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第一章 少女セレナ

『14才の私×執筆27歳の私』でのファンタジー、開幕です。

 これは、幼い頃の記憶。

 お父さんとお母さんはいつも笑っていて。

 お外の世界に行ってしまう背中を、お母さんと見送る。

「ねぇ、おかあさん。どうしてわたしはお外に出たらいけないの?」

 お母さんの手はとても優しくて、暖かくて。

 私の頭を撫でながら言ってくれる。

「お外にはね、こわーいモンスターが沢山居るからよ」

「ほんとうに?」

「本当よ」

 絵本でもお外のモンスターのお話を読み聞かせしてもらう。

 お父さんは強い剣士で、モンスターを倒すのがお仕事だって言ってた。

 こーんなすごいモンスターを倒して来たんだって、帰って来てから抱き上げてくれながら話してもくれる。

 お母さんは薬草を作るのが得意で、モンスターが苦手な薔薇の香りをいつも身に纏わせてお外に出て行ってしまう。

 町に作った薬草や草に匂いを染み込ませた香り玉を売りに行くんだって言ってた。

 お父さんもお母さんもいない時は、私はひとりでお留守番。

 お外には絶対に行っちゃいけないよ、とも言われていた。

 私はお父さんみたいに強くもないし…。

 私はお母さんみたいに薬草に詳しくもない。

 だから、ひとりでずっとお留守番。

 雨の日も。

 風の日も。

 雪の日も。

 嵐や、雷がゴロゴロと鳴る日でも。

「かみなりなんか…こわくないもん…」

 蹲りながら小さく涙目で呟く。

 ひとりの日は、そうやってずっと窓を見つめてお父さんとお母さんが帰って来るのを待っていた。

 人里から離れた緑豊かな森の中。

 そこにはセレナと言う名の女の子が居ました。

 セレナは家の外に出た事がありません。

 どうしてか……それは外にモンスターと言う生物が生息しています。

 そのモンスターは人間を襲います。

 そんなモンスター達の居る世界……それは『暗黒の世界』と呼ばれている。

 何百年も前には、何千年も昔はモンスターの姿はなかったと言う。

 暗黒の世界を歩ける唯一の存在……勇者、もしくは冒険者だ。

 冒険者達はモンスターを倒す事が出来る存在。実際にセレナのお父さんは冒険者で剣士だ。

 今日もセレナは家の中でお留守番だ。

 でもセレナは外に行きたい。

 その理由は何とも可愛いものだ。

 家の後ろ手側に壮大な草原があり、そこにはヒヨコのような姿形をした『ピピ』というモンスターが生息している。

 セレナはどうしてもそのピピと触れ合ってみたい。

 逢ってみたい。

 ふわふわなあの毛並みは本当なのだろうかと、好奇心が顔を覗かせる。

 でもセレナはまだまだ幼い三歳だ。

 窓の外のモンスターを見るにも、椅子を引き摺って運んでは上に乗って眺める日々。

 この世界では、十歳になると冒険者として町の外へ出る資格が持てる。

 全員が冒険者――と言う訳じゃないが、国の法として定められていた。

「おうちの中ばっかじゃつまんないなぁ…」

 ソファーに戻ってぬいぐるみを抱っこする。

「お外に出てみたいなぁ…。一度でいいからお外で遊んでみたい」

 そんな事を考えていると、突然目の前を手のひらで覆い隠されてしまう。

 驚きはするが、この温もりはよく知っている。

「さて、だ~れだ?」

「おかあさん!」

「正解!」

 なんて声と同時に覆われていた手を放すと、目の前に一口サイズのチョコレートがお母さんの手の上にあった。

「これでも食べて? じゃないとその可愛いほっぺが風船みたいに割れちゃうわ」

 セレナはチョコレートを手にしてもあまり嬉しそうな表情をしない。

 するとソファーの隣にお母さんが座って、同じ目線になって訊いて来る。

「どうしたの? そんなお顔して。可愛いお顔が台無しよ?」

 優しく、暖かい手で。

 柔らかな声で訊いてくれる。

「だって…つまんないんだもん、おうちの中。もうやだよ」

「セレナ……」

 お母さんが淋しそうな、何処か哀しそうな表情をしたのが一瞬だけ見えた。

 そっと抱き締められる。

 とても暖かい温もりに、包まれる。

「お外にはね、こわーいモンスターがたくさんいるの。セレナには……まだ、速いわ」

「わたし、はやくおおきくなりたいよ」

「お母さん、寂しくなっちゃうわ。セレナが居ないと」

 何度も、何度も頭を撫でて。

 髪を指先で梳くようにも撫でてくれる。

 お母さんのその優しい手が…どんな事よりも好きだ。

「お母さんはね……セレナを傷付けたくないの。だから―――そんなこと、言わないで」

 優しい声音と温もり。

 大好きなものだけど、小さくお母さんの体が震えているようにも感じられた。

 どうしてお外に出ちゃダメなんだろう?

