第5話 臨時評議会 第一回(その1/3)
「地球への歴史介入」に係るシンメトリアン緊急評議会 第一回
シンメトリア地球大遠征隊・前進基地 (国王付き最高顧問会議室)
アフリカ南部、モザンビーク、マプト港の西、鬱蒼とした森の奥深くに「シンメトリアン・地球大遠征隊」の前進基地があった。
地上に出ている部分の外観は大きな蝸牛。しかしその巨大な構造の大部分は地下に構築されていた。今、その幹部用リモート会議室の一つで緊急評議会が始まろうとしていた。
その部屋は上から見ると大きな楕円形をしていた。中央の楕円型テーブルの周りには20個の椅子が並べられている。その中で部屋の一番奥にある正三角形の座板を持つ一番大きい椅子は、この会議室の所有者のもので、残りの椅子の形と大きさは、その椅子に座る人の地位によって変わる。
この会議室では大きな正三角形の座板を持つはずの一番奥の椅子が大きなリクライニングのひじ掛け椅子に置き換えられているが、それはこの部屋の所有者がシンメトリアンではないことを意味していた。
その肘掛け椅子に座っている明らかに人間の老人とわかる一名を除いて、出席者は全員身長2m以上はありそうな痩せてほっそりとした体型をしていた。これが彼らシンメトリアンがこの人間世界で使うパワー・スーツ(Power suit)である。
もともと彼らの実態は「構造」と言う概念なので、人間世界で行動する場合には、最も人間に近い形の表現としてデザインされたこの入れ物(服―パワースーツ)を使う。
老人はその深いひじ掛け椅子の中で目を閉じた。静かに昔を思い返しているかのようだった。
アカデミーでのガロアへのコーシーの賞賛と推薦から10年後
中央アフリカ マプト港の西、鬱蒼とした森の中で、一人の若者が何かを探していた。森の奥深くに入り込み、このあたりで最近発見された数万年前の古代遺跡に記された古代文字を調査していた。
彼、エヴァリスト・ガロアの最新の研究テーマ「南アフリカで使用されていた地球外ルーツの言語について」に関するデータを集めるためのフィールド・リサーチである。
10年前、リシャールからコーシー経由でフランス科学アカデミーに提出したエヴァリストの論文「一般のn次方程式の代数的可解性についての考察」は、コーシーの強力な支援もあり、アカデミー論文として承認され発表された。
また同年に行われたアカデミー数学大賞でも同じく天才の誉れ高いライバルのアーベルやヤコビを押さえて優勝した。
これにより、人々のエヴァリストに対する見方も大きく変わり、またエヴァリスト自身も政治活動から足を洗い、数学の研究に没頭した。
この結果「ガロア理論」が単にn次方程式の解の存在を知るための理論にとどまらず、より本質的で原理的な深い理論につながっていることを発見。この大きなポテンシャルを具現化していくことにより、適用対象が大幅に拡張され、抽象化された「新数学理論」を構築、発表した。
「新数学理論」により、例えば、物理現象の数学的表現がより構造的、原理的に行えるようになった。
ニュートンの古典的力学方程式 F=maは「新数学理論」の言葉で書き替えるとそのままで相対性理論の式となった。波動を表す二階偏微分の古典的波動方程式は、「新数学」で表現すると量子論の波動方程式となった。
このようにして「新数学理論」は数学のみならず物理学の世界を一夜にして変えてしまった。
「新数学理論」は工学技術分野の発展も促した。
これにより、物質的社会生活は飛躍的に進歩したが、中でも「新数学理論」の最も多大な恩恵を受けたのは、戦争用武器開発であった。物質の構造解析に「新数学理論」を適用することにより、核分裂の連鎖反応による原子爆弾のアイデア、更には連鎖反応に頼らない巨大な威力を持つシンプルで軽量な『量子構造爆弾』の理論的な基礎が与えられた。これに基づき各国は量子構造爆弾の開発競争に突入した。
一方、「新数学理論」はこれまでは科学的な分析ができなかった、様々な構造的データの解析を可能にした。従来の数を扱う数学では対象と考えられなかった、いわゆる構造を持った存在に対してのアプローチが可能になった。
例えば全世界の言語を「言語遺伝子」構造として抽象化し「新数学理論」により解析した結果、全世界の言語は5つのグループに分けられることが判明した。
ところがここで、アフリカ南部で古代使われていたひとつの言語だけは、その5つのどのグループにも属さないことがわかった。
言語の構造はそれを使う人々の身体的、精神的および社会的構造を反映している。
逆に言語の構造を調べることにより、それを話す人々の身体的、精神的および社会的構造を類推することができる。
その言語遺伝子から逆解析の結果、この言語を使っていたのは人類とは別の知的生命体の可能性が高いと見られた。更に解析の結果、この知的生命体は、我々の世界と全く異なる「対称性」の構造を基盤としていると推測された。
ガロアがアフリカでフィールド・リサーチしていたのは、この不明な言語の生まれた国と話していた人々を特定することであった。
その日、ガロアは当時発見されて間もない遺跡のいくつかをまわっていた。
遺跡グループから少し離れた場所にある ひとつの遺跡に向かっている時に道に迷ってしまった。そこで川に沿って進んで行ってみたがますます森の奥に迷い込んで行く気がした。
その時、どこからか声が聞こえた。声のする方向に行ってみると、一人の男性が崖を滑り落ちて登れなくなったらしく、崖の途中から助けを求めていた。
