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第6話 俺たちに何が出来るのか

【登場人物】

ウィル :主人公。元軍団兵。重装歩兵部隊出身

トラップ :主人公の相棒。元軍団兵。猟兵部隊出身

シルフィール:至高神に仕える女僧侶

マチルダ :モダンマジックの使い手。女性。


トールマン:冒険者ギルドの職員。

 4人がでこぼこ道を歩いて既に3時間。途絶えがちになってきた会話を梃入れするためにシルフィールは狼伝説を話し始めた。古くからこの国に伝わる神話のようなもので誰もが一度は聞いたことがあるお話だ。


”何千頭もの狼を従え森の奥深くに棲まう狼王。狼王の妃は純白の姿に赤い目を光らす。森を支配する狼王は悪さをする山賊たちを食らい追い散らす。神々が争っていた時に狼王は至高神に従い魔神軍と戦う。多数の妖魔を滅ぼした狼王は妃と共に至高神から神格を賜る。ゆえに至高神を祭る神殿には至高神像の足元に狼王とその妃の像が控えているのだ”と。


 シルフィールの話を聞き流しながらウィルは田園風景を眺めていた。今日はとても良い天気だ。幸い雪も積もっていないし風も弱い。1月だが割と暖かくて助かった。小春日和とか言うのだっけ。昨年秋から昼間なら暖房がいらないぐらい暖かいからちょっと違うような気もするけど。


 ウィルは呑気に歩みを進めていると隣のトラップが話し掛けて来た。


「全くあのトルーマンとか言うハゲオヤジ、こえーよな。そうだろ?ウィル」


「ああ、読心術でも使っているのかとビビったぜ」


「俺たちをしごいた鬼軍曹を思い出させやがって……冷や汗もんだぜ」


「……あのおっさん、冗談抜きで教練軍曹だったんじゃないか?雰囲気が似ているぞ」


「怖い事言うなよ、ウィル」




「男の人は……禿やすいの。特にお酒が好きな人は。あなた達もそうなるかも。モダンマジックを使っても治った話は聞いたことが無いわ」


 マチルダは真顔でその道の専門家のような淡々とした事務的な口調で言うのでウィルが冗談だと気付くのに数秒かかった。ウィルはトラップを見ると彼は真剣な表情で自分の頭を触って髪があることを確かめていた。



「至高神様の御業でも治りませんからね」


シルフィールは澄ました口調だったが明らかに笑いをこらえていた。



「……お前ら、学があるのに酷いこと言うのな。せっかくの学識をもっと違うところに使えよ」


トラップは口を尖らせて文句を言った。



「でしたら学識を正しく使えるようにトラップさんも私と一緒にお祈りしましょう。至高神の御心に触れるはずですわ」



「えっと……そのうち……なあウィル? 」


シルフィールに捕まったら大変だ。ウィルは助け舟を出すことにした。


「ああ、そのうちにしよう。ところで学識と言えばマチルダ、あのおっさんに牧場犬とか言っていたがどういう事なんだ? 」



「まあいいわ。このぐらいで許してあげる」


マチルダは軽く両手を広げてから静かに口を開いた。


「……狼というのは自分たちが怪我しそうもない時しか襲撃して来ないの。牧場犬というのはとても勇敢で羊たちを守るために身を張って狼に深手を与えるから牧場犬が見張っているとまずは襲って来ないわ」


「なるほど」


「……それがこの依頼の疑問点」


「う~ん、だから羊飼いの話が重要になるわけか」


ウィルはでこぼこした石の多い道を歩きながら腕を組みつつ考え始めた。


(このまま1時間も歩けばコルン村に着くだろう。そろそろリーダーとして色々とまとめなければならないな)