 どうして…私はおうちの中ばかりなんだろう?

 どうして、お母さんがそう言うのか分からなかった。

 次第に強く抱き締められて、息苦しくなって来る。

「わかったよ、おかあさん…。お外には行かないから、苦しいよ」

「あ……ごめんね、セレナ」

 そっと頭を撫でてくれる。

 それからエプロンを手にして「今日はセレナの大好きなシチューを作るよ」と。

 お母さんの手料理の中でも大好きなシチューだと聞いて、嬉しくなって舞い上がってしまう。

 その時だった。玄関の扉が開いたのは。

 甲冑を身に纏い、剣を手にした男が部屋の中に押し入って来る。

 セレナはその姿を目にして――

「おとうさん!」

 そう呼びかけながら駆け寄って行く。

 セレナのお父さんは、冒険者だ。

 家族を支える為に危険な外へ出てはモンスターを退治して、それに見合った報酬で生活をしていた。

 身に纏っていた甲冑を脱ぐと、お父さんの胸に向かって飛び付いて行く。

 お父さんも良い体格をしているが、小さなセレナの体を抱き上げてくれる。

「おぉ、セレナか! 元気いっぱいだな、今日もいいこにしてたか?」

「うんっ!」

「そうか、偉いな。そんなセレナにいいものをあげよう」

 一度セレナを床に下ろすと、お父さんは背負っていた大きな鞄から小さな木刀を取り出した。

 小さな木刀をセレナへと差し出す。

 セレナの方はと言えば、瞳をキラキラと輝かせながら感動した様子で両手で木刀を受け取る。

「この世界の誰もが、冒険者になれる素質を持ってる。セレナだってそうだ。けど誰かの真似ばかりじゃダメだぞ? いくらお父さんが強くても、セレナにはセレナの強さや戦い方がある。その木刀で素振りをしながら、ゆっくり見つけて行くんだ」

