chapter 1
以上の点をふまえて話を進めていこう。
このクラス、1年X組の面々は全員元1年B組の出身者だ。1年の最初の頃はそれこそみんな仲が良かったが、今現在は、干渉しない者には干渉しない、そんな風潮が流れていた。
特に俺はほとんどの奴と関わりを断っていた。
そのクラス=(つまり)このクラスの誰もがそのまま卒業していくんだと思っていた。
そう、こうなる前までは。
この世界に飛ばされたのはこの世界でいう昨日だった。
気づくと俺は教室の席に座っていた。数秒の間フリーズしていたかもしれない。
時計の針がただ音を刻む。
それから、ゆっくりと辺りを見回してみた。
そこには懐かしすぎず、新鮮すぎず。そんな顔ぶれがあった。あまり顔を合わせたくない面も。
皆、同じことをしていた。見知った、関わりたい顔を見つけて、この状況について相談する奴らがほとんどだった。
俺は、ふと目の端に入った机の上の2枚の紙切れを手にとった。
周りは途端にうるさくなった。
1枚目の紙切れには「明日はオリエンテーションです。必ず来てください。」。そう書かれてあった。2枚目には自分の名前とこの世界での自宅の住所が地図と「あなたの自宅」という言葉とともに書かれている。
「宗!何なんだよコレ!どーなってんだよォ!」
後ろの席の谷田が場違いな元気さで話しかけてきた。
こいつとは仲が良く今でも話す。勉強はできないが、とりあえず明るくて他人思いで単純。本人を含め、「バカ」、という認識が広く知れ渡っている。性格クズで勉強だけできるような「本当のバカ」じゃない限り、こいつは「バカ」じゃないというのが俺の認識ではあるが。
まぁ、空気は読めないところはある。まさに今。
フルネームは谷田 夕太。
「さぁ、わからないよ。」
そう答えながら俺は谷田の机の上の2枚の紙切れを自分の方に寄せる。同じメッセージの書かれた紙と谷田のこの世界での自宅の住所が書かれた紙。そのまま左隣の席の紙切れを横目で確認する。
「んあ?何だこの紙。」
谷田が俺の寄せた紙切れをとって首を傾げる。
どうやら全員この2枚の紙が配布されているらしい。内容も一緒。
この場にいても邪魔かとも思い、とりあえず席を立ち、教室を出ようとする。
「宗〜。どこいくの〜?」
前の席、高飛 星から声をかけられた。
教室扉付近で振り返る。
「『あなたの自宅』かな。」
右手に持っていた2枚の紙をヒラつかせながら言った。
高飛とも俺は仲が良かった。俺には何もないが、谷田や他のやつに対してはよくちょっかいを出したりするタイプだ。その逆もある。おふざけのつもりがたまにエスカレートすることもあり、その時は俺が割って入ったこともあった。悪いやつではないが人に対する好き嫌いがハッキリとしているやつだった。
教室を出て俺は歩き出す。
2枚の紙を再度よく確認したのち、折ってポケットに入れ込もうとした。何か入っている。突然こんな場所に来たから気が付かなかったが、こうして意識してみると太ももあたりに違和感があった。
立ち止まった俺はそっと手を滑り込ませて、ポケットの中の硬い何かを掴んでみた。形は長方形、手のひらで簡単に握れる程度の大きさだ。
スッと取り出してみると青い色合いの懐かしい機械が握られていた。スマホがないこの世界に台頭する唯一の携帯、ガラケーだ。
懐かしい、小学生以来だ。ガラケーを持つのは。
握った片手の親指でガラケーを開いてみると、ピロリン、というガラケーらしい開閉音とともに動く壁紙が出てきた。水のように、波紋があちこちに出てくる。しばらくするとそのアニメーションも止まり、波紋が二つだけ残った画面になった。背景は青系で統一された下から上に向かって濃くなるグラデーションだ。
(・・・しかし、教室を出たらご丁寧に案内表示があるなんてな。)
ここ昇降口までスムーズに来れたのは、壁の張り紙や立て札による案内表示のおかげだった。
(こんなことまでするなんて、一体なんなんだ?それにどうして誰一人、人がいないんだ…)
