chapter 1
以上のプロローグをふまえて話を進めていこう。
このクラス、1年X組の面々は全員元1年B組の出身者だ。1年の最初の頃はそれこそみんな仲が良かったが、今現在は、干渉しない者には干渉しない、そんな風潮が流れていた。
特に俺はほとんどの奴と関わりを断っていた。
そのクラス=このクラスの誰もがそのまま卒業していくんだと思っていた。
そう、こうなる前までは。
この世界に飛ばされたのはこの世界でいう昨日だった。
気づくと俺は教室の席に座っていた。数秒の間フリーズしていたかもしれない。夢を見ているようで、じきに覚めるのを待っていたんだと思う。
時計の針がただ音を刻む。
目の前の風景は何も変わらない。握り直した手も瞬きをした瞼も全身の感覚ははっきり感じ取れた。
信じがたかったがこれは現実だ、と、ようやくこの状況が夢でないことを認めざるを得なくなった。それから、ゆっくりと辺りを見回してみた。
見覚えのない教室。そこには懐かしすぎず、新鮮すぎず、そんな顔ぶれがあった。あまり顔を合わせたくない面も。
俺だけじゃなかった。それは救いなのかもしれない。
だが彼らがB組のアイツらだということは、俺にとって苦でしかなかった。
よりにもよってなぜ彼らと。俺の居場所はないも同然だった。
皆、同じことをしていた。見知った、関わりたい顔を見つけて、この状況について相談する奴らがほとんど。対して俺は一人で黙々と悩むしかなかった。
俺は、ふと視界の隅に入った机の上の二枚の紙切れを手にとる。
周りは途端にうるさくなった。
一枚目の紙切れには「明日はオリエンテーションです。必ず来てください。」。そう書かれていて、二枚目には自分の名前とこの世界での自宅の住所が地図と「あなたの自宅」という言葉とともに記されている。
この状況にも、不審な置き手紙にも顔をしかめていると肩を揺さぶられた。
「宗!何なんだよコレ!どーなってんだよォ!」
後ろの席の谷田は場違いな元気さだった。
丸坊主だが野球部ではなく陸上部のこいつとは、仲が良く今でも話す。
勉強はできないが、とりあえず明るくて他人思いで単純。本人を含め、「バカ」、という認識が広く知れ渡っているが、性格クズで勉強だけできるような「本当のバカ」じゃない限り、こいつは「バカ」じゃないというのが俺の認識だ。
まぁ、空気は読めないところはある。まさに今。
谷田 夕太、最初に話せたのが彼で少し安心した。
「さぁ、わからないよ」
そう答えながら、谷田の机の上の紙切れ二枚を自分の方に寄せる。同じメッセージの書かれた紙と谷田のこの世界での自宅の住所が書かれた紙。そのまま左隣の席の紙切れも横目で確認した。
「んあ?何だこの紙。」
谷田が俺の寄せた紙切れをとって首を傾げる。
どうやら全員この二枚の紙が配布されているらしい。内容も一緒。
各個人への居場所があるのなら、好都合だった。この旧友たちと下手に関わることもない。
自分は邪魔になるだけだと、とりあえず席を立った。異様な状況に適応しようと努力するよりも、必要以上にコイツらと関わることを避ける方が俺にとっては重要なのだ。こんな教室からは逃げ去りたい。
「宗〜。どこいくの〜?」
男子にしては高めの声。俺が座っていた前の席、高飛 星だ。彼も谷田同様、心置きなく話せる数少ない部類。
高飛とも俺は仲が良かった。入学式の日に初めて俺に話しかけてくれたのが高飛だ。一年の頃、男子で一番背が低かったはずの彼は、今じゃスラリとひょろながくなって背の順で常に後半にいる。
俺を引き止めた彼が座っていたから違和感は感じなかったが、彼が立ち上がると二年経った今でも誰かわからなくなることがあった。
