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第二章 勇者シュタイン

セレナの前に現れたのは、洞窟で助けてくれた勇者。

この勇者との出逢いがセレナを大きく変える。

 銀髪に赤毛の交じったメッシュな髪。

 重そうな甲冑を身に纏い、背には大剣を装備した勇者。

 この勇者は――十年前に洞窟に居た所をドラゴンから守ってくれた『あの時の騎士』だった。

 まさか、こんな形で再会する事になるとは。

 あの時は小さな体だったから綺麗な銀髪が視界に入ったが、赤毛のメッシュだったらしい。

「こんな所でどうした? 宿に泊まれないのか? お前」

 突然声を掛けられて戸惑いながらも「はい…」と答える。

 すると、目の前の勇者は優しく微笑みながら言ってくれた。

「じゃあオレに付いて来いよ」

 そう言うと勇者が片手を差し出してくれる。

 その手を取ると、ゆっくりと立ち上がらせてくれた。

 背を向けて歩き出せば重い甲冑の音が耳に届く。

 勇者は何件か前に入った宿屋のドアノブに手を掛けて中へと入って行った。

 金がないなら来るなと酷く冷たくされた場所だ。

 入るのに躊躇っていると……。

「どうした?」

「…………」

 寒さでも震える体と、どう言って良いか分からずに真っ白な吐息が零れるだけだった。

 開かれた扉の先からさっき追い出した宿屋の店主と目が合った瞬間。

「またお前か!! 今度こそ追い出してやる!!」

 近くにあった箒を手に取り、怒った様子でこちらへ来ようとした時。

 勇者が前に躍り出て、その背で庇ってくれる。

「悪い、オジサン。この子はオレの連れなんだよ。この街で落ち合う予定だったんだけど、迷子になってたみたいで。オレがどの宿屋かって教えてなかったもんだから」

 陽気に笑いながら。

 何かを察したかのように、咄嗟に機転を回してくれたらしい。

「だからその箒下ろしてくれよ。二部屋借りたいんだけど良いか?」

「なんだ、そういう事ならもっと速く言ってくれよ。ごめんな、あんな寒空の下に追い出したりなんかして」

 勇者の言葉に宿屋の店主が箒を下ろしてくれた。

 そして小声でセレナに言って来る。

「気を悪くしないでくれ。このオジサン、根はすごく優しい人なんだ」

 宿屋代と引き換えに鍵を二つ受け取ると、勇者は上を軽く指差して階段の方に上って行く。

 セレナも後を追うようにして階段を上って行き、部屋番号の書かれた部屋の前で勇者が鍵を開ける姿が見えた。

 扉を開けて、中へ入るように促される。

 おずおずと言った様子で中へと入ると――

 右手側にベットが一つ。奥にはテーブルと椅子が二つずつと言った、簡素だが古くから使われているのが一目で分かる部屋だった。

 勇者は背に背負っていた大剣を置くと、甲冑は脱ぐ事なくそのままで。

「アンタ、名前は?」

「セレナです」

「歳は?」

「えっと…十四歳、です」

「金は持ってなかったのか?」

「はい……」

「因みに訊くが、何処から来た?」

「それが…わからないんです…」

「分からない?」

「えっと、知らない…っていうか…その…」

 セレナがそう答えると、寒さで震えたセレナの為に毛布を肩に掛けてくれて、暖炉に火を灯してくれた。

それから椅子に腰掛けて、じっくりとセレナを見つめながら訊いて来た。

「見た所…冒険者、って感じでもないよな。装備もしてないし、裸足って…。お前、ちょっと足も見せてみろ」

「あ…」

 そういえば納屋から飛び出してそのままだったから裸足だった事に今更気が付く。

 ベッドに腰掛けるように言われ、勇者に足を見せる。

「こりゃ酷いな…。痛かっただろうに」

 部屋にあった救急箱と、勇者が持っていた擦り傷等に効く薬草を染み込ませて治療してくれる。

 優しくも、お母さんとはまた違った手付きで包帯を巻いてくれる。

「これで良し、と。まだ寒くはないか?」

「大丈夫、です」

「――その、あんまりここに来るまでの事情を言いたくないなら聞かない。だが、教えてくれるなら聞く」

「――――」

 何処から、話すべきか。

 俯くと髪が垂れて顔を覆い隠してしまう。

 ふと顔を上げて、髪の隙間越しに見える銀髪に視線を向ける。

「十年前、この近くの洞窟に…行って。そこにドラゴンが居て、あなたに助けてもらいました」

「十年前? ドラゴン…?」

 うーんと唸りながら勇者が思い出そうとする。

 暫くして「あぁ!」と声を上げて。

「あのなんかめちゃくちゃドラゴンが出て来た洞窟か! そうか、あの時はオレも勇者になってすぐで手こずったのを覚えてる」

 勇者にとっては『あれ』で手こずったと言うのだ。

 ならば『今』は相当な実力を持っているのだろう。

 そしてセレナはそのまま、拙い言葉ながらにここに辿り着くまでの経緯を話した。

 その途中でドアがノックされて、先程の店主が「さっきはごめんね、これ。サービスさせておくれ」と暖かいスープを運んで来てくれた。

「そういえばオレも腹減ったな。オジサン、メシくれよ。二人分」

「あいよ。じゃあ二千五百フェルな」

「そこもサービス料金で半額にしてくれよ」

「無茶言わんでくれよ。お嬢さん、さっきは本当に申し訳なかった」

「い、いえ…」

