織姫と天の糸 ~ 愛する彦星様に会いたくて ~
カタン…カタン…………
美しい女性が、機織り機で布を織る。
彼女の名は、織姫。今日は一年に一度、最愛の人に…彦星に会える日。彼女は機織りをしながら、そわそわと落ち着きなくしていた。
「…今日、一年ぶりに彼に会える。彼は元気かしら?早く彼に会いたいわ。早く…夜にならないかしら」
織姫が頬を緩めながら機織りをしていると、織姫の祖母が慌てて織姫のもとに駆けてきた。
「織姫大変よ!鵲たちがみんな流行り病に罹ってしまって、今日ここに来れないそうよ!」
「え…うそ!?」
鵲とは、毎年織姫と彦星たちのために羽と羽を繋ぎ、天の川に橋を架ける鳥たち。その鳥たちが最近、天界の鳥たちの間で流行っている病に罹ってしまったのだ。
「それで鵲たちは?大丈夫なの?」
「鵲たちの流行り病はたぶん一週間くらいで治るし、死亡率は低いから心配ないと思うけど…」
「そっか…それなら少しは安心して良いのかな?」
「それよりあんた、鵲たちが来れないってことは今年は…」
「うん…彦星様に会えないのはとても残念だけど…仕方ないよ」
と、織姫は少し悲しそうな表情をしながら、祖母に微笑み、また機織を始めた。
※。.:*:・'°☆
─カタン…
「…夜」
織姫は機織をする手を止め、窓の外を見た。気づいたら辺りは暗くなっていて、星がキラキラと夜を照らしていた。
織姫は機織り機から離れ、外に出た。そして───
「…彦星様」
織姫は天の川の前に立ち、天の川の向こうを見つめた。天の川は向こう岸が見えないほど、広くて大きい川。
「私のようにこの川の向こうで、彦星様も立ってこちらを見てたりするのかしら…」
目を凝らしても見えない、天の川の向こう。もしかしたら、向こう岸に彦星がいるかもしれない、そう思うと織姫はいてもたってもいられなかった。
「彦星様─」
織姫が天の川に手を伸ばしながら、天の川に飛び込もうとした時だった。
「何してるの織姫!?天の川は深いのよ!溺れ死ぬわよ!?」
間一髪のところで、織姫の祖母が織姫の体を掴み、2人は地面に倒れた。
「うっ…だって…会えるのは年に一回…この日だけだから。やっぱり、大好きな彦星様に会いたい…彦星様に会いたいの……」
織姫はそう言いながら地面に踞り、泣き出した。
「織姫…」
祖母はそんな織姫の姿を見つめながら、はぁっとため息をつき、そして。
「織姫…顔を上げなさい。これを、あなたにあげるわ」
そう言って祖母は、織姫に透明の糸を渡した。
「これは…?」
「『天の糸』という、とても貴重な糸よ。さっき、事情をあなたの父…天帝様に説明して、譲っていただいたのよ。その糸で羽衣を織れば、天女のように空を飛べるようになるわ。まあ、使える時間は2時間と限られてて、時間になったら消えちゃうけどね」
「…そんなすごいもの。でも、羽衣を織るって、もう夜よ?今から羽衣を織っても間に合わないわ」
「やってみなければわからないじゃない」
「でも…」
「…あなたの愛する人に…彦星様に会いたいのでしょう?彦星様もきっと向こう岸であなたのことを待ってると思うわ。それにあなたたち似た者同士だから、もしかしたら…彦星様もあなたに会いたいが為に、天の川に飛び込もうとしてるかもね」
「!それは…ダメ!溺れちゃう」
「織姫。それで羽衣を織って、早く彦星様に会いに行きなさい」
と、祖母が言うと、織姫はその『天の糸』をぎゅっと胸に握りながら立ち上がり。
「…彦星様、今夜絶対に会いに行きます。なので、少しだけ…お待ちください」
そう言って織姫は、機織り機のところに急いで戻った。
※。.:*:・'°☆
「─できた…!」
22時35分。
織姫はものすごいスピードで機織り機を動かし、なんと2時間で羽衣を作ったのだ。
「これで彦星様のところに行ける!」
織姫はそのできたての羽衣を首にかけ、天の川の方に急いだ。そして、天の川の前に立ち、川を見下ろした。キラキラとした星屑が明滅しながら天の川を流れる。
「…本当にこの羽衣で飛べるのかしら…?」
不安に思いながらも、でももう躊躇っている時間も無い。織姫は意を決して天の川に向かって飛んだ。
すると─
「─!飛んでる…私、空を飛んでる!」
美しい透明な羽衣を風に靡かせ、織姫は星が輝く夜空を舞う。足元の天の川はいつにも増して、キラキラと煌めいていて。
織姫は両腕を広げながら、天の川の上を飛んで渡る。
「…彦星様、今会いに行きます。待っててください」
そう言いながら、天の川の向こう岸に向かった。
※。.:*:・'°☆
「…織姫様、今会いに行きます。待っててください」
「おい!そんな板切れでこの川が渡れるわけないだろ!やめろ!」
彦星は大きな板を脇に抱え、天の川を渡ろうとする。それを彦星の父は、彦星の体を掴み止める。
「離してください父上!織姫様はこの川の向こうできっと、私のことをずっとずっと待っている!会いに…会いに行かなければ!いいや、あの方に…会いたいっ!」
彦星はそう言って、大きな板を天の川に投げ入れようとした時だった。
「─おい、あの大きく白く光る飛んでるものは何だ?」
彦星の父が言うと、彦星は板を投げようとした手を止め、夜空を見上げた。そこには、星のように白く美しく輝くものがあり、それは彦星たちのところに向かってきていた。
「あれは─織姫様!?」
白く輝くものの正体─それは、羽衣を首にかけた織姫だった。
「彦星様ぁ!」
織姫は向こう岸にたどり着いたと同時に、彦星の胸に飛び込んだ。
「彦星様…今年はもう会えないのかと思ってましたが…」
「私もです、織姫様。とても美しい天女が私のところに向かってくると思ったら、まさか織姫様が空を飛んできてくださるとは…」
「ふふっ、おばあ様が下さった『天の糸』で織ったこの羽衣のおかげなんです。どうしても彦星様に会いたくて…羽衣を急いで作ったんです」
「そうでしたか…でも、ありがとうございます。私も、織姫様にまた会えてよかったです」
きらきらと天の川流れる傍。
「織姫…愛してる」
「私も、彦星様のこと…変わらず愛してます」
織姫と彦星は、静かに口づけを交わしたのだった─…