しろと鈴木
「おはよう」
駅の改札口が見える広場で、円柱の柱を背にして改札口をぼんやり見ていると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよう」
私服の鈴木がいた。いつもスーツの鈴木を見慣れているのでなんだか変な感じだ。個人的にはスーツの鈴木の方が格好いいと思うけれど、背が高く、今流行りの塩顔の美形に当てはまる鈴木は何を着ても様になるのがよくわかった。
「何?」
「スーツの鈴木を見慣れてるからさ」
「ああ、そっちもね。でも、Tシャツにデニム……。もっとなんかなかったの?」
「スカートはスーツ以外ほとんど持ってないからね。デートじゃないし、普段着じゃないと疲れるから」
「ふうん。で、史郎さんは何時の電車で着くの?」
私はスマートフォンでしろからのLINEを確認する。
「10時1分。だからあと3分」
伸びかけた髪はまた切ってパーマもかけ直した。きっとしろはびっくりするはず、と想像するだけで楽しみだ。
「……服装に手間かけてない割には、髪は切ったんだな」
「よく気がついたね? 友達がせっかくイメチェンさせてくれたんだから、その姿を見せたくて!」
「ふうん」
鈴木と会話しながらも、私は改札口へ階段を下りてくる人に視線を集中させる。
懐かしい姿が目に入った。
「しろだ!」
私は手を振る。
「ちょ、恥ずかしくないの?」
鈴木が言うけど、私はやめない。そんな私に気付いたしろが笑顔になった。そして手を挙げ、階段を早足で下りてくる。改札口を出たしろに私は駆け寄った。
「しろ! 久しぶりだね! 会えて嬉しい!」
「おう。理緒も元気そうだな。それにしても、髪型変えたんだな」
しろが私の頭を撫でた。
「うん! イメチェンしてみたの!」
「似合ってるよ。うん。可愛い」
私はしろに言われて、やった! と胸を張った。その隣で、大きなため息を聞いた。
「あのさ、感動の再会に水を差して悪いんだけど、俺のことも紹介してくれる?」
そう言った鈴木はやや不機嫌そうだった。
「あ、ごめんごめん。こちらアオハナ製薬の鈴木君。他社MRだけど、同期で同じ大学回ってるんだ」
私が紹介すると、鈴木は、
「よろしく、史郎さん。鈴木司です。会えて嬉しいです」
と言って握手をしろに求めた。しろは鈴木の手を握り、
「理緒と大学で同じ学科だった長谷部史郎です。ゲーム、鈴木さん上手いですね。理緒は友達作るの下手だから、鈴木さんが理緒のそばにいてくれて感謝です」
と鈴木に笑いかけた。
「それにしても、鈴木さん、背が高いですよね? 俺は173センチしかないんで羨ましいです」
「あー、背だけは181あります」
「高いな~」
「高いね~」
私としろは同時に言った。
「それにしても、てっきり同じ会社なんだと思ってました」
「あー、違うんです」
「まあ、鈴木はどうか知らないけど、私は会社の同期と会う時間より、鈴木と会う時間の方が多いんだよね。だからある意味、本当の同期? みたいな感じなんだ」
私が答えると、
「まあ、俺もある意味そんなです」
鈴木も頷いた。
「それで? どこに行くの?」
「井尻って抹茶パフェの美味しい店」
「おー、井尻? 俺も好き!」
「私は初めてなの。塩屋先生に勧められたんだ」
「塩屋先生? 意外!」
私たちは歩き出した。
「しろも甘いもの好きだったよね」
「ああ。抹茶は特に好き」
「良かった!」
私としろは並んで歩き、その後ろを鈴木がついてくる。
私は鈴木を振り返って、
「早くから呼び出しちゃってごめんね。井尻でパフェ食べたら、無理して付き合うことないから。せっかくの休日でしょ?」
と言うと、鈴木は少しむっとした顔になった。
「別に。最近動植物園も行ってないし、今日、暇だから俺も行こうかなと」
「それじゃあ、井尻の後も一緒ですね? 人数多い方が楽しいですよ」
しろが笑顔で言った。私は少し面白くない。しろと二人で積もる話もあるのに。
「なんだよ、そのぶーたれた顔。そんなに二人で回りたかったのか?」
鈴木が不機嫌に言ってきた。
「だって久しぶりに親友と会えたんだよ? そりゃ、色々話したいこともあるに決まってるじゃん」