 一口飲めばじんわりと、身も心も温まるようなスープを口にしながら話を続けた。

 後々運ばれて来た食事のパンを齧りながら、勇者が呟く。

「そうか…。金も行く場所も帰る場所もなし、か」

「あ、あの…」

「ん? どうした?」

 硬めのパンを嚙み千切る音が聴こえる中。

「あなたのお名前は…?」

「え。あぁ、悪い悪い!」

 どうやらすっかり忘れていた様子で、陽気に笑い出す。

「オレはシュタイン。よろしくな。挨拶が遅くなって悪い」

 勇者、シュタイン。

 シュタインと食事を摂りながらこれから先をどうしようかと考えていると。

「なぁ、セレナ。オレと一緒に旅に出ないか?」

「旅…ですか?」

「冒険とも言える。他のチームやメンバーに比べりゃ少しはオレも戦力になる訳だしな」

 自信満々に言う辺り、やはりかなりの手練れなのだろう。

「迷惑じゃ…ないですか?」

「全然?」

「本当にいいんですか?」

「あぁ。オレも独りで旅するのもつまらないなと思ってた所だしな。この周辺もまた見て回ってみたかったし、一緒に行こうぜ。セレナ」

 ふっと屈託のないような、少年のような笑みを向けてくれる。

 十年前にも出逢っているのだから、もう二十代ではあるはずなのだが。

 嬉しさから胸がぎゅう、と締め付けられる。

「嫌なら無理にとは言わねぇが…」

「イヤじゃないです!」

 思わず即答してしまった。

 勢い良くも言ってしまい、乗り出した身を元の位置に戻す。

 するとシュタインは微笑んでくれて「そっか」と言ってくれた。

「飯食ったら取り敢えず、身なりをどうにかしねぇとな。ちょっとオレもオジサンや周りの人に聞いて来たりするから」

「はい」

 シュタインは、優しい。

 そして強い。

 心身共に強いような、さり気無く気を遣えるのは年の功なのかはセレナには分からなかったが。

 食事を済ませると隣のセレナに宛がわれた部屋に向かい、部屋に入ってすぐ左手のシャワールームに入った。

 草木に絡んだ髪を一本ずつ、一房ずつ洗いながら丁寧に解いて行く。

 泡を付けて綺麗に洗ってみると、さっきまでお化けのような不気味さが消えた。

 髪の長い、背の小さな少女だ。

 前髪は長過ぎるから耳に掛けたり、後ろに流したりするようにしながらバスタオルで拭い、ブラッシングを掛ける。

 コンコン、とノックをされて続いてシュタインの声が聴こえる。

「セレナ、良いか?」

「はい」

 扉を開けて入って来たシュタインの手には、女性ものの服があった。

「この中から好きなものを選んでくれ。全部買って来たから全部選んでも良い」

「本当にいいんですか…?」

「あぁ、もちろんだ。オレ達、仲間だしな」

 微笑んで言ってくれる言葉に胸の辺りが暖かくなる。

 さっきまで冷たい扱いや、寒い思いをしたから特にだ。

 シュタインは着替え終わるまで背を向けたままで、一切振り返りもしなかった。

 するとコンコン、とまたノックがされる。

「はい、どうぞ」

 丁度着替え終わったセレナがそう答える。

 着てみたのは、胸元には水色のレースがあしらわれて白いリボンを蝶々結びにされた白のワンピースだった。

 セレナの身長にもピッタリで、着てすぐにお気に入りの一枚になった。

 扉を開けてやって来たのは、宿屋の奥さんだった。

「はいはいシュタイン。男は部屋から出た出た」

「なんだよ、急に」

「女の子には女の子の話があるんだよ」

「あ~……。じゃあオレ部屋に戻ってるから。何かあったら来てくれ」

「え、あ…はい」

 後ろ手に緩く手をシュタインが振ると、ガシャガシャと鎧の音が耳に届いて遠ざかる音も聴こえた。

「あの…」

 奥さんは優しく微笑んでから、更に色々と女性の体についての事や月経について教えてくれて世話をしてくれた。

 思い当たる節があったが、どうして良いのか分からなかったのも正直な話だった。

「色々教えてくれてありがとうございます」

「良いのよ。さっきうちの旦那が酷い事したからね。シュタインからも何か出来ないかと言われたから。役に立てたなら良かったわ。さっきとは見違えたわね」

 前髪を軽く指で梳きながら、照れてしまう。

 更に奥さんから色々話を聞いた後、シュタインの部屋へと向かった。

「よし、見栄えも良いな。さっきのままじゃあれだったもんな…」

「お化けみたい、でしたか?」

「それもあるが…まぁ、それは良いんだ。今後の話をしようか」

「はい」

 シュタインはフェルを入れていた袋を取り出すが、小さな小銭しかテーブルには二つ程落ちて転がった程度だった。

 それを静かに元に戻して、真剣な表情で言う。

「金がない」

「はい、私もないです」

「物凄く重大な問題だ。いや、死活問題だ。金がなきゃ宿にも入れなきゃ食べ物もない」

「あ、食べ物なら沢山あるよ」

「ナイス、セレナ! 食糧は本当に貴重なんだよなぁ。オレ料理出来ねぇけど」

「料理は私も出来ません…」

「と言う事で、だ。こういう時の冒険者や勇者達は何をするかって事だ」

 この世界では、モンスターが闊歩している。

 弱いモンスターから、人に危害を加える凶悪や凶暴なモンスターも。

 そこで国はギルドと呼ばれる、モンスター討伐の要請を出しては倒した数や治安確保。

