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MR(医薬情報担当者)だって恋します!  作者: 天音 花香


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23/29

彼女になるということ

 付き合うことになった私と鈴木は傍目には何も変わらなかった。秘密にしているからというのもある。

 変わったことと言えば、毎日帰宅後にメールか電話をするようになったことだ。


『もしもし、俺。今帰った』

「そう、お疲れ様」

『鈴木はどこ?』

「私ももう家」

『そっか』


 なんとなくたどたどしい会話が毎日交わされる。

 この日もそうだったけれど。


『あの、さ』

「うん?」

『沢野先生のところへは行ってるの?』

「……あれからは一度だけ」

『一度? またなんかされては』

「ない」


 私は鈴木の言葉を遮った。


「でも、鈴木には言っといたほうがいいのかな。彼氏になったんだしね」

『な、何?』


 鈴木の緊張した声が返ってくる。


「絶対に誰にも言わないでね。……私、鈴木に告白された日、沢野先生に告白とプロポーズをされたの」


 鈴木は一瞬黙った。そして声を上げた。


『え? えええ!? ちょ、ちょっと待った! プロポーズ?!』

「うん。沢野先生は真面目な方だからキスした責任を取るって」

『ちょっと、分からなくなってきた。プロポーズされたなら、別に俺と付き合う必要ないよな? 結婚承諾したら俺が何言おうが関係ない話で……』


 電話越しでも鈴木の狼狽が伝わってきた。


「そう。だから関係ないって言ったの」

『……。ははっ。俺、とんだお邪魔じゃん』


 鈴木はまた黙り込んでしまった。壁にかかった時計の音だけがかちかちと響く。


「鈴木?」

『ん? ああ、ごめん。本当に、ごめん。なんて言っていいか……。俺……』

「何がごめんなのか、よくわからないけれど、沢野先生のところにその後一度行ってきたのは、断りにだから」

『それ、俺のせいなんだろ? 本当は鈴木、沢野先生と結婚する選択もあったんじゃないのか?』


 鈴木は弱々しく言う。私はふうとため息をついた。


「鈴木のせいじゃないよ。沢野先生のことは大好きだけれど、結婚となるとちょっと考えられないよ」

『そう……』


 鈴木はまだ項垂れているようだった。


「それに、鈴木と付き合うって私が決めたことなんだから、鈴木がそんなに落ち込む必要ないよ」

『俺……分からない』

「何が?」

『なんで鈴木が俺と付き合うことにしたのか、分からないよ』


 鈴木の声は沈んで消え入りそうだった。その声は私の心を締めつけた。

 私は壁掛け時計を見た。21時を回ろうとしている。


「鈴木、今から会えない?」

『え?』

「会って話そう。私のアパートの近くでもいい? まだ部屋には入れられない、から」

『ああ、別にいいけど……』

「じゃあ、電車の駅の前で待ってるから、来て」


 駅の改札口を背の高い鈴木が出てくるのが見えて、私は駆け寄った。


「ごめん、来させて」

「それはいいんだけど……」

「近くに公園があるの。そこで話そう」


 私たちは数分黙って歩いた。

 公園に着くと、電灯のすぐそばにあるベンチに二人で腰掛けた。夜だからか私たち以外誰もいなかった。


「鈴木」


 私は鈴木の顔をじっと見つめて言った。


「鈴木が思っているより、私にとって鈴木は大切な存在なんだよ」


 私は自分で決断したのだ。鈴木が悲しむ必要はない。


「……でも、それは友達としてなんだろ?」


 痛いところを突かれて、私は苦笑いになる。


「うーん、それはその、そうなんだけれど。でも、もし沢野先生か鈴木を失うなら、私は鈴木をとろうと思ったの。それを分かって欲しいな」

「なんか複雑だな。鈴木にとって、橘先生、俺、沢野先生の順で大切なのか?」


 鈴木の顔は晴れない。


「今日は突っ込んでくるね」


 私はまた苦笑いになったが、鈴木は真剣だ。


「やっぱ、気になるだろ」

「でも、橘先生には家庭がある。それを壊そうとまでは思えない。鈴木は友達だったけど、それ以上を考えてみたんだよ。はあ。……私、恋愛オンチだから、なんだか一気にいろいろなことがあってパンクしそうだよ」

「それはそうかもな」


 鈴木はやっと少し笑顔を見せた。


「うん。鈴木が笑っていたほうが私、安心する。あの夜、手を掴まれたとき、正直怖かった」


 私は掴まれたところを触って言った。


「ごめん……」


 鈴木は私の手を見て項垂れた。


「まるで私の知らない人みたいで、怖かったの。そして、鈴木を男だって認識しなきゃいけないのが怖かった」

「でも、俺、男だからさ」

「うん。そうなんだよね」

「鈴木を苦しませていたんだと思うと、悲しいよ」

「まあ、俺も今回鈴木を悩ませたんだから、それはおあいこだよ。次の日、仕事休んだだろ? すごく罪悪感でいっぱいになった。俺のせいでって」


 鈴木は握りこぶしを太腿の上で作って苦し気に言った。 


「でも、そのとき鈴木が電話してきてくれたの、ちょっと嬉しかったよ。無視されるかもしれないという不安があったから」

「そんなこと思ってたの?」

「だって、友達やめるってそういうことでしょ?」


 私が鈴木を見上げて言うと、彼ははあ~と大きく息を吐いた。


「ごめん、そこまで思い詰めさせたんだ」

「そうだよ」


 私の声がいじけているように響いた。


「あのさ、ちょっといい?」

「え?」


 私の返事を待たずに、鈴木が私の肩に手を回す。壊れ物を扱うように優しく抱きしめられて、私は驚いたけれど、そのまま体重を預けた。


「俺、史郎さんに言った言葉、あれ、自分に言ったようなもんだったんだ。俺はあの時、彼女と別れ話で揉めていたときで」

「え? そうだったの?」


 私が驚いて体を動かすと、鈴木は少しだけ抱きしめる手に力を入れた。


「ごめん、もう少しこのまま……。俺、鈴木に気持ちが動いていて、彼女をこれ以上大切にできないと思った。それと同時に、史郎さんのように鈴木を友達として大切にするのも無理だと思った。友達じゃ、こういうことできないしね」

