討伐隊を率い出撃する第一王子の不始末 ~或いは振り回された第二王子の毒舌~
お目に止めて下さり、ありがとうございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
―――皆、揃ったか。
本来ならば、陛下がこの場にお出での筈であったが、拠処なく他出である故、私、第二王子ヴィルフリートが代理を務める。
本日は多忙である中、我が兄にして王国の獅子、アーダルベルト第一王子と彼の隊の為に集まってくれた事に心から感謝する。
皆も聞き及んでいる通り、シェンケル山の瘴穴が活動期に入り、かの地の魔獣共の動きが活発化している。今回は瘴気の噴出が非常に早く、夥しい数の魔獣が湧き出している、のみならず、かつてないほどの大型種さえも確認されるとの事。幸いにして常駐騎士団、及び急遽派遣した神官たちの奮闘の甲斐あって、今の処は抑えこめてはいるものの、彼らとて不死身ではない。速やかに増援を配備し、討伐及び浄化を成さねば、遠くなく魔獣の暴走が起きる可能性も否定出来ないのが現状である。
この危機に、獅子たる我が兄、アーダルベルトが自ら出陣の名乗りを上げた。
兄と、その部隊の猛者たちの実力の程は、皆も充分に承知の事と思う。
兄ならば、きっと此度の危機も、その大胆にして勇猛な戦いぶり、有り余る力で押すこと魔獣にも引けを取らぬ猪突ぶりで、毒を以て毒を制するが如くに彼奴等を平らげてくれる事と信じている。―――え、いや今デモンストレーションしなくて良いですよ。つか止めろ危ない場所を弁えろッ。ゲアハルトも見てないで手伝え!
―――騒がせた。皆、戻って来たか?
さて、そう、獅子たる兄とその配下の者共の一騎当千ぶりなど、もはや改めて言うまでも無い事であるが、更に心強い事に、聖女も同行してくれる運びとなった。
さあ。聖女フリーデリンデ、前へ。……? そうか? 兄の傍を離れるのは心細いか。珍しいな。
……まあ良い。君が安心できるなら、何処でも。
―――かの聖女、フリーデリンデの力もまた、皆、良く知っていることと思う。聖女の祈りは瘴気を打ち祓い、シェンケルに清浄を齎す事だろう。また、フリーデリンデは強い―――何だよゲアハルトさっきから煩いな―――ごほん、フリーデリンデの強力な癒―――だから何! は? フリーデリンデじゃない? 何言ってんだ。我が国の聖女はフリーデリンデしか居ないだろうが。確かに凄い装束に埋もれて人相も何も判らんが、居らんものは居らん。……何ですか兄上? ……は!? フリーデリンデは馘にした?? いつ!! ってか聖女を馘って何だ。何やってんだよあんた。じゃあこれ誰だよ。どっから連れて来た? ……っはー? 兄上がおモテになるのは存じあげてますけどね、そこらで気に入った女と許嫁を気軽に入れ替えて済む話だと―――母上が認めたって何だよ。正気かあんたら。いくらフリーデリンデの出自が低かろうと何しても良い筈なかろうが!
……なあおい昔っから聖女は第一王子の伴侶と決まってるって言い張って何ひとつ人の話を聞かなかったくせに、今になって何してやがる………。大体なあ、聖女ってのは神殿が認めるだけの神聖力を持ってないとなれないんだよ誰でもなれるもんじゃな―――へーーーええええ。あるんだ。神聖力。フリーデリンデよりも? 近来稀に見ると言われたフリーデより?? それは重畳。本当なら素晴らしい。……本当ならな?
……んんっ、ごほごほ。げっほ。
有難うゲアハルト。ああ、もう良い、グラスを下げてくれ。小声でどやしつけるというのは難しいものだな。げほ。
―――ああ、皆も戻って来て良いぞ。済まないな、何度も。恥ずかしい話だが、このところ仕事に追われ過ぎて家族との対話もままならなくて。間違ってもこの一件を事前に私の耳に入れたくないからあんなにアレコレ回して追いまくったんだろうと今なら判るが、どうせここでバレるのにな! はははは、逃げるな逃げるな、もう済んだことを皆の前でこれ以上言う気は無い。無いよ安心しろよゲアハルト。
さて!
どうあれ此度の遠征に神殿お墨付きの聖女が同行するのは間違いない。であれば、結界の強化と瘴気の浄化、祈りと癒しを以て、必ずや討伐隊の力となってくれる事と信じる。
我ら一同、兄上と討伐隊がその力を存分に発揮し得るよう、全力でお支えすると誓いましょう。
ご武運を。
―――は?
