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MR(医薬情報担当者)だって恋します!  作者: 天音 花香


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12/30

失恋しても地球は回る

 昨夜遅くまでゲームをして、寝不足の私は小さな欠伸をかみ殺す。ふと見ると橘先生の車がドクター専用の駐車場に停まっている。思えばあの時声をかけられた時から私の心は橘先生に向いていたのかもしれない。


「あふ」


 後ろから聞こえた欠伸の音に私は振り返る。

 予想通り鈴木がいた。


「おはよう」

「おはよう」

「昨日は遅くまで付き合わせちゃったね」

「うん。でもお陰でロマ倒せたな」

「聖杯ダンジョンのボスって、強いよね。ボスもだけど、それまでにも狩人とか野人とかいたりして」

「一人でやってると倒せなくて気が狂いそうになるよ」

「皆んなでタコ殴りにすれば怖くない!」

「だな~」


 朝の光が眩しく感じられる中、私と鈴木は昨日のゲームの話で盛り上がった。


「昨日、悲しいことがあってさ。だからゲーム誘ってもらえてありがたかった」


 私は何でもないことのように鈴木に言った。鈴木はちらりと私の目を見た。


「そ? まあ、そういうときは、遠慮なく誘えよ! ゲームしてれば気も紛れる」

「ありがと」


 大学が近づいてくる。何度見ても立派な病院だ。


「なあ、今日、説明会か何かある?」

「今日はないけど」

「じゃあ、飯でも食いにいかない?」


 鈴木の言葉に、私は少し驚く。


「夕飯?」

「そう。美味しい薬膳料理の店があるから」

「焼き肉じゃなくて薬膳料理?! 鈴木ってヘルシーなもの好きなの?」

「いや、べつに。女はそういうのがいいのかなと思って」

「お気遣いサンキュー! じゃ、ご一緒させてもらおうかな」

「じゃあ、営業終わる頃に電話して」

「はいはい」


 いつものように上の階から医局を回って下りていく。


「おはようございます! エクサシール、よろしくお願いします!」


 出会うドクター皆に頭を下げて薬名をコールする。

 朝は午後よりもドクターたちは忙しく、足早に階段を下りていく。

 その邪魔にならないようにしながら、私も下りる。

 次は呼吸器内科のある4階だ。少し緊張する。

 と、橘先生が自室から出てきた。今日は外来の日だ。

 目が合う。


「おはようございます」

「おはよう」


 声が重なった。私はなんだかほっとした。いつもの橘先生だ。橘先生の配慮にじんとする。


「シルビルナな」

「はい、よろしくお願いします!」


 橘先生の笑顔に私も笑顔で返した。やっぱり素敵な人だ。

 医局にも顔を出す。塩屋先生がちょうど医局から出ようとしていた。


「おはようございます」

「おう」

「外来ですね。シルビルナもよろしくお願いします」


 多くは望んではいけない。まずは一例からでも。


「気がむいたらね~」


 塩屋先生らしい返事に苦笑い。

 医局に残っている竹部先生にも、


「おはようございます」


 と声をかけた。いつものように返事はないけれど、それでも負けちゃだめだ。

 次は循環器内科。階段で3階に下りる。


「おはようございます! エクサシール、よろしくお願いします!」


 外来に行くドクターの中に、沢野先生がいた。私の声に、にっこり笑って手を挙げてくれる。相変わらず沢野先生はやさしい。


 大丈夫。振られても、毎日は変わらない。ちょっと心は痛むけど、そのうちそれも癒えるはず。


 私は朝の営業を終えて支店へと戻った。


 午後もいつもと同じ。

 腎臓内科のドクターたちは時々その日何人に処方出した、と報告してくれるので嬉しい。

 今日はシルビルナは何例出たのだろうか。

 そう思いながら3階のエレベーターホールで足を止める。まだ15時。他のMRは少ない。早く来すぎたかなと思って、欠伸をしていると、カンファレンスルームの方から出て来た沢野先生と目が合った。


「大きな欠伸ですね。夜更かしですか?」


 沢野先生が笑顔で話しかけて来た。


「ええ。ゲームを夜遅くまでしていまして……」


 欠伸するのを見られた恥ずかしさで、顔を伏せながら私は答えた。


「へえ、鈴木さんはゲームをするんですね。意外だな」


 沢野先生は面白い発見をしたように目を見開いて言った。


「ちょっと教授に用事があるのですが、その後久しぶりにエクサシールの話を聞こうかな」


 沢野先生のこういうやさしさには頭が下がる。


「いいのですか? ではお待ちしてます」


 しばらく待っていると、沢野先生が教授の部屋から出てきた。そして、エレベーターホールの方をわざわざのぞいてくれる。

 私は軽く会釈をして、沢野先生の後ろに続いた。


「どうぞ」


 ドクターに自室に招かれるのは本当に珍しいことだ。腰の低い沢野先生ぐらいだろう。こんなことをしてくれるのは。そんな沢野先生だからこそ、外来でも人気なドクターなのだ。


