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奪われた初キス

 しろと会った後から鈴木の様子がおかしい。

ぼうっとしてる日があると思えば眉間にしわを寄せて考え事をしている日もある。

 営業の時はいつもニコニコ挨拶してる奴だったのに。


「鈴木? 大丈夫? ……まだ悩んでるの? メールで『俺の問題』って言ってたこと」

「え? あ、ああ。そう。もうどうしようもないといえばそうなんだけどね。ケリはつけるよ」

「……聞くぐらいはできるから、いつでも相談してね。あと、私から言われたくないだろうけど、営業の時に顔が百面相ってのはマズイかもよ」

「え? 俺、そんなに表情に出てる?」

「出てる」

「……気をつけるよ」


 私は鈴木に何度も救われたから、力になりたいと思ったけれど、また「俺の問題だから」と返されるような気がしてそれ以上は言えなかった。



 勉強会の当日。


「今日、19時からだったよね? 若い研修医にもうちの薬剤覚えてもらってきてね」


今野さんに言われ、私は頷く。私は一足先に支店に車を置いて、セッティングされた会場に行った。


 クラウス、アオハナ、千薬の順で、それぞれの薬をどんな患者に処方が望ましいかのプレゼンが行われた。

 研修医は聞いてくれたほうだと思う。

 ドクターたちの中には退屈そうな人もいた。

 プレゼンが終わり、立食会になった。

 ドクターたちは、話をしながら用意されたビュッフェを食べている。

 私たちMRはそれを壁を背にして見ていた。

 そのときだ。


「あれ? 千薬さん? 珍しいね」


 と高田先生が、私に気付き声をかけてきた。そして、


「こっちおいでよ」


 と言い出し、私は困って夏目さんを見た。


「行ったら?」


 私が高田先生のところへ行くと、


「コップ空いてるのない~?」


 と先生は言い出した。


「いえ、私は結構です」

「ダメダメ、そんなこと言わずに、ほらビール」


 私は結局ビールを飲むことになった。弱くはないが、空きっ腹なのでゆっくり飲んでいると、


「飲めないわけじゃないんでしょ?」


 と注がれてしまう。私は夏目さんと鈴木の方をチラチラと見る。


「そっか。そこの二人もこっち来て飲もう」


 私たちは立食に参加する羽目になった。

 私と夏目さんは主に男性のドクター会話しながら、鈴木は女性の研修医に囲まれていた。

 薬剤の話をすると機嫌を損ねそうなので、当たり障りのない会話をする。

 私はドクターの話に笑顔で相槌をうちながらも、早く時間にならないかなと思っていた。中には話をしながら肩などにボディタッチをしてくるドクターもいて、私と夏目さんはそれをうまく流しながら相手をする。


 時間になると私も夏目さんもほっとして、帰っていくドクターたちにタクシーチケットを渡しながら頭を下げた。


「その、普通はこんなことにはならないのよ? 私たちは立食には参加しないの」


 少し酔ったのか、頬の赤い夏目さんが言った。

 

 それにしても鈴木はどこに行ったのだろう。



「鈴木さん」


 ドクターたちがいなくなった後、夏目さんに声をかけられた。


「今日はこれで終わり。先生方、タクシーに乗って帰られたから鈴木さんも帰っていいわよ」

「はい、わかりました。今日は誘って頂きありがとうございました」

「ん。それはいいんだけど。鈴木さん、鈴木君お願い。同期だし、仲良いのよね?」 


 え、鈴木?