「『あなたの自宅』かな。」、振り返った俺は右手に持っていた二枚の紙をヒラつかせながら言った。
騒がしさが増していく教室から抜け出た俺。
「1年X組」、教室の表札は俺たちをそう語っている。なんだX組って。やめろよ、特別指導クラスかなんかか。
俺はとっとと「あなたの自宅」とやらに逃げ帰ることにする。
この光景を現実とするなら、もう幾分時間は経ったはずだ。その割に見えている風景以外は全く現実味を感じない。
いきなり目覚めた場所は教室、しかも旧友26人付き。今いるこの場所に見覚えなんてあるはずもなく、この場所に来る直前の記憶は一切なし。
夢でないことは承知の上、もういっそ夢だと思わせて欲しい。
そもそも何県何市何校だ、ここ。
教室も廊下も、とても新しいとは言えないし、かといって古くもない。
歩くたびに上履きと擦れて音を鳴らすリノリウム。ところどころに痛みが見られる教室の床。言うなれば、平成の学校って感じだ。
未だ記憶に新しい平成を思い出させるのは、校舎だけではなかった。
歩きながら二枚の紙を再度よく確認したのち、折ってポケットに入れ込もうとすると、
何か入っている。突然こんな場所に来たから気が付かなかったが、こうして意識してみると太ももあたりに違和感があった。
立ち止まった俺はそっと手を滑り込ませて、ポケットの中の硬い何かを掴んでみる。形は長方形、手のひらで簡単に握れる程度の大きさだ。
スッと取り出してみると青い色合いの懐かしい機械が握られていた。スマホがないこの世界に台頭する唯一の携帯、ガラケーだ。
懐かしい、ガラケーを持ったのなんて小学生以来だ。
握った片手の親指でガラケーを開いてみると、ピロリン、というガラケーらしい開閉音とともに動く壁紙が出てきた。水のように、波紋があちこちに出てくる。
そうそう、初めてもらった携帯、こんな感じだったっけ。
しばらくするとそのアニメーションも止まり、波紋が二つだけ残った画面になった。待ち受けのアニメーションもその時代らしい仕様。背景は青系で統一された下から上に向かって濃くなるグラデーションだ。
同世代の大半が携帯を持ち始めた頃はスマホのが主流になりつつあったが、子供の頃の記憶で親や祖父母が使っていたり、映画やドラマでよく目にしていたり、俺のように一足早い携帯デビューを飾ったやつなど、この歳はみんな馴染みがあるはず。
見たところ何の変哲もないガラケーっぽいし、害はなさそう。案外気に入ってしまった俺はガラケーのメニューをいじくりながら昇降口を目指した。
昇降口までは案外早く到着できた。3年☆組だとか2年φ組とか、Z組や♡組、気取った筆記体やデコったシールの表札の中で黒字のみで淡々としたX組という表札は、逆に主張が激しい。自分たちの下駄箱は見つけやすかったよ。
カツン、足を止めた音が静まり返った昇降口に響き渡る。他に何が聞こえるわけでもない。
強いて言うなら、よく耳を澄まして息を潜めればB組の賑わいが遥か彼方でわずかにちらつくくらいだ。人の気配は、不自然なくらいないに等しい。
どうして誰一人、人がいないんだ……。
先程開いてみたガラケーの待ち受けの日付とこの学校の掲示物、今いる場所の気候、そして今着ている学校のものであろう夏用の制服から察するに、この学校は夏休み中と捉えた。
それが人っ子一人いなかった原因かとも思ったが納得がいかない。今さっきなったといえど生徒がいるんだ。教師一人くらいいてもいいだろうに。
新手の誘拐、にしては被害者が大人数すぎるし、放し飼いすぎる。
これだけ静かだと自分まで遠慮して忍び足になっていた。