先程開いてみたガラケーの待ち受けの日付とこの学校の掲示物、今いる場所の気候、そして今着ている学校のものであろう夏用の制服から察するに、この学校は夏休み中と捉えた。
それが人っ子1人いなかった原因かとも思ったが納得がいかない。今さっきなったといえど生徒がいるんだ。教師1人くらいいてもいいだろうに。
その時、人の気配すらなかった廊下の遠くの方に教師らしき人影が見えた。後ろ姿からして男だろう。戸惑いと怖さを感じつつもそれを抑えて姿を追った。
「あの・・・」
近付いて声をかけようとした瞬間、ふいに足がもつれてつまづいた。視界からその姿が外れる。すぐにそれを戻そうとした、その瞬間に驚愕した。
「え・・・」
声にならない声が出た。神隠しにでもあった気分だ。
もうそこに教師らしき人影はなかったのだ。
この一瞬でどこかに行けるはずもない。そう思いつつも即座に周りを調べたのだが、その姿は見つからなかった。
その後も人影を見つけては話しかけようとしたがとうとう誰とも話せなかった。つまづいたりもしていない。一瞬たりとも目を離さなかった。だが気付いた時にはその姿は存在していなかったように跡形も無く消えていた。幻覚や幽霊の類いなのか。とにかくただただ不気味だった。
俺の「あなたの自宅」は一軒家で程よく新しい自宅だった。二階建ての家の周りには少し離れていくつかの住居がある。家につづく小さい坂道の前には道路が垂直にあり、その向こうには田んぼが広がっていて民家が点々としている。遠方には町が見えた。夕焼けを崩さない程度の穏やかな街明かりだ。あの街には人が住んでいるんだろうか…。
家の鍵はガラケーが入っていない左の方のポケットに入っていた。中に入って電気と冷房をつける。
(いいんだよな?自分の家だし。)
さすがにこの暑さとこの状況には冷房でもつけないとやっていられない。
それから恐る恐る家のありとあらゆるところを隈なく調べて、安全を確認した上、自分の部屋であろうところのベッドに倒れ込んだ。
長いため息が出た。
一体何が起こっている?どうして人を見つけても話せなかった?
ここに来る前、何をしていたのかも思い出せず、途方に暮れた。
結局何も分からずじまい。
そうしてそのまま考えていくうちに意識が遠くなっていった。
2時間くらい経ったのだろうか。気がついたら寝てしまっていた。
目が覚めたのはベッド横の机に置いていた携帯がなったからだ。
おもむろに携帯を手にとって開く。「新着メール一件」。
そうか、まだメールの時代なのか、ここは。
メールの送り主は角屋 優香。成績優秀のサッカー部マネージャーか。
1年の頃こそよく話していたものの、最近は滅多に会わない。以前はよく俺の成績を聞かれたものだ。
その頃の俺といえばクラス、学年ともにトップの成績でほとんどの場合、俺の成績の方が上であった。そう、ほとんど、・・・・・ほとんど。
もしかすると俺はあいつに超えたい目標とされていたのかもしれない。今となっては用無しだろうが。
あの時から俺は本気を出さなくなった。
その時から腐り始めたのだろう、俺は。
またも長いため息。
一体俺は、何度この感傷に浸ってるんだか。
メールを開くとこんなことが書かれてあった。
「『明日はオリエンテーションです。制服を着用し、「あなたの自宅」にあるカバンを持って学校へ登校してください。教室は今日と同じ1年X組です。 担任 追伸 このメールに添付されている連絡網順にこのメッセージをコピーして連絡網とともに次の人に転送してください。』だそうです。連絡網を見ればわかると思うけど、宗がこのメッセージを転送する人は」
「・・・友海・・・。」
「ゆみちゃんだよ!とりあえずこの状況をみんなで整理するために明日のオリエンテーション後、みんなでどこかに集まって話し合う予定だから、よかったら来てください!このことも次の人に伝えてください!」
以上がメールの文章。
思わずその名を呼んでしまった。
前原 友海だと?
