第二話【あなたロックね?】
走り続けて数分、前に走る女が視界に入る。
見つけた!あの女だ!
「おまえ、ふざけんじゃねぇぞ!」
どうやら声が聞こえたらしく女はこっちを振り向かずに走る速度を上げる。
「あぁもう...!」
あの女、少し走れば簡単に追いつけるだろうと思っていたが、思いの外走る速度が速い。
彼はため息をつきながら腰の刀の柄に手をかける。
その瞬間、彼の姿が女の目の前に突如として現れる。
「っ?!」
女は踵を返そうとするが間に合わない。彼の手はすでに女の胸ぐらをしっかり掴んでいた。
「俺の金を返せ」
女は微動だにしない。仕方なく女のポケットに手を突っ込むが封筒の感触がどこにも無い。
「どこだ?」
女はまたしても何も答えない。
「いいから言え、どこだ?」
腰から刀を抜いて女の喉元へ突きつける。
彼は声を低くして再び問い詰める。
「俺の金は、どこだ?」
「...もう、ない」
ついに女は目を逸らして答える。しかしその答えは彼の求めていたものではなかった。
彼の目から光が消える。
「...え?ないの?」
いやいや、ありえなくない?だって十数分しかたってないよ?
目の前の女は胸ぐらを掴んでいる手を剥がそうと抵抗している。
「あぁ、そう...。うん、もういいや。うん、行っていいよ」
ショックのあまり彼はフラフラとおぼつかない足取りでその場から立ち去ろうとする。
女はすぐにそこから逃げ出した。
「...俺頑張ったんだけどなぁ」
この4ヶ月間の疲れがどっとからだに乗っかってくる。そういや、あの子供に飴を買う約束してたんだっけか。確かポケットに数百円入ってたはずだ、一個だけでも買ってやろう。そう思い公園の方へ向かう。
「あんた...ロックでしょ?」
背後から再び女の声がする。その声に彼の体がピクンと揺れる。
「せっかく逃したんだから逃げればいいものを。それにロック...誰だい?その人は」
抑揚のない声で彼は言う。
「腰に下げたその刀、傷だらけの右手と全部ロックと呼ばれる男の特徴よ。」
「だから、誰なんだその人は。人違いじゃ無いのか」
「あくまでしらを切るつもりなのね。」
女が早口で畳み掛けてくる。
「あんたを籠に突き出せば数億はくだらな」
女は突如として口が開かなくなる。
彼は刀の柄に手をかけて、女の目を見つめている。
「俺は平和主義なんだ、だから俺の血と涙の結晶を取ったことも見逃してやった。だが...、その名を口にしたのなら別問題だ」
女は筆舌し難い恐怖を感じ構えをとった。
「そうさ、確かに俺はロックだ。だからどうした?お前になんの関係があるってんだ?金か?」
そう、彼こそがロックと呼ばれる男である。能力者の世界で伝説とさえ呼ばれた男。
ロックは右手を柄にかける。
「ふざけないで!私は、私は!」
目の前の女は懐はから拳銃を取り出してはこちらに向けてきた。
バンバンバンバンと鈍い音が宙に響く。
「(や、やった...?)」
しかし、彼女の目に映ったのは先ほどと変わらないロックの姿だった。
「まったくよお、能力使いが荒いんだよてめぇはよ」
この声は?これは明らかに目の前にいる男の声ではない、別の声が彼の横から聞こえる。
「いや、だってまさか発砲するとか思わなんだ...」
彼女は立ち尽くしていた。目の前に伝説がいる、そしてその伝説が今にも彼女をこの世から消そうとしている事実に。