「まあ、それはそうかもね。じゃあ、俺はいないと思って普通に話していいから」
「何、その言い方!」
私と鈴木が言い合いをしてると、しろが楽しげに笑った。
「あはは。仲いいね! 痴話喧嘩みたいだよ?」
「そんなんじゃないし」
「そんなんじゃねーし」
「井尻ってあそこ?」
しろが指差す。黒が基調の和風な佇まいの店が見えた。抹茶色の暖簾がしてある。
「そうそう、あそこ」
「いいね、なんか和な甘味処って感じ」
「抹茶パフェ、本当に美味いんだよね」
「そりゃあ楽しみだ」
井尻に入ると、10時開店で10時15分に着いたのにもう客がいた。
「いらっしゃいませ」
感じのいい店員さんに案内され席につき、三人とも抹茶パフェをたのんだ。
ワクワクしながら待つと、少し小さめのパフェがきた。
一番下は抹茶のムース。次に抹茶寒天。粒あん。抹茶アイス。その傍に白玉とわらび餅。
「美味しそう~! 頂きまーす!」
思わず笑顔になり、手を合わせた。
スプーンで抹茶アイスを口にする。抹茶の深い苦味と程よい甘みが口いっぱいに広がった。
本当に美味しいものを食べると人は無言になるようだ。私たちはしばらく無言でパフェを食べた。
抹茶ムースの最後の一口を食べ終えて、
「美味しかった……!」
と私は満面の笑みで言葉にした。しろも鈴木も完食だ。
「うん、美味しかった。抹茶の味が凄く濃かった」
と、しろが満足そうに言った。
「俺もう一つぐらい入りそう」
と言う鈴木に、
「昼は鰻だよ? 美味しく食べるために我慢我慢」
と私。
「で、これから行くのは動植物園なの?」
しろが聞いてくる。
「うん。鈴木が一緒に行くなら詳しいはずだから、鈴木、案内してよ」
「鈴木さんはここが地元なんですか?」
しろの問いに、
「いや、地元は別なんですが、大学がこっちだったんです」
と答える鈴木。
一度駅の方に戻って、地下鉄に乗った。
「理緒は家を出て良かったな。大学にいた時よりいい顔してるよ」
「そうかな? ……でも、そうかも。大学の時が一番家にいるのきつかったから」
「うん。お母さんとお兄さんと離れて正解だったと俺は思うよ」
私としろの会話を鈴木は黙って聞いているようだった。
「仕事はどうだ? 慣れて来た?」
「うーん。慣れたといえば慣れたのかな? 苦戦はしてるけど」
「鈴木、見ていて痛々しいほど頑張ってるから、気を抜けってこの前話したところだったんですよ」
鈴木が会話に加わった。
「あー、そうなんですね。大学のときもそうでした。自己肯定感が低いので、それを埋めるために頑張ってしまうんですよね、理緒は」
私は何も言えなくなってしまう。
「鈴木さん、理緒にやり過ぎないよう声かけてやってくださいね」
「まあ、体壊したら元も子もないですからね」
二人は意気投合したらしかった。
地下鉄を降りて、地上に出ると太陽の眩しい光が目に飛び込んでくる。
「ちょっと暑いけど、雨じゃなくて良かったね」
私の言葉に二人は頷いた。
「さー、動植物園行こう!」
駅から数分坂道を上ると、もう入り口だった。
「今、11時ちょっと前かあ。時間的にどちらかしか回れないよ? どっちも案外広いし」
鈴木が言った。
「理緒はどっちが見たいんだ? 」
「動物園!」
「じゃあ決まりだな」
「それにしても、真夏じゃないのに暑いね。動物たちもこんなに暑いとまいっちゃうよね」
料金所でお金を払って中に入る。
土曜なので家族連れで来ている人が多くいた。
「象だ! なんだか眠そうだね」
「そういえばこないだ象にピアノを聞かせてるのテレビでやってたぞ」
「あ~見た、それ」
しろの言葉に私は反応する。
「象は耳も大きいからか、物凄く音に敏感らしいね」
しろと私が象の前に陣取るのに対し、鈴木はその少し後ろで象というより私たちを見ているようだった。不思議に思ったが、私は気にしないことにして、しろと一緒に次の動物の所へ歩いていく。
「鈴木さん? 退屈ですか?」
しろが鈴木を振り返って言った。
「いや~。俺は動物、物凄く好きってわけでもないですし、このくらいから見るのが丁度いいんです」