 街や人々に危害を加えるモンスターを倒した数やその報告に対してフェルを支給させる仕組みになっている。

「まぁ別にギルド公認勇者って訳でもねぇんだけどな、オレは。その方が報酬は更に上なんだが」

「どうしてその公認ってのにならないんですか?」

「あー……誰かから。上から命令されんのが嫌なんだよ。だから野良でやってる。それでも生きては行けるからな。何とか」

 簡単な話、ギルドで出されているモンスター討伐の依頼を熟せば良い。

 ギルド団体と言うのもある。

 ギルド内のメンバーでチームを組み、モンスター討伐をする組織だ。

 そのおかげで街の人々が安心して暮らして行けるのも、ギルド団体のおかげだ。

 この街もギルド団体の傘下なのだろう。

「けど偶に、ギルドのメンバーでも討伐し切れない奴が居る」

 ニッと笑みを浮かべながらシュタインが言う。

 もしくは、危険度はあまりないが多く生息し過ぎて住民が困っている場合もギルド団体を通じての報酬は出るが――

 小銭稼ぎと言った程度らしい、シュタイン曰く。

「明日はそのモンスター討伐の依頼がないか、街を聞いて回ろうと思ってる。それで良いか?」

「はい、大丈夫です」

「決まりだな。じゃあゆっくり休んでくれ。朝になったら起こしに行くから」

「分かりました」

 明日の予定が決まり、セレナは部屋へと戻った。

 お腹いっぱいご飯も食べて、お風呂に入って髪も綺麗になった。

 髪を解くのに時間が掛かったし体力も使ってしまい、ベッドに倒れ込むようにして横になる。

「ふかふかだぁ…」

 もそもそと布団の中へと入って行き、ちゃんと毛布や掛け布団も被って枕に頭を乗せてから目を閉じる。

 質の良いベッドで目を閉じるとすぐに眠れた。







 何度も、咳き込む。

 息が苦しい。

 額にはタオルが乗せられていて、お母さんがすぐ傍に来てくれる。

「ほら、セレナ。ハチミツ入りのホットミルクよ。熱いからふーふーして飲んでね」

 身を起こしてマグカップを受け取って口を付ける。

 蜂蜜の甘さや牛乳の甘さが相俟って美味しい。

「辛いだろうけど、お薬も飲んだしもう少しで治るからね」

 お母さんの優しい手。

 布団の中に居た時の記憶と言えば、風邪を引いた時だった。

 お母さんはずっと看病してくれて…傍に居てくれて。

 苦しかったけど、暖かい記憶だった。

 朝陽が顔に射して照らす。

 眩しさに目を覚ますと、もう朝になってしまっていた。

 髪をブラッシングして整えてから部屋から出る。

 と、同時にシュタインも部屋から出て来た。

「おぉ、セレナ。おはよう」

「おはよう、ございます」

 ぺこりと頭を下げると「じゃあ行くか」とシュタインは一声掛けて宿屋を出た。

 モンスター討伐の依頼を探しながら、シュタインはギルド関連の話を教えてくれた。

 ギルド団体自体が在る街もあれば、ギルドのメンバーが派遣されていて依頼された任務が達成されたかどうかの審査を行うらしい。

 この街にはギルドがない為、審査に時間が掛かる場合もあるらしい。

 街のカフェへとシュタインは足取りも迷う事無く向かい、カウンターテーブルに居る女性に声を掛けた。

「なぁ、モンスター討伐の依頼ってあるか?」

「ええ。もちろんあるわよ。シュタイン」

 数歩離れてシュタインの様子を見ていると、親しげに話している様子だった。

 仲が良いのか、顔見知りなのかは分からないが恐らくは後者だろう。

 女性は店の奥の方に行ってしまい、その間にシュタインが手招きしてくれて傍に寄って行く。

 討伐依頼の紙を持って来ながら女性が言う。

「今この街にあるのはこれね」

 シュタインに討伐の依頼の紙を差し出すと、その女性と目が合う。

 隣ではシュタインが「成程なぁ…」と紙を捲って見ながら呟く。

 女性は「まぁ…!」と声を上げたかと思うと。

「もしかしてその子、シュタインの彼女!?」

「はいぃい!?」

 ガシャンッと、シュタインの甲冑が大きな音を立てる。

 セレナは首を振ると髪が乱れてしまい、整えながら小さな声で「ち、違います…」と言うが。

「へぇ…歳の差カップルかぁ。良いじゃん良いじゃん」

「そういうのじゃないんですって! 昨日から仲間になったセレナって子ですよ!」

「はい、セレナです。よろしくお願いします」

 頭を上げるとその女性は面白げに笑って見せる。

「冗談よ、冗談。けどお似合いな気もするけど…。珍しいじゃない? シュタインが誰かと行動しようとするなんて」

「独り旅に飽きて来たからな。行く場所も帰る場所もないって言うから、それなら一緒に冒険しようって誘ったんだ」

「へぇ…?」

 女性は含んだ笑みを浮かべる。

「前に逢った時は一匹狼みたいだった癖に」

「人は数年経てば変わりますよ」

「それもそうね」

「じゃあ、この辺りを全部討伐する」

 シュタインが広げて見せた数枚の紙に「新生活には資金が必要だものね」とも言われる。

 その紙を覗いて見ると『ワーニング』と『ダークナイト』と書かれた依頼書が一枚あった。

「狙い通りあったぜ、ギルドでも倒せない奴が」

 甲冑の指先でトントン、と依頼書を叩きながら小さく笑って言う。

 強さは問題ないらしいが。

「あの…シュタインさん」

「ん?」