「はい? 鈴木がどうかしましたか?」

「酔っ払ってるのよ」

「え? でも、私……」

「ごめん、よろしくね」


 鈴木をお願いされても正直困るのだが、夏目さんに言われると断るわけにもいかない。


「は、はい。お疲れ様でした」


 鈴木はどこにいるんだろうと見回すと、壁に寄りかかるようにして半分寝ている彼を発見。腕を揺らす。


「鈴木! ほら、終わったよ。起きて」  

「んあ~、うー。頭痛い。あんた誰?」

「はあ~。ほら目を開けて。鈴木だよ」

「鈴木か~」


 彼はどうやら酒に強くないらしい。


「はいはい。鈴木、どんだけ飲んだのよ? 仕事なんだからセーブしないと」

「酔ってません! そんなに飲んでない!」


 鈴木はちょっと普段より大きな声でそう言い切った。


「酔ってる人はそう言うんだよ。水、ほら、飲んで」


 持ってきたコップを渡す。鈴木は一気にそれを飲んで、むせた。


「ちょっと、加減しなよ」

「うっ」

「え? 何、気分悪いの? 吐く?」


 私は背の高い鈴木を肩にかついでずるずるとトイレへ連れて行った。背中をさする。


「吐いていいよ?」

「大丈夫っ!」

「え?!」


 トイレでまさかの壁ドンだった。きついから壁に体重を預けてるんだろう。なんとも残念な状況だ。


「大丈夫、本当に?」


 この態勢で吐かれたら困ると、ハラハラしながら鈴木を気遣う。


「鈴木~」

「はいはい。吐かないならもう一度水飲んで帰るよ?」


 私が壁ドンから逃げようとした時だった。

 何が起こったのか私は一瞬分からなかった。

 唇に熱く湿った感覚。私は鈴木の唇に唇を塞がれていた。


 さ、酒臭い!


「んん~!」


 どうにか離れようとするが、鈴木はさらに舌を入れてきた。


「ん〜!!」


 ダメだ、鈴木、完全に酔ってる。


 パチン! と鈴木の頬を叩く。彼はやっと唇を離した。


 私のファーストキス……! なんで酔った鈴木に奪われるの~!?


 ショックで呆然となりそうになる頭を振った。

 とにかく放っておく訳にもいかず、私は鈴木にもう一度水を飲ませて、タクシーを拾い、鈴木を乗せた。彼の財布から免許証を探し出して、この住所まで送ってくださいと運転手に言い、私はタクシーを降りようとする。と、鈴木に手を掴まれた。


「はいはい、タクシーがちゃんと送ってくれるから」


 鈴木は手を離そうとしない。


「ちょっと……」 


 仕方ないので一緒に乗った。


「らいたい、鈴木は平気らの?」


 鈴木は座った目を私に向けて言った。ろれつが回っていない。


「何が?」

「今日、先生に触られてた」


 鈴木、見てたんだ。


「あー、先生も酔ってたからね。肩ぐらい組むよね。そういうのは無視が一番だから」

「安売りすんらよ、も~」

「そうだね、はいはい」


 だったらさっきの鈴木のキスはなんなのよ!

 

 と一瞬思ったが、忘れようと頭を振った。


 鈴木は私に寄りかかったままうとうとしだした。私は仕方ないので放っておいた。


「ほら、着いたよ」


 私はまた鈴木を担ぐとアパート一階の鈴木の部屋のドアの前まで連れて行った。鈴木の肩を揺さぶったけど、反応がほとんどないので、鞄の中から鍵を探してドアを開けた。

 鈴木を玄関から続く廊下に横にならせる。


「まったく……。貸しだからね!」


 帰ろうとドアの方へ歩く。ところが足首を後ろから掴まれ、私は思いっきりこけた。


「い、痛っ! 鈴木、何なの!」


 と振り返ると、鈴木が覆いかぶさってきた。


「ち、ちょっと!」

「鈴木~」

「な、何よ?」


 鈴木は糸の切れた人形のようにばたんと私の上に倒れ、寝息をたてはじめた。

 今日はなんなんだろう。ドクターたちに体は触られ、鈴木にファーストキスは奪われ。


「鈴木最近変だったからなあ」


 私はもうジタバタする気も失せて、眠ってしまうことにした。

 鈴木は重くて、でも体温が高くて子供のようで、私は不思議と安心してほどなく眠りに落ちた。


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