音を殺して下駄箱へ近づいたその時だ。人の気配すらなかった廊下の遠くの方に教師らしき人影が見えた。
後ろ姿からして男だろう。
あの男性に聞けば、ここがどこかわかるかもしれない。戸惑いと怖さを一縷の望みで抑え込み、あの後ろ姿へと足を急がせた。
「あの……」
近付いて声をかけようとした瞬間、ふいに足がもつれてつまづいた。視界からその姿が外れる。すぐにそれを戻そうとした、その瞬間に驚愕した。
「え……」
声にならない声が漏れた。神隠しにでもあった気分だ。
もうそこに教師らしき人影はなかったのだ。
この一瞬でどこかに行けるはずもない。そう思いつつも即座に周りを調べたのだが、その姿は一向に見つからない。
その後も人影を見つけては話しかけようと試みたがとうとう誰とも話せなかった。つまづいたりもしていない。一瞬たりとも目を離さなかった。だが気付いた時にはその姿は存在していなかったように跡形も無く消えていた。
幻覚や幽霊の類いなのか。とにかくただただ不気味だった。
・・・
俺の「あなたの自宅」は一軒家で程よく新しい自宅だった。
二階建ての家の周りには少し離れていくつかの住居がある。家につづく小さい坂道の前には道路が垂直にあり、その向こうには田んぼが広がっていて民家が点々としている。
遠方には町が見えた。夕焼けを崩さない程度の穏やかな街明かりだ。あの街には人が住んでいるんだろうか……。
家の鍵はガラケーが入っていない左の方のポケットに入っていた。中に入って電気と冷房をつける。
(いいんだよな?自分の家だし)
さすがにこの暑さとこの状況には冷房でもつけないとやっていられない。
それから恐る恐る家のありとあらゆるところを隈なく調べて、安全を確認した上、自分の部屋であろうところのベッドに倒れ込んだ。
長いため息が出た。
一体何が起こっている?どうして人を見つけても話せなかった?
ここに来る前、何をしていたのかも思い出せず、途方に暮れた。
結局何も分からずじまい。
そうしてそのまま考えていくうちに意識が遠くなっていった。
・・・
二時間くらい経ったのだろうか。気がついたら寝てしまっていた。
目が覚めたのはベッド横の机に置いていた携帯がなったからだ。
おもむろに携帯を手にとって開く。「新着メール一件」。
そう、まだメールの時代なのだ、ここは。
メールの送り主は角屋 優香。成績優秀のサッカー部マネージャー。
1年の頃こそよく話していたものの、最近は滅多に会わない。以前はよく俺の成績を聞かれたものだ。
その頃の俺といえばクラス、学年ともにトップの成績でほとんどの場合、俺の成績の方が上であった。そう、ほとんど、……ほとんど。
もしかすると俺はあいつに超えたい目標とされていたのかもしれない。今となっては用無しだろうが。
あの時から俺は本気を出さなくなった。
その時から腐り始めたのだろう、俺は。
またも長いため息。
一体俺は、何度この感傷に浸ってるんだか。
メールを開くとこんなことが書かれてあった。
「『明日はオリエンテーションです。制服を着用し、12時に学校へ登校してください。教室は今日と同じ1年X組です。 担任 追伸 このメールに添付されている連絡網順にこのメッセージをコピーして連絡網とともに次の人に転送してください。』だそうです。連絡網を見ればわかると思うけど、宗がこのメッセージを転送する人は」
「友海……」
「ゆみちゃんだよ!とりあえずこの状況をみんなで整理するために明日のオリエンテーション後、みんなでどこかに集まって話し合う予定だから、よかったら来てください!このことも次の人に伝えてください!」
以上がメールの文章。
思わずその名を呼んでしまった。
前原 友海だと?