「この、ダークナイトってなんですか?」

「あぁ…こいつ等は厄介な連中だよ」

 依頼書に『依頼受理』の判子が押されて、カフェを後にする。

「奴等はこの『暗黒の世界』を作り出した奴等だ」

「世界を…作り出した?」

「どう説明したら良いんだろうな…」

 頭を荒っぽく掻きながら呟き、シュタインは教えてくれる。

 数千年前にはモンスターの姿は影も形もなかったらしい。

 モンスターが産まれ、存在するようになっても平和な世界だったらしい。

 生き物の生態や本能として縄張り意識の強いモンスターは居るが、基本的には人間に危害を加える事はなかったのだと言う。

「弱いモンスターはペットみたいに扱ってる子供も居るくらいだしな。実際に飼う事は出来ないが。そんな弱いモンスターでも凶暴化させてるのが、ダークナイトって訳だ」

「モンスターを…凶暴化…」

「人を襲わせるように改造してから、野に放つんだ。奴等の目的は分からねぇけどな」

 森の中に足を踏み入れると、シュタインは剣を手に持つ。

 だが、現れたのは弱い討伐依頼にも載っていない頭に大輪の花を咲かせたモンスターだった。

 そう言ったモンスター達が次々と現れる。

「ったく、今日は雑魚モンスターの数が多いな…!」

 剣を振るって吹き飛ばすのを数回繰り返しながら進んで行く。

 今回もまた、セレナを守りながら戦うらしいが――

 受けた以来は七つ。

 余程の自信があるのだろう。

 ダークナイトの依頼書が一番報酬が倍額になっていたのも見えた。

 ギルド団体でも倒せないモンスターを、シュタインはこれから本気で倒しに行くらしい。

「良いか、セレナ。モンスターが出て来たらその場を動くなよ?」

「はい」

 シュタインがそう言った瞬間だった。

 狼のような強大なモンスターが襲って来たかと思うと――

 シュタインが既に剣を振るっていて、一匹倒していた。

 右に、左に、と大剣を振るう度に狼のモンスターは倒れて行く。

 ギルド団体のメンバーでも倒せないモンスターを、次々と斬り捨てて行く。

 セレナの背後へ襲い掛かって来れば喉元に剣を突き刺し、そのまま横へと斬り払って倒し血飛沫を浴びないようセレナの腕を掴んで移動する。

 大剣を両手で握るシュタインの眼差しは真剣そのもので、鋭い視線でモンスターを見据える。

 セレナを中心として、襲い掛かって来るモンスターを斬って薙いで吹き飛ばす。

 斬り捨てて、剣で突き刺しては時に数回深く斬り込む。

「おかしいな…」

 大剣を持ちながら、腕で汗を拭いながらシュタインが呟く。

「なんか、おかしくねぇか…?」

 次から次へと、モンスターが湧いて来る。

 狼のモンスターの討伐依頼は『二十匹』と書かれていたが、もうその倍数は既に倒している。

 だと言うのに他の依頼書のモンスター達もまるで無限に湧いて出て来るようで…。

 シュタインが大剣を背負うように抱え、思い切り周囲へ向けて振るう。

「セレナ! オレの後ろに付いて来い!」

「はい!」

 モンスターで四方八方を塞がれた中を目の前だけ一直線に斬り捨てて突き進んで行く。

 そして踵を返し、追い掛けて来ていたセレナの背の方に踵を返して。

 一閃、モンスター達の大群へ放つと血飛沫が飛ぶ。

 更に斬り刻むように深く、重い一撃で貫くがモンスターは更に湧いて来る。

 どのくらい、そうやって戦ったのだろうか。

「セレナ…まだ、走れるか…?」

 息を荒くさせたシュタインが問い掛けて来る。

「はい、なんとか…」

「じゃあ…行くぞ!」

 駆け出すと同時に襲い掛かって来るモンスターだけを斬るようにして一気に街へ向かって戻るように走り出した。

 後方からモンスターが追い掛けて来るが、「全力で走れ!!」とシュタインの声に合わせて足を動かし続けた。

 結果、何とか無事に町まで戻って来られた。

「大丈夫ですか…?」

「ギリギリ…」

 呼吸を乱しながらもシュタインは笑って答えてくれた。

 そして懐から一口サイズのチョコレートを取り出して、口の中へと放る。

「あ、それ……」

「ん? あぁ、これはな――」

 ―――疲れた奴が食わないと酸っぱいチョコなんだ―――

 お父さんが笑いながら言うのと同じ言葉を、シュタインも言った。

 昔、一度だけこっそり食べた事がある。

 ものすごく酸っぱくて、何度も甘いココアを飲み続けたのも。

 勇者や冒険者にとっては必需品と言う物なのだとも知っていた。

「これ食う程ってのは滅多になかったのになぁ」

 ん~、と伸びをすると立ち上がってカフェの方へ向かって歩き出した。

 セレナでも走り疲れたと言うのに…シュタインはその何倍も動いたのだ。

 疲れていないはずがない。

 カフェの来客を知らせるベルが鳴ると、さっき話し掛けた女性が「あら、遅かったわね」と声を掛けてくれた。

 シュタインはやっぱり疲れが出たのか、ダンッと依頼書をカウンターテーブルに置くと。

「話が違うぞ。数が多過ぎる。数の指定の数倍は倒したぞ」

「うそ…?」

「オレが嘘言う訳ねぇだろ。ギルド団体のメンバーに確認の審査と、もしかしたらダークナイトの奴等が近くに居てモンスターを放ち続けてるのかも知れねぇからその辺りも含めて調査しとけって言ってくれ。依頼完了の審査を頼む」

