1通目
初めまして、椛嶋あいです。
平民出身の少女が主人公の物語です。
お付き合いいただければ幸いです。
あぁ、ついにこの時が来たのね。
断頭台の上に頭を乗せ、正面を見る。きっと普通の人ならば泣き喚いたり怒りを露わにしたりと騒ぐのでしょう。しかし、今の私の気持ちはとても凪いでいる。
目の前にいるのは血が半分だけつながった義姉。怯えた目でこちらを見ている。隣にいる彼女の婚約者である男は怒りを隠そうともせず私を目で射殺すかのように睨んでいる。
もう逃げられない。この体はここでお終いだ。近くにいる兵が大声で罪状を読み上げ観衆の怒りを煽る。一際大きな声が轟いたタイミングで国王は顔の高さまで手を上げた。
さようなら、お義姉さま。
シュ、と音が耳に届く頃には私の頭と体は離れていた。
イーリオ国の下町で私は育った。家族は母だけの二人暮らしだ。父はいない。正確には生きているらしいが、家族として一緒には住んでいない。母も詳しく話したがらないし、普段の生活に困ることはなかったので特に気にせず過ごしていた。
この国は大まかに王族、貴族、庶民の3つに分けられる。そして魔法族という階級が別にある。独立戦争の際、魔法を用いて勝利し建国した事に由来して貴賤に関係なく階級を設けたそうだ。魔法族は生まれに関係なくただ魔法が使えるというだけであり、就職にほんの少し有利なだけなおまけのようなものだ。同じ能力の人間がいた場合に、魔法が使えた方が便利だな、くらいの程度である。
この国で魔法を使えるのはおよそ国民の半数くらいである。私の友達にも魔法を使える子がいたりいなかったりする。だからと言って差別はないし、偉ぶったりもしない。足が早かったり手先が器用だったり、そんな感覚だ。
遺伝はするらしく、私の魔法能力は父親譲りだと前に母が言っていた。随分前の話で一度きりのことだったので、それ以上の話は知らない。
念じれば手のひらに小さな炎が少しの時間だけ現れる。夜中トイレに起きた時は灯りがわりになってとても便利だったりするので私は好きだ。
私が10歳の年になったある日、母は荷物をまとめるよう私に言った。芽吹の季節が終わり新緑の季節になろうとした、とても天気の良い日だったことを覚えている。「何かあったの?」と聞いても、ニヤニヤする母は「今にわかるから早く纏めちゃいなさい」と言うだけだった。引っ越しは初めてだったので、どこに行くのか何も検討がつかないが、言われた通りに大切なものを鞄に詰めた。
大した広くないこぢんまりとした家だったが、私は好きだった。思い出があると言うのもあるが、いつも母が近くにいてくれることがとても安心していたのだ。近所のみんなと離れ離れになるのは寂しかったが、母の表情から少なくとも悪い気はしなかったので友達とも笑って別れを伝えることができた。
「えー、マリアンヌもどこかに行っちゃうの〜?」
「ごめんね、お母さんが急に荷物をまとめなさいって言うから、多分引っ越す」
「この間はカイルが行ったんだよな」
「どこかの貴族の養子になったんだっけ?」
「そうそう!まぁ、カイルは顔が良いからな。黙ってれば」
「確かに、黙ってれば美少年だもんな」
「ちょっと、カイルに聞かれたらどやされるわよ」
一瞬の間をおいてみんなが一斉に笑い出した。カイルは同じ下町育ちのお兄さん肌な子だった。やんちゃで喧嘩っ早いところもあるが、面倒見が良く男の子たちはよく懐いていた。
「ミリーがやっと元気になって来たから、あんまりこの話はしない方がいいんじゃない」
「あら、私がなんですって?」
肩まで伸びた明るい茶髪が日の光を浴びて栗色に煌めく。ミリーはこの界隈ではお姉さんのような存在の女の子だ。よくカイルと一緒にいるので「将来は結婚するのか〜?」なんてよく周囲から揶揄われていた。
「いや、なんでも…」
「別に、カイルがいなくたって私は平気よ。むしろ問題児がいなくなって清々したというか疲れることが少なくなって嬉しいくらいよ」
腕を組んでふん、とそっぽを向くミリーに、私たちは慌てて言い訳をした。
「ごめんてミリー、そんなつもりじゃ」
「なんの事かしら」
「違うの、私が引っ越すからそのついでにカイルのことを思い出してて…」
「え、マリアンヌ、引っ越すの?」
「そうなの。3日後の朝に出るらしいから、今のうちにお別れを言っておこうと思って」
「そんな…」
さっきの怒り顔から一転、ミリーは目に涙を浮かべて私を抱きしめた。
ミリーはとても感情が豊かだ。よく笑い、泣き、怒る。
庶民の私たちがどこかに引っ越すことなどそう珍しくはない。よりお金を稼げそうなところがあれば家族を連れていなくなると言うこともよくある。新天地に行って良い暮らしが出来るかと言われればその土地次第ではあるが、少なくとも今住んでいる地区では裕福でもないが貧しくもない生活に満足できるのであれば幸せな暮らしはできるだろう。
「大丈夫よ、お母さんは機嫌良かったし変なところにはいかないと思う。きっと心配事なんてないよ」
「でも、…そうね、そうだよね。カイルだって手紙はくれないけど変な噂も聞かないもの。きっと大丈夫だよね」
無理に笑った顔でミリーが言う。寂しさが募ったのかまた涙が目に溜まる。今度は私から抱きしめた。いつもミリーが小さい子にしてあげるように、優しく背を撫でる。
「落ち着いたら、手紙書くね」
「絶対よ」
「うん」
「待ってるから」
2歳年上とは思えないほどくしゃくしゃの顔でミリーは私を見た。同い年の女の子がいなくなるのはきっと寂しいだろう。ミリーがお姉さんと慕っていた人がここからいなくなって随分経つ。彼女に憧れていたミリーは、今度は自分がお姉さんにならなきゃと一生懸命小さい子の世話をしていた。それを見ようみまねで後ろについて手伝う私にも随分優しくしてくれた。
目の周りが赤くなったミリーと目が合う。片方は泣き顔で、片方は笑い顔。合わせたわけでもないけど、同時に吹き出して笑ってしまった。
「元気でね」
「うん、そっちもね」
「僕、マリアンヌが聞かせてくれる話が好きだったんだ」
「ぼくも、魔法使いの物語の話が好きだったよ」
「マリアンヌは物語を読むのが上手だもんね。じゃあ、今日はマリアンヌがくれた絵本にしましょうか」
「どんな絵本?」
「いつも空で読んでくれた『魔法物語』よ」
お読みいただきありがとうございます。