とてつもなく微妙な心持ちだった。嬉しいか嬉しくないかと聞かれれば嬉しかった。俺はこいつのことを好きだったんだから。
だが俺はフラれている。
最後に会話をしたのは高校2年の初め。会話といってもスマホでの文字のやり取り。俺から話しかけた。あちらは普通に応じてくれた。その時もこんな気分だった。
そう、正確には「好きだった」ではなく「好き」なのだ。
どうしたものか。
しかし誰が話し合いをしようなんて言い出したのか。まぁ、どうせ間野とか桐田とか、あそこら辺だろうが。よかったら来てください、って明らかにこの状況は全員参加だろ。だいたい、それをまず今日やるべきだったんだがな。
最初の頃の俺たちならこんなこともなかっただろうに。
とりあえずそのメールのメッセージをコピーし、新規メールに貼りつけ、連絡網を保存し、添付した。スマホに慣れていたから一つ一つの作業がボタン操作で手間がかかる。しかも連打しなければ文字の入力がかなわない。
さあ、ここまでは良い。これからどうするかだ。
二分悩んだ末、担任からのメッセージの続きに「らしいです。」を付け足し、「明日オリエンテーション後にみんなでこの事態を整理するために話し合うらしいよ。よかったら参加してって。」と文章を添えた。
送信。
そうだ、角屋には返信しとかなきゃならないな。
今電話帳を開いて知ったが、どうやらこの携帯にはあらかじめ1年X組のクラスメート全員の連絡先が登録されているようだ。この携帯がそうだということは他の携帯もそうなんだろう。
角屋へ「了解、ありがとう。参加します。」と返信し終わった時だ、ちょうど友海から返信が来た。
「ありがとー!でも知ってたよー」
知ってた?どういうことだろう。
一度は俺をフった彼女との会話、少し躊躇しつつも返信の文字を打っていく。
「え?なんで?」
その言葉に対する返答は予想していた答えから大きく逸れたものだった。
「今ね、女子7人でお泊まり会してるの!」
「はぁ?!」
「いきなりこんなことが起こって怖いから、とりあえずみんなでいようかってことになって。それで話し合ってたら明日クラス全員で話し合おうってことになって」
「なるほど」
「ほら!」
という次のメールとともにさぞ楽しいであろうお泊まり会の写真が送られてきた。怖いから、という口実とは大違い。
げっ。間野、友海、角屋、里田……。あ〜あ〜あ〜あ〜揃いも揃って……。
「あ、日堂とか桐田たちも男子で泊まり会してたよ。行ってないのー?」
(マジかよ、ほんとに揃い踏みだな。)
俺が一番後ろめたさを感じる、あそこら辺の奴らが揃っているみたいだ。話し合いについても、1年の頃クラスで覇権を握っていたコイツらが決めたんだろう。
「俺は先にあなたの自宅に行ったから。今は1人で家にいる。」
「そうなのねー。行ってるのかと思ってた」
すでに知ってたのなら俺が友海にメールを回す必要はなかったのではと思ったが、現代に似ただけの未知の世界でまだ自由に身動きを取れるほどの情報量が俺たちにはない。
だから彼女らは安全策として、連絡網とどこの誰だか知らぬ担任の指示に則ることを優先したそう。
チャットアプリ気分で会話した友海とのメールは十件以上に及んでいた。
そのやり取りをし終えたのがこの世界の午後六時ごろ。
それからは家の冷蔵庫から食べ物を出して食べて、テレビを見てたりしていた。
ニュースもやっていたりしたが、さほど現代と変わりはないように思えた。ただスマホがなかったり、大災害も起こってない。
少し一世代前の雰囲気がしたり、元いた世界よりとても緩い社会のような気がしたり。俺たちの世界より劣っているのかもしれないが、妙に惹かれる懐古感があった。何か大切なものがあるような。
そういえばテーブルの上には置き手紙があった。送り主は「両親より」。紙にはただ一言、「出張に行ってます。」と。後からわかったことだが、どうやらクラス全員の親が出張中らしい。全く不自然極まりない。
携帯からネットを使って、この世界の様々な経歴を調べてみたが、戦後からこの世界は全くといっていいほど大層な事件、災害等は起こっていなかった。それが逆に不気味で仕方ないが、もう考えたくはなかったのできっぱりと切り捨てた。
その日は8時に寝た。小学生以来だ。こんな早い時間に寝るのは。一晩中ふとんにうずくまり、自分を守るようにして寝た。
そして、今に至る。壁に掛けられた時計が1秒1秒、しっかりと時を刻んでいる。
「あなたたちの世界は、あなたたちのせいで消滅しました。」
その言葉が強く、自分の眼前に広がる世界に響いた。




