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第3話 出会い

行きがけの駄賃に冒険者ギルドによってみるとすでに受付は閉まっていた。ロビーには依頼をこなしたらしい1組のパーティが談笑していたが、ウィルは脇目も振れずに廊下の掲示板の前まで行き貼ってある依頼を見てみた。背後から「あんたも冒険者? 」とか「今日はもう店じまいよ」とか聞こえてきたがウィルは生返事で応じて誤魔化した。


「冒険者の話も聞きたいが今はそれよりも大事なことがある。今日は武具に銀貨80枚も費やした。元をとるのにどれだけ働けば良いのだ? 」


食い入るように依頼を探してみた。そしてどうやら新人パーティ向きの依頼報酬は精々の所銀貨40枚が相場という事がわかった。


「4人か5人でパーティを組むだろうから俺の取り分は多くて銀貨10枚。8回依頼こなしてやっとか……」


ウィルは独り言を言うと深いため息と共に肩を落とした。

すると後ろからウィルの右肩を叩く者がいた。振り返ると先ほど声を掛けてきた冒険者だった。


「どうしたの?ため息なんかついてさ」


 薄暗い廊下の中でハスキーな女の声が囁いてきた。声の主は細面の顔にラズベリーの瞳を輝かしていた。照明が暗いためか全身がくすんで黒っぽく見えたが端整な顔立ちであることはすぐに分かった。



「いや、冒険者になろうと思って鎖帷子を注文したんだけどさ、出来るのが明日だって言われてね」


「鎖帷子って重いけど大丈夫なの? 」


「うん。こう見えても今日の朝までは軍団兵だったから慣れているよ」


「へぇ~、何年も頑張ったんだね」


「結構大変だったけど無事名誉除隊できて良かったよ」


「ふ~ん、凄いわね。冒険者登録は済ませたの? 」


「いや、まだ。明日の朝にでもやろうと思う」


「そっかぁ、じゃあ頑張ってね。慣れるまでは簡単な仕事を選ぶといいわ」


「わかった。ありがとう」


ラズベリーの若い女は音も無く去って行った。

もう一度掲示板の依頼のビラを見回してからウィルも帰ることにした。


「そう言えばさっきの女の人誰だっけ? 」


 見回したギルドのロビーには誰もいなかった。


「名前訊いておけば良かったな」


ウィルの靴音だけが木霊した。


 今年は暖冬とは言えさすがに明け方は冷え込む。ウィルは日の出と共に起きると昨日鍛冶屋から渡されたキルトの鎧下を防寒着代わりにシャツの上に着込んでから外套を引っかけた。約束通りの早朝に鍛冶屋に行ってみるとドワーフの爺さんが待ち構えていた。ウィルの顔を見ると手招きして新作の鎖帷子を見せた。


「出来ているぞ。着て見ろ」


 外套を脱いで鎧下の上に鎧を着けてみるとサイズはちょうど良かった。新品だけあって鉄となめし革の匂いが漂う。屈伸したり腕を回したりして動きをチェックしたが問題は無さそうだ。はめてみた鎖手袋には手の甲に小さな鋼板が何枚も鋲接されていた。インナーの革手袋も申し分無く、これならばハーフソード術や殺撃も躊躇なく出来そうだった。


 鎖と鎖が擦れる音が店内に流れた。裾の長い鎖シャツに鎖股引、鎖頭巾。ウィルのチェックが終わったのを見計らって鍛冶屋は黙ってウィルの頭に簡素な面当てが付いた歩兵用の鉄兜を被せた。


「調整するからじっとしてろ」


ドワーフはウィルの頭から黒光りする兜を外して微調整してはまた被せた。


「うむ、まずまずの出来だな。手入れ道具1式ともう一つ鎧下をおまけで付けてやる。毎日手入れを欠かさずにやれ。依頼をこなして帰ってきたら必ず立ち寄れ。痛んだ鎧の面倒を見てやる。俺のところで買ったものはどれも今年いっぱいはタダで直してやる」