「わ、分かったわ」

 女性は慌てた様子でギルド団体の人達に声を掛けに行き、シュタインは背凭れのある椅子に深く腰掛けた。

 やはり相当疲れているのだろう。

 心配そうに見つめるセレナをシュタインが安心するようにと微笑みながら甲冑の手で撫でてくれる。

 荒っぽくも優しく。

「心配すんな。オレの見込みだと倍額以上の報酬が貰えるだろうからな」

「シュタインさんは…体、大丈夫ですか?」

「あー…平気だけど…。オレの事、今度から名前で呼んでくれて良いぞ?」

「シュタイン…?」

「あぁ、それで良い。後今すぐじゃなくて良い、敬語も抜けて行けると良いな」

「はい。ぁ…そう、だ…ね?」

「自然と抜けるくらいでいいんだよ」

 優しくシュタインが微笑んでくれる。

 それから足と腕を組むような態勢になり、どうやらそれがシュタインの待機の姿勢らしい。

「今回は長くなるかも知れねぇからな。何か食わせてやりてェが…悪いな、正式に審査が通らねェと金貰えねェから」

「私は大丈夫です」

「そうか」

「あの、さっき話してた人とは仲が良いんですか?」

「あぁ…セラさんか。仲が良いっつーよりからかわれる事の方が良い。昔こっち側に来た頃にもああやって揶揄われてたし。このカフェはギルド団体の傘下加盟のカフェだからな」

