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ヤリナオシ  作者: ジャク
8/8

chapter 7


何でだ…


何でだろう…


何で俺はここに立っている。


どうして俺は…


間野を守っている?


「…宗?」

 背後から弱々しい間野の声が耳に入る。

 最終的に、勝手に体が動いていた。大義名分どうこうの前に、俺は立ちはだかった。間野を消滅させようとしたバグの前に。

 ホルスターから咄嗟に引き抜いたリヴィジョンのソードで、バグの放った攻撃を打ち消したのだった。


「…別に、仲間って認めたわけじゃない。」

 それは意地っ張りのような、素直になれない気持ちの現れ。それでもこうして立ちはだかるこの身だけが、心にある気持ちをそのまま反映している。

 逆手に持った剣の柄を、強く握り直した。


 俺は咆哮を上げながらバグへと向かっていく。

 渡り廊下の屋根を建てている柱。それを右足で蹴って飛び上がり、バグに切り込む。刃を返してさらにバグの懐へ踏み込みながら仕掛ける追い討ち。横蹴りをバグの腹にお見舞いし、タックルでバグを押し出した。

止めどない勢いで、よろけたバグの首元を鷲掴んで投げ飛ばす。バグが起き上がる時には胴を押し切っていた刃。切った流れでソードを順手持ちに切り替え、もう一度。最後はその首を跳ね上げた。


 そのバグが消滅すると、目の前には新しいバグが待ち構えていた。

 徐々に速度を上げて、こちらから獲物を狩りに向かう。

 俺が振った刃を左に避けられ、俺はすぐさまそれを追って横に切りかかる。俺の攻撃を両腕の前腕部分で受け止めたバグだったが、その腕ごとソードで切り裂かれ、腕を切り裂かれた身に再度刃を振り下ろされた。しかし俺が振り下ろした刃は跳ね返され、その代わりにバグの蹴りが俺の懐に戻ってくる。

「ぐッ!!」

 何とか痛みには踏ん張るが、命中した部位が部位だけに、あとずさった。

 ふらついた隙を逃さず、猛獣のように飛びついてくるバグ。両手で握ったソードで、バグの両腕をなんとか受け止めた。拮抗する力の流れを右に移動しながら横に受け流し、すれ違い様にバグの背中に刃を定めて切り下ろす。

 バグがこちらを振り返る前に、屈めた体の胸元に構えられたソード。振り返った瞬間、露わになった敵の心臓部めがけてその身を刺し貫いた。


 更に背後に気配を感じて振り向くと、出現し終えた3体のバグが。

 血振りをするように剣を振って、バグを睨みつける。その動きとともに、俺は自分を一層奮い立たせた。

 何体でも切り裂いてやる。間野のためか遅れをとりたくない自分のためか、とにかく、今の俺には何がなんでも勝ちをもぎ取る貪欲さがあった。それが久しぶりの戦闘で複数体と対峙しても怯まなかった理由だろう。


 俺は3体を牽制するよう群れの中心へ飛び込みながら刃を振る。広がりながら後ろへ下がったバグたちは俺が着地したのと同時にこちらに殴りかかってきた。

 爪を立てているかのような両手で乱雑に腕を振り回してくる3体のバグ。1体を引き剥がすともう1体が襲いかかり、ソイツも跳ね除けると、もう1体がやってくるという休みのない攻撃をどうにか躱しながら、反撃の糸口を模索した。


 戦っているうちに、場所は渡り廊下先の校舎内の廊下へと移りゆく。


 あらゆる角度からの攻撃を防ぎ、掻い潜る。

 攻撃を回避したすれ違いざま、素早く振り返った俺は、バグの脇腹目掛けて刃を通過させた。

 そのバグが消滅する頃には俺はまた反対方向へ低い姿勢で踏み込んでいる。襲い来るバグのみぞおちに向けて構えられた、ソードを握った右腕の肘。バグの胴体を迎えに行くよう一気に懐に飛び込み、肘をねじ込んだ。鈍く突き刺さったダメージに失速させられ、俺を覆うような前傾。そのバグが余韻で後方へと離れる前に、追い越す勢いで胴に沿わせた刃を押し通す。

 剣を振り抜いたその時には最後の1体がすでに腕を振りかぶっていた。後方に下がりながら連続で繰り出される攻撃から逃れる。

 それでも詰められた間合いで振り下ろされた拳をソードで払い、右の回し蹴りで敵に距離を取らせた。背後に下がったバグを追った同じ足の足刀は、回避が早かったバグの両手で叩き落とされてしまう。落とされた右脚を踏ん張って低姿勢を立て直す前に、左からバグの足が迫っていた。

 反射的に両腕で防ごうとした俺は押し負けて壁に衝突、右手に持っていたソードが勢いのあまり、掌をすり抜ける。転がりゆくソードを刹那に見て、すぐにバグの方へ視線を移すと、バグの前蹴りが顔正面に迫り来ていた。

