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魔力はないけど魔力の匂いを嗅げる貴族家三男、ご令嬢探偵の犬となる。  作者: 英 慈尊


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3/5

女王陛下の名が下に

「は? 自分が? で、ありますか?」


 どう見ても、この巡査さんはオレより年上。

 それゆえに、かしこまった言葉遣いをするか、あるいはくだけた喋り方をするかで葛藤しているのが伝わってくる態度で、巡査さんは尋ね返してきた。


「そうなのか? スワロー巡査」


 彼――スワロー巡査に、ホワイト警部が問いかける。


「おやおや。

 これは、まさかの展開ですね」


 一方、カティの方は、どこからか取り出した扇子を広げ、口元に当てていた。

 面白くなってきた、という感情を、言外に伝える態度。


「おいおい、どうしたってんだ?」


「ウォーカーを名乗る少年が、あの巡査に貴族かどうか問いかけていたぞ」


「ウォーカーというと、軍事の名門だよな」


「となると、年齢から見て噂の“出来損ない”か?」


 そして、忘れてはならない野次馬たちと記者の皆さん。

 彼らが、耳を立てながらオレたちの姿を注視する。

 おそらく、これから流行りの小説に影響されたご令嬢が、探偵気取りで現場の検分をするとでも思っていたのだろう。


 実際、それはあながち間違いじゃないのだが……。

 事態は、誰にとっても予想外の方向へ転がったということだ。


 正面からは、オレの視線を受け……。

 周囲からは、ホワイト警部やカティのみならず、無数の視線を浴びせられる。

 その状況に困惑しながらも、スワロー巡査は口を開いた。


「その……申し訳ありませんが、仰ることの意味が分かりません。

 いえ、もちろん、質問の内容は理解していますよ?

 なぜ、そんな質問を自分にぶつけてきたのか、意図が分からないという意味です」


 ついでに、言葉遣いも丁寧なもので固定すると決めたようで、滑らかにそこまで言い切る。

 さっきまでは、流されるまま沈黙していたというのに、急に増えた口数。

 これは、オレの経験上、後ろ暗いところがある人間の特徴だ。


「つまり、自分は生粋の平民であると、そう言いたいわけですね?

 貴族家の血は一滴たりとも流れていないし、魔力はなく、当然ながら魔術を使うこともできないと?」


 後半部分を口にすると、胸がきしむのを感じてしまう。

 何しろオレは、疑う余地なく貴族家の血が流れているというのに、魔力がなく、魔術を使うこともできないのだから。

 だが、今はオレ自身のことなど、どうでもいい。

 重要なのは、ホワイト警部や衆目がある中で、はっきりとした言質を得ることである。


「しつこいですね。

 戸籍を調べれば確実ですが、自分の家系に貴族の血はまったく入っていませんよ」


「女王陛下に誓って?」


「誓いましょう」


 少し怒ったような顔で、スワロー巡査が胸を張った。

 警視総監の娘であるカティがいる手前、あまりはっきりと怒りを見せるわけにはいかないが、多少ならばよいと判断したのだろう。

 より正確には、そう判断したように演じているのだ。

 彼が今抱いている実際の感情は、おそらく――焦りと怯え。

 今までの人生で貫き続けてきた嘘が、明らかにされようとしているからであった。


「お集まりになられた紳士の皆様!」


 ここで、カティが突如として声を張り上げる。

 その姿は、さながら客席へ向かって語りかける役者のよう。

 そうやって語りかけている相手は、当然ながら間近にいるオレたちではない。

 距離を取り、耳を立てている野次馬と記者たちだ。


「耳の良い方は、すでに聞こえているでしょう!

 たった今、こちらにいるわたしことカティ・サークの婚約者ジョニー・ウォーカーが、こう問いかけました。

 『あなたは、貴族なのか? あるいは、貴族の隠し子なのか?』

 ……と。

 その質問を向けられたスワロー巡査の答えは、ノー。

 しかも彼は、その答えを女王陛下に誓ったのです!」


 その言葉を受けて……。

 衆目から、どよめきが起こった。

 この大勇帝国において、女王陛下へ誓うということは、並大抵のことではない。

 時にそれは、聖書に手を置いて神へ行った誓いよりも重んじられるのだ。


 つまり、それが嘘だったならば、もはや勇国人として生きていけないということ。

 野次馬も記者も、その意味を当然ながら理解しているので、騒いでいるのである。

 もはやこれは、決闘の見物をしているに近い。


「女王陛下へ誓っての言葉!

 もし、これが嘘であると証明されたならば、重罪は免れません!

 さて、皆様! その上でご説明しましょう!

 まず、こちらのジョニー・ウォーカーが名門ウォーカー家の三男として生まれながら、魔力を持たない“出来損ない”であること……ご存知の方は、多いかと存じます」


 これにうんうんとうなずくのは、主に記者の皆さん。

 貴族のゴシップは、彼らにとって極上の菓子。

 オレの噂を知らぬなら、そいつはモグリの記者だ。


「ですが、そのジョニーが、我が婚約者が、特異な体質であることを知る方は、いらっしゃいますでしょうか?」


 婚約者、という単語をことさらに強調しながら問いかける我が婚約者殿である。

 お前、さっき具現化した鎖と首輪でオレを引きずろうとしてた場面、しっかり見られてるからな?


「彼……ジョニー・ウォーカーこそは、この世でただ一人、魔力の匂いを嗅ぎ取れる異能力者なのです!」


 これが舞台劇ならば、後方の楽団がさぞかし派手な音を立てるだろう大仰極まりない動作で、カティが語りかけた。

 まさにこれは、衝撃の事実!

 果たして、これを聞いた人々の反応は……。


 ――しん。


 ……とした静寂である。

 それは、そうだろう。

 魔力というのは、火や蒸気のような目に見える力ではないのだ。

 ホワイト警部の分身魔術がそうであるように、魔力が起こした現象は観測可能でも、まだ何も起こしていない状態の魔力を感じ取ることなど、不可能というのが常識であった。


 とはいえ、常識というのは、覆されるためにあるもの。

 今、ここに、彼らの常識はひっくり返されようとしていた。


「ジョニーさん。

 あれの出番です」


「……ああ」


 直々に授かったのが、昨日の出来事。

 まさか、こんなに早く出番がくるとは……。

 そう思いながら取り出し、よく見えるよう高々と掲げたのが、黄金の懐中時計。

 もちろん、純金製というわけではないが、これは、生半可な金塊よりも価値のある代物であった。

 何故ならば……。


「剣をくわえたドラゴン!」


「王家の紋章だと!?」


「なら、あれは女王陛下から下賜された品なのか!?」


 記者だけではない。

 一般の野次馬たちも、騒ぎ始める。

 王家の紋章を知らぬ者など、この大勇帝国に存在しようはずもなかった。


「蓋の裏側には、こう彫り込まれています。

 “女王の名が下、この者が魔力の匂いを辿れると保証する”と!」


 開いた懐中時計の内側に彫り込まれた文面を、人々に向かって読み上げる。

 それから、オレはスワロー巡査に向け、こう宣告したのだ。


「ジョニー・ウォーカーが、女王陛下に誓って断言する!

 スワロー巡査……あなたは、魔術を使っている」


 正直に言おう。

 衆目に晒されながらこれをやるのは、死ぬほど恥ずかしかった。

 カティだけは、満足そうにしていたが。


 お読み頂きありがとうございます。

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