第5話【マスクの男】
墓地を出ようとしたその時、1人の人影が目に映った。フェンスに背を預けたその男はこちらを見ている。
「やぁ、お待ちしておりました」
黒いスーツを着込み、ペストのマスクをつけた男がゆっくりと近づいてくる。何者だ?まさかロックを探しているのか...?悟られないように警戒しながら、ポケットから手を出した。
「毎日ここにいらっしゃるんですか?それは大変ですねぇ。私にはそのような心はよく分かりませんが」
「...」
目の前の男は冷静に語り出す。
「私は教会からやって参りました。申し訳ございませんが、名前は規則上お教えすることはできません。ですから、マスクとでもお呼びください。」
31番教会、一般には教会と呼ばれる組織だ。彼らは籠とほとんど同時期に発足され、能力者を保護するという名目で設立された。実際彼らは行き場を無くした能力者たちに衣食住を与え最低限の生活を保障している。
「教会から?何の用なんだ」
恭しくこちらの動きを伺うマスクに問いかける。
「先日、ある女性を見かけませんでしたか?」
脳裏に昨日金を取ったあの女の顔が浮かび上がる。
動揺が顔に出たのかマスクは話を再開する。
「実はですね、先日その女性が遺体で道路の脇に倒れておられました。能力者である何者かが行ったのではないか、という見解が第一研究所からあり、そのご遺体には数箇所の刺し傷が認められました。能力者鑑定のもと検査をすると、あなた様の能力がちょうど当てはまったとのことです。」
耳を疑った。昨日のあの女...殺されたのか。そしてその衝撃と同時に、自分が疑われていることに驚いた。まさか俺が疑われているのか?あいつが勝手にどこかから盗みを働いてその報復にやられたんじゃないのか?
「いや、知らないね。確かに昨日彼女とは会ったよ。だがそれっきりだ。それに、ここじゃそんなに珍しい事じゃないだろ」
なんとか平静を保とうとしたが、声が掠れていることが自分でもわかった。
「それに、その刺し傷の形と深さは俺のこの刀と合致してるのかい?」
何とか俺じゃないことを伝えたかったが、
「はい、登録されている武装録から考えて間違いないとのことです」
というマスクの冷酷とも言える一言でその希望も潰えた。今となっては政府の命令に強制力はなくなり、国民達が自分たちで立ち上げた新政府が力を持ち始めている。そして旧政府は籠の傀儡となっており、密かに外交が行われているという噂もある。そして籠で登録される能力に応じた武器が武装録に記されるのだ。
「いや、だってそもそも俺は」
「元から籠に登録していない。ですか?」
俺の言葉をマスクが引き継いだ。
「そろそろ私がここに来た理由をお教えするとしましょう。ただ私はあなた様に事実確認をしに来ただけなのです」
「事実確認?」
「正直なところ、教会の上層部はあなたがやったのではないかと決めつけているのです。しかし、その証拠となるあなたの名前の武装録と能力者リストも存在しない、なのになぜか上の方達はあなたを犯人と踏んでいる。何かおかしいと思いませんか?証拠がない中で一体どうやってあなたを犯人と考えたのか。そもそも、あなたのことをどうやって知ったのか」
そうだ、おかしい。どこかで勝手に血液でも採取されたというのか?でなければ俺という能力者自体存在することすら知られないはず...。
「そもそも、私はあなたのような訳アリ無名能力者がそんな殺人をする必要があるとは思えないのです。法が意味をなさなくなったこの日本でも、殺人は思い罪とされ各組織に情報が出回ります。それは全ての組織から目をつけられることと同義だ」
マスクはどうやらまだ俺がロックだとは気付いていないらしい。心の中で安堵した。
「会ってみても、やはりあなたはどれをとっても強い能力を持っているとは思えない。なのに全てを敵に回すなど...」
「馬鹿げてるね、その通りだ」
「そこで私はあなた様に直接聞きに行くことにしたのです。本当にあなた様が犯行を行ったのかと」
マスクはこちらを見つめ続けている。
「あぁ、俺はやってないよ。やるメリットがそもそもない。関係のない人を無意味に切っただかじゃないか」
「そうですね、その通りです。」
マスクは冷静に頷いている。
「では、私は帰るとしましょう。あなたは本当にやっていないと信るに値すると、そう信じて」
マスクはそう言って、しとしとと降り続ける雨の中黒い傘の影に入りながら帰って行った。