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ガロア伝説 零(こぼ)れ話   作者: 真空くらら
絡み合う因果
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第1話 絡(から) み合う因果


アフリカの南、モザンビークの前進基地を離陸したシャトル・ホッパーは、すぐに亜空間に移行すると、複数のスモール・ホップとビッグ・ジャンプを繰り返した後、巡航モードで一路ヨーロッパに向かっていた。


イオン・エンジンが(かな)でる1/fのリズムがマクサム(Maxam)の疲れた体には心地良く、座席の中で彼は微睡(まどろ)んでいた。


革ジャケットの胸ポケットでは先ほどから携帯が(せわ)しなく震え、緊急ニュースのあることを知らせている。


反応がない持ち主を急せかせるかのように携帯は振動バイブを強める。


半分夢の中で彼は携帯をポケットから引っ張り出し、渋々しぶしぶ画面に目をやった。


『東ヨーロッパ・・新興国・・・ネオロマーニャ・・降伏・・・連合国軍へ・・・戦争・・・終結。総統ミムラー・・・自決・・』


全てマクサムにとっては既知の情報である。

彼は携帯の電源を切った。


最後の画面は読まれる前に消された。


『自決前に・・量子爆弾・・ミムラー・・・発射指示・・着弾・・4都市・・消失 リスボン他。』




彼が生まれたのは、ここ太陽系から銀河を超え、さらにその遥か先の宇宙の中心近くにある、シンメトリアと言う名の綺麗な惑星である。


シンメトリア王立大学卒業後宇宙遠征局に就職した彼は、子供のころから(あこが)れていた地球に「地球潜入員(インフィルトレーター(infiltrator))」として今から20年前にやって来た。「地球潜入員」とは人類に気づかれないように彼らの生活の中に入り込み人類を見守る任務である。マクサムは人類社会では南極に本部がある「世界平和機構」の職員として働いていた。


今から10年前に同じ「地球潜入員」のアイリア(Airia)と結婚、翌年息子のテオ(Theo)が生まれた。


アイリアは人類社会ではポルトガルの新聞社「リスボア」で新聞記者として働いていた。今はポルトガルのリスボンという町で三人一緒に暮らしている。


しかしこの数年間は、ネオロマーニャの起こした戦争のため、「世界平和機構」の仕事で家を空けることが多くなり、マクサムはここ一年リスボンの自宅に帰っていなかった。



このシャトル・ホッパーでのフライトは、今回、やっと戦争が終わったので早速久しぶりに自宅に帰っているところである。


中でもマクサムが一番楽しみにしているのは一人息子テオに会えること、彼の成長ぶりを見ることであった。小学校4年生であるがテオは既にしっかりした将来の夢を持っている。学校では子供新聞の編集長にもなっていて、時には取材で外国にも行くっていうから馬鹿にできない。




「世界平和機構」の本部がある南極からポルトガルに帰る途中、マクサムはアフリカ南部のモザンビークにあるシンメトリア地球遠征隊の前進基地に立ち寄った。


「地球潜入隊」の前進基地本部への挨拶もそこそこに地下7階に向かう。そこの『資料・サンプル展示室』で最新の武器を見るためである。



マクサムは最近、ガロアの「新数学理論」の展開により、多くの危険な武器のアイデアが現実になりそうなことに危惧を抱いていた。


中でも彼が最も懸念しているのは、「タイム・スナイパー」と呼ばれる代物である。これを使えば過去の人物を殺すことが出来るらしいが、そんなことになれば歴史が混乱する一大事だ。


とんでもない。どんな理由であろうと許せない。マクサムの正義感が燃え上がる。まだ実際に使われたと言う話は聞いてないが。



マクサムがショーケースのサンプルを見ていると一組の男女が彼に近づいてきた。


「先輩、お久しぶりです。」男性の方が彼に声をかけた。


「やあ久しぶり、ロン。元気だった? アン。」


「はい、お陰様で。」アンナが答えた。


二人は遠征隊歴史パトロール隊長のノーロン(Nolon)とその部下アンナ(Anna)である。マクサムと同じ高校の後輩でいずれも高校時代はマクサムが立ち上げたサークル「地球同好会」のメンバーであった。


彼らも遠征隊として地球の人類を見守る任務であるが、マクサム達インフィルトレーター(地球潜入隊)は人類社会に溶け込んで、内部から人類の日々の生活を見守るのに対し、ノーロン達の地球歴史パトロール隊は、歴史と言う長い時間のスパンで人類を見守る。場合によっては時間を遡って人類の歴史に介入する権限を持っている。