「やべッ!?」

 咄嗟にソードが飛んだ方向とは反対の左へと身を逸らす。

 壁に張り付いたバグの足。俺はその足とバグの腰を掴んで、自分から引き離した。

 バグが押された隙に背後に転がり距離を開け、ホルスターに装着されたままのハンドガンに手をかける。立膝をついて上体を起こした瞬間に銃を構えて引き金を引きまくった。

 近距離で弾丸を何発も打ち込み、ダメージで後ろへと引き下がるバグ。だがしぶとく、こちらに捨て身で掴みかかってきた。

 振り絞った力でバグをどかし、敵と入れ違って前へ突き進むこの身。無我夢中でハンドガンを左手に持ち替え、落としたソードを右手に掴む。

 身を翻しながら左手で銃を乱射し、右手のソードを体の左側に構えた。交差している両手、まだ刃を振らず構えたままの右腕を支えに、左手のハンドガンの照準を安定させる。

 少しだけ身体の一部が消えかかってきたバグに最後の一撃を仕掛けに行った。

 バグが向かってくるのと同時に、こちらも真正面からかち合う。全身でタックルを繰り出す勢いで叫びながら飛び込んだ。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 バグと接触した瞬間、思いっきり右手のソードを振り切る。

 剣の軌道をなぞるように黒塵が舞う。それはバグの血飛沫のように。


 倒れこみながら消え去るバグ。その身が床につく頃には全て塵となって消滅していた。

 右手が切った最後の位置で止まったまま、俺はバグのいなくなった視界の斜め下を呆然と向いていた。

 まだおさまらない、自分の荒い息が聞こえる。

 唾を呑み込み、まだ口と肩で息をしていた。


 周りにもうバグの気配はなかった。それを感じると、鎖が外されたように壁にもたれかかった。

まだしばらくは、息は荒いままだ。



 少しして息が整い出すと、俺はよろけそうな体を起こして渡り廊下の入り口まできた。開け放たれているドアの枠に手をかけて寄りかかり、座り込んだままだった間野を見る。

「大丈…」

 「大丈夫か?」といい終わる前に俺のその言葉は止まってしまう。


固まってしまった。

あんなの見たことがなかった。

彼女はただ茫然と涙を流していた。

見たことのない表情、見たことのない仕草、見たことのない彼女の姿。

不意過ぎて、言葉を失った。


 そんな彼女から目を逸らし、背を向ける俺。動揺している俺より、茫然と泣いている彼女の方が落ち着いているようにすら見えてしまう。

 でも彼女は泣いているんだ。瞼の下から溢れ出す涙を次々に頬へと伝わせながら。

「わ、悪いな」

 自分でもどういったらいいのかわからない心持ちだった。

いつも、

いつもいつも笑っていた彼女が、泣いていたから。

 片手で抱えるように頭を掻いた。

 掻いた左手はゆっくりと髪を梳かしながら降りていく。

 戸惑いを隠して、もう一度彼女の方へやった視線。

なんて声をかけたらいい?

俺はどうすればいい?

 会話に要する距離感が掴めず、少しだけ近寄って彼女を見下げた。

「…大丈夫か?」

 その問いかけは彼女の心にやさしく触れるように、慎重に置いてやるよう心がけた。

 ようやく間野は表情を変え、喋り出す。

「…は、え、えっと、あの」

 おしゃべりな間野にしては、言葉が空気のように消えていきそうな、安定しない声から始まった。涙で濡れた顔を、手や服や腕で拭いながら体裁を取り繕う。

「びっくりしちゃって…、焦っちゃって…」

 俺は何も言わず、何も言えずに黙って間野の弁解を聞いた。

 間野は色々ポツポツと喋っているが、何も頭に入ってこない。

 言葉の途中で俺は何を思ったか手を差し出した。間野は不思議そうに手と俺を見た。

「…立てるか?」

 間野は無言で頷き、俺の手を握る。その触れた指先が、合わさった掌が、柔らかく繊細でやさしくて、なんだかとても気恥ずかしくなった。

 俺は彼女から視線を外し、手を強く握りすぎないように引っ張り上げる。立ち上がった彼女を横目でチラリと伺ったが、また目を逸らした。


 どうすればいいのかわからずにその場で立ち尽くしていると、遠くから別の誰かの声が聞こえてきた。その方向を向くと、里田、角屋、その後ろに日堂がこちらに向かって来ている。

 走ってくる3人と目が合ってしまう。また気まずい思いが湧き出てきたが、以前のように取り乱すというよりは、何故か落ち着きを保ちながらその場を去ろうとした。


 何かが俺の手を引き留める。腕を掴むその感触は先程胸を戸惑わせた、あの繊細でやさしく柔らかい感覚と同じだ。俺はハッとして彼女―間野の方を見た。

「待って…」

 彼女はボソリと言う。

「夕飯、食べに来たんでしょ?」

「い、いや、俺は別に…」

 日堂たちがいる中で手を掴まれているのがとても恥ずかしくなる。集まりと夕食会に参加するつもりで来たが、頭が混乱してもう何がなんだかわからない。せっかく落ち着いていた心は、左腕を掴む彼女の右手から伝わる体温と感触に揺さぶられていた。早まった脈、彼女に伝わってないといいが。


 タイミングが良いのか、悪いのか、腹の音がなってしまった。朝から食欲が出ず、食べてこなかったからだろう。それでバグとも戦ったんだ、確かに腹は減っていた。

「お腹、なってるよ…?」

 それを聴いて少しだけ微笑み始めた間野。俺は顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったが、あの時みたいに手を振り払う気にも怒鳴る気にもならなかった。

「一緒に食べよ?」

 むしろ、嬉しかった。


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