 そんな事を話していると、違うカフェの店員がギルド団体の依頼書を貼るボードに新しいモンスターの情報を出していた。

「その、シュタイン……って。どのくらい旅をしてるの?」

「ん~、どのくらいだっけな。色んな所見て周りはしたけど、この周辺くらいだからな。多分十年くらいだ。今度はセレナも居るからもっと遠くまで行ってみたいしな」

「あの…一つだけ、訊いてもいいですか?」

「なんだ?」

 ずっと、気にはなっていた。

 十年前のあの日、シュタインがドラゴンから助けてくれた。

 幼い自分から見て大人のようにも見えたあの姿と。

 今の自分から見たシュタインの姿は然程変わらないような気もする。

「シュタインって、何歳なんですか?」

「気になるか?」

 ふっと笑いながらシュタインが言う。

 こくりと頷くが…。

「秘密、な」

「えぇ~、それって狡くないですか? 私は十四歳だって言ったのに」

「セレナよりは年上って事で、な?」

「もう…」

 頬を膨らませていると。

「お前達か、あの数のモンスターを倒したのは」

 覆面を被った数人の人物から声を掛けられた。

「あぁ、そうだが? 募集されてた依頼書の倍以上は出して貰わねぇとな。話が違う」

 腕を組んだまま、殺気を放つような。

 怒りを声音に滲ませるようにシュタインがギルド団体の人物達を睨み付ける。

「当然だ。モンスター討伐の依頼完遂、感謝する」

 ドサリと、重そうな音のする袋を幾つか置くとすぐにギルド団体の人物達去った。

 ふぅ、と流石に疲れを見せた様子のシュタインがその中身を見て上機嫌になって笑う。

「ほらセレナ、オレの言った以上の報酬だ。五倍だぞ!? 暫く暮らして行けるな!」

 金色や銀色、銅のコイン――フェルを手に取って眺めながらセレナは「すごい…」と呟く。

「悪いけど、オレ流石に疲れたから部屋で休んでおく。セラさんに一時的に預かって貰っておくから、何か訊きたい事があったらセラさんに訊いてくれるか?」

「はい、分かりました。ゆっくり休んでください」

 セレナは自分の分だと渡されたフェルの入った袋を見つめる。

 すると丁度セラさんが戻って来て「凄かったし大変だったみたいよ」とギルドの人伝に聞いた事を教えてくれた。

「それに新種の改造モンスター討伐の依頼書も出たから、気を付けて」

「心配してくれてありがとうございます」

「それで…あの、教えて欲しい事があるんです」

「良いわよ? 何でも聞いて?」

「どのフェルが一番価値があるんですか…? この金色のですか?」

「そうね。金、銀、銅と。数字の書かれている順番ね。金色の人の横顔が彫られているものが一番価値が上よ」

 基本的に『フェル』を示すのは、この国の王の顔が彫られたものだと言う。

 良く見てみると、どれも同じ人の横顔の下に数字が彫られてた。

「あの、私…自分が何も知らない事を自覚、しているので…。この近くに本屋さんってありますか?」

「えぇ、あるわよ」

 セラさんに道を教えて貰って街の中を歩く。

 本屋に辿り着くと、色んな本を手に取ってみる。

 わかる部分と、難しい漢字で読めない部分。意味が分からない部分があり、首を傾げる。

 数回それを繰り返していると、本屋の店主が「この本がおすすめだよ」と教えてくれた。

 辞書、と言うものだった。

 それをすぐに買って、辞書と見合わせながら気になった本を全部買う訳にもいかない為。勉強として理解して行きながら頭に入れて行く。

 恐らく学ぶ事を無理矢理強いられていたら嫌になって覚えたくなかった事だろう。

 知らない事を知って行くのは、自分の中の世界が広がって行くようで愉しくて面白く感じられた。

 ふと我に返ると、陽がすっかり落ちてしまっていた。

 お腹の虫も鳴る頃だ。

「ありがとうございました」

 辞書を手にして頭を下げてから、本屋を後にする。

 冒険者達の流れに逆らうようにシュタインの居る宿屋を目指すが…。

 背が低いが故に人の波に押し返されてしまう。

「あの、すみません…通してください…」

 態勢を崩したと同時に人とぶつかってしまう。

 倒れそうになった瞬間。

「大丈夫かい?」

 手を掴まれて、地面に倒れ込む事はなかった。

 ゆっくりと立たせてくれて、地面に落ちてしまっていた辞書も埃を払うように叩いてから手渡してくれる。

「ありがとうごさいます…!」

 頭を下げてお礼を言うが。

「そんな…大した事じゃないよ」

 そう言われて顔を上げて見る。前髪を耳に掛けながら。

 視界に入って来たのは―――

 黒い艶のある、耳が少し隠れるくらいの髪に。茶色の瞳。

 思わずその瞳に魅入ってしまう。

 何か、違和感を感じるような気がしたからだ。

「ん? 僕の顔に何か付いているかな?」

「いえっ、あの、すみません! ありがとうごさいます」

「こっちこそごめんね、少し考え事をしていて前を見ていなかったんだ」

「そうでしたか…」

 セレナから見れば背の高い男性だ。

 髪の隙間からやっぱり気になって瞳を見つめてしまう。

 するとその男性がセレナを観察するように見つめて、言い始めた。

「君は…まるで幼い子供のようにも見える。なのに心身共に成長し始めているのも見て取れる。けど外の世界の穢れを一切知らないような…純粋無垢な印象だ…。君、今何歳なのかな?」

「十四歳です」

「とても十四歳には見えない…。と言っても僕も年相応に見られる事も少ないからね」

「そうなんですか? すごく格好良いのに…」

「そんな事ないよ。それにそんなに年も変わらないよ。僕は十七歳なんだけどね」

「――――」

 どうしてか、胸の辺りが不思議な感じがする。

 この人を見ていると。

 けれど瞳を見つめていると、違和感が否めない。

「大人びてるからか、よく二十代と間違えられるんだ。職業柄…かな」

 憂いを帯びたような表情と眼差しで言う彼に、思わず問いかけていた。

「お仕事、何をしているんですか…?」

「しがない物書き…小説家だよ。売れてはないけれどね。そうだ、自己紹介を忘れていたね。僕はヴァルディ。よろしくね」

「私はセレナです。小説家…って事は、物語を書くんですよね? どんなのを書くんですか?」

「多分セレナちゃんにはまだ難しい話かも知れないよ。人間関係や、そこからの心理状況でどんな行動を起こすのか…とかね」

「面白そうです! 本を出したりはしてるんですか?」

「売れないから倉庫の奥に眠っているよ」

「勿体ないです…」

 こんなに素敵な人が書く物語は、どんなに素晴らしいものなんだろう。

 とても素晴らしい物語をあの手で紡ぐのだろう、そう思っていると…。

「不思議だ…。セレナちゃんとはまた逢えるような気がするよ」

 顔を覗いて来る穏やかで柔らかい表情のヴァルディに心臓が大きく高鳴る。

 これは…一体なんだろう?

 心臓が忙しなく動き出す。

 そして無意識に口にしていた。

「私も…また出逢えるような気がします」

 ふっと、柔らかい笑みを浮かべてくれる。

「じゃあ僕はもう行かないと。じゃあまた何処かでね、セレナちゃん」

「はい」

 小さく頭を下げてから、手を振る。

 人混みでざわつく中、口元に手を当ててニヤリと弧を描いて低い声で呟く。

「セレナ、か……」

 しかしその声も笑みも雑踏と騒がしさの中に掻き消されて行った。


























 翌日。シュタインの疲れもすっかり取れたみたいで元気そうだった。

 次の街へ向かう為の旅路の準備をする。

 シュタインが旅の必需品だと立ち寄った場所の香りに懐かしさを感じる。

 薔薇の香りだ。

「香り玉は必須だろ? まぁ予備にもう二つ買っておくか」

「はい!」

 セレナに手渡してくれて、香り玉を見つめる。

 そして笑みを浮かべてると「どうした?」と訊かれて。

「お母さんがいつも作ってくれていたんです。これも誰かの手作りなのかなぁ」

「香り玉は魔法薬を扱える人にしか作れないからな。そうだろうな。ま、ダークナイトのモンスターには効かないんだけどな」

「えっ! 本当ですか!?」

「あぁ。効かねぇぞ。まぁ、そうなったらオレがまた戦うし。オレがセレナを守れば良い話だからな」

 ニッと笑みを浮かべる。

 シュタインの言葉には力を貰える。

 必要な物を買って街を出たのは良かった、のだが。

 ヒヨコの姿をしたピピが。

 ラシュットが、と言った様々なモンスターに追い掛けられて逃げ出していた。

 流石にシュタインも大きく剣を一振りだけして吹き飛ばす。

「何なんだよ、これ! 今までこんな事なかったぞ!?」

「初めてなんですか? ここが元々こういう地形だったとかじゃなくて」

「遭遇率とかで言えばああいうモンスターが基本強いと分かってる奴や、戦えない弱いモンスターも本来なら寄って来ない。なのに…なんでこんなにわんさかと寄って来やがるんだ!!」