とてつもなく微妙な心持ちだった。嬉しいか嬉しくないかと聞かれれば嬉しかった。俺はこいつのことを好きだったんだから。
だが俺はフラれている。最後に会話をしたのは高校2年の初め。会話といってもスマホでの文字のやり取り。俺から話しかけた。あちらは普通に応じてくれた。その時もこんな気分だった。
そう、正確には「好きだった」ではなく「好き」なのだ。
どうしたものか。
しかし誰が話し合いをしようなんて言い出したのか。まぁ、どうせ間野とか桐田とか、あそこら辺だろうが。よかったら来てください、って明らかにこの状況は全員参加だろ。だいたい、それをまず今日やるべきだったんだがな。
最初の頃の俺たちならこんなこともなかっただろうに。
とりあえずそのメールのメッセージをコピーし、新規メールに貼りつけ、連絡網を保存し、添付した。スマホに慣れていたから一つ一つの作業がボタン操作で手間がかかる。しかも連打しなければ文字の入力がかなわない。
さあ、ここまでは良い。これからどうするかだ。
2分悩んだ末、担任からのメッセージの続きに「らしいです。」を付け足し、「明日オリエンテーション後にみんなでこの事態を整理するために話し合うらしいよ。よかったら参加してって。」と文章を添えた。
送信。
そうだ、角屋には返信しとかなきゃならないな。
今電話帳を開いて知ったが、どうやらこの携帯にはあらかじめ1年X組のクラスメート全員の連絡先が登録されているようだ。この携帯がそうだということは他の携帯もそうなんだろう。
角屋に「了解、ありがとう。 参加します。」と返信し終わった時に、ちょうど友海から返信が来た。
「ありがとー!でもさっきゆうかから聞いたんだよね笑」
は?聞いていた?どういうことだろう。
少し躊躇しつつも返信の文字を打っていく。俺が先に出た後にあそこら辺の面子が話でもしたのか?
「え?なんで?」
その言葉に対する返答は予想していた答えから大きく逸れたものだった。
「今ね、女子7人でお泊まり会してるの!」
「はぁ?!」
「いきなりこんなことが起こって怖いから、とりあえずみんなでいようかってことになって。それで話し合ってたら明日クラス全員で話し合おうってことになって。」
「なるほど」
「ほら!」
という次のメールとともにさぞ楽しいであろうお泊まり会の写真が送られてきた。
げっ。間野、前原、角屋、里田…。あ〜あ〜あ〜あ〜揃いも揃って・・・。
「あ、日堂とか桐田たちも男子で泊まり会してたよ〜。行ってないのー?」
(マジかよ、ほんとに揃い踏みだな。)
俺が思った通り、あそこら辺の奴らが揃っているみたいだ。話し合いについてもコイツらが決めたんだろう。
「俺は先にあなたの自宅に行ったから。今は1人で家にいる。」
「そうなのねー。行ってるのかと思ってた。」
そのやり取りをし終えたのがこの世界の午後6時ごろだった。
それからは家の冷蔵庫から食べ物を出して食べて、テレビを見てたりしていた。ニュースもやっていたりしたが、さほど現代と変わりはないように思えた。ただスマホがなかったり、大災害も起こってない。少し一世代前の雰囲気がしたり、元いた世界よりとても緩い社会のような気がしたり。俺たちの世界より劣っているのかもしれないが、妙に惹かれる懐古感があった。何か大切なものがあるような。
そういえばテーブルの上には置き手紙があった。送り主は「両親より」。紙にはただ一言、「出張に行ってます。」と。後からわかったことだが、どうやらクラス全員の親が出張中らしい。全く不自然極まりない。
携帯からネットを使って、この世界の様々な経歴を調べてみたが、戦後からこの世界は全くといっていいほど大層な事件、災害等は起こっていなかった。それが逆に不気味で仕方ないが、もう考えたくはなかったのできっぱりと切り捨てた。
その日は8時に寝た。小学生以来だ。こんな早い時間に寝るのは。一晩中ふとんにうずくまり、自分を守るようにして寝た。
そして、今に至る。壁に掛けられた時計が1秒1秒、しっかりと時を刻んでいる。
「あなたたちの世界は、あなたたちのせいで消滅しました。」
その言葉が強く、自分の眼前に広がる世界に響いた。