「わかった!」

「よーし、じゃあ今から特訓だ! ほらセレナ、構えて」

 木刀を握るように指示されると、握り方や振り下ろし方も子供でも分かりやすくお父さんは教えてくれて。

「好きなようにかかって来い」

 笑いながら、木の棒でセレナの攻撃を受けたり。受け流したり、弱い力で弾いたりを繰り返していると。

「あなた、程々にして? シチューが出来たからご飯にするわよ」

「やったぁ、シチューだシチューだ~!」

 ぽいっと木刀を放り出してしまうセレナを目にして、お父さんは溜め息交じりにも愛おしげに見つめる。

 そして食卓テーブルで三人腰を下ろして、お父さんが外の話をしてくれるのを聞く。

 窓の外の世界に、想いを馳せて期待に膨らませながら。

 そんな、セレナの毎日の日々。

 それでもセレナは幸せだった。

 お父さんも居て、お母さんも居てくれるから。







 そんな、ある日の事だった。

「ハッピーバースデー、セレナ!」

 お父さんとお母さんが一緒に帰って来てくれた日は、私の四歳の誕生日だった。

 大きなケーキにロウソクと、小さな火が灯される。

「願い事を思い浮かべながら吹き消すのよ?」

「うんっ!」

 このままずっと、家族三人で幸せに過ごせますように。

 そう願いを込めて息でロウソクを吹き消すと部屋が真っ暗になってパチパチと拍手をしてもらえる。

 お父さんからの誕生日プレゼントは、可愛いねこさんのぬいぐるみで。

 お母さんはそのねこさんのぬいぐるみにお母さんお手製の魔法の瓶を数滴かけると、ねこさんが動き出す。

 私の遊び相手にもなってくれて、本物のねこさんみたいで。

 魔法薬って薬の効果が切れるとまたぬいぐるみのねこさんに戻ってしまったけど、私は嬉しくてそのねこさんをぎゅっと抱き締める。

「ありがとう、おとうさん。おかあさん」

 笑って過ごした誕生日。

 私はその日の事をきっと、一生忘れはしない。






 ―――その幸せを、私が壊したんだから―――














 今日もセレナは窓から外を眺める。

 それを目にしたお母さんが、食器洗いを済ませてから濡れた手を拭いセレナの傍に来てくれる。

「――セレナ。お外に行きたい?」

「……うん」

「そうよね…行きたいわよね」

 そっとお母さんが包み込むように抱き締めてくれる。

 その温もりが、とても安心する。

「ごめんね、セレナ…。本当はあなたを外へ出してはいけないの」

 お母さんの言葉に首を傾げながら顔を見上げる。

「どうして?」

「………まだ、分からなくていいのよ」

 切なそうな表情でそう言われて、また包み込まれる。

 食器を洗った手が少しひんやりとしていて、いつもの暖かい手の方が好きだなと思いながら頭を撫でられる。

 多分、まだ聞いても分からない事なんだろう。

 難しい話なんだろう。

 なら理解出来る時で良い、お母さんはそう言った。

 お母さんの温もりに身を委ねるようにして、自然と眠くなって来て眠ってしまった。

 その間も、お母さんは優しい手付きで頭を撫で続けてくれていた。

 また、ひとりでお留守番する日がやって来た。

 大きな剣を背負ったお父さんを見送って。

 お母さんはお花や、良い匂いのする香り玉や魔法の瓶を入れたバスケットを手に外に行ってしまった。

 今日もまた、おうちでひとりぼっち。

 おやつのクッキーの女の子の形をしたのと、動物さんとで一人遊びをする。

「今日もね、いいこでお留守番しないといけないんだ」

「どうしてセレナはお留守番してないといけないの?」

「お外にはこわーいモンスターがたくさんいるからなんだって」

「本当にそうなのかな?」

「え…?」

 猫の形をした動物のクッキーの言葉に、疑問を持つ。

 周りがどうかは分からなくても、外から見える景色はいつも森の奥深くにあって。

 近くに年齢の近い子供達も居ない環境下だ。

 『今の』セレナの生活環境が正しいのか、間違っているのか…指摘してくれる人物は誰も居ない。

「ねぇ、お外にでちゃおうよ」

 猫の形のクッキーと言う名の、好奇心が顔を覗かせる。

「ダメだよっ! おとうさんとおかあさんとのやくそくは守らないと、四歳になったんだもん」

 クッキーを口の中に頬張るようにして食べてしまう。

 けど…確かに気になってしまう。外の世界は。

 ふと窓の方に視線を向けた時だった。

「にゃあ」

 黒猫が、そこには居た。

 お母さんが換気の為に開けていた、窓の隙間から家の中へと入り込んで来る。