「鈴木さんのこと、よく見かけてたんですが、いつも余裕のない表情をしていましたね。気になっていたんですよ」


 やさしく語尾をあげて言われて、私は、


「ありがとうございます」


 と深く頭を下げた。

 沢野先生の部屋は橘先生の部屋と違っていつも綺麗にしてある。机にも必要最低限のものしか乗ってない。そして、橘先生の部屋では私は立ったままなのだが、沢野先生の部屋はMRの座る席まである。ドクターによって本当に違うなあと、口が綻ぶ。


「どうしました? 思い出し笑いですか?」

「いえ、沢野先生の部屋はいつも綺麗に片付いてあるなと思って」

「そうですか? そんなことを言ってくれるのは鈴木さんだけだなあ」


 にっこり笑って席を勧められて私は遠慮なく座らせてもらった。


「今日は何を聞かせてくれますか?」

「ではエクサシールWについてを」

「W?」

 私は利尿剤との合剤なので、降圧効果が単独よりも高くなることを説明した。臓器保護効果は同じようにエビデンスがあることも伝える。

「初めて聞きました。もっと早くに教えてくれれば良かったのに」

「すみません。使い分けして頂けるとありがたいです」

「循環器内科では心臓保護の効果から術後にエクサシールを出すことが多いけど、血圧がやや高めの患者さんにも出してみようかな」

「試してみてください」


 頭を下げ、お願いする。


「エクサシールWの臨床試験のデータをもっと見てみたいですね。どんな患者さんに適してるかも知りたいし」


 こんなときはMRになって本当に良かったと思える。


「分かりました。お持ちします」


 沢野先生は、


「よろしく」


 とまたにっこり笑った。


「寝不足ではあるみたいだけど、表情に迷いがなくなったような気がしますね」


 沢野先生の言葉に私は目を瞬かせた。


「そんな風に見えますか?」

「ええ」


 沢野先生にはそんな風に私が映るんだ。


「どうしても処方して頂きたいドクターと上手くいかず、毎日悩んでいました。それどころか怒らせてしまって」

「鈴木さんがドクターを怒らせたんですか? 僕には信じられませんね」

「実は気が強いんです。私。理不尽に思えて、それをドクターにぶつけてしまいました。MR失格ですよね」


 自嘲気味な笑顔を私は浮かべた。


「でも許してもらえたようですね?」

「はい。今回はなんとか」


 沢野先生は「良かったです」と微笑んでから、


「MRの皆さんはやはり営業ということで、我慢を強いられることも多いのでしょうね」


 と複雑な声音で言った。私は曖昧に笑って返事をぼやかした。


「僕は日本のMRはドクターに対して弱すぎると思うんです。もっと海外のMRのように対等に意見が言えるような関係だったら、色んな提案をMRさんからしてもらえるのではないかなどと思うのですよ」


 私はそんな関係が理想だなと思ったが、日本では難しいだろうと思った。


「僕はMRさんとそんな関係になれたらいいなと思っています」


 沢野先生はまだ若くて、そしてやさしさと責任感があって、自分のやりたいことがはっきりしている。

 患者の前だけいい顔のドクターと違って、沢野先生は本当に医療業界を進展させたいと思っているのだ。

 こういうドクターに、行く行くは教授になってもらいたいと思わずにはいられない。


「本当にそんな関係になれたらいいなと私も思います」


 思わずそう頷いて、しまった、と思った。


「え、えっと。すみません。おこがましいことを申しました」


 慌てて付け加えると、


「謝らないでください。他のドクターには難しいかもしれませんが、僕には大丈夫です」


 と沢野先生は柔らかく微笑んだ。本当にやさしい。


「鈴木さんもお仕事があるのに、僕ばかりが独占してはいけませんね。今日も有意義な情報をありがとうございました」


 沢野先生はそう言って席を立った。私もその言葉を合図に席を立つ。


「聞いてくださってありがとうございました! 失礼致します」


 深く一礼して、私は沢野先生の部屋を出た。

 不思議だなと思う。橘先生も沢野先生もやさしいけれど、橘先生の前ではMRの顔が剥がれてしまうのに対して、沢野先生の前ではMRのままリラックスが出来る。それが恋愛感情のあるなしなのかもしれないな、と私は思い、少し切なくなった。

 ダメだ。橘先生もドクターの一人にしないと。特別じゃダメなんだ。

 私は気持ちを切り替えるために背筋を伸ばしてエレベーターホールの方へ足を踏み出した。


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