨拶はしてるんだけどね。たぶん沢野先生のことだから、普段通り接してくれると思うんだけど、それが逆に申し訳なく思うんだ」
「そっかあ。まあ、でも、断ったら行きにくいのはあるよね」
話していると食器を新聞紙で包む手が止まってしまう。私たち二人の間をクッキーが行ったり来たりしていた。
「ねえ、香澄はどうして彼と結婚しようと思えたの?」
香澄が本棚から本を段ボールに詰める手を止めた。
「どうして、かあ。そうねぇ、やっぱり好きだから。この人とならこの後の人生ずっと過ごせるかなと思えたのよね」
「今後の人生……」
「それにしても理緒はもったいないことしちゃったよね~! 私ならドクターのほうとるなあ!」
私は香澄の言葉に、
「もう! またそんなこと言って……。だったら、もし香澄、ドクターにプロポーズされてたら、今の彼のプロポーズ断った?」
と私は意地悪な質問をしてみる。
「うーん、そうねぇ、そう言われると、彼のほうをとるかなあ」
「ご馳走さま! なーんだ、やっぱりラブラブなんじゃん」
「まあ、それなりにはね」
「いいなあ。私も結婚してもいいと思える日、来るかなあ」
「鈴木君と?」
「それは分からないけど」
「わ、理緒酷い!」
「まだだって、好き~! とまでは……?」
香澄には正直に話してしまう。
「どうだろうね? 好きになる度に恋愛って形が違うから、橘先生への想いと比べちゃダメよ。身体を触られても嫌悪感がないならそこそこ好きなんじゃないの?」
「まだキスまでしかしてないもん。それもちゃんとしたのは一度だけ」
「そうなの? 」
「まだ付き合って一週間ちょっとだよ?」
どのくらいでそういうことをするのか分からないけれど、まだまだ早い気がする。
「大事にされてるじゃない」
香澄は笑った。
「まあ、初めてのことだらけって少し不安かもしれないけど、少しずつ知っていけばいいよ。まだ嫌な時は拒否すればいいし。それでもやろうとする男なら振ったほうがいい」
言い切る香澄にそうなんだ、と感心する。
香澄とこういう話をするとは思わなかったな。
「幸せになってね」
私は香澄に声をかける。
「まあ、楽しいことばかりじゃないかもしれないけど、最終的には、この人と一緒になって良かったと思えるようになりたいね」
「そうだよね。最期まで一緒にいるの、配偶者だけだもんね。子供は巣立つし、親と暮らした年月よりもずっと長くご主人と添い遂げるわけだから。血は繋がってないのに、不思議だよね」
私はがさがさと食器を包みながら言った。
「鈴木君で想像してみたことないの?」
「そうねえ。年取っても二人でゲームしてるかな?」
私が冗談ぽく言うと、
「それも意外に楽しいかもよ」
と笑われた。
「結婚式呼んでくれる?」
「もちろんだよ」
「嬉しい! ワンピース買わなきゃなあ!」
「その代わり理緒の結婚式にも呼んでね!」
「うん。絶対呼ぶ!」
答えたものの、私はまだ結婚に現実感は湧かず、とにかくまずは鈴木と恋人らしく過ごすことを考えていた。
「理緒のおかげで楽しく荷造りできた。何か欲しいものはなかったの?」
「うーんとね。実はマニキュアが気になってる。私、ピアノしてた関係でいつも深爪しちゃうんだけど、でも、可愛い色がいいなと思う」
「おっけー! 肌色に近いピンクならつけてますって感じにならず綺麗に見えていいと思うよ。これ、つけて見よう!」
香澄の手で私の爪がほんのり色付く。桜貝みたい。
「可愛い……」
「じゃあ、それあげる。塗るたびに私を思い出して」
「ありがとう!」
私はくすりと笑った。
「何?」
と香澄は怪訝そうな顔をする。
「香澄は魔法使いみたいだなと思って」
「大袈裟ね」
「香澄言ったでしょ? なりたいイメージに自分がなる! って。凄く衝撃的だったんだよね。あの言葉のおかげで私、変わったと思う。外見も。内面も」
「それは良かった! 確かに理緒は少しずつ前向きになってる気がするよ」
「ありがとうね。香澄」
「どういたしまして」
「きゃん!」とクッキーが無視しないでというように鳴いた。私たちは顔を見合わせて、クッキーにおやつをあげて、一緒に散歩に出た。
クッキーは道草しながら楽しげに駆けている。
「引っ越しは明日?」
「そう」
「本当に引っ越しちゃうのかあ」
私は信じられない気持ちで空を見上げる。
「何かあったら遠慮なく電話していいからね」
「ありがとう。私、香澄に会えて良かった」
「照れるからそんなこと言わないの。MR、きついから、身体壊さないようにね」
「うん」
「じゃあ、またね」
「またね」
私は浮かんだ涙を気付かれないように拭って手を振った。