「こんにちは、ねこさん」

 そう声を掛けても、ふいっとそっぽを向かれてソファーに置かれていたおかあさんのハンカチの匂いを嗅ぐと。

 ハンカチを銜えたと同時に、素早い動きで窓から外へ出て行ってしまった。

「あ、まって! それはおかあさんのおきにいりなんだから!」

 窓にしがみ付いて呼びかける声も虚しく、黒猫は戻って来る様子がない。

 お母さんが凄く、とても大事にしていたハンカチ。

 そのハンカチで涙を拭ってくれた事も忘れない。

 ごくりと、小さく息を飲む。

 怖いから誕生日に貰った、ぬいぐるみのねこさんをぎゅうっと抱き締める。

 きっとお母さんが、魔法でも守ってくれると信じながら玄関のドアの鍵を開けてみる。

 心臓の音が…なんだかうるさい。

 怖いし、お父さんとお母さんとの約束を破ってしまう。

 だけど、お母さんが大事にしていたハンカチも取り戻しに行きたい。

「だいじょうぶ。だってわたし、四歳になったんだもん」

 ゆっくりと、玄関の扉を押し開く。

 眩い光と共に森の中特有の、草木の香りが漂って来た。

 温かい陽射しに、今まで全身で受けた事のない大自然の風。

 風が木々を撫でる音はいつも聞いていたけど、『外の景色』を自分で見るのはこれが初めてだった。

 数歩、前へ歩き出して外の世界へ踏み出すと。

 子ウサギのようなモンスターが耳を立てると同時に、懐くように擦り寄って来た。

「わぁ…かわいい…」

 思わず撫でてみると、とても柔らかい毛並みで気持ちもほわほわとして来る。

 すると、遠くからまるでマシュマロのような見た目のウサギ――

 ラシュット、と呼ばれるモンスターが寄って来て体を押し出されてしまう。

「えっ…ちょっと…。みんな…?」

 嬉しそうに懐いて来てくれているのは分かる。

 表情が嬉しそうで、ニコニコとしているから。

 モンスターと接するのは初めてだけど、嘘を吐いているようには感じられない。

 まるで、自分が外に出て来るのを待っていたと言った様子だった。

 暫くすると気が付いた頃には大きく成長したラシュットに囲まれてしまっていた。

 感触はマシュマロそのものだが、食べられはしない。

 柔らかい感触の中、数匹に閉じ込められてしまえば四方八方を塞がれてしまう。

 そのまま移動してしまえば、自分が何処に居るのかも分からない。

「ね、ねぇ。みんな。黒いねこさん知らない? おかあさんの大事なハンカチをもって行っちゃって…探してるんだ」

 ラシュットに呼びかけてみても、互いにタックルし合うのが挨拶なのだろうか。

 おしくらまんじゅう状態で、なんだか嬉しそうで。

「モンスターさんにきいてもわからないよね…」

 体が小さいが故に、ラシュットのタックルから逃れる事も。

 寄せ集まったラシュットの中から潜り出る事も出来なかった。

 無理矢理にそうしようと思えば出来なくもないが、息が出来なくなってしまって苦しい。

 ふと、ラシュット達が突然何かに怯えるかのように逃げ出してしまった。

 気が付けば洞窟の中まで連れて来られていたみたいで、帰り道がわからない。

 かなり深くまで洞窟に運ばれたらしく、まだ右も左も覚えていないセレナには帰る術がない。

「どうしよう…。くろねこさんもいないし…」

 泣き出しそうになる。

 誕生日に貰ったねこのぬいぐるみさんも、子ウサギさんを抱っこした時につい手放してしまって何も持っていない状態だ。

 膝を抱えてその場で蹲る。

「おとうさん…おかあさん…かえりたい…」

 頬からは涙が伝って地面へと落ちて行く。

 数滴そうやって涙を零したが、服の袖で拭って立ち上がる。

 こうやって薄暗い場所に居ても仕方ない。

 自分で帰り道を探さなきゃいけない。

 涙ながらにも立ち上がり、「こっち」と洞窟の分かれ道の右側へと進んで行った。

 水色や青のキラキラとした水晶が、横に流れる夜の星空みたいな幻想的な川と相俟って綺麗で瞳を輝かせる。

 お父さんとお母さんが行ってはいけないよ、と言った世界はとても綺麗で。

 確かに怖い事もあるけれど、こんなに素敵で夜空の中に居るような場所は初めてだった。

 奥には涼やかな水の流れる音が聴こえて、近付いて行ってみると水晶の光を反射させて淡く輝く泉もあった。

 探索するように、冒険をするように胸を躍らせながら歩く。

 突き出ている結晶を眺めたり、泉へと続く川を覗き込んで居る時だった。

「危ねェ!!」