何ですか。私だってもっとまともに激励したかったですよ重鎮たちの前で恥ずかしい。あんな寄せては返す波みたいに、耳を塞ぎながら行ったり来たりさせるとか。どんだけ信用無くしたことか。良かったですよ、まだ当分は父上の治世でしょうから、その間に死に物狂いで頑張りゃ、どうにか取り返せない事も無い。
いやいや、兄上。あの彼女、本当に聖女なんでしょ? 神殿が認めたんですよね? よもやカネと身分と何やらを駆使してフリーデを不当に追い払った訳じゃないんですよね? 何、その顔。………どっちにしても、こんなバカなやり方で大舞台に上げて既成事実に持ち込んだんだ、今更、覆せないよ。例え力不足だろうとな。
ま、神殿もそこまで自分の首を絞めるような真似はしないでしょう。だったら大丈夫だよあんた頑丈なんだから、ちょっとくらい後方支援が足りなくても。ちょっとだと良いけどな。あとあんた以外が気の毒だけどな。しょうがないよな、フリーデよりあの彼女の方が望ましかったんだろう? ……は? フリーデはガードが堅すぎてつまらん? 当たり前だろう。未成年の女に何を求めてんだあんた。
……本当に僥倖でしたねえ新たな聖女殿が柔軟な思考の成人女性で。
とにかくな、あんたの身勝手で貴重な戦力を打っ棄ったのは忘れるな。それこそ死ぬ気で前に立てよ。神官たちに何言われても文句言うな。責められようが罵られようが、甘んじて受けろ。あと新しい許嫁殿もちゃんと護れよ。言われるまでも無いだろうがな。あんたチカラは本物なんだから、きちんと全員、生かして連れて帰ってこい。手足が足りなかろうが腹に穴が開いてようが、命さえありゃ、フリーデがどうにかしてくれる筈だ。
あんたに馘にされようが放り出されてようが、死に物狂いで祈ってくれるだろうさ。フリーデは骨の髄まで聖女だからな。
え? ―――迎えに行くに決まってるだろう。何処に居ようが関係ない。
あれはもともと私のものだ。
―――さてゲアハルト。お前を出来る側近と見込んで頼みがある。身構える程の事じゃないよ、安心しろよ。私が留守の間、業務を調整して回しておいて欲しいだけだ。
何だ悲壮な顔をして。まあそうだな、戦況は上々と聞いているし、物資の輸送も順調だが、兄上一行はまだ暫くは帰って来ないし、お陰で仕事が増え続けてるけどな。大丈夫だよ。困ったら王妃殿下の処に回しとけ。あの人も今回は大概やらかしてくれたからな。何が平民より令嬢の方が気が合うだ。聖女はあんたのご機嫌取りが仕事じゃないと何度言っても理解しないわ、それでなくても後先省みない兄上を諌めるどころか焚き付けるわ、よくもまあ。結果的には私に利が来たが、それとこれとは話が別だ。たんまり回せ。アタシムズカシイコトワカリマセンとか戯言吐かして大した責務も果たさず暇にしてるから余計な事を仕出かすんだよ。陛下と私ばかりがこんなに忙しいのがどうかしている。ああ、心配するな、勿論、陛下のお許しも頂いているぞ。ははは、精々頑張って頂こう!
うん? そんなに長く留守にはしないよ。まだ討伐も終わってないんだ、当たり前だろう。さくっと行って帰ってくるよ。お前が調べたんだ、フリーデの居場所がそんなに遠くないのは知ってるだろうが。―――何だ疑り深いな。迎えに行くだけだよ。そのまま遊山になんか行くわけないだろう。いくら女房の手綱を取り損ねたペナルティとしてはみ出た仕事は甘んじて担うと仰られようが、父上おひとりに全部乗っけて遊べるものか。お前、私を何だと思ってるんだ。
何だ信用できないって。……浮かれてる? 私が?
……お前なあ、ちょっとくらい大目に見てくれてもいいだろう。
五年、だぞ。
十二で出会って、心を寄せて、返してくれて――――それなのに、たった一年しか共に過ごせなかった。くだらない慣習で裂かれて、散々責務を説かれて、諦めさせられて―――五年もの間、兄上の元に置かれているのを指を咥えて見ているしかなかった。
ずっと、何とか抑えて、やり過ごそうとしてたのにな。
まさかこんな日が、母上の浅慮と兄上の多情多淫に感謝する日が来るなんて、はははは、ああお前にも感謝しているとも、当たり前だろう。何せお前が残ってくれなければ私が出掛けられない。
嘘泣きしても私は行くぞ。土産は何が良い?
―――また欲の無い事を。フリーデだけで良いのか? お前にはやらんぞ。そういう意味じゃない? 当たり前だ。誰にも何処にも今更やらん。
有難う、ゲアハルト。
行って来る。
お前に負担を掛けて済まないが、すぐに連れて帰って来るから―――
<了>
最後までお付き合い下さいましてありがとうございます。
蛇足ながら、力不足で書き込めなかったアレコレを少々。
フリーデは平民ですが、身分は神殿が正式に認めた『聖女』という特権階級になります。アーダルベルトが何を言おうと、管轄が違いますので身分は剥奪できません。なのでこの後、迎えに行ったヴィルフリートと結ばれるにあたっての身分の障害はありません。
この国の成人は十八歳。婚姻は成人後しか認められません。未成年との房事も禁じられてはいないものの良い顔はされません。フリーデが堅いのは当たり前で、聖女以前の話です。
アーダルベルトが多情云々と言うのは、周囲は特に咎めていません。彼はとっくに成人してますし、戦闘職なこともあって血の気が人一倍。婚約者が未成年なので、綺麗に遊ぶ分には許されています。今回もちゃんと手順を踏みさえすればねえ……という。
それとですね。
ヴィルフリートがフリーデの事を、私の『もの』って言うのが筆者としても若干引っ掛かる処ではありますが、何度書き直してもこう言うんで、そういう男なんだと諦めました。恋人はモノじゃないと思いますが、脳筋兄ちゃんに大見得切りたかったという事でご容赦下さい。
何しろ王族っぽく喋らせるのが難しくて難しくて。多分、変な言い回しとか誤用とかやらかしてますが、お目溢し頂けましたら有難いです。もっと勉強してきます……。