「鈴木……」


 鈴木の体温は私より高いようだ。ファーストキスのあの日も思ったが、温かくてなんだか心地よい。


「あの、さ」


 鈴木が一度私を離して、肩に手を置いたまま私を見つめた。


「うん?」

「少しずつでいいから。だから俺のこと好きになってもらいたい。男として見てもらいたい」


 泣きそうな目で言われて私は切なくなった。


「そんな目されると困っちゃうよ。あの日から鈴木は男なんだってちゃんと分かってるから」


 私は自分の心音が早くなっているのが分かった。なんだろう。どきどきしているのかな、私。鈴木相手に。


「鈴木」


 鈴木の声に、


「うん?」


 と返して、彼の目を見つめて、どきりとした。鈴木の瞳には私しか映っていなくて、そしてその眼には愛おしさが溢れていたから。


「鈴木」

「さっきから何?」


 恥ずかしくなって思わず目を反らした。口調も素っ気なくなる。


「ちゃんとしたキスしたい。ダメ? あの日は無理矢理したから……」


 鈴木の言葉に私の心臓が跳ねる。私は少し迷って、


「……いいよ」


 と返事をした。

 鈴木の指が顎にかかり、熱い息が唇にかかったかと思ったら、私の唇は塞がれていた。柔らかくて温かい鈴木の唇。私は自分の頬が熱を持つのが分かった。一秒が何分にも感じられた。鈴木は一度唇を離して、もう一度しようとした。私はそこで待ったをかけた。


「きょ、今日はここまで」


 鈴木は残念そうだったけれど、私から離れた。お互い前を向く。誰もいなくてよかった。


「なんか、恥ずかしい」

「そう、だな」

「あの、ね。私、彼女になるってことが初めてだから分からなくて」


 私の言葉に鈴木は、


「あ~、そうだよなあ」


 とベンチに手をついて上を向いて言った。


「その……。鈴木は私と、その、こういうことをしたいから彼氏になりたかったの?」


 自分で言うのも恥ずかしく、私は俯いて言った。


「……正直、それもある。でも、女として一番大切にしたくて。俺が、鈴木を守りたくて。他の奴じゃなくて、俺が。好きだから」


 鈴木の言葉に私は心臓がきゅっと苦しくなるのを感じた。


「わ、私はまだ、その、鈴木のこと、男として好きかは分からないけど、でも、その言葉は嬉しい……」


 鈴木は私の髪をわしゃわしゃと撫でた。


「うん。今はそれでもいいや。少しずつ、ね」


 鈴木はベンチから立つと大きく伸びをした。その鈴木の先に月が見えた。綺麗だなと思った。


「今、何時かな?」


 私はスマートフォンを見て、


「22時14分」


 と答える。


「そか。じゃあ、帰ろうかな」

「うん」


 鈴木は来た時よりずいぶんすっきりした顔になっていた。


「来てよかった」

「みたいだね。表情で分かる」 


 私の言葉に鈴木は笑って、次の瞬間、


「あ~、でも、俺が初彼なのに、初チューは沢野先生なんだよな。悔しい!」


 と言った。私は目をうろうろさせる。


「カ、カウントは今日からする、よ」


 そう言う自分がいた。


「そ、そっか」


 二人で照れて互いにそっぽを向く。くすぐったいような変な気持ち。


 私、鈴木を意識してる? 恥ずかしい。


 私は言おうか迷ったが、言葉を紡ぐ。


「それ、に」

「ん?」

「……まあ、沢野先生の前に鈴木にされたんだ、本当は」


 私はごにょごにょと小さく言った。


「へ?」

「あの、鈴木が酔っ払った夜」

「え?! ま、まじで? 俺、そんなことしたの?!」

「誰かさんは酔ったら誰にでもキスするみたいね」


 と嫌味っぽく言ってやる。


「ば、馬鹿! そのころからもう鈴木が気になってたから……。だからしちゃったんだろ! たぶん」

「たぶんって」

「だって記憶ないからさ。でも、俺ナイス!」


 鈴木って単純だ。そう思うとつい笑ってしまった。


「何笑ってんだよ!」


 と鈴木が私の頭を小突いてくる。


「べ~つに~」


 私たちは駅前で手を振って別れた。


 部屋に戻って私は自分がスーツのままだったのに気がついた。営業で汗かいたのに、鈴木に抱きしめられたのを思い出し、くんくんとスーツのにおいを嗅ぐ。

 鈴木、鼻がいいからなあ。臭いと思われてなきゃいいけど……。


 シャワーを浴びてからベッドに体育座りをする。

 唇に触れてみた。

 沢野先生のキスの方が気持ち良かったとは思う。頭がぼうっとしてしまうほどに。

 でも、鈴木の今日のキスのほうがどきどきした。自分でも意外だった。

 タオルケットを頭までかぶる。幸せな気分で眠りに落ちた。


 夢の中で私と鈴木は手を繋いで歩いていて、こういうのも悪くないと思っている自分がいた。

 次の日起きたとき、繋いだ鈴木の細くて長い指の感覚が残っていて驚いた。

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