-4- 星眠の谷と、巫女の夢
――数日後。
風が優しく吹き抜ける、翠の谷。
砂に閉ざされた“無夢の地”とは対照的に、星眠の谷は清らかで、夢の残り香に満ちていた。
「これが……星眠の谷……」
リュミエルがぽつりと呟く。
谷の中央には、青白く輝く湖と、神殿のような建物。
かつてここは“夢の巫女”が住まう聖域とされていた。
ふたりは谷を見下ろす丘に立ち、静かに息を呑む。
「ここなら……少しは追手の目も届かないな」
「でも……なんだろう、この感じ。胸が、ぎゅっとする」
「……何か知ってるのか?」
「ううん、思い出せない。でも、懐かしい気がする……」
リュミエルが言葉を探すように、胸元を押さえる。
その時――
「ようこそ、夢喰いと導かれし者よ」
澄んだ声が谷に響いた。
ふたりが振り向くと、湖の方から白い衣をまとった少女が現れた。
年の頃は十六、七。銀髪に琥珀色の瞳。
その背には、淡く光る“夢紋”が浮かんでいる。
「……あんたが、“夢を視る巫女”?」
「ええ。私は《ユノ・アルセリア》。この谷に残された最後の巫女です」
ユノは歩み寄ると、リュミエルを見て、微かに目を細めた。
「……やはり、あなたでしたか。あの日、消えた“彼女”は――」
リュミエルの表情が凍る。
「あなた……私のことを……?」
「“星眠の巫女継承者”、リュミエル=エストリア」
「あなたは本来、この谷を継ぐ者でした。ですが、五年前――」
「やめて……お願い、言わないで……!」
リュミエルが苦しそうに耳を塞ぐ。
クロウが一歩、彼女の前に出た。
「……やめてくれ。彼女は今、過去と戦ってる」
「失礼しました。ただ……この谷に足を踏み入れたということは、覚悟はあるはず」
ユノの瞳は冷静で、それでいてどこか悲しげだった。
クロウは静かに尋ねる。
「ユノ。俺は“夢を喰らう”スキルを持ってる。……この力の先に、何がある?」
「“原初の夢”です」
「世界がまだ形を持たなかった頃、最初に生まれた“意志”。すべての夢の源にして、災厄の根でもあるもの」
「つまり、俺がそれに近づいているってことか」
「ええ。そしてあなたには選択が迫られるでしょう。“夢を喰らい尽くすか”、それとも――」
その時、地鳴りのような音が谷に轟いた。
「敵襲!? 追ってきたの!?」
ユノの顔が険しくなる。
「いえ……これは“あの方”……!」
湖の中心、封印されていた神殿の扉が音を立てて開き、
その奥から“光の鎧を纏った少女”が歩み出てくる。
その姿に、リュミエルが震える声で呟いた。
「……あの子は……!」
少女の瞳は、まっすぐにリュミエルを捉える。
「リュミエル=エストリア。夢を裏切り、逃げた巫女」
「あなたを、正式に《夢喪者》として断罪します」
そして、彼女はクロウに視線を向けた。
「そしてあなた、クロウ=???」
「“原初の夢”に選ばれし者――あなたの存在が、世界を歪ませている」
「……やっぱり、お前もそう言うんだな」
剣が、静かに抜かれる音。
次なる戦いは、“リュミエルの過去”と、“クロウの本質”――
ふたりの核心を試す、試練の幕開けだった。
次回予告:第5話「夢喪者と、白き鎧の少女」
リュミエルの過去の罪と、巫女を断罪する謎の少女。
クロウの夢が、そして“世界の真実”が、ついに語られ始める――。