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銃剣


 魔力中毒。それは世間でも知名度の高い病気である。人間は魔力を操作する器官を持たないから、魔力を体内に入れたときに魔力が暴走する。魔力は本来不安定な物質で、管理されていない状態で長時間放っておくと様々な反応を起こす。

 だから、魔力を多く含む食物を食べるときは予め魔力を抜いてから食べるのが常識となっている。


 そんな子供でも知ってるような当たり前の常識を忘れていた俺は言い逃れすることもできないぐらいに、シンプルに馬鹿だった。


「がああああああああああああああああ」


 のたうち回って頭を壁に床に打ち付ける。頭から血が流れるがそんなことを気にしてられないほどに全身が痛い。

 頭を叩きつけて、頭部の痛みで全身の痛みを誤魔化すため、俺は何度も頭を打ち付けた。魔力の暴走はありとあらゆる負傷よりも全身を蝕むと言われている。人間は魔力に対する抗体を一切持たないから、魔力が体内に入ってきたときに一切の抵抗ができない。ただひたすらに魔力にしてやられるがまま、ダメージを受け続ける。

 その痛みは計り知れない。


 俺が自分の額から血を流すほどの衝撃を頭に与え続けても尚、魔力による苦痛を誤魔化すことができないでいる。痛みは痛みで上書きできると言うが、魔力による痛みを上書きするには頭から血を流す程度では足りないらしい。


「銃が……」


 もだえ苦しむ俺の横には銃の魔道具が転がっていた。銃の魔道具の威力は絶大だ。オークの頑強な身体でさえも一撃で吹き飛ばす威力を持っている。俺の身体を吹き飛ばすなど訳もないだろう。


 痛みは痛みで上書きできる。


 俺は無意識のうちに、銃を手に取り、その銃口を俺の頭に向けていた。


 ゆっくりと引き金を引く。これで俺は魔力中毒の痛みから解放される。


「……あれ?」


 カチ、カチ、カチ。


 何度引き金を引いても銃弾が放たれない。弾は込められている。俺がオーク肉を喰い終えた時ぐらいで、銃がガチャリと音を出したのを覚えている。あの音は間違いなく銃に弾が込められた音だ。


 弾が出ないわけがない。だが、弾が出ないのなら仕方が無い。


 俺は気絶するまで自分の頭を壁にぶつけ続けた。


 ◆


 気分が良い。痛みはすっかり引いていて、俺は何故か無事だった。

 いや、頭から自傷したときの血の跡が残っているのは無事とは言えないが。それ以外は特に傷らしい傷もなかったのを考慮すると、まあ無事と言って良いだろう。


「何で生きてるんだ」


 この施設に来てからこんなのばっかりだ。何故かは知らないけど俺は死なない。100%死んだだろうなと思うような絶体絶命に瀕しても俺は死なない。理由は分かるものもあれば、分からないものもある。


 運が良いのだろうか。


「でも、運が良いならそもそもこんなことになってないか……。それに、まだ死ぬ可能性はそこら中に落ちてるしな」


 ここはダンジョンだ。素人で子供の俺は何故か今まで生きてこられているが、死ぬ理由全てを排除できている訳じゃない。一秒後に意味の分からない投擲物で俺の頭が吹き飛ばされるような事態があってもおかしくないのだ。

 今を生きていられることに感謝しても、油断はできない。


 俺は気を引き締めて先に進むことにした。食糧事情は解決したし、後はこのダンジョンの先へ進んで組織の施設に繋がる道を見つけるだけだ。

 施設に入り込めさえすれば後はこっちのもの。内部から破壊しまくって、情報を取りまくって、ゲン達孤児院の子供を助けて、オーランドを殺すだけ。


 言うは易く行うは難し。という言葉はあるが、今の俺にはそれだけのことは成せる自信がある。

 死にかけてはいたが、俺の心は折れるどころか硬く尖っている。


「とにかく先だ」


 ダンジョンは進まなければ終わりには着かない。止まってはいられない。進まないと。

 俺は銃の魔道具を片手に暗い道を歩き始めた。


 ダンジョンという空間について、俺は多くを知らない。冒険者たちがダンジョンに潜って宝を持って帰ってくると言う伝説のような話を知っている程度だ。ダンジョンに何があるのかを詳しく知っているわけではない。そもそも俺はただの子供だ。そんな知識がある方がおかしい。


 影が見えた。


「……何だ? 一体、二体、三体か……」


 俺が歩いている先に三つの影が見えた。背は低い。子