 ドワーフはぶっきらぼうにそう言うとカウンターにおまけの品々を置いた。


「それと新米冒険者はこいつがいるな。ギルド推薦の通称冒険者セットだ。毛布に松明、水袋、ロープに鉤爪、火口箱に少々の薬草と言った品々がこのバックバックに入っている。絶対に必要だ。もちろん買うのだろう? 」


 ドワーフは今度は背負い袋から道具を一つ一つ取り出してウィルに見せながら言った。



「ああ、でもあまり金が無いんだ」


「これが無ければ話にならない。それもあって国から補助金がでているからセットだと安い。5レアルだ。今なら木槌と金槌、木切れに釘をおまけしてやる。冒険にそれなりに役に立つ」


 昨日からこのドワーフに完敗してるウィルは仕方なく支払い、おまけの品々を背負い袋に詰め込んで店を後にした。


(さっきの銀貨5枚の出費は実に痛かった。早くギルドに行って仕事を見つけないと本当にまずい。その前にまずは冒険者登録しなければ)


 そう考えるとウィルは鎧兜を着たまま駆け足で冒険者ギルドに向かった。


 まだ早い時間だったが赤レンガの建物に入るとロビーには何人かの冒険者風情がバラバラに佇んでいた。受付にはすっかり禿かかった壮年の職員が座っていた。幸いなことに誰も並んでいない。ウィルは息を切らしながら受付に行き職員に話しかけた



「すぐにでも冒険者登録をしたいのですが」


「鉄兜を脱いで顔を良く見せろ」


 ウィルはあわてて鉄兜と鎖頭巾を脱いて小脇に抱えた。職員は胡散臭そうにウィルを見た。


「お尋ね者ではなさそうだな。身分証明証はあるか? 」


 壮年の職員は左手の赤銅の腕輪をチラっと見てからウィルの顔を見直して言った。



「名誉除隊証明書ならあります」


「それでいい。出してくれ」


 ウィルが懐から羊皮紙を取り出して広げると職員はしげしげと眺めてから机の引き出しから冒険者個人登録申請書を取り出してウィルの前に置いた。


「文字は書けるか?ここに氏名と出生年、出身地を書け。名誉除隊証明書のをそのまま写し書きしろ」


 頷いたウィルはカウンターで名誉除隊証明書を見ながら何とか申請書に記入して渡すと、職員は禿頭をゆらしながら書類に一瞥しギルドの印章を押して引き出しから長さ10センチぐらいの木の札を取り出して机の上に置いた。続いて木札を見ながら書類に書き込むとウィルにその札を渡した。札の端には穴が開いてあって麻紐が通っていた。何の変哲もない無垢の木の札には数字と記号が焼印されていた。裏を見ると「白級冒険者証明章」と焼印が押されていた。


「これは白級の証明章だ。白くないとか言うなよ。色つきが欲しければ依頼をこなせ。実績を積め。こいつは身分証明も兼ねているから失くすなよ。お守り替わりに首にぶら下げておけ」


 言われるままにウィルが証明章を首に掛けるのを見た禿オヤジの職員は「個人登録はこれで終わりだ」と伝えた。


「何か仕事は無いか? 」


 すかさずウィルは尋ねると禿オヤジはウィルに見せるようにパーティ登録申請書をカウンターに広げた。それからロビーにいる新人っぽい男女3人を示して言った。


「どの仕事も一人では危険だからまずは手の空いてそうな者に声かけてみろ。パーティーを作ったらまたここに来い」


 高価な武具を買ったおかげでウィルの財布の中からは銀貨が一枚もなくなってしまった。銅貨だけになった懐事情のウィルに選択の余地はなかった。


 ウィルはまずカウンターに近い窓際に立っていた黒いウールのガウンを着た女性に声をかけることにした。その女性は背中まで伸ばした艶やかな濃茶色の髪の上に黒いベレー帽を乗せていた。ベレー帽にはメイスと天秤を組み合わせた記章が付けられていた。至高神の僧侶に違いない。黒い衣装もあって肌の白さが際立っていた。胸元にはウィルのと同じの“白い”証明章が見える。かなり若く小柄で結構可愛い。美少女と言って良いだろう。軍にも従軍神官がいたが厳つくて近寄りがたい中年男ばかりだったので敬遠していたが、彼女は話しかけやすい雰囲気だった。それに加えてウィルの顔を微笑を浮かべながら終始見続けていた。明らかにウィルに話しかけられるのを待っている様子だったのが最初に彼女に声をかけた理由だった。