「『タイム・スナイパー』ですか?」ノーロンが訊いた「ご覧になっているのは。」


「うん。とんでもない代物だなあ。こんなの使われたら、歴史がめちゃくちゃになってしまう。」


「はい。我々歴史パトロールでも警戒しています。幸い今のところ使われた例はありませんが。技術的に時間照準を合わせる機能がまだ定まらないようです。このサンプルもそうですが。」





間もなくリスボンに到着するとの機内アナウンス。


マクサムは久しぶりにテオに会えると思うと、これまでの疲れも吹っとぶ。

ホッパーは亜空間の中を滑り降りるようにして1930年のリスボン・亜空間ターミナルに到着した。


ホッパーを降り、亜空間出口から実空間に出ると、妻と一緒に迎えに来ていたテオが彼に飛びついてくる。一年ぶりだけどテオの大きくなったこと。彼を抱き上げようとしてよろめいたところで目が覚めた。


何だ、夢だったのか?


「『テルミナ・リスボア・イヤー1930』 お降りの方はお急ぎください。まもなく離陸します。」彼はあわてて荷物をつかみ、ホッパーから飛び出した。間一髪間に合った。ホッパーは一瞬の間浮き上がったかと思うと次の瞬間には消えていた。


亜空間の出口から外に出た。迎えに来ているはずのテオ達を探そうとしてマクサムは初めて何かおかしいことに気が付いた。


亜空間の出口の外には何もなかった。文字通り何もなかった。リスボンの街はあとかたもなく消えていた。


先ほど電源を消した携帯をポケットから取り出し電源を入れる。メッセージが繰り返されている。


「繰り返します。量子構造爆弾により4つの街が消失しました。ローマ、マルセーユ、マルタおよびリスボンの4つの街が、東ヨーロッパの新興国ネオロマーニャの発射した爆弾によって・・・  連合軍に敗北した同国総統のミムラーが自害する前に指示・・・」


マクサムは頭の中が真っ白になった。これは夢なのか? 一体なぜまたこんなことを? 何のために? ミムラーは悪党だったがもっと賢い男だと思っていた。こんな馬鹿だとは思わなかった。こんなことして何になるんだ。



アイリアとテオがもうこの世にいないと言うことが信じられなかった。マクサムにとって二人がどれだけ大切な存在であったかを改めて認識させられた。そしてそれからの彼は、夢遊病者のように基地の中をさまよった。唯一彼を支えていたのは『怒り』と『報復』の念のみであった。全ての怒りはミムラーに向けられた。二人を殺したミムラーをこの手で殺すまでは死んでも死にきれない。


しかし、ミムラーは既に自決しており、死んだものを再び殺すことはできない。そこで先日見た「タイム・スナイパー」を思い出した。





十日後、マクサムはアフリカ南部前進基地の地下7階、無人の『資料・サンプル展示室』にいた。サンプルはまだそこにあった。サンプルケースの鍵をこじ開け展示されている「タイム・スナイパー」のサンプルを取り出す。照準調整機能がまだ完全でないと言ってたがこの際ぜいたくは言ってられまい。


それはUSB口に刺さっているいかめしい銃弾装填器がなければ平凡なノートブックPCに見えた。


この装置の大きな特徴は、過去の目標物を銃撃できることである。これまでは単なるアイデアに過ぎなかったが、ドクター・ガロアの新数学理論で初めて現実のものとなってきた。


スナイパーの画面上の空間照準(where)に目標の空間座標(緯度、経度および標高)を、時間照準(when)に目標の人類西暦時間(年月日、時分秒)を指定する。


外付けの銃弾装填器に銃弾を詰めUSB口に差し込む。PCを時間サーバーにつないで「実行」キーを押すと、指定した時間の指定した場所に銃弾が現れ爆発する。銃弾は時間を遡るため、外側に広がる爆発弾でなく内側に縮む爆縮弾でなければならない。


感覚的に言うと、目標の時空点に突然超マイクロ・ブラックホールが現れ、周り数メートル四方の物質が吸い込まれる爆縮の様子を想像すれば良い。ここで注意すべき点は、『指定した時間と場所に狙撃の標的が確かにいた』ことを新聞記事等で予め確認しておくことである。


また空間照準(where)にHere(ここを、時間照準(when)にNow(今)を指定する「今ここ」モードで引き金をひくと、その場で時空ライフル自体が爆発する”自爆”モードとなる。