 まだ依頼書にあるようなモンスター達なら良いんだが、と付け加えながら。

 目の前を塞がれてシュタインが躊躇いなく斬る。

「第一に香り玉持ってるのになんで効果が―――まさかこいつ等もダークナイトに改造されたモンスターだって言うのかよ!! 畜生、ふざけんじゃねぇ!!」

 怒りも腕に乗せて斬り払った瞬間だった。

「グルルル…」

 獣の鳴き声が聴こえ、足を一瞬止める。

 背後にはシュタイン曰く、雑魚モンスター達が。

 ――目の前には、ライオンの姿をしたモンスターが。

 そういえば、とセレナが思い出す。

 セラさんが新しいダークナイトのモンスターが現れたとも教えてくれた。

 『ワーニング』と書かれた、デスロスと言う名のモンスターだとも書かれていたのを。

「オイオイ……聞いてねェよ……」

 デジャヴを感じる。

 これではまるで、十年前の『あの時』みたいだと。

 確かあの日もモンスターに囲まれて、ドラゴンの巣に行ってしまっていた。

「同じだ…。あの時と…」

 セレナが呟いた瞬間、デスロスが襲って来る。

 シュタインが前に躍り出て攻撃を受け止めるが、右側へ受け流して斬り捨てる。

 しかし、一体二体と続いて襲って来る姿に。

「セレナ、オレの後ろから離れんなよ!!」

「はい!」

 鋭い爪が引っ掻いて薙ぐようにして来るが、剣で何とか抑えながら両足で踏み止まる。

 その爪に剣を当ててそのまま押し切って腕を斬り落とす。

 一瞬で生まれた隙にセレナの腕を掴んで「屈め」とだけ言って一周剣を震わせば周囲のモンスターが一掃される。

 だが、それで終わりじゃない。

 デスロスの数が更に増えて来ている。

「くそっ……さっきの雑魚達相手に少し力入れ過ぎた……」

 ―――違う―――

 昨日の戦いの疲れもまだ本当は残っているのだろう。

 元気に振る舞ってはいたが、一晩で完全復活出来る訳もない。

 襲い来る牙や爪を避けて受け流すが、鎧に傷が入る。

「は、オレの鎧はなぁ……。そう簡単には壊れねぇ特注品なんだよ!!」

 大きく振りかぶった剣で、シュタインが叫びながら目の前のデスロスを地面へ力強く叩き込む。

 それでも尚、デスロスは何処からか湧いて来ては襲い掛かって来る。

「シュタイン……無理しなくていいのに……!」

 背中越しに甲冑に触れて言う。

 常に戦って消耗し続けて、呼吸も乱れて立ち上がるのも困難になって来ているシュタインに声を掛ける。

「もう、いいよ……。もういいから、逃げようよ…」

「こいつは一度狙った獲物は逃がさねぇ習性を持ってる。逃げてる途中でやられる。それにオレはな、セレナ…無理はしてない」

 両手に剣を持ち直して構えて言葉を続けた。

「オレは…オレの意志で大切な仲間を、セレナを守ってるんだぁあああ!!」

 一気に踏み込み、剣で斬り払い続けてデスロスの体を貫く。

 身を捻って剣の先の柄の部分で鼻を打って、剣を逆手持ちにして突き刺す。

 左手に剣を持って斬り捨てて宙へと放り、右手を地面に付き全身の甲冑の重さを活かして踵落としを食らわして倒す。

 身を起こし、目の前に迫って来ていたデスロスへ向けて柄を蹴って食べようと口を開けていた喉へ目掛けて突き刺す。

 剣を引き抜くが、息をする暇もない。

 次第に体に疲労が溜まって来て、剣を地面に突き刺しつつ片膝を付く。

 もうシュタインはそう長くは戦えない。

 いや、戦えなくなって来ているのに敵は増える。

 セレナは無意識にシュタインの背に隠れながら水晶玉のネックレスを握り締める。

 ぎゅっと、強く握り締めながら。

 このままじゃ、十年前と同じじゃないか。

 誰かに助けてもらって、一人だけ守られて、逃げ出すなんて。

 私だって戦える力が欲しい。

 私なりの、武器が…!

「もう、やめて―――!!」

 声の限りに叫ぶと同時だった。

 眩い光に包まれたのは―――







「あら、セレナちゃん。目が覚めた?」

 セラさんが優しく声を掛けて来て、ここは…と周囲を見渡していると。

「ギルド団体のメンバーの人達が、あなた達がデスロスに襲われて倒れている所を見つけて運んで来てくれたのよ。シュタインも上で休んでるから。ゆっくり傷や疲れを癒してから次は旅に出てちょうだい。急ぐならギルド団体のメンバーも次の街まで同行するって事も出来るけど…どうする?」

