表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MR(医薬情報担当者)だって恋します!  作者: 天音 花香


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/29

鈴木の告白

 ふわふわした感覚のまま営業時間は過ぎて、捗らないから帰ろうと思っているときだった。

 歩いていると腕を掴まれた。

 鈴木だった。鈴木は思い詰めたような目で私を見ていた。


「鈴木、帰るなら駐車場まで一緒に帰ろう」


 こんな鈴木初めて見る。


「どうかしたの? いいけど。今野さんに声かけてくるから、出口で待ってて」

「分かった」



 駐車場タワーまでは、ドクターの駐車場を横切って行く方法と、夜は人気のあまりない狭い道路を歩く方法とがある。夜は怖いので私は使わない。

 鈴木はこの日、なぜか狭い道の方を選んだ。


「……何かあったの? なんでこっちの道……?」


 少し怖くなって私は口を開いた。


「あまり人に聞かれたくない話題だろうと思って。……何かあったのはそっち、だろ?」


 鈴木が沢野先生のことを知っているはずがない。だとすれば何だろう。私は分からず困惑した。


「え? 本当に、何?」

「……沢野先生と何かあったんじゃないの?」


 私の足が止まる。


「な、何で?」

「何かされただろ?」


 私は何を根拠に鈴木がそんなことを言うのか分からず、


「何でそんなこと言うの?」


 と不安になって返した。 


「鈴木の香りがふっとしたよ。あの人」


 心臓がドクンと跳ねた。鈴木の顔を見る。鈴木は青ざめたようなどこまでも真剣な顔をしていた。


「部屋で何してんの?」

「く、薬の話に決まってるじゃん」

「話してるだけで香水の香りがつくんだ? おかしなことされたんじゃないの?」

「す、鈴木に関係ないでしょ?」

「関係ない? 心配してんだろ! 何もないならこんなに動揺しないよな? ……変な営業してんなよ!」


 最後の言葉は私を傷つけた。


 鈴木、そんな風に思ってるの?


「……鈴木だって前、糸田先生と抱き合ってたの見たよ? 」


 言いたくないのに言葉が出てしまった。


「あれは勝手に抱きついてきただけで……って、鈴木見てたの? 」

「見えただけ。……私帰る」


 私はなんだか悲しみと怒りを覚えて早足で歩き出した。その私の腕を鈴木が掴んだ。


「医者になら何されてもいいのかよ?」


 ぐいと引かれて私はきゃっ! と声を上げた。


「そんなわけないでしょ! は、離して!」


 鈴木の手の力に、彼が男なんだと今更思い出して、怖くなった。私はなんて学習力がないんだろう。橘先生にも言われたばかりなのに。


「何されたんだよ」


 鈴木の声がいつもより低く、切羽詰まっていた。

 私の知っているどこか飄々とした、でも憎めない鈴木の顔ではなかった。


 今日の鈴木、なんだか怖い。どうしちゃったんだろう。


「キス、許したの?」


 鈴木は私の顔を覗き込むように見て言った。


「口紅はげてるよ?」


 どきりとして、私は掴まれた手に力を入れた。

 私は鈴木から逃れようとする。が、鈴木はそれを許さなかった。


「したんだ」

「す、鈴木に関係ない!」

「なくない。なくないんだよ……」


 次の瞬間には、私は鈴木に唇を塞がれていた。


「んん! ん~!」


 私が身をよじると、鈴木は唇を離したけれど、手は離さなかった。


 鈴木は追い詰められた獣のような顔をしていた。そこに余裕はまったくない。

 私は困惑した。


「俺じゃ嫌がるのになんであの人とすんの平気なの? おかしいよ。そこまでして処方とりたいの?」


 また処方のことを言われて私は傷つく。


「そんなわけないでしょ?! お願い、手を離して」

「嫌だ。沢野先生が好きなの?」

「違う! 失恋したばかりって言ったじゃない! でも、沢野先生は私を癒してくれるの! MRだからって馬鹿にしないの! ……私だって、こんなことになるなんて……!」


 沢野先生の部屋は癒しだったのに!