ウィルは「そうだ」と言って立ち止って振り返った。仲間も歩みを止めた。


「そうだ、みんな、そろそろ一休みしよう。そこなら汚れていなさそうだ」


 危険な気配はしない。お誂え向きの場所まで行くとウィルは円陣を組もうと言って座り込んだ。マチルダがウィルと向い合せに、両脇にトラップとシルフィールが腰を下ろす。女性陣は地面に布を敷いてから座り男性陣は直に座った。地面は乾いていたが座り込んでみるとやはり冷たかった。俺も次回からは敷布を用意しておこうと思いつつ水袋を取り出し一口飲んでからウィルは3人に向けて話しかけた。


「仮の話だが、狼が一頭の牧場犬に襲い掛かるとしたらどのぐらいの群れが必要なんだ? 」



「そうね……相当な数だろうけどそんな大群になる前に地元の狩人が追い払うわ」


マチルダはトールマンとの遣り取りを念頭に言った。


「狼じゃないのかもな」


女性陣を怖がらそうと思っているのだろう、トラップは真顔で言ってから少しニヤニヤしている。



「至高神にかけてそれは無いですよ、トラップさん」


 胸を張って得意そうに言うシルフィール。



「ひょっとして……センスライかけたのかよ。いつの間に」


 そう言うトラップに先ほどのニヤつきは消え失せてげんなりしている。表情の変わり方が面白い男である。


「まあ、裏をとるのは大事だよな。あのおっさん、えーと、トールマンも言っていた。ギルドの主の言いつけ通りだから問題ないだろう」


 ウィルは女僧侶のフォローをしつつ密かにこの娘に嘘をつくのは諦めることにした。

ウィルはそれよりも重要な事に気づいた。


(それは兎も角、狼の大群は無いとマチルダは言う。普通はそうなのだろう。だがギルドに依頼を出したという事は地元の狩人では手に負えない事件なのだろう。リーダーとしては常に最悪の事態を想定して手を打つ必要があるな)


 仲間の生還率をほんの少しでも上げる努力を惜しんではいけないと上官からいつも注意されていたことをウィルは思い出した。とは言ってもどうすればいいのか。軍のように槍衾やろうにも槍も無いし第一人手が足りない。妙案が思いつかないので取りあえず考えた極端で単純な状況設定を仲間に丸投げすることにした。


 「みんな、戦いに備えて今のうちにどう動くか考えよう。例えば俺たちが原っぱで狼の大群に囲まれたらどうするか」


ウィルはトラップに顔向けて言った。


「マチルダとシルフィールの二人を挟むように俺とウィルが配置につくわな。呪文使いが詠唱できる余裕を作るのが俺らの役割だ」


トラップは腕を組みつつ空を見上げながら答えた。



「私も狼なら何とか。お祈りだけじゃなくて武術も鍛錬しているの」


シルフィールは、ほらっと腰から神殿御謹製のライトメイスを取り出して見せた。



ウィルは頷きながら続けた。


「それならマチルダの右前に俺、左前にトラップ、後ろにシルフィールが立って三角陣を作る。始まったらとにかく俺が殴殺するから残りはトラップが片づける。シルフィールはマチルダの直衛だな。君はマチルダの回りを小さく動いて狼を追い払う事に専念だ。大振りや深追いは絶対にしないこと」



「呪文はどうしますの? 」


シルフィールはウィルの瞳を見ながら言った。



「何が使える? 」


「怪我の治療とプロテクション、それと自衛用の攻撃呪文。どれも簡単なものですけど」


「プロテクションとはどんなものだ? 」


「透明な壁のようなものですわ。攻撃を完全に防ぐことは出来ませんが威力を削ぐことができます。広さですか?荷馬車ぐらいならをすっぽり包み込めますわ」


「荷馬車を包める薄い盾と言ったところか。では始まったら隊列の中央に立ってプロテクションだな。その後は狼を追い払いつつ仲間の状態をみて深手の者のみに最小限度の回復呪文を使う」