「えっと……シュタインが起きてから決めます」

「分かったわ」

 そうして傍にあの酸っぱい一口サイズのチョコレートも置かれていたが、口にしてみるととても甘くて美味しい。

 疲労がかなり溜まっているらしい。

 ゆっくりしようと、目を閉じる。

 夢を見る。

「お前なんか要らないんだ」

「お前なんか消えてしまえ!」

「この足手纏いが!」

 飛び起きるようにして目を覚ます。

 どうしようもない不安に襲われた。

 その場で膝を抱えるが、少し離れた所ではセラさんが働いてる声も聴こえる。

 俯いていたが顔を上げて、シュタインの部屋へと向かった。

 コンコンとノックをすると、「どうぞ」とシュタインの声が返って来る。

 おずおず、と言った様子でセレナが入って行くと。

「なんだ。セレナか、怪我とかしてないか?」

「大丈夫…でも、シュタインが…」

「あぁ…オレの鎧なら平気だ。少し手入れはしたけどな。オレに傷を付けたくてもあの鎧じゃそもそも貫通しねぇからな」

 セレナは近くの椅子に腰を下ろして俯く。

 ポツリ、ポツリ、と言葉にして行く。

「私の所為で……自分のせいで、シュタインは倒れた」

「…………」

 シュタインは静かに耳を傾けてくれる。

「私が……自分が足手纏いになったからだ」

「何だ、どうし―――」

「ねぇ、シュタイン」

 セレナが俯きながら、絞り出すような声で呼び掛ける。

 今にも泣き出しそうな……いや。

 既に大粒の涙を頬から伝わせながら。

「私……居ない方がいいのかな…?」

「――――」

「私が居てもジャマなだけでしょ? 私が居るから…シュタインはあんな無茶をしたんでしょ?」

「セレナ…」

「私なんかいらない……。私なんか消えればいい……。私なんて産まれて来なけれ―――」

「セレナ!!」

 シュタインの声に驚いて顔を上げる。

 夜の薄暗い部屋を、ランタンの灯りが揺らめいて二人の影を作る。

「セレナ。それは違う。さっきも言ったが、オレは自分の意志で戦ったんだ。逆に言えば、セレナが居たから、あそこまで戦えたんだ」

「私が…居た、から…?」

「あぁ。それに、『産まれて来なければ』なんて思っちゃダメだ。絶対に。人には必ず、誰かの為に何かが出来る力を生まれ持ってるんだ。それが何かはセレナにしか分からないし、今は分からない。焦らなくて良い。その『産まれて来た意味』を、一緒に旅をしながら見つけて行こうな?」

 そう優しく微笑んでくれるだけで涙が次から次へと零れ出る。

 服の袖で涙を拭う。嗚咽を零しながら。

「だからな、セレナ。オレはセレナに出逢えてなかったら今日死んでたかも知れない。助けられたのはオレの方なんだよ。ありがとうな、セレナ。だから、涙が止まるまで泣いたらいっぱい笑おうな」

 ガシャガシャと、シュタインの甲冑が頭を撫でてくれる音が暫く続いた。

 それから数日が経ち、疲れも取れてシュタインと話し合った結果。

「ギルドのみなさん、お世話になります」

 ギルド団体のメンバーと同行と言う形で街を出る事にした。

「今回は異例な事態だった。もっと速くにこちらも対処出来ていれば良かったのだが……」

「どっちにしろあのレベルじゃガーディアンの連中じゃないと無理だろうけどな」

「ガーディアン?」

「あー、何つーか。ギルド団体より上の更に強い組織だな。逢う事は滅多にないだろうが、オレ達は」

 次の街へとセレナが一歩を踏み出すとみんなが付いて来る。

 いつか、こんな風に色んな仲間と共に冒険が出来たら良いなとも思いながら。

 セレナはシュタインと共に、旅を始めたのだった。
























 森の中で、男性が檻の中で獰猛な牙と爪を向けて暴れるモンスターを宥める。

 それは新しく追加されたモンスター討伐の依頼書に『ワーニング』と書かれたダークナイトのモンスターだった。

 左手に懐中時計を持ち、時間を見つめる。

「そろそろ頃合いか」

 赤い瞳で見つめていた懐中時計をポケットに仕舞い込むと、森の中に不吉で不気味な風が吹く。

 彼の黒髪も共に風に靡く。

 檻に何十体も押し込まれたライオンのモンスターが所狭しと言った様子でも暴れ出すのを宥めるように低い声で、檻に触れて撫でるようにして言う。

「もう少しだけだ、落ち着け……後で思う存分暴れさせてやるからな……」

 森の中心部に位置するこの場所。

 頃合いを見計らって、一つ目の檻を解放させる。

 モンスターは一直線にセレナ達を狙いに行った。

 続いて二つ目、三つ目と檻を解放して行く。

「ふふふ…流石にキツいかな? でもこれくらい倒せなきゃダメだろう? 彼女を守りたいなら。うちにはまだまだ強いモンスターは幾らでも居るし造れるんだ」

 口元に弧を描きながら笑う、嗤う。

 もうすぐこの檻も開け放とうか。

「オレは…オレの意志で大切な仲間を、セレナを守ってるんだぁあああ!!」

 吠えるような声に、冷徹にも冷めた表情で言う。

「へぇ……。もうフラフラなのに、もう戦えやしない癖に、まだそんな事を言うのか……実に馬鹿馬鹿しいな」

 ふっと、冷めた笑みを浮かべて一言。

「もう死ね」

 そして傍の檻を解き放つ。

 もうここも終いだな、と思い背を向けようとした瞬間。

 衝動派を感じて振り返ると―――

 周囲が真っ白な光に包まれ、腕で光を遮りながら目視した。

 セレナが傷付いた仲間を腕に泣き叫ぶ姿が。

「まさか――あの子が…!?」

 眩く強い光にモンスター達が怯えて逃げ出して行く。

 しまった、完全に計算ミスだ。

 文献では書いて在ったが、実在するかどうか怪しかった存在だ。

 誰一人信じない所か、自分さえも『そんな存在』は信じていなかった。

「これは完全に予想外だな…。だが、良い事を思い付いたぞ…」

 そう悪巧みをするような笑みを浮かべながら男は森の奥の茂みの先へと歩いて行き、姿を消したのだった。











森の中に居た男性とは、ダークナイトとは何なのか?

続きをお楽しみにしておいてください。

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