動物園に来て動物を適当に見るって、鈴木は何でついて来たんだろう。
「クマだ! 後ろ足で立ってる!」
「なんかもらえると思ってるんだろうな」
自然の中で出会ったら恐ろしい熊。でも動物園の熊は頭も良くてお茶目な感じだ。こういう熊も人間を襲うのかな。考えてしまう。
本当は檻の外で自由に生きる方がいいんだろうな。
「どうした?」
「しろは動物は自然にいる方がいいと思うよね?」
「どうだろうな。飼い慣らされるとその生活が楽に感じられるようになってくるかもしれない」
「どちらにしても、彼らは動物園の動物になってるんだよね。社畜になってる私たちみたい」
私の言葉に、しろはぽんぽんと私の頭を撫でた。
「今日は癒されに来たんだろ?」
「そうだったね」
ペンギンがプールの中を泳いでる。泳ぐのはとても早いのに、地上でのヨチヨチ歩きにギャップ萌えだ。
「可愛いなあ、ペンギン!」
「実は人間の先祖はペンギンだったという論があるらしいぜ?」
「そうなの?! 」
「いや、嘘だけど」
「しろのバカ!」
私のパンチをしろはかわして、私の頭に手をあて、パンチが当たらない距離をキープしている。
「ずるいよ! しろ!」
「次行こうぜ」
笑ってあしらわれて、昔と変わらない感覚に何となくこそばゆくなった。きっと私たちはこのまま変わらないんだろうな。
「あ、アザラシもいる! 目がつぶらで鼻をヒクヒクさせてるとこが可愛いよね!」
「鈴木に似てる」
不意に鈴木が口を開いた。
「え~? 私アザラシに似てる?」
鈴木の感覚はよくわからない。
今度はキリンのコーナーだった。
長い睫毛が優しそうな目を縁取っている。高いところにある木の葉をのんびり食べていた。
「私生まれ変わるならキリンがいいかも」
毎日がゆったり進みそう。のんびりマイペースに暮らせたらいいな。
「いやいや、鈴木はアレでしょう」
鈴木が次に見えてきたサル山を指差す。
「あそこでボスザルに楯突いてるメスザル」
鈴木の言葉に私は振り返る。
「もう、何なの、鈴木? さっきはアザラシに似てるって言ってたのに」
「見かけはアザラシ。性格はサル」
こめかみがひきつる。
「だったら自分は何なのよ?」
「は? 俺は人間」
ますますイラッとしたが、相手にするだけ馬鹿らしいと思い、
「次行こう、しろ」
としろに声をかけた。すると、
「いいコンビ」
としろが耳うちしてきた。
「どこが? ほら、トナカイがいるよ!」
動物園は思った以上に広くて結構歩いたけれど、動物に癒されたせいか、疲労はそれほど感じなかった。
「じゃあ、鰻食べに行こー!」
私たちは動物園の裏門から出て、坂を下りていった。坂を下りきって国道沿いに右に行くこと20分。鰻屋さんに着いた。入る前から鰻のタレのいい香りがする。
「疲れた時の鰻は格別だよな」
三人で鰻重を頬張った。鰻なんていつぶりだろう。
しろも喜んでるみたいで良かった。
それにしても、上鰻重は少し量が多かったかもしれない。美味しいから食べたいのだが、お腹がもう入らないと言っている。
「理緒? 何、多すぎた? 俺が食べてやるよ」
しろが私の残した鰻重を気にせず食べている。
鰻屋さんに入ってから無言だった鈴木が、
「やっぱり仲良すぎですよね? 本当は付き合ってるんじゃないですか?」
と疑がうような目で私たちを見て言った。
「仲は良いよな」
「親友だからね。でも、恋人じゃない。私たちには夢があって、お互いの結婚式に出て、スピーチするの。ね? しろ?」
「そうそう」
鈴木は疑わしそうな目をやめない。
しろはそんな鈴木を見て、
「鈴木さんが何を心配してるか分からないけど、俺と理緒は大学の4年間毎日一緒の研究室で過ごした。特に俺らの科は同学年が俺ら二人だけで、苦労を共にしたからこその関係なんです」
と言った。
私はその言葉に大学生の頃を思い出してうるっときそうになった。ゼミの準備、卒論の準備、そして何より母と兄のことで悩んでいた時にそばにいてくれたのがしろだった。
「それで」
しろが一度言葉を切って、私を見た。しろのこの目を知っている。
「もう少し後で言おうと思っていたんだけど、言うよ、理緒」
「うん」
