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第1話 決意……冒険者って大変かもしれない

帝国軍重装歩兵部隊……志願兵で構成され厳しい訓練を積み重ねている彼らは人類勢力最強の歩兵部隊と評されていた。彼らは濃紺の制服を着ている事から「ブルージャケット」の二つ名で呼ばれ畏怖されていた。

 兵舎の食堂には長さ3mほどの長机が数十と並べられ200人ぐらいは一同に会せそうであった。天井に吊るされたマナランプ群が胡桃材で出来た長机を白く照らしている。黄ばんだ漆喰の壁には所々に営繕された痕が残されていた。新年会が終わって小一時間が経ったがまだ食堂には濃紺の制服をだらしなく着た数人の兵士たちが酒盛りを続けていた。錫の杯に並々に注いだ葡萄酒を一気飲みして一息ついた壮年の下士官が右隣に座っている青黒色の短髪の青年に話しかけた。


「ウィル、飲んでいるか? 」

「たらふく飲んでいますよ、軍曹」

「よくぞお前は5年も頑張った。大したやつだ」

「ありがとうございます」

「これで念願の名誉除隊ができるな。訓練部隊で1年、パイク中隊で1年、クロスボウ中隊1年、そしてこの円盾兵中隊で2年。軍団兵として併せて5年の名誉除隊か、胸張って良いんだぞ」


 軍曹は右手で薄く釉がかかった白灰色の酒瓶を取るとウィルと呼んだ青年の杯に赤い葡萄酒を注ぎながら続けた。


「今月の除隊式でお前とはお別れか……お前、除隊したらどうするんだ? 」


ウィルは杯の酒を見ながらもう一度考えた。多くの小作人や自作農の次男三男がそうであるようにウィルは成人である15歳になると名誉除隊目当てに長期の務めになる軍団兵を志願した。帝国政府は相続する農地が無い農民の子弟の救済策を兼ねて軍団兵を名誉除隊した者には優先的に開拓地をあてがっていた。名誉除隊すると開拓地を求める者が多数派だったが、ウィルは開拓民になった次兄から実態をよく聞かされていた。


「なあウィル、開拓民なんて割に合わないぜ」


 軍曹は一口飲んでから親しげにウィルの次兄と同じような事を言った。


「辺境の荒野を苦労して耕してもまともに育たないし、真っ先に魔物や野獣に襲われる。まあそれでも国はいろいろと面倒見てくれて食う事はできるそうだが……」



 軍曹は手元で銀色に光る杯をチラっと見てから飲み干した。


「あれは言ってみれば耕す警備兵だな。飯は出るが給料が出ない辺境警備隊だ。……だったら給料が出る分、ここで兵隊を続けていた方がマシってもんだ」


 軍曹はゲップと共に本音を漏らしたがウィルは行儀正しく聞いていないふりをした。


「で、お前はこれからどうするんだ?お前のように共通交易語を扱える者は中隊でも必要だ。お前は良い奴だし腕っ節も体力もある。このまま続ければ小隊長まではいける。手の空いている時間に勉強を怠らなければ中隊長になれるのも夢じゃない。将校になって60才まで軍で働いて恩給で老後を過ごすというのも悪くないだろ?……今だったらまだ間に合うぞ」



 ウィルは曖昧な返事をしてから杯を飲み干して誤魔化した。


(1番槍手になれなかった俺に何を言っているんだか……)


 ウィルは内心苦々しく思いながら上官と自分の杯に酒を注いだ。彼はすっかり酔ったふりをして杯の酒を眺めながら酒場の冒険者たちの顔を思い浮かべた。自作農の三男坊のウィルは幼いころから冒険者たちの話を聞くのが好きでいつか自分も冒険者になりたいと思っていた。兵士になっても志は変わらず、非番の時に近場の酒場に行っては冒険者達の四方山話を聞くのが日課になっていた。そして冒険者になることを真剣に考え、軍務の傍ら手の空いている時間を使ってその準備を進めていた。共通交易語の習得もその一環だった。