1930年6月5日 ネオロマーニャ 総統室

この年は、ミムラーがネオロマーニャ総統としてヨーロッパを制圧した年である。この日、欧米の主要マスメデイア5社とのインタビューが18時から1時間総統室で行われその様子が実況で全世界に向けて放送された。


その中でミムラーは「これが世界平和実現のための闘いであったこと」「今後はネオロマーニャの下に全世界がまとまり、同国の国是である『貧困のない戦争のない』世界を築いていくこと」を初めて世界に向けてテレビを通じて表明したもので、各国の新聞でも大々的に取り上げられていた。


この日のポルトガルの主要紙「リスボア」でも午後6時から総統室のテレビカメラの前でインタビューが行われた書いてある。


この場所と時間をミムラー狙撃の目標としよう。マクサムはタイムスナイパーの照準を、『1930年6月5日午後6時30分、ネオロマーニャ総統室 総統デスク』にセットした。銃弾装填器に銃弾が入っていることを確認し、もう一度リスボアの新聞記事を確認した後に発射ボタンをクリックした。


過去に向かって弾が飛んで行っている。過去に到着するまでどのくらい時間がかかるかわからないが、キャンセルボタンが点滅しているということはまだ到着してないと言うこと。


着弾を待っている間、マクサムは見るともなく「リスボア」の掲載記事にもう一度目をやった。と、その時その署名記事の最後に見覚えのある名前があるのに気が付いた。


「アイリー(Airy)」それは妻アイリア(Airia)が署名記事を書く時に使う彼女の 筆名ペンネーム(ひつめい)であった。


それではこの記事はアイリアが書いたものなのか?このインタビューの場に彼女もいたのか?1930年6月5日ミムラーのインタビュー、その時間にアイリアがそこにいた? なんでまた? 

そういえばあの頃のアイリアは政治記者たちの中に入り込んで、ミムラーの近くで情報を集めていたっけ。突然マクサムはもうひとつの事実に気づいてパニックになった。この時彼女のお腹の中にはテオがいた。


「まずい、アイリアとテオが危ない!」


マクサムはキャンセル・ボタンをたたいた。点滅が止まった。たたく前に点滅は止まっていたようにも見えた。


1930年6月5日午後6時30分、総統室、テオ達もいたその時間に、爆発したのか?


・・・テオとアイリアを殺してしまった。彼らを二度死なせてしまった。マクサムは体から力が抜けていくのを感じた。もう生きていく気力も失った。


彼は、タイム・スナイパーを「Here & Now(今ここ)」モード に合わせると、引き金をひいた、自爆モードで。



突然大きな音が響いて部屋のドアが開いた。


「両手を上にあげて!」 厳しい男の声が聞こえた。


男はマクサムに近づくと言った。


「私的な歴史介入は20年の流刑に相当する違法行為になります。」今度は丁寧な言い方になっていた。


女の声が続いた。「タイム・スナイパーが作動していたら、ですけど。銃は作動していませんでした。お気持ちはわかりますけど、いけません。


自爆なんかしては。」


皆彼の知っている声だった。そして男性が言った。「お帰りください。あとは我々歴史パトロール隊の仕事になりますから、先輩」ノーロンが言った。




1940年5月7日18時30分 (ネオ・ロマーニャ降伏の前日)

ネオロマーニャ 総統室


その時ミムラーは、部屋の奥のソファーで軍事顧問と打ち合わせをしていた。二人の親衛隊が部屋の中央と入口近くで警護に立っていた。


突然、大きな音が響いて部屋のガラスが砕けたかと思うと、部屋が一瞬真っ白な霧で覆われ、その中心にあった机に向かって破片が一斉に突進してきた。


部屋中央で警護に立っていた親衛隊は破片と共に机にたたきつけられ意識を失った。


軍事顧問は飛んで来たガラスの破片で右手が肘から先吹き飛んだ。


ミムラーは手足と顔の一部が傷つき出血したが、部屋の奥にいた分だけガラスの勢いが弱まっていてすぐに応急処置が行われ、傷は軽かった。


マクサムの過去狙撃は成功していたのである。但し別の年で。


ネオロマーニャ参謀本部は、すぐに反応した。この狙撃は連合軍の奇襲だと思った。しかし、どこから襲撃してきたのかわからない。


総統を大至急安全な場所に運ぶ必要があった。大至急そして秘密裏に。

幸い今夜は新月。この闇に乗じて今夜のうちに秘密基地に移動する。


そして報復をしかるべく速やかに。痛烈な報復を。これまで誰も見た事のない激烈な報復を。


(第2章に続く)



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