私は心の準備をして頷いた。
「彼女ができた」
しろの報告に私は安堵した。嬉しいものだったから。
「やったじゃん!」
私が拳をしろに向けて出すと、しろはそこに拳をぶつけてきた。
「理緒のことは彼女にも言ってるし、俺らの関係は変わらない。ただ、優先順位が彼女が一番になることを言っとくな」
「当然だよ!」
私としろの会話に鈴木は、
「え? 史郎さんは鈴木のことが好きなんじゃないの? どういうこと?」
と混乱した様子で言った。
「異性としてじゃなくて、人間としてとても大事だよ」
しろの答えに、私は最高の賛辞をもらったように嬉しく思った。
「そういう関係って本当に存在するの? 俺には分かんないね」
「なんで? 私と鈴木だって友達でしょ? 」
私の言葉に鈴木は一度私を見た。なんだろう。その目は泣きそうなそれでいて怒りを孕んだような目だった。
「俺、帰るね」
鈴木は自分の鰻の分のお金を置いて席を立った。そしてしろの方を見た。
「史郎さん。俺は彼女も親友も大事にするとか、器用なことはできないと思う。でも史郎さんができるというなら、鈴木を悲しませるまねは絶対しないで下さい」
「鈴木?」
私はなぜ鈴木が怒っているのか理解できなかった。
「……また病院でな」
鈴木はそう言って行ってしまった。
「変な鈴木。ごめんね、しろ」
しろは水を一口飲んだ。氷がカランと音を立てる。
「鈴木さんは、理緒が好きなんじゃないか?」
私はしろの言葉に、
「私としろだって恋愛感情はないんだから、なんでもそっちに持ってったらダメだよ」
と笑って答える。
「鈴木には彼女がいるし」
「そうなのか? ……だったら余計に良くないな。鈴木さんには注意した方がいいと思う」
「……なんで? しろ、鈴木のこと気に入らなかった?」
「うーん。気に入らないんじゃないよ。好青年だと思う。でも、理緒が絡むとまた別」
「しろは過保護ね」
「そうかもな」
私たちは鰻屋を出て、城跡へ向かった。
「大きな石垣だな」
「これを積むの大変だっただろうね」
ごつごつとした大きな石垣に私は触れる。堀には蓮が大きなピンク色の花を咲かせていた。
石の階段を上ると案外高いところまで続いていて、蓮の花を見下ろせる。
私としろは石でできたベンチに腰掛けた。
「しろは今回、彼女のことを言いに来たんだね。いつも大事なことは直接言ってくれるから」
しろは頷いた。
「私も早く相手見つけないとなあ。スピーチしてもらえない。でも好きになった人はいたんだよ? 失恋したけど」
「理緒のことだから、また年上に不毛な恋心を抱いたんじゃないのか?」
「当たり!」
私は橘先生のことを話した。
「理緒。いい人だったから良かったものの……。医者に恋するのはやめとけ。理緒が悲しい思いをするだけだ」
「話した人みんなに言われるなあ。じゃあ、MR同士の恋愛になるのかな」
「無理して早くに見つけなくてもいいさ。……鈴木さんに彼女がいなかったらな……」
「鈴木は友達だもん」
私の言葉に、
「そうだったな」
としろは肩をすくめた。
「俺、晩飯食べたら帰ろうかと思う」
「そうだね。彼女さんが心配するといけないし」
私たちは城跡の公園を一周ゆっくり歩いた。今度はいつ会えるかわからない。でも会いたければ私から会いに行ってもいいのだ。大丈夫。しろと私は変わらない。
「じゃあな、理緒。また会おう」
「うん。来てくれてありがとう。嬉しかったよ! 彼女さんにもよろしく!」
しろが改札口を通り、一度手を挙げて階段を上って行く。その後ろ姿を眺めて、寂しくなった。見送るってなんだか切ないな。
LINEの音が鳴って、スマートフォンを取り出して見ると鈴木からだった。
『史郎さん、怒ってなかった? 俺、失礼な態度とっちゃったから、悪かったって言っといて』
『しろは怒ってないから大丈夫だよ。それより鈴木こそ大丈夫なの? なんか変だったけど』
『まあ、ちょっと色々事情があってね』
『悩んでるなら言えばいいのに』
『まあ、これは俺の問題だから。多分どうにもならない。じゃあまた』
私は鈴木の返事にふぅとため息をついて、帰るために地下鉄の駅に歩き出した。