「お前、まだ冒険者になりたいなんて思っているのか?俺が言うのもなんだが冒険者は危険だ。所帯を持てる前に妖魔の餌になるのがオチだぞ」


そう言うと軍曹はバカ笑いをしてから立ち上がって歌いはじめ他の兵卒も肩を組んで唱和した。


我らは生まれた

血と炎の窯の中で

我は鍛えし炎の剣

我らは鍛えし炎の盾

我らは戦う

故郷の剣となり敵を滅ぼすまで

我らは戦う

故郷の盾となり擦り潰されるまで

我らに退路無し、奴らに活路無し

我らに退路無し、奴らに活路無し

我らの故郷はこの大地

我らの墓標はこの大地

我らは勇気を奮い剣を振る

我らは知恵を絞り力を尽くす

我らは誓わん

最後の血を注いでも

我らは誓わん

最期の時まで故郷を守ることを


 何百回もみんなで歌った歩兵行軍歌だった。物思いに沈んだウィルは音程が外れた銅鑼声の歌を聞き流しながら手に取った杯の酒を一口飲んだ。分隊長の言うとおり冒険者稼業は危険だ。だが兵隊稼業の方が割が良いとはウィルには思えなかった。今は小競り合いで済んでいるが冒険者や行商人の話を聞いている限りではいつ魔物共との戦争が始まるかわからなかった。戦争が始まれば兵士それも俺たち重装歩兵は全軍の盾となって文字通りに磨り潰されるだろう。それこそ歌のように。そもそも俺たちはそのために今まで軍の飯を食ってきたではないか。やはり何度も考えた上での結論は変わらなかった。


 軍曹の歌声が聞こえなくなり何やら物音がした。ウィルが杯から目を離し何気に見上げると軍曹は机の上に立って酒瓶をラッパ飲みしはじめた。飲みきった軍曹は瓶を右手で高く掲げそのまま机に倒れこんで泥酔してしまった。ウィルは軽く舌打ちをすると上官の左隣に座っている後輩の兵士のエルクに声をかけて二人で上官を担いだ。


 二人でベットに軍曹を押し込んで今日の仕事は終わった。二人は上官の部屋からそそくさと退散して取りあえず食堂へ歩きはじめた。廊下の漆喰の壁のところどころにヒビが入っていた。


「今年の冬は暖かくて助かりますね、ウィルさん。秋服でも寒く無くて。部屋の中なら酔い潰れても大丈夫そうです」

「だからと言ってあまり羽目を外すなよ。翌朝の教練がしんどくなるからな」


壁のところどころに付けてある小さなマナランプが廊下を仄かに照らしていた。


「ところでエルク、お前はあと残りの任期を務めた後はどうするんだ? 」

石の床に軍靴の音が冷たく響く中でウィルは間を持たすために後輩の兵士に何となく訊いてみた


「自分は開拓民ですね。同じ耕すなら地主の土地よりも自分の畑の方が働き甲斐があるというものです」

小作人の次男坊だという後輩は当然至極のように答えた。


「働き甲斐か……」

働き甲斐なら冒険者稼業にはたくさんあるはずだ。ウィルは決意を新たにした。


 この国の重装歩兵部隊はパイク兵が主力で、書類上では1個パイク中隊は4個パイク小隊と1個クロスボウ小隊で編成することになっています。各パイク小隊は4個分隊編成で第1分隊は最前列に布陣し鉄床として敵の猛攻を真正面から阻止することを求められることから高性能だが高価なプレートアーマーを優先的に支給され給料も最後尾の第4分隊の兵士の5割増と優遇されています。この各パイク小隊の第1分隊の兵士を「1番槍手」と呼び兵士達にとって身近な憧れでした。人気があるので競争倍率は高く誰もがなれるわけではありませんでした。


 除隊間際にウィルが所属していた円盾兵部隊は鋼鉄製ラウンドシールドと片手剣を主装備とし敵陣の槍衾を切り崩す事を主任務としていました。パイク兵よりも機動性を要求されるので鎧は鎖帷子が中心で場合によっては胸甲のような部分鎧を追加で装備する事もありましたがパイク兵よりも軽装甲です。機動性と装甲がそこそこあるので本来の突破任務だけでなく威力偵察や防戦時の戦線の穴埋めなど便利屋的に使われ勝ちでした。円盾兵中隊も4個円盾兵小隊と1個クロスボウ小隊で編成されるのが標準です。

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