 そんな声と共に、抱きかかえられていたのは。

 顔を上げて見ると、銀製の鎧を身に纏った――

 お父さんと同じような、大きな…両手で握るような剣を携えた正しく『騎士』がそこには居た。

 銀色の髪が、視界に入る。

「お前、ここがドラゴンの巣だって知ってんのか!?」

 騎士はセレナの方を一切見ようともせず、唯々…目の前に現れたドラゴンを真っ直ぐ見据えていた。

 剣を両手で握り直そうとするが、左腕にセレナを庇うように抱いてくれている。

「はは…オレ、庇いながら戦うのすっげー苦手なんだよな…」

 一瞬だけ視線を周囲へ向ける。

 所謂『ボス』がこいつなのか、それとも他に仲間が居るのか。

 このドラゴンの『子』が近くに居るから防衛本能が現れたのか、単純に巣に現れた外敵を駆除したいだけなのか。

 思考を巡らせながら視線を、気配を探ってもみるが今の所は…この一匹のドラゴンしか見当たらない。

 すっと、騎士が自分の前に立つ。

「ちょっと待ってろ。すぐに片付けてやるから。そんで、ここから出してやる。多分迷子だろうしな」

 とても大きな、背中だった。

 鎧を身に纏い、けれども顔は隠そうとしない騎士の背中は。

 そして、自分達の何十倍の大きさのあるドラゴンに立ち向かおうとする姿は。

 睨み合う騎士とドラゴン。

 両者同時に――いや、騎士の方が僅かに動くのが速かった。

「はぁああああっ!」

 両手で剣の柄を握った騎士が叫び、大剣を振るう。

 ガァン、と強固な鱗とぶつかるが力押しでは騎士の方が強いらしい。

 ドラゴンがバランスを崩した瞬間。

 一閃。

 本当にただ、それだけだった。

 腹部に強烈な一撃を与えただけで、ドラゴンが身動き一つしなくなる。

「こっちだ!」

 右手に剣を持ち、セレナの左手首を掴むようにして走り出す。

 周囲に寄って来るドラゴンよりも弱いモンスターを斬って払ったりしながら。

 背後からは次々と倒されたドラゴンの仲間が何十体も追い掛けて来る。

 洞窟から出て、安全な広い丘に来ると騎士は小さく息を吐く――が。

 モンスター達の群れが洞窟の方から、四方八方の森からも現れて一瞬で囲まれてしまう。

「畜生…。一体なんだってんだよ。おい、危ないから屈んでろ!」

 騎士にそう呼びかけられて、咄嗟に蹲る。

 大勢を低くして腰を落とし、右手に持った大剣で思い切り旋風を巻き起こすように剣を振り回す。

 それでもモンスターが寄って来て、第二波、三波と剣を振るう中。

「おい、お前! こっからなら帰り道、分かるか!?」

「た、たぶん…」

「なら―――」

 大きく一薙ぎした、と思いきや一本道のように歩いて行ける空間が出来ていて。

「走れ!」

 しかし、巨大なドラゴンの姿を目にして手足が震えて動けない。

 何故なら、ドラゴンの数が次々に増えて行くからだ。

 懸命に騎士が剣を振るい、吹き飛ばしたり攻撃を受け流したりと戦ってくれている。

 完全に身動きが取れずに居ると――

「速く!!」

 騎士の声と共に駆け出していた。

 震える手足でも、この場所から一刻でも速く逃げ出したくて。

 足を滑らせて転んだ。

 カタン、コロンと。

 高い位置からか、硬い何かが落ちて来るような音に顔を上げて見ると。

 目の前には洞窟にある水晶と同じ色をした……いいや、正確には『似たような色合い』だが虹色にも光って見える丸い水晶玉のネックレスが落ちていた。

 後ろからは耳を劈くようなドラゴンの咆哮が聴こえる。

「逃げ、なくちゃ…」

 恐ろしくて震えながら、来た道を戻って行く。

 必死になって、無我夢中で。

 そうして何とか家の近くまで戻って来られた。

 気が緩み、安心すると同時にその場に倒れ込む。

 閉じそうになる瞳には遠くからお父さんとお母さんが名前を呼びながら来る姿が見えて、ゆっくりと意識を手放した。

 その手の中には、先程の丸い水晶のネックレスを無意識に手にして持ち帰って来た事にも気付かずに。

 ひどく、魘された。

 モンスターに追い掛けられる。

 ドラゴンが自分を食べようと涎に塗れた大きな口を開けて、鋭い牙を見せる。

「おとうさん、おかあさん!」

 夢の中で何度も二人の名前を叫ぶようにして呼ぶ。

 必死に走りながらも後ろを振り返った瞬間、ドラゴンに食べられそうになって目が覚める。

 荒い呼吸を繰り返す中、見慣れた天井に内心胸を撫で下ろす。

 傍にはお父さんとお母さんが居て、怖かったと言おうとして口を開こうとした時だった。