 シルフィールは軽く頷いた。彼女は攻撃呪文を使えと言われなくてほっとした。聖なる力をアンデッドや魔族相手ならともかく野生動物の殺生に使うのは抵抗があったのである。



「モダンマジックで何が出来る? 」


ウィルは山羊革のマントの女に尋ねた。


「回復呪文も使えるけどクレリックには敵わないわ。攻撃呪文だと魔弾ね。魔弾を3発連射するか、アイスボルトを1発。それを一日に7~8回と言ったところかしら。余力は残しておかないといけないし……」


マチルダは少し考え込んでから答えた。


「それは頼もしい。射程はどのぐらいだ? 」


「この魔道銃だと10歩ね。銃を両手で扱えば20歩」


 ウィルの想定よりも射程が短い。魔法で撃滅するならその5倍は欲しいところだった。

ウィルはしばし考え込んだ。腕を組んだ時の自分の鎖帷子の擦れる音が耳に障った。


「追い払うのなら火を使うのはどうでしょう?……松明とか」


 シルフィールが神殿のかがり火を思い出しながら言った。神殿では巡礼者への灯火として日の出まで火を絶やさないのだ。古来より火は闇を払い邪を清めると信じられていた。魔物や獣を追い払うのに火を使うのは自然な発想だった。


「悪くは無いな。火をおこす手間を何とかする必要があるが……」


火口箱で火をおこすのには結構かかる。

とても間に合いそうにない。

かといって常時松明をかざすわけにもいかない。どうすれば良いか、


ウィルが考えこんでいると元猟兵がドヤ顔で言った。


「それなら種火を作っておけば良い。種火の持ち運びは猟兵の嗜みみたいなもんだ」



「種火?猟兵が何に使うんだ? 」


ウィルは相槌代わりに軽く訊いた。


「使い道は色々あるよ。特殊任務に必須だけど一番役に立つのは暖を取れることだな。この種火筒は程々に暖かいから寒いときには重宝するんだ」


トラップは腰袋から黒光りする金属の小さな筒を取り出して見せた。


「それは便利だな。俺にも欲しいもんだ、それ」


ウィルは少し興味を持った目で見ながら言った。


「あははは、良いだろうこれ。軍の放出品を扱う店に行けば売っているよ」


 小物自慢をしながらトラップは猟兵部隊のある古参兵を思い出した。その古参兵にトラップは猟兵の特殊任務とは火攻めだと言われたことがあった。きょとんとしたトランプに古参兵はたっぷりと微に入り細に入り火攻めを話したのだった。


曰く、真っ暗な深夜に敵陣の奥深くに潜入し糧秣を焼く、

曰く、枯れた草原に火を放ち野営中の敵軍を殲滅する、

曰く、敵の見張りを音も無く始末し堅固な砦に立てこもる敵兵を建物ごと焼き殺す、


……そして悪名高き焦土戦術まで。


 焼き殺される側にとっては地獄だが、火をかける方にとっても恐ろしい話だった。青ざめたトラップに味を占めた古参兵は毎晩、調理場からくすねた葡萄酒を飲みながら彼に恐ろしげな話をしては喜んでいた。


トラップは頭を振って脳裏に浮かんだ赤く酔った古参兵の姿を打ち消した。


ハイファンタジーで度量衡を真面目に考えると沼にはまってしまいますね。メートル法だと読み手にはわかりやすいのですが、メートル法の出現は世界の大きさが学術レベルで確定・認知された事を意味します。ところがこの世界の住人は自分達が住んでいる大陸の大きささえ知りませんのでメートルという概念は無いわけです。そうなると自ずとヤード・ポンド法のような身体尺となるのですが、それをやると読み手が置いてきぼりになってしまうわけです。そこで次善の策として筆者が説明する場合はメートル法で、登場人物視点で描く場合は身体尺と言う事にしましたが、1歩=10ハンド=1メートル、1ハンド=10cm、

1キロ=1立方ハンドの水の重さ=1,000立方センチの水=1Kg、みたいに10進法に整理して脳内変換しやすいようにしょうかと考えています。

(リアルだと1ハンド=4インチ=10.16cm、1歩=6尺≠1.8mです)

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