 涙が浮かんだ。


「悩んでるなら俺に言えば良かっただろ! MRだから理解し合えることだってあるだろ!」

「こんなこと言えないよ。それに友達の鈴木に恋愛についてとやかく言われる必要ない!」


 私は涙を零しながら叫んだ。すると、さらに鈴木の手に力が入った。


「はっ、友達! 俺、営業の合間の鈴木との話、楽しかったよ。友達だから心を許してくれんのわかってても、嬉しかったよ。でも今は苛立って仕方ない! 俺、男だよ! 男、なんだよ! 男と女で本当に友情なんか成立すると思うの?」


 鈴木の大きな声。


「しろは私にこんなことしない!」

「ああ、史郎さんね。彼と俺は違うんだな。俺はもう友達はやってられない! もう耐えられない! 好きな女に何もできないなら、友達なんてやめるよ」


 鈴木は私の手を離した。


 好きな女? 友達やめる? 


「そんな、何言って……」


 鈴木は私の涙を震える手で不器用に拭った。


「俺、鈴木が好きなんだ。どうしようもなく好きなんだよ! 沢野先生のこと、言いふらされたくなかったら、俺と付き合って」

「な、何言って……」


 私は鈴木の言葉が信じられなかった。


「手段なんかもう、どうでもいい。MRと変な仲になったって知れ渡ったら沢野先生、大丈夫かな?」

「や、やめて! そんなことしたら先生は……!」


 鈴木に言い返す。

 けれど、沢野先生が心配なのに、それ以上に鈴木の表情が気になった。鈴木は今にも泣きそうな顔をしていた。


 どうして、そんなこと言うの? そんな顔するの?


 私はどうしようもなく胸が締め付けられるのを感じた。心が、痛い。痛いよ。


「鈴木、考え直して? 今日変だよ? 鈴木には彼女がいるじゃない」

「変? ずっと、ずっと言いたかったことだよ! 鈴木には俺が彼女がいるのにこんなこと言うように見えるわけ?! もう別れてるよ! ……くそっ! こんなはずじゃ……。かっこ悪りぃ、俺。こんな告白。ちゃんと言いたかったのに。でも、もう戻れない。……考えといて」


 鈴木から苦痛に満ちた声が絞り出された。


 情報が多すぎて訳がわからない。

 沢野先生からのプロポーズ。鈴木の告白。

 いったいどうなってるの?!


「ま、待って、鈴木!」


 鈴木は私の言葉を無視して歩き出す。

 私は暫く茫然と佇んでいた。

 月明かりが痛いと思ったのは初めてだった。



 帰り道をどう帰ったのか分からない。

 アパートに着いて、まず何をしたらいいか考えた。鈴木はああ言ったけど、沢野先生のことを言いふらしたりしないはず。そう思っても不安になった。鈴木にメールだけしようと思った。


『お願い。返事、一週間待って』


 そして、スーツを脱いでシャワールームに入った。

 シャワーの音が遠くで聞こえる。

 自分に今日何が起こったのか。思い出して震えた。

 沢野先生の告白と深いキス。そしてプロポーズ。未だに信じられない。沢野先生はどうして私との未来を考えたのだろう。分からない。でも、ちゃんと答えを出さないと。

 そう。プロポーズされたことが一番衝撃的なはずなのに。

 私は手の震えを押さえようとした。

 でも、鈴木に掴まれた感覚が未だに残っている。

 鈴木。

 私の知らない鈴木だった。

 低い大きな声も、苦悩と悲しみに満ちた顔も。

 鈴木はいつも笑顔で、どこか頼りなくて、男っぽくなくて、だから私の中で安全な存在で。酔って口づけされたけど、それは酔っていたからで。

 でも今日は違う。鈴木はシラフで。

 獣のようなキスは、鈴木は男なんだって、思いたくないのに思わされた。


「鈴木……友達やめるなんて、言わないで……」


 私は気がついたら泣いていた。

 どうして二人とも今の関係を壊そうとするんだろう。

 やさしくて癒してくれた沢野先生。沢野先生の部屋での時間はかけがえのない時間だったのに。

 鈴木。営業の合間のおしゃべり。一緒にしたゲーム。気の合う友達ができたって嬉しかったのに。

 こんなの望んでない。

 私は泣き疲れてシャワーを止めて、頭をタオルでゴシゴシ拭いた。鏡に映る私は全然魅力的に見えない。


「馬鹿! 馬鹿!」


 誰にぶつけていいか分からない怒りと悲しみを私は口に出して、鏡の中の自分に放った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