 パシン、と乾いた音と共に左頬が傷む。

「セレナ! あれ程外に出てはいけないと言ったでしょう!?」

 お母さんの怖い表情と…聴いた事のない、怒りの籠った声。

 じんじんと痛む頬に、何が起きたのか頭が追い付かない。

「ご、ごめんなさい…」

 手が震えるのが分かる。

 こんなお母さん、知らない。

 まるでお母さんそっくりの別人のようだ。

 恐る恐るお父さんの方を見ても、同じように。

 いや、お母さんよりも怒っているのが良く分かる。

 『外に出てはいけない』

 その約束を破ったのは確かにセレナの方だ。

 まさか…こんなにも怒られるとは思ってもみなかった。

「で、でもね…?」

「口答えするな!!」

 お父さんの怒号に思わず身が竦む。

 血走ったような眼差しに、呼吸をするのも忘れてしまっていた。

「お前はどうやら言っても分からないみたいだな」

 グイッと、右手首を力強く掴まれたかと思いきや無理矢理体を引き摺るようにお父さんがある場所へと連れて行こうとする。

「いたっ…痛いよ、おとうさん…!」

 声を掛けてもこっちを見たりも、掴む手の力が緩む事もなかった。

「ごめんなさい、ごめん…なさい。おとうさん…」

 涙を浮かべながら謝るが、聞く耳を全く持ってくれない。

 やがて納屋へ来たかと思いきや、セレナの小さな体を納屋の中へと放り投げる。

 そして重い施錠をされる音が耳に届いた。

 咄嗟に納屋の床に投げ捨てられて痛む体も気に留めず、扉を叩く。

「ごめんなさい! もうお外には行かないから、出してよおとうさん!」

「うるさい!!」

 扉越しの聴いた事のない怒声に怖くなって、数歩後ろに後退る。

「お前は今日からずっとそこで暮らせ! 良いな!?」

 『これ』は…約束を破ったお仕置きなんだと思っていた。

 反省するまで納屋に押し込まれただけなのだと、思っていた。

 しかし、来る日も来る日も扉は開かない。

 手の届かない高い窓から毎日ハムやチーズと言った食糧が落ちて来るだけの日々。

 最初はすぐに出れると信じて疑わなかった。

 だってあの優しいお父さんとお母さんが…そんな事をする訳がないと。

 時の流れが分からないような場所だ。

 目を覚まして、食糧が放り込まれるのを待って、夜になれば眠る。

 最初は泣き疲れて眠っていたが、気が付いてしまった。

 カビてしまったような、残飯のようなパンを齧りながら納屋の窓を見上げる。

 冷たい、冷たい…月明かりが射し込んで来ていた。

 その時に察してしまった。

 あぁ…もう本当に外に出る事は敵わないのだと。

 一年経っても同じ生活が続く。

 三年経とうが、変わらない。

 変わるとすれば、黒い髪の毛が長くなって伸びて来たくらいだ。

 五年経とうが十年経とうが、納屋の扉は開かなかった。

 脱走しようなんて思いもしなかった。

 全部、自分が悪いのだから。

 自分が約束を破ったから、こうなったのだ。

 首にはあの時無意識に手にしていた水晶玉をお守り代わりに着けていた。

 そして見つめる度に、自己嫌悪に陥り膝を抱える。

 セレナの髪はもう、立っても太腿の近くまで長く伸びてしまっていた。

 腰を下ろせば納屋に残っていた飼い葉と絡んでしまう事も多い。

 それを解きながら、唯ひたすらに扉が開くのを待っていた。

 まるで籠の鳥だ。

 もうあの清々しい青空の下に出る事も、仰ぎ見る事も出来ない。

 自由なんてものは、最初からなかったのかも知れない。

 『家の中』と言う籠の中にずっと閉じ込められていた。

 大空を自由に飛ぶ事を夢見る、籠の中の鳥。

 何とも哀れな鳥。

 もうどのくらい納屋での生活をしていたのか、数えるのもやめてしまった。

 分かる事は、自分は成長したらしい。

 心はあの日のまま。

 けれど偶に水晶を手に取って見つめる度に思い出す。

 あの騎士の―――勇者の姿を、戦う姿を。

 大きな、あの背中を。

 その度に何か、勇気のようなものが湧き上がって来る。

 あんな風に守られて、逃げ出すのは嫌だと。

「強く、なりたいな…」

 こんな、何もない納屋の中でそう呟いて項垂れる。

 長い髪に顔も体も覆われる。

 その時だった。

 ガチャリ、と。重い金属音がしたのは。

 扉の方からだった。

 恐る恐る…納屋の扉の方に耳を澄ませてみる。

 もう何も音は聴こえない。

 ゆっくりと納屋の扉に手を伸ばそうとして、一瞬躊躇う。

 また、外に出て良いのだろうか?