「Are You OK? (大丈夫ですか?)」
ガロアの問いかけに、男性は訛りの強い英語で答えた。
「I`m OK. Please help me. (大丈夫です。助けてください。)」
ガロアは携行しているロープの一端を近くの木に縛ってから他端を男性の方に投げた。
「Catch it! (それを掴んでください)」
「Thank you! (有難うございます。)」
ロープを伝って上がってきた男性は、身長2メートル近くありそうな細い体型で、近くで見るとまだ少年っぽさの感じられる若者であった。
これがこの後、長いつきあいとなるガロアとサイラス(Siris)の出会いであった。
「けがはありませんか?」ガロアが訊ねると
「大丈夫です。」と若者は答え、今度はガロアに聞いた。
「でも、あなたの方は?こんな夕方遅くにここにいて大丈夫ですか?」
「実は途中で道に迷ってしまって、困っているところです。」
「それだったら、私どものキャンプが近くにありますから、そちらにご案内します。今夜はそちらでお休みください。」
「キャンプ」と聞いて、ガロアは「キャンプ・ファイア」を連想した。それにしてもこんなところで「キャンプ・ファイア」している人がいるんだ。ガロアは若者の招待に甘えることにした。
若者に連れられて彼の「キャンプ」に着いたガロアは、その「建物」を見て驚いた。大きな蝸牛状の外観は「キャンプ・ファイア」と言うよりも軍隊の「ベース・キャンプ」に近かった。それも、どこかおとぎの国の。
「キャンプ」の入口に着くと若者は門衛と話し始めた。聞こえてくる会話は彼らの国の言葉だろうか。
ガロアは、最初は全く理解できなかったが、聞いているうちにところどころわかるような気がしてきた。どこの国の言葉だったか思い出せない。
「エド ディフ アッセ ヌ スクノ (見ず知らずの人を入れるわけにはいきません)」
「ヌヌ スクノ ジミ アッジ サボッポ (見ず知らずではない。私を助けてくれた人だ)」
「モン・・ ソンパーブリ セコノチ トイ(でも・・・。せめて我々の言葉がわかれば別ですが)」
「エドム エパス テラ (それは無理だ。彼は地球人だ)」
その時守衛はちょっとふざけるつもりで、ガロアに向かって叫んでみた。
「クィ ウ?(あなたは、どなたですか?)」
ガロアは門衛が自分に向かって何かを叫んでいるのが聞こえた。
「クィ ウ?」
言葉は理解できなかったが意味は理解できた。ガロアは反射的に答えていた。
「ミ コラ パリ=ニベルタ」
門衛は、それを聞くと幽霊を見たかのように驚いた。若者も驚いた。
しかし一番驚いたのはガロアだった。
彼らがしゃべっていた言葉は、ガロアが今研究している、地球外ルーツの古代語であった。何年も研究し良く知っているものであった。しかし、それがまだ使われている言葉だとは思ってもいなかった。ましてや自分がその言葉を話せるようになっていたとは。
若者が、ガロアに聞いた。その古代語で。
「ウ コラ パリ=ニベルタ? (あなたは、パリ大学の先生ですか?)」
ガロアは答えた。
「スーィ ミ コラ パリ=ニベルタ (はい。私は、パリ大学の先生です)」
「ルケ チ パ? (どうして(この言葉が)話せるんですか?)」
「ルケ チ トゥーディアニベルタ (大学でこれを研究しているからです)」
ガロアはゲスト・ルームに通された。若者が、彼の上長と思しき人と一緒に現れ自己紹介した。今度は英語だった。
「シンメトリア(Symmetria)のサイラス(Siris)と申します。先ほどは崖から落ちたところをお助けいただき有難うございました。こちらは私の上司です。」
「彼の上長で、このベース・キャンプの責任者のラバール(Ravar)と申します。この度は私どものサイラスをお助けいただいて有難うございます。彼は新人でこのキャンプは初めてのため一人では外出しないように言っておいたのですが。でも助かりました。これ以上の犠牲者は出したくなかったので。有難うございます。」
そして、サイラスが彼ら「シンメトリア」のことを説明した。
そこは我々人類とは全く異なる時間系、空間系の世界で、我々の宇宙よりはるかに古い歴史を持っていること。彼らは「対称性」をその存在基盤としていること。数万年前地球に人類文明が誕生してから、四千年ごとに地球を訪れ人類の歴史を見守り、援助してきたこと(これを『大遠征』と言う)。今回地球を訪れているのも近々に迫った次回の大遠征に先立ち事前調査のための先遣隊であること。
サイラスがガロアに話しているその間に何度も、ラバールは何かをガロアに言おうとして言い出せなかった。
そしてサイラスが話し終わると、ようやくラバールが切り出した。ラバールはいかにも言いにくそうにガロアに話し始めた。
「この我々の『ベース・キャンプ』の存在、および我々自身の存在は、地球人類に対しては超極秘事項です。通常ですと、我々のこの秘密を知った非シンメトリアンは、その場で射殺あるいは一生をシンメトリアの流刑衛星であるシベレビス(Siberebis) への流刑で暮らすことになります。
ドクター・ガロアはサイラスの命の恩人ですので、そのような措置はとりたくないのですが、少なくとももう地球には戻れないことをお覚悟ください。大変申し訳ございません。私としてもこんなことは言いたくなかったのですが。」
(第6話に続く)