表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/26

二人への返事

 月曜日。鈴木が来る前に駐車場に着くよう、早めに家を出た。そして、駐車場の出入り口の前で鈴木を待った。

 背の高い鈴木は目立つのですぐにわかる。カバンを手に歩いてこちらに来る鈴木に私は声をかけた。

 鈴木は私の顔を見て、ちょっと狼狽えるように黒目を揺らした。そのまま私の横を通り過ぎようとして、立ち止まり、振り返る。そして一歩私の方に踏み出した。


「その、本当に悪かったよ。でも、もう黙ってられなかった」


 鈴木は決意を湛えた目で言った。


「その件だけど、私、鈴木と付き合うことにした」

「え?」


 鈴木は目を見張った。


「ただ、条件がある」

「何?」

「私が付き合ったら、沢野先生のしたこと、言わないと約束してくれる?」


 鈴木は「ああ、それ」と口を歪めた。


「バラされたくないから俺と付き合うの? 」

「……答えになってないよ」

「言わないよ。初めから言うつもりはなかったし」


 私はほうと息を吐いた。


「そうだろうと信じてはいたんだけど、良かった。ありがとう」

「本当に沢野先生が好きなんだね」


 鈴木の嫌味に、


「鈴木の考えてるような好きとは違うってば」


 と私は答える。


「まあ、いいよ。それだけ?」


 私はまだ、と鈴木の目をしっかりと見た。


「私たちが付き合ってることは内緒にして欲しいの」

「沢野先生の耳に入れたくないから?」

「それもあるけど、周りの好奇心にさらされるのは嫌なの」

「分かったよ」


 鈴木は渋々という感じで了解した。


「それなら私から言うことはもうない」


 私は胸をなでおろして微笑んだ。


「……その、鈴木、本当にわかってる? 付き合うってことは友達じゃしないこともするって」


 鈴木が意地悪な言い方をした。


「そうだね」


 私は鈴木の胸ぐらを掴むと、思いっきり背伸びをして唇を鈴木の唇に押しつけた。


「こういうことでしょう?」


 鈴木は傷ついたような目をした。


「俺を軽蔑してるんだろ? 卑怯者って」

「軽蔑なんかしてないよ」

「本当に?」

「本当に。鈴木は私にとって大切な存在には変わりない」


 私は鈴木の目をじっと見た。苦悩が浮かんでいた。そんな鈴木の顔を見るとやっぱり心が痛んだ。

 それが何よりの答えなんだと私は思う。


「私も覚悟は決めたから。……私は鈴木という友達は失うけど、それよりも鈴木を失う方が辛いと思ったから。だから、私は鈴木と付き合う」


 私の言葉に鈴木は複雑な目で私を見た。


「鈴木……」

「これからよろしくね」


 私は手をだした。その手を鈴木が躊躇いがちに握り返す。


「何だか商談みたいだな」


 鈴木は微かに笑ったがすぐに真顔になった。


「……大切にするから。鈴木が覚悟決めてくれたこと、絶対後悔させないから」


 鈴木は言った。

 私は鈴木の言葉を信じられると思った。



***



 鈴木に返事をしたということは、沢野先生へも返事をしなくてはならないということで。

 しかも沢野先生は結婚を希望しているのだ。断るなら早く断って次に進んでもらいたい。

 そう頭では思っても、断るというのが苦手な私は沢野先生の部屋に行くのがとても憂鬱だった。


 橘先生とは違う。でも、橘先生の次に思い入れのあるドクター。いきなりキスをされても嫌悪感は覚えず、嫌いになんてとてもなれなかった先生だ。

 その沢野先生を確実に悲しませる。それを考えるだけで胃が痛む。

 3階のエレベーターホールへ上ると沢野先生の後ろ姿が見えた。カンファレンスルームを通って自室へ入ろうとしている。私は深呼吸を一度した。


「沢野先生」


 声をかけると沢野先生はゆっくり振り返って私を見た。やや緊張した顔だった。


「鈴木さん。どうぞ部屋に入って」

「失礼します」


 私は部屋に入ったがなかなか返事を言葉にすることができなかった。

 そんな私に沢野先生は一度目を伏せ、寂しげに微笑んだ。


「いい返事ではなさそうですね」

「……すみません。沢野先生のことは大好きです。やさしくて真面目でとても素敵な先生だと思ってます。でも恋愛感情ではありません。こんな気持ちで結婚を引き受けるのは失礼だと思うんです。だからお断りしようと思います。本当にごめんなさい」


 私は深々と頭を下げた。沢野先生は無理やり微笑んだようだった。


「……そうですか。こちらこそ悪すみませんでした。貴女を悩ませてしまい。その、キスまでしてしまい……。どうか許してください。実は、僕は外来から徐々に離れようと思っているんですよ。研究棟の方で研究をしたいなと以前から思っていまして。これからは会う機会も減るかもしれません」

「そう、なのですか?」


 私は沢野先生となかなか会えなくなるという事実に軽いショックをうけた。でも、考えてみたら、振られた相手と普通に接するのは辛いものだ。沢野先生のためにはそちらの方がいいのかもしれない。

 私の表情を見て沢野先生は、


「ああ、もちろんこの部屋にいることもありますので、遠慮なく声はかけて下さって構いませんからね」


 と微笑んだ。私はそっと息を吐いた。


「先生、こんなことをお頼みするのは酷いかもしれません。ですが、これからも以前のように接して頂けないでしょうか?」


 沢野先生は温かな光を湛えた目で私を見つめた。


「鈴木さんは心配性ですね。大丈夫ですよ。薬の話も音楽の話もしましょう。ただ、僕の気持ち自体が消えるまでは少し時間がかかるかもしれません。それは許して下さいね」


 沢野先生はどこまでもやさしい。

 私はなんだか涙が溜まってきたのを悟られないように必死で上を向いた。


「また来てくださいね」


 沢野先生の言葉に私は深々とお辞儀をして部屋を出た。


 私、また失敗したのかな。

 ううん。今回はこれで良かったんだ。私は鈴木を選んだ。もう後戻りはできない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