 次はもっと酷い事が待ち受けているかも知れないし、これは罠かも知れない。

 しかし、何事も一歩踏み出してみなければ始まらない。

 納屋の扉へと手を掛けて押してみると、簡単に扉は開き――

 眩い程の日光を全身に浴びる。

 思わず両手で遮るが、十年近くもロクに日に当たって来なかったが故に幽霊のように色が白い。

 一歩を踏み出して、髪の隙間から見える家を見つめる。

 さぁ、問いかけよう。

 また納屋に戻って大人しく毎日変わらない日々を過ごすか。

 それとも必要なものだけを纏めて、家を出るか。

 答えは当然出ていた。

 誰にも気付かれないようにと家の中へと忍び込む。

 でも本当は…すごく怖い。

 家を出る、と言う事は自分一人で生活をすると言う事だ。

 この十年。世界の事も外の事も何も知らなかったと言うのに。

 俯きがちになるが少しだけ顔を上げる。

 視界の端に水晶玉が見えたからだ。

 どうやらお父さんは仕事に行ったらしい。

 お母さんの姿も見当たらない。

 恐らく薬草を売りに出掛けたのだろう。

 ならば誰があの南京錠を開けてくれたのか。

 それとも時が経って朽ちたのか、確認する余裕すらなかった。

 家の中に忍び込むが、幼い記憶の頃と何一つ変わっていなかった。

 自室には誕生日に貰った猫のぬいぐるみが置かれている。

 薬草の――薔薇の香りが鼻孔を擽る。

 モンスターが嫌う匂いだ。

 この匂いがする時は決まって、お母さんは薬草を売りに行く。

 今家には、誰も居ない。

 すぐに鞄を手にしてキッチンで食糧を漁って詰め込む。

 服は――

 もう随分と洗ってない、汚れたものしかないし着替えも恐らくないだろう。

 お金を何処に置いているか、までは知らない。

 だから食糧だけ鞄に詰め込んで外へ出ようとした時だった。

 後方で床が軋む音がしたのは。

 思わず身が強張る。

 恐る恐る振り返ると、そこには…お母さんの姿があった。

「お、かあ…さん…」

 あの日の出来事を思い出す。

 優しかったお母さんから受けた痛みを。

 数歩後ろへ後退ろうにも、身動きが取れない。

 見つかってしまった。

 また納屋に戻される。

 全身が恐怖に染まってしまっていた。

 そんなセレナに対してお母さんは……。

 そっと、包み込むように抱き締めてくれたのだ。

「セレナ…。セレナ…っ…!」

 ぎゅっと、力強くも抱き締められて驚く。

 同時に何故か、胸の奥から何かが込み上げて来て瞳から大粒の涙として零れ落ちて行く。

「お母さん…」

 ぎゅっと抱き締め返す。

 これは、なんだろう?

 私は、お父さんもお母さんも大好きだった。

 例え納屋に十年近く押し込まれていたとしても、だ。

 お母さんが昔と変わらない手付きで頭を撫でて髪を梳くと。

 涙交じりに言ってくれた。

「十四歳の誕生日おめでとう、セレナ」

「え…」

 目を丸くさせる。

 納屋の中に居た時、自分がその日で何歳かなんて考えた事もなかった。

 お母さんの言葉や表情、愛おしげに。切なげに見つめる姿に気付く。

 納屋の南京錠を開けてくれたのは、お母さんだったのだと。

「ごめんね、セレナ…。ごめんなさい…。けど、お父さんが居る限りああするしかなくて…。セレナ、あなたは外へ出て行くべき人間よ。もう、あなたを縛るものは何もないわ」

「外に…?」

 お母さんが頷き、言葉を続ける。

「本当は分かっていたの。こうなると、セレナは自分の意志で外に出て行くだろうって。あの日だってそう、分かってたのに……何も出来なかった私を…許して、セレナ……」

 お母さんが泣きながら抱き締めて来る。

 きっと、お母さんにはお母さんなりに抱えていたもの等があったのだろう。

 ぐっとお母さんが両肩を掴んで体を離して言う。

「さぁ、セレナ。立ち止まらないで、前を向いて歩き続けるの。走っても良いから。お父さんには内緒にしておいてあげるから」

 頭を撫でる手が、長くなった前髪を耳に掛けてくれる。

「行って、セレナ。元気で…」

「うん…。ありがとう、ごめんね、お母さん…」

 声を震わせながらそう言うと…。

 優しくそっと、お母さんから背中を押されて一歩前に踏み出す。

 お母さんが頷くと、玄関へ向かってそのまま振り返る事なく外へと歩み出て行った。

 やっぱり怖い。

 それでも前に進みたい。

 この先に何があるか分からない。

 どんな事が待っているのかも。

 だとしても、大きな。とても大きな一歩を踏み出した。

 頬には涙が伝い落ちる。

 歩く速度が徐々に速まって行く。

 納屋に押し込められても、恨んだり憎んだりなんて出来なかった。

 やっぱり、大好きな両親だったから。

 お母さんは昔から変わらず、優しいままだった。

 あんなに優しいお母さんはきっと、他に居ないだろう。







 陽が沈み始めた頃。

 胸元の水晶玉が光り始める。

 どうやらこの水晶玉は、満月の夜に光るようだ。

「今夜は…満月なんだ…」

 この水晶玉にどんな意味があるのかは分からない。

 それでも納屋に居た頃から心の支えになってくれていたものだ。

 そこでふと、セレナは気が付く。

 ここに来るまで一度もモンスターと遭遇しなかった事を。

 どうしてだろうと思い、服の左ポケットに違和感を感じて手を入れてみる。

 そこにはお母さんお手製の、薔薇の香りの匂い玉が入っていた。

 恐らく抱き締めてくれた時にポケットの中に入れてくれたのだろう。

 深い森を抜けて行くと遠目に街が見えた。

 そこで歩みを止めてしまう。

 急に不安が襲って来た。

 十年近く納屋暮らしをしていたのだ、世間知らずにも程がある。

 記憶も心も、見た目に反して幼いのだから。

 そんな自分が外で暮らして行けるのか?

