好きな子と間違えていつもツンと澄ました氷山さんにラブレターを出してしまったら「よよよよ、よろしくってよ!」とテンパりながらも嬉しそうにOKしてくれたので胸が痛いです。
やっちまったー!
マジでやっちまったー!
大好きな神崎さんに渡そうと思って書いたラブレター。
早朝、誰もいない時を見計らって机の中に入れたら、なんと一つ後ろの氷山さんの机に入れてしまったのだ。
気づいた時には他のクラスメートに混じって登校してきた氷山さんが机の中に入っていたラブレターを広げて読んでいた。
ああ!
ああ、どうか神様!
氷山さんに殺されませんように!
氷山さんはその名の通り氷のように冷たい女の子だ。
いつもツンと澄ましていて、近くで騒ごうものなら「静かにしてくださらない?」と殺気のこもった目で注意してくる。
そのあまりの迫力に、オレの友達の何人かはギャン泣きしながら教室を飛び出して行ったこともある。
どうやら彼女、ワイワイ騒ぐ輩は大嫌いらしい。
そんな氷山さんのことだ。
きっとオレのラブレターも
「こんな低俗なもの、読ませないでちょうだい」
と言ってくることだろう。
そう思いながら恐る恐る氷山さんを見つめていると、氷山さんが一気に顔を赤らめてオレを睨みつけてきた。
ひいい!
怒ってらっしゃる!
やっぱ、めっちゃ怒ってらっしゃる!
慌てて顔を隠すオレ。
動悸と息切れがハンパない。
今日中に殺されるかもしれない。
そう思っていると、いつの間にかオレの近くに氷山さんが仁王立ちで立っていた。
「ひえ!」
思わず声をあげてしまった。
オレの悲鳴にクラスメートたちが目を向ける。
席に座るオレの真横で顔を真っ赤にして睨みつけている氷山さん。
その状況を見て、クラスのみんなはオレが何かやらかしたんだなと察した顔をしていた。
「火海くん」
「ひ、ひゃい!」
氷山さんに名前を呼ばれて肝が冷える。彼女に名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。
「放課後、化学準備室まで来てちょうだい」
そう言い残すと、氷山さんはさっさと自分の席へと戻って行った。
「は、はい……」
そう返事をするだけで精一杯だった。
その日の授業はまともに聞くことができなかった。
もしかしたら人生最後の授業になるかもしれない。
そう思うと悲壮感が漂う。
氷山さんの席の前で友達と笑い合う神崎さんを見ると、余計悲しさだけが募った。
そして放課後。
オレは言われた通り化学準備室へと向かった。
なぜ化学準備室? と思ったが、氷山さんは化学部の部長さんだったことを思い出した。
部長と言っても部員がたった一人しかいない部だけど。
つまり、そこへ行くとオレと氷山さんの二人だけという状況になる。
オレと氷山さんの二人だけ……。
あかーん。
これ、あかーん。
しかも化学準備室。
いろんな薬剤が保管されてて、教師と部員しか入ることのできない部屋。
あかーん。
これ、マジであかーん。
『〇〇高校の男子生徒が、化学準備室でいろんな薬剤をかけられて死んでるのが見つかりました』
そんな朝のニュース映像が頭に浮かんでくる。
いや、でもさすがに化学準備室で殺されはしないだろ。
疑われるのは間違いなく氷山さんだし。
そう思い、意を決して化学準備室の扉を開けると……。
氷山さんがオレの書いたラブレターを握り締めながら睨みつけていた。
……うん、考えが甘かった。オレ、ここで殺される。
覚悟を決め、両手を合わせて辞世の句を考えていると、氷山さんが口を開いた。
「火海くん」
「はい……」
「どうして両手を合わせて目をつむっているの?」
「辞世の句を考えてます」
「辞世の句?」
「未練が残らないように」
「そう」
氷山さんはそれ以上深くツッコんでこなかった。
殺されると覚悟したオレの心情を察してくれたらしい。
よかった。
せめて苦しまずに殺してたもれ。
けれども氷山さんは化学準備室にある液体の入ったビンを手にするでもなく、オレに言った。
「火海くん」
「はい」
「今朝のこの手紙のことだけど」
「はい」
「こんな情熱的な手紙もらったの初めてよ」
「すいませんでした。マジで」
「なんで謝っているの? 嬉しかったわ」
「はい?」
「だからね、火海くん」
「はい」
「よろしくってよ」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………はい?」
「だから、よろしくってよ」
「はい?」
「だから! よよよよ、よろしくってよ!」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………はい?」
何度も聞き返したら首を絞められた。
「OKだと言ってるでしょう! 何度お返事すれば気が済むのかしら!?」
「ぐえ!」
ち、ちょっと待って!
どゆこと? どゆこと?
オレが間違えたラブレターでまさかのOKをもらえたってこと?
それもあの氷の女王・氷山さんに?
「私にとっては初めての恋人なのよ? もうちょっと嬉しそうにしたらどう?」
そんなことを言う氷山さんのほうが喜んでいる気がする。
もしかして。
本当にもしかしてだけど。
氷山さん、ラブレターをもらって嬉しかったのかもしれない。
よく見ると、ふくれっ面をしながらも口元が緩んでるし。
そう思うと心が痛い……。
でもさすがに相手を間違えましたなんて言えるはずもなく。
オレは思いっきり棒読みの演技で「わーいわーい。嬉しいなー」と両手をあげた。
「火海くん、これからよろしくね」
「へ、へい」
わお。
驚きすぎて思わず「へい」って言っちゃったよ。
「それでは、これから化学部の研究がございますので。ごきげんよう」
そう言ってあれよあれよと化学準備室を追い出されたオレは、目の前でピシャン! と扉を閉められた。
思わずポカンとなる。
間違えて出してしまったラブレター。
それがまさかOKされるとは。
殺されなくてよかったけれど、オレはただただ茫然とたたずむしかなかった。
~その後の化学準備室内での氷山さん~
「きゃーきゃーきゃー! ききき、緊張したーーー! まさか火海くんからラブレターもらえるなんて夢じゃないかしら! 私ったら、変なこと口走ってないわよね!? 大丈夫よね!? あの火海くんと恋人同士だなんて……! どうしようどうしよう。これからどんな顔で会えばいいのー!?」
素の氷山さんは火海くんに恋する純情乙女なのでした♡
お読みいただきありがとうございました。
当初は連載する予定でしたが、作者長期不在のため短編として投稿させていただきました。
そのため感想欄も閉じております、すいません。