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魔力はないけど魔力の匂いを嗅げる貴族家三男、ご令嬢探偵の犬となる。  作者: 真黒三太


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捕り物

 女王陛下直々に授かった王家の紋章を掲げ、女王陛下に誓って糾弾する。

 これは、事実上、王家の代理人として宣告しているのと同じことであった。

 つまり、今、このジョニー・ウォーカーは……ウォーカー家の“出来損ない”は、王家の威光を背負っているのだ。

 手にした懐中時計の重さが、ずしりと増すのを感じる。


 一方、この状況で最も権威の圧力を受けているのが、他でもない……。


「お、王家の紋章……!?」


 懐中時計を突きつけられているスワロー巡査であった。

 人間の顔からは、ここまで血が引けるものなのか。

 彼の顔面は土気色に変色しており、冷や汗もぐっしょりとかいている。

 もはや、かわいそうになってしまうほどの恐慌ぶり。


 だが、情けを加えるわけにはいかない。

 こいつは、絶対の忠誠を誓うべき女王陛下の名を出した上で、嘘を吐いた。

 それだけでも許されざるべき罪であるが、状況から考えて、いまだ検分すらしていないこの現場で起きた事件に、強く関与しているに違いないのだ。


「さあ、もう一度問いますよ。

 スワロー巡査、あなたは、魔術が使えますか?

 この紋章を目にした上で、はっきりと答えてください」


 カティは開いた扇子を口元にやり、浮かべているのだろう薄い笑みを隠している。

 一方、ホワイト警部はわずかに身構え、体を固くしているのが伝わった。

 荒事の予感を覚えながら、オレはさらに力強く懐中時計を突きつける。


「さあ……どうですか?」


「じ、自分は……」


 声だけでなく、体まで震わせるスワロー巡査。

 もう、彼には嘘をつくことなどできない。


「――っ!」


 だから代わりに、懐から拳銃を取り出す。

 中折れ式の回転拳銃――ウェブリMK2。

 装弾数は六発。市警(ヤード)で正式に支給されている武器だ。


 ――ガギン!


 だがそれは、鋭い金属音と共に弾き飛ばされた。


「ぐ……!」


 直接手に当たったわけではないが、握り締めた拳銃を弾かれるほどの衝撃が伝わったのだ。

 スワロー巡査が、痺れた右手を抑える。


「それが答えで、いいんですね?」


 一方、オレの方は冷たい声。

 ただし、左手に握った拳銃は、発砲の熱を漂わせていた。


 この拳銃、普通の形状はしていない。

 まず、撃ち落としたウェブリと異なり、回転弾倉が備わっていないのである。

 では、どこに銃弾が込められているのかといえば、それは握っているグリップの中。

 試製自動拳銃――サルーワPPK。

 懐中時計と共に女王陛下から授かった正義の銃だ。

 オレの抜き撃ちは、少しばかり次元が違うぜ?


「この反応を見る限り、単に貴族家の血を引くだけで、事件自体とは無関係……ということもないようですね」


 扇子で口元を隠したまま、カティが巡査を一瞥した。

 彼女の左手には、すでに例の鎖が出現しており、いざという時は援護してくれる腹積もりだったことがうかがえる。


「大人しくしろ、スワロー巡査。

 どうやら、現場の検分を行う前に、君を拘束しなければならないようだ」


 ホワイト警部が指を鳴らすと、現場の見張りに立っている彼の魔術分身が一体、こちらへ向かってきた。

 すでにオレの銃口が巡査を捉えているが、油断なく分身で制するつもりなのだ。

 そもそも、この32口径をぶち込んで死なせちまったら、元も子もないし。


 どうして彼が、自分に流れる血のことを秘匿していたのか、理由は知らない。

 また、この現場で起きた殺人事件について、どのような関わりを持っているかも、これから聞かねば分からない。

 ともかく、ホワイト警部の分身が彼を拘束して、一つの区切りがつくと思えたが……。


「――おおっ!」


 吠えながら、スワロー巡査が右手を振るう。


「むう」


 それに対し、取り押さえようとしていたホワイト警部の分身は、渋面を作った。

 なるほど、魔術分身というものは、血を流さないのだろう。

 分身の右腕には、生の人間なら大量出血間違いなしだろう切り傷が生まれていたのである。


 スワロー巡査の右手を見れば、人差し指が全長15センチはあるだろう鋼の刃へと変じていた。

 指を刃に変える魔術? あるいは、変幻自在な金属に変える魔術か。

 刃がうごめき、触手状態になったところを見ると、後者の可能性が大。

 そして、漂う魔力の匂いは――殺気だ。


「――しゃあっ!」


 向けられた彼の人差し指が、蛇のような長さに伸びる。

 伸びる速度は銃弾じみたもので、先端部が針のように鋭く研ぎ澄まされているのを見れば、殺傷力は一目瞭然だ。


「むうう……」


 だから、胸を貫かれたホワイト警部の分身は、渋面を深いものとした。

 渋い顔で、しかし……立ち止まることなく前へと歩む。

 分身は、本人の人格を丸写しする。

 ゆえに、体へ風穴を開けられたことに対し、不快感は示したが……どうやら、それだけのようだ。

 ホワイト警部の魔術分身は、本体と同等の身体能力と判断能力を備えながらも、出血せず、痛みを感じることもない不死身の兵士であるに違いない。


「ふん……」


 それゆえに、分身は前進しながらも、自分の胸に突き刺さる触手を握り込んで放さない。

 これで、一つ分かったな。

 スワロー巡査の魔術が効果を及ぼせるのは、自身の右手人差し指のみ。

 他の箇所を変幻自在な金属と化せるならば、もう少しまともな抵抗をしてみせてもよさそうだ。


 なお、オレがせっかくのサルーワPPKを発砲することなく“(ケン)”に徹しているのは、相手をしているのが人間ではなく魔術分身だからである。

 もし、生身の人間が取り押さえようとしている場面だったら、最初に刃を振るった段階で射殺していただろう。


「むん!」


 そうこうしている間に、零距離まで追い詰めた魔術分身が、スワロー巡査の右肩に拳を叩き落す。

 見るからに、強烈な一撃。

 相当に鍛えていても、これを食らえば肩が上がらなくなるだろう。


「ぐうう……!」


 それを証明するように、左手で右肩を押さえたスワロー巡査が、がっくりとその場にひざまずいた。

 右手の人差し指は、相変わらず魔術分身に突き刺さったままなので、完全に身動きを取れない状態である。

 制圧完了、といったところだろう。


「君も市警(ヤード)に在籍している人間ならば、潔くしたまえ」


 ホワイト警部の魔術分身が、威圧的に言い放つ。

 一方、これを見物している野次馬や記者たちは大騒ぎだ。

 特に、記者たちの方は、手にしている手帳へ必死に鉛筆を走らせている。

 若手巡査とはいえ、法の番人である市警(ヤード)の一員が、殺意をもって隠していた魔術を使ったのだ。

 夕方頃には、号外が出回っていてもおかしくない特大の不祥事であった。


 また、当然ながら、オレのことも書かれているのだろう。

 一体、どんな扱いになるやら。


「色々と順番が前後したけど、これで、犯人は分かったかな」


「そうですね。

 推理というものを一切できなかったのは、いささか心残りですが」


 隣のカティと、そんなことを言い合う。

 その時である。

 炸裂音と共に、スワロー巡査の頭が弾けた。

 お読み頂きありがとうございます。

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