 無理に決まっている。

 卑屈にもなってしまうが、満月を知らせようと輝く水晶玉を握り締める。

 恐る恐る、と言った様子で街へと踏み入る。

 自分と同じくらいの年齢の冒険者や、大人の姿も見えた。

 街に来たは良いが、何をどうして良いのかまるで分からない。

 年齢の近い冒険者達の行動を観察する事にしてみた。

 武器屋に行き、装備の手入れや強化を施したり。

 街に付いてすぐに宿屋に行くのを目にする。

 そういえば武器になるものを何も持って来なかったのを思い出した。

 みんな、コインのようなものを渡し合っている。

 小首を傾げながらも最終的には宿屋に行くのを見て、みんなと同じように宿屋に入ってみる事にした。

「あの…すみません、泊まりたいんですけど…」

「泊まるなら一泊五百フェルだよ」

「フェル?」

 首を傾げる。

 カウンターに居るおじさんの言っている事が、分からない。

「すみません、その『フェル』ってなんですか?」

 分からないから訊いてみた。

 すると近くに居た人々、終いには宿屋の店主まで目が点になるのだけは分かった。

 そして笑い出す者。

 頭を抱える者と、反応は様々だった。

「お嬢ちゃん、お金だよ。あるかい?」

「旦那、フェル自体知らない子だぜ? 持ってると思うか?」

 優しい人達はさっき遠目に見たコインを見せてくれて「これがフェルだよ」と教えてくれた。

 当然持って来ている訳がない。

 それを『フェル』と呼ぶのさえ知らなかったのだから。

「悪いがお嬢ちゃん、フェルがないならうちには泊められない」

 そう言われたかと思いきや、やんわりと宿屋から外へ出されてしまった。

 他の宿屋も探して入ってみるが、結果は同じだった。

 もう、どうしようもない。

 香り玉の効果も、明日にはもう切れてしまうだろう。

 街の外での野宿は自殺行為だ。

 せめて街の中は安全そうだからと、走り疲れて道の真ん中に座り込む。

 そんなセレナに浴びせられた声は――

「邪魔だな」

「こんな所に座るなよな」

「あれ、誰か注意しろよ。迷惑だろ」

 等と言った冷たい言葉達だった。

 行く場所を失って行き、最終的には宿屋の隣の路地に身を潜めるようにして両膝を抱える。

 みんな、冷たい。

 優しくも暖かくもない。

 終いには宿屋の女店主が出て来たかと思えば。

「店の傍でそんな事しないでくれるかい!? 薄汚い子だねぇ。これじゃあ客が来なくなるじゃないかい! そんなに行く場所がないなら家に帰れば良いじゃないか!!」

 言うだけ言うと、女店主は扉を勢い良く閉めて戻って行ってしまった。

 セレナは…その場から動けずに居た。

 寒い。冷たい。

 両膝を抱えて、髪で隠すように涙を流す。

 何も知らない人は簡単に「家に帰れ」なんて言うけれど、それが出来ないから…こうするしかない。

 お金もない。

 その時だった。ふわりと、白く小さな粒が舞い始めたのは。

 冷たくて手が悴んでいたが顔を上げて、舞う雪を手に取る。

 一瞬で消えてしまう雪を目にして、セレナは笑みを浮かべた。

 実際に初めて見る雪だったからだ。

 触れる事も今までなかった。

 立って燥ぐ事はせず、真上を見上げて真っ黒な空から次々に降って来る雪を見上げていると。

「こんな所でどうした? 宿に泊まれないのか? お前」

 声を掛けられてそっちの方に視線を向けて、目を丸くした。

 銀髪に、甲冑を身に纏い大剣を背に背負った勇者がそこには立っていた。

 そう、昔ドラゴンから救ってくれたあの勇者だったのだ。

















この物語の中には、私自身が実際にあった事を書いてあります。

私は実際にネグレクトを受けて監禁や行動制限をされた事があります。その際にカビたパンを食べた事もあります。

家庭環境は何とも悲惨なものでした。

この物語を書いていた当時の状況は、14才。父は浮気相手の女を家に連れ込み、母と大喧嘩。常にヘッドフォンをして音を遮断していました。それでも何故か巻き込まれるのが不思議でしたね。

一人っ子だから巻き込まれるのは仕方なかったんだよ、と今なら言えます。

小説家になるんだと机に向かってノートに書き綴り、時には書き殴りながら誰よりも『リアリティ』も追求していました。

今の大人になった自分から見ると、かなり荒いですが悪くはないですね。その粗削りをするのは凄く大変ですが、当時の想いも重ねたら楽しいです。

私らしさを一番に。

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