-2- 欠けた夢、満ちた力
リュミエルの夢を、俺は“喰った”。
けれど、それは奪うことじゃなかった。
彼女の中にある“救いたい”という純粋な意志に、俺が触れた瞬間、
その夢は俺の中に溶け込み、力に変わった。
「……不思議」
そう呟いたリュミエルの頬には、まだ涙の跡が残っていた。
「私の中の“夢”が、全部じゃなくて……ほんの少しだけ、あなたの中に移った感じ」
「でも、それが……あたたかくて、安心した」
「安心……ね。喰った側としては、ちょっと不思議な感想だ」
俺のスキル《夢喰》には、二つの形がある。
一つは“喰い尽くす”こと――夢を奪い、その者の力を根こそぎ奪う。
もう一つは、“分けてもらう”こと――夢を少しだけ共有し、力を借りる。
この力を正しく使えば、誰かの夢を守れるかもしれない。
そんな希望を、初めて感じた。
……だが、そう悠長にもしていられなかった。
――ズズ……ズズズ……
乾いた砂が、不自然に盛り上がる。
「来るぞ、リュミエル。……地の魔物《砂潜獣》だ」
「こっちへ!」
轟音と共に、巨大な殻を持つ魔物が地中から姿を現す。
体長は五メートル超。戦車のような殻と、泥のような触手。
この“無夢の地”に棲む、低級とはいえ十分に脅威な存在。
「私……魔力が尽きかけてて、戦えない……」
「なら、俺がやる。お前の“夢”を背負ってな」
クロウの目に、リュミエルの中の光が灯るのが見えた。
次の瞬間、彼の体から蒼白のオーラが溢れる。
《夢喰:起動》
――対象:リュミエルの夢【世界を救う】
力が流れ込む。
これは、彼女の“理想”の一欠片。
清浄で、真っ直ぐで、優しい――それでいて、強い。
「ハアァッ!」
クロウの手に、一筋の光が形を成す。
剣――いや、“希望”の具現。
魔物が突進してくる。
その殻は、下手な武器じゃ傷ひとつつかない。
だが。
「リュミエル、お前の夢は、こんなにも強い」
「だから、借りるぜ――その“未来を救う力”!」
一閃。
放たれた刃は、魔物の殻を真っ二つに切り裂き、
内臓の核を焼き尽くした。
ズシャアッ……!
砂と血の雨が舞い、魔物が崩れ落ちる。
「……やった……の?」
「あぁ。お前の力、すげーな」
照れたように笑うクロウに、リュミエルもまた小さく微笑んだ。
さっきまで泣いていた少女の顔とは思えない、あたたかい笑顔だった。
けれど――
「……クロウ……! 後ろ!」
その声と共に、異質な“冷気”が背筋を這った。
振り返った先に立っていたのは、一人の男。
黒の騎士装束、銀の面、冷たい瞳。
「……夢喰い、クロウ。お前に《指名封殺》が下された」
「……“夢騎士団”か」
再会は、あまりに早かった。
そして、この男の気配は――今までの敵とは、桁が違う。
「任務は一つ。お前を、この世界から“消す”ことだ」
そう言った騎士の手には、黒い剣――
“夢を断ち切る”という、かつて俺と同じように追放された男の持つ剣があった。