(上手くいくとは思うがそれでも緊張するなぁ。さあ声を掛けるんだ俺)


 ウィルは焦る気を抑えながら女僧侶に近寄って声をかけた。


「やあ、パーティの面子を捜しているのだけどよかったら俺と組まないかい?そこのギルドのおっさんからパーティを組まないと仕事をくれないと言うんだ。人助けだと思ってさ、俺に力を貸してくれないか? 」


 ウィルは屈強な完全重装備の元兵士である自分が年下の女性を怖がらせないように出来るだけソフトに声をかけることに注力した。治安維持任務で街に出動する度に上官から市民特に女性と接する時は威圧感を与えないように常々厳命されていたことを思い出しながら。

 

「あなたですね。わかっています」


 新米僧侶に見える娘は声は大きくないがしっかりした口調で答えた。


(……この娘とは初対面だよな?それとも行事かなんかで面識があったかな? )


 15、6才と思しき彼女はきょとんとしたウィルをお構いなしにまじまじと見つめた。


「鉄兜を抱えた鎖帷子の不精髭の青年……ああ夢の通りですわ」


 面と向かって不精髭と言われたウィルは苦笑いしながら訊いてみた。出来るだけ気さくに務めて。


「不精髭とは厳しいな……と言うか夢って? 」


「冒険者の館に行き鎖帷子を纏う鉄兜の青年に会えと。人類の敵を討つ手伝いをせよと」


 気勢をそがれたウィルに畳み掛けるように彼女は続けた。


「そしてその優しそうで子犬のような瞳。至高神様のお告げ通りですわ。微力ながらお力添えいたします」


 女僧侶は熱を込めて言った。ウィルは彼女の不思議ちゃんぶりに頭がくらくらしそうだったが何とか耐える事に成功し、まだ自己紹介をしていないことに気付いた。


「……ありがとう。助かる。俺はウィル、昨日まで兵士をやっていた。重装歩兵と言って重たい鎧を着こんで槍や剣で敵を叩き潰すってやつだ。これが証拠の名誉除隊証明書だ。今年で20歳になる。ところで君は? 」


「偉大なる至高神は邪悪と魔族を撲滅することをお望みです。その御心が不肖弱冠15歳の小娘に神聖なる御業の幾ばくかを授けなさったのです」


 熱を込めた強い瞳でウィルの瞳を見入りながら続けた。


「さあそこにいる二人に御尽力を頼みましょう。二人で頼めばきっと快諾してくれるに相違ありません」


(この女の子に勧誘を任せるのは……その、まずい。というかこの娘、俺の話を聞いていない)


ウィルは辛うじて笑顔をつくって娘に応じつつ少し考えてから言った。


「……そうだな。声掛けするなら同性の方が無難だろう。あの柱の傍にいる革鎧の男には最初に俺が声をかけて俺が君を紹介する形が良さそうだ。そっちの隅っこに座っているマントの女には君が声をかけて振り向かせたら俺がなんとかする。ところで君をなんと呼べばいいんだ?」


「偉大なる至高神の僕、シルフィ-ルでお願いします。ウィル様」


 彼女はウィルに深々とお辞儀をした。彼女はメイスを持っているとは言え武勇は期待しない方が無難だったが、パーティにクレリックがいるか否かで生還率に格段の差が出る。御神託と悪の撲滅を熱く説く彼女にウィルは少し腰を引かせながらも彼女のいささか危なっかしい信仰心をやる気のあることは良いことだと前向きにとらえることにした。


(それにしても“優しそうで子犬のような瞳”に不精髭かぁ。戦士らしい厳つい面にあこがれていたんだけどなぁ)


少しでも貫録をつけようと髭を伸ばしていたウィルは諦観と共に少し凹んだ。

 作中の鉄兜は2Kg弱、鎖帷子は18Kg程度と結構重いです。こんなのを着込んで走り込めるのですから重装歩兵の体力は半端ないですね。

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