4. 三人の重要参考人
カーテンの隙間から朝を知らせる日差しが差し込み、目が覚める。この身体はどうやらもうすでに自分の身体のように染みついている。昨日は覚えていたこの身体の違和感も今はもう無い。
顔を洗い、朝食を食べ、身支度を済ませ時計を見れば、丁度ソーマと約束した午前9時50分。玄関のベルが鳴り、扉を開ければソーマがいる。
「おはよう。」
「おはよう、エレナ。」
そう言って家に入るソーマ。
ソーマにエレナと呼ばれるのは違和感がある。
その違和感は私が本物のエレナではないとバレてしまったから。私自身の本当の名前を知っているソーマが私の名ではなくエレナの名を呼ぶから。ひどい違和感だ。
だけど仕方ないよね。
それに、私の秘密を知るのはソーマただ一人。
エレナをよく知る人物がソーマしかいなくてよかった。でなければもっと大変な思いをしていたはず。
それと、ソーマには感謝している。
ソーマが信じてくれたから、私は何も飾る必要もなく、頭の中を空にしてこの事件を調べられる。
二つのホワイトボードに書かれた二つの事件、二人の被害者の情報をじっと見つめて読んでいるソーマ。読み終わったのかこちらを見ている。
「何か分かったの?それとも…何か変だった?」
「いや、むしろ分かりやすくまとめられている。エレナは割と大雑把だが、転生してきたお前は几帳面なんだと見れば分かる。」
本物のエレナは大雑把か…
「変えるなよ、その几帳面さ。変えられたら事件の手がかりを見落とすかもしれないからな。」
「…う、うん。分かった。」
“変にエレナになろうとするな”そう言われているのだと思った。エレナはエレナ。私は私。それを忘れてはいけない。
そうこうしていると扉のベルが鳴った。
時計を見れば丁度、午前10時だ。
扉を開けると書類の入った封筒を持ち扉の前で佇むレイド刑事。
「おはようございます、レイド刑事。」
「おはよう、エレナ。入ってもいいかな?」
「どうぞ。」
レイド刑事を家に招き入れ、ソファーに座ってもらった。私は紅茶を淹れてレイド刑事とソーマに出した。
ホワイトボードは見える位置において紅茶を一口飲む。
「昨日言ったけど、今日は重要参考人の三人の情報を持ってきたよ。」
持ってきていた封筒から三枚の書類を取り出す。
「まず一人目は、エドワード・ストレウス、35歳。元々、リューレルフ座で舞台の照明係をしていた。解雇された後は、テリフィウス座で同じく照明係をしている。それと、この男には賭博癖がある。どうやらそのせいで金を同僚のスタッフや人気のある舞台役者によく借りていたらしい。」
一人目の重要参考人、エドワードの解雇理由は賭博癖と、金銭のトラブルのせいだとすぐに予想が出来た。
「二人目は、ハンター・ランベルト、22歳。リューレルフ座で衣装係をしていた。解雇された後は、エドワードと同じくテリフィウス座で同じく衣装係をしている。この男はかなり女癖が悪いらしい。同僚スタッフだけには留まらず、舞台役者にも手を出していたらしい。特に、一人目の被害者と二人目の被害者はハンターのお気に入りで目をつけられていたという噂があった。」
二人目の重要参考人、ハンターの解雇理由は女性関係のトラブルというところだろう。
「三人目は、レイノル・マルコフ、26歳。リューレルフ座で舞台役者をしていた。解雇された後、エドワードとハンターと共にテリフィウス座で同じく舞台役者をしている。この男はスタッフや舞台役者とのトラブルが絶えなかったらしい。レイノルのわがままな姿にみんなうんざりしていたそうだ。」
三人目の重要参考人、レイノルが解雇されたのはスタッフや役者たちとのトラブル。不満が絶えなかったことから解雇。
「何か気になることやここまでで気づいたことはある?」
「そうですね……。重要参考人の中で一番怪しいのはやはり、二人目のハンターさんでしょう。他の二人は被害者たちとの関わりが見えない。それに比べて、ハンターさんは被害者の二人を目につけていた。被害者二人への執着心が犯行の動機になった…という線が一番に浮上しますね。」
「やはりそう思うよな。だけど、一人目の重要参考人エドワードと三人目の重要参考人レイノルも被害者と直接的ではなかったが関係がある。」
「というと?」
「まず、エドワードはよく周囲に被害者二人のことをそれぞれ周りにこう話していたらしい。」
──『あいつには才能がない。』
才能がない。
被害者二人のことを才能がないと周りに話していたというのか。被害者二人がどれほどの努力をしてきたのかは私にも分からない。だけど、被害者たちは舞台に立つという夢を叶えるために必ず努力をしていたのは確か。それを簡単に才能がないと吐き捨てる人間が被害者たちのすぐそばにいたということが心底悔しく思う。
「レイノルは被害者二人のことをそれぞれ周りにこう漏らしていたらしい。」
──『無名は無名で終わる。光を浴びることは一度もない。』
無名は無名で終わる。
確かにその言葉は間違いではないのかもしれない。
だけど、それは本人たち次第だ。
本人の努力、本人の実力、それが人に伝わってこそ初めて無名時代を飛び出し光を浴びる。
被害者二人が彼ら三人に出会わなければ、殺害されることはなかったのではないか。
重要参考人三人の顔写真をホワイトボードに貼り、情報を見ながら今回の事件を組み立てていく。
「レイド刑事、どうしてこの三人が同時に解雇され、しかも同時に同じ劇場で雇われたのでしょうか。」
「ああ、それなら調べたよ。元々三人が働いていたリューレルフ座のオーナーとテリフィウス座のオーナーは古くからの知り合いだったらしい。ちょうど二ヶ月ほど前に、テリフィウス座の照明係、衣装係、一人の役者が次の仕事を見つけたことで辞めることになったらしい。」
「それで、リューレルフ座のオーナーが紹介したのが、重要参考人たちということですね?」
「そう。一応、リューレルフ座のオーナーは三人がどんな人物かを話したが、テリフィウス座のオーナーは舞台のためならどんな人材でもよかったらしく、すぐに紹介してもらい、三人が雇われたらしい。」
舞台のためなら人を選ばない。
それが新たな被害者を出してしまったんだ。
私はホワイトボードを見つめながら考える。
被害者が狙われた理由は?
犯人の狙いは?
ホワイトボードに書かれた文字が頭の中で渦を巻く。
すると、一つの答えに辿り着いた。
「被害者の二人が望んでいたいつか舞台に立って光を浴びたいという願い。これは被害者の共通点です。なら犯人の狙いは、彼女たちの願いを叶えるということにあったのではないでしょうか。」
「エレナ、どういうことだ?」
首を傾げたソーマが私に聞いてくる。
「そのままの意味だよ。犯人の狙いは被害者を舞台に立たせ、光を浴びさせること。無名の被害者二人が突然舞台に立っても、湧くほどの注目は集まらない。そんな無名の被害者たちが舞台に上がり光を浴びる。そして注目を浴びる。注目を浴びるのに一番手っ取り早いと思われているものはなんだと思う?」
「…事件。なるほど、確かにそうだ。事件が起きれば、瞬く間にメディアが集まり記事になる。そして被害者たちは一瞬にして世間の注目の的になる。」
「レイド刑事、もしかして被害者の遺体はどちらも照明で照らされていませんでしたか?」
「そうだよ!言ってなかったのによく分かったね。」
「犯人ならそうすると思ったのです。これは犯人ならではの無名の少女たちへの最後のプレゼント。無名のまま芽が出ない被害者たちへの皮肉。」
「その皮肉なメッセージが被害者の血液で書かれた壁のメッセージってことか…」
ソーマの言葉に私は頷いた。
「レイド刑事、現場に何か残っていませんでしたか…?」
「ああ、これが残っていたよ。」
見せられたのは一枚の写真と物的証拠。
「何も関係がないと思っていたけど、一応証拠として保管してる。」
これだ…
これが犯人が残した唯一の証拠。
この証拠こそが犯人の正体を表している。
犯人しか使わないであろうもの。
残していたということは、犯人はそれを落としたことに気づいていなかったということ。
なぜなら、その日はもう舞台には誰も上がらないと分かっていたから。
「これで決まりですね。犯人はあの人です。」
「そうと決まれば、早く行こう。他の被害者が出る前に。」
私とソーマはレイド刑事が乗ってきた車に乗り込んでテリフィウス座へ向かった。レイド刑事は応援を呼んでいる。
犯人を捕えるために。
必ず、報いを受けさせる。
失われた尊い二人の命のためにも。