6. 番外編
この世界に来てエレナに転生して4日が経った。
難事件が解決して、今日一日ぐらいは休んで落ち着けるだろう。
それなら今日はこの世界を知ろうと思う。
転生したけれど、この世界に何があるのか、この街がどんな街なのか。私は何も知らない。外に出たのも一度だけだったし…それに、外に出たと言っても犯人を捕まえるためだけだから街のことは何も見れなかった。今日は冒険みたいなことをしてみよう。
玄関の扉を開け、戸締りをきちんと済ませる。
外の空気は少し冷たいのに、暖かい日差しが心地よくて思わず背伸びをした。
街並みはあまり元の世界とは変わらないみたい。
人通りも多く、進めば進むほど賑やかな話し声と笑い声が聞こえる。風に乗ってふんわりと香ばしいパンの匂いがする。
(いい匂い…お腹が空いてきたなぁ…)
お金はエレナが残しておいたお金と、レイド刑事から受け取った今回の依頼料。そういえば、冷蔵庫に食料が何もなかった…あとで買って帰るとしよう。
それにしても不思議だ。
この世界は本当に異世界なのかと疑ってしまうほど元の世界の街並みと変わらない。異世界ってもっとこう…画期的な感じではないのか?想像していた異世界とは違う…
街を進むとさっきまで賑やかだった場所とは違い、人通りが無く、静寂に包まれた細い路地。この先にも何かあるのだろうか。そう思って足を踏み入れた。
だが、その選択をすぐに後悔することになる。
薄暗く影になる路地。
特に何かがありそうな雰囲気はない。
人通りも全くない…
不思議だ…先程まであれほど人が多かったのにも関わらず、急に人がいなくなるのだから。
そんな時だ。背後から声をかけられたのは…
「お嬢さん。こんなところで何をしてるの?」
振り返れば四人の男性の姿。
顔を見ればニヤニヤしていて気味が悪い。
早くこの場から去ろう。
そう思ったのだが、逃げようとしていることに気づいたのか一人の男に手首を強く掴まれる。
「なんで逃げようとするんだよ。別に怖いことなんてしないよ?ただ、俺たちと遊ぼうよ。」
人がいないことでこの男たちは簡単に女性を連れ込もうとしているのか。そうか、ここに人が寄り付かないのはこういう人間がいるからか。
私は心底馬鹿だと思う。
なぜそこまで頭が回らなかったのだ。
まあ、私の手首を掴む腕を解くことなど簡単なこと。
昔から私は護身術を習っていた。
だから簡単に……。
(あれ……?どうして…?)
手を開き、どれだけ手首を回そうとしても回ることなく全く抜けそうにない。相手の力が強すぎるのか……。いや、そうじゃない。
もちろん、それもあるのかもしれない。
だけど、それ以上にエレナの力が弱すぎる。
エレナは身体が弱いとソーマが言っていた。
なかなか外に出ることもなかったのだろう。
身体に十分な力が入らない。
掴まれた手首から逃げることなど、そんなに力はいらないとされている。それにもかかわらず、手首を回しても十分なところまで回らない。それほど、エレナは力がないんだ…
「華奢な身体だな…抵抗しても無駄だよ…?ここには人も来ない。どれだけ叫んでも…。」
「お嬢さん?遊ぼうか…」
(どうにかしないと……でも、どうすれば。)
何とかしたくても出来ない。
なぜなら、人がここには来ない。
一人の男が言ったこの言葉には現実味がある。
実際、この路地に入って何分経っても、人が通る姿は見えない。誰一人として…ここを通っていない…
この場所は別世界みたいだ…
ううん。この路地こそ異世界みたいだ…。
さっきよりも身体に力が入らなくなってきた。
エレナのこの身体は体力がない…
すると…
「その手…離してもらえませんか?」
私の耳に聞こえたのは確かに聞き慣れた声。
この声は、ソーマの声だ。
男たちが一斉に振り返ると、やはり見えたのはソーマの姿だった。
「なんだ…ガキじゃねえか。」
「ガキはさっさと帰るんだよ。お兄さんたち今、忙しいから。」
ソーマを見れば、男たちを鋭い目で睨みつけている。
「その子…俺の彼女なんで。離してもらってもいいですか?」
「君、あんな奴と付き合ってんの?辞めときなよ…あんな頭悪そうなの。」
…頭が悪い?
ソーマが?
ははっ…本当に笑える。
「頭が悪いのはあなたたちの方だと思うけど?」
あ…やばい。やってしまった…
この身体じゃ何も出来ないのに、思わず本心を口に出してしまった。
「なんだと?」
(…っ。)
手首を掴む男の手がさっきよりも強くなる。
男の爪が皮膚に刺さり痛みが増す。
「…っ、痛っ!…てめぇ、なにしやが……っ!」
ソーマは近くにいた四人のうちの一人の男の腕を絞る。
「痛いのが嫌なら今すぐに離せ。そして二度と俺たちの前に顔を見せるな。」
一瞬反撃しようとした男たちはソーマの冷たくゴミを見るような目と冷ややかな声色に怯えたのか、私を掴んでいた男はすぐに手首から手を離し、逃げていった。
安心したのか私は足の力が抜け、地面に座り込んでしまう。ソーマが近づいてくると私と同じ目線になるように座り込んでくる。
「大丈夫か。」
「…うん、大丈夫。ありがとう、ソーマ。」
「泣いてるぞ。」
ソーマの指が私の目から流れる涙を拭う。
私は正直信じられなかった。
今、自分が涙を流していることに。
私の意思とは違う。
これは、エレナの意思なのか…
いや、そうじゃない。
多分、身体が覚えているんだ。
ソーマの優しさを。温もりを。
だから自然と涙が出たんだ。
「怪我はないか?」
「うん、大丈夫。腕がちょっと赤くなったぐらいだから。」
自分の腕を見れば赤くなり、くっきりと残される男の爪の跡。
「私なら…すぐにあんなの抜け出せた。でも、エレナの身体はそう簡単にはいかないよね。」
私は無力だと思う。
いつもなら自分の力でなんとか出来るはずのこと。
それが出来ないなんて…
落ち込んでいると頭に乗る心地よく温かい手。
「お前は強いと思う。あの状況で男たちに向かって、頭が悪いのはあなたたちの方だって言えるのは、お前の強さだ。よく頑張ったな。」
なんだろう、胸が熱くなる。
久しぶりに感じる人の温もり。
心地いいなぁ…
「そういえば、なんでこんなとこにいるんだ?」
「この世界に転生したけど、この街のことを知ろうと思って。色々歩いていたらここに行き着いたんだよ…」
「なるほどな。」
「ソーマはどうしてこんなところに?」
「これだよ。」
見せられたのは大量の袋…
「何これ。」
「食料だよ。家に何もなかっただろ?だから買いに行ったあと、その帰り道でたまたまお前が見えてついて行ったら囲まれてたってわけだよ。」
ソーマがいてよかった…
もしソーマが私に気づかなければ、私はどうなっていたのだろうか。そう思うと鳥肌が立つ。
「またこんなことになったら困る。これからは俺が案内するから、一人で行くな。分かったな、瑞穂。」
「うん…分かっ……え?」
今…瑞穂って呼んだ?
「今、瑞穂って…」
「聞き間違いだろう。」
聞き間違い…?
いや…そんなはずは…
「ほら、早く行くぞ。」
「あ、うん。」
まあ、いいか。
今の私はエレナだから。
ソーマの後ろについて家へ向かう帰り道を歩いた。
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