-5- 夢喪者(むそうしゃ)と、白き鎧の少女
リュミエルの顔が蒼白になり、彼女の手が震えた。
「……あの子は、私の“妹”だった」
「名前は――《リリス・エストリア》」
クロウが振り向く。
その瞳の中に、驚きと疑念が交錯していた。
「妹……? だって、あの子は明らかに……」
「違う、クロウ。あの子は私の妹だった。だけど、もう――もう“妹”じゃない」
リュミエルの声は震え、目には涙が浮かぶ。
リリス・エストリア――
彼女がかつて“星眠の巫女継承者”として、リュミエルの下で過ごした少女。
しかし、今のリリスは冷徹な瞳で、クロウを見据えたまま言った。
「リュミエル=エストリア、あなたは“裏切り者”」
「私を捨てて、逃げ出した罪を償ってもらいます」
「リリス! そんなことを言わないで!」
リュミエルは手を伸ばして呼びかけるが、リリスは冷たくその手を払う。
「言うまでもない。あなたが逃げたことで、私たちの一族は滅びた」
「あなたが選ばれなかったからこそ、私は『夢喪者』になった。あなたがいなければ、私たちはこうならなかった」
リリスの目の中にあるのは、ただひたすらに“憎しみ”と“後悔”だった。
「違う……リリス、私はあの時――」
「もう何も言わないで。あなたの“夢”が全てを壊したのだから」
その言葉が、リュミエルの胸に深く刺さる。
そしてクロウの心にも、重いものが降りかかる。
――“夢”が世界を壊すことがある。
それを知っているのは、リュミエルだけではない。クロウ自身も、今その痛みを実感している。
クロウは静かに立ち上がり、剣を抜く。
「お前の“妹”だろうが、誰だろうが、俺には関係ない。
それでも、俺はリュミエルを守る」
その言葉に、リリスは冷笑を浮かべる。
「あなたが守る? できるのか、夢喰いの力で?」
リリスはその場で構えると、白銀の剣を一振りする。
その一撃は、クロウが持つスキル《夢喰》に匹敵するほどの力を放っていた。
クロウはそれを受け止めるものの、その圧倒的な力に圧されて後退する。
「うっ……!」
リュミエルがその姿を見て、目を見開く。
「クロウ!」
その瞬間、クロウの体にかすかな変化が訪れる。
リュミエルの呼びかけが、どこか遠くから響いてきた。
――ああ、そうだ。
俺は守るんだ。守りたかったんだ。
クロウの体が、再び蒼く輝き始める。
今度は、ただの“自己喰らい”ではない。
目の前の敵――リリスの夢そのものをも食らい尽くす、クロウの力が目を覚ます。
「リリス、お前がどれだけ憎しみを抱こうと、
俺が“守りたい”ものだけは守る。絶対に」
クロウの声が、リリスの心を打つ。
「クロウ……」
そして、彼は目を閉じる。
「夢を食らい尽くすのは、俺の役目じゃない」
「夢を食い尽くしてしまえば、全てが終わるだけだから」
リリスがその言葉に戸惑い、止まる。
「……お前、私の言葉を理解してるのか?」
「わかってる。夢を守る力が、こんなにも怖いものだって――」
「でも、だからこそ、この力を持っていても、“守りたいもの”は守るんだ」
その瞬間、クロウが手を伸ばし、リリスの白き剣を掴み取る。
それは、ただの力任せではなく、確かな覚悟に基づいた行動だった。
「……クロウ。あなた、本当に変わった」
リリスの声が、わずかに揺れる。
「それなら……私の剣を、受けてみろ」
再び、リリスが剣を振りかぶる。しかし、クロウは迷わずその剣を受け止める。
そして、ほんの一瞬の隙をついて、クロウの剣がリリスの側面に突き立つ。
――戦いが終わる。
リリスが膝をつき、息を荒げながら言った。
「あなたは、私が憎んでいた“夢の守護者”だったんだな」
「でも、あなたの言葉を信じることにする……」
その言葉に、クロウは微笑む。
「だから、今度はお前の“夢”を守る番だ」
その時、ユノが静かに歩み寄り、リリスに手を差し伸べる。
「リリス……あなたの“罪”は、今ここで清算されるべきではない」
「……ユノ」
ユノはリリスの肩を支え、優しく語りかけた。
「あなたの“夢”も、守るべきものだから」
「共に歩き、あなたの“本当の願い”を見つけなさい」
その言葉に、リリスの目に涙が溢れ出す。
そして、クロウとリュミエルは、再び肩を並べて歩き始める。
新たな敵、新たな“夢”の力に触れながらも――
ふたりの絆は、確実に深まりつつあった。
次回予告:第6話「希望の光と、闇の先」
リリスがクロウとリュミエルに加わり、旅はさらに過酷なものに。
「原初の夢」の秘密、そしてクロウの真実に迫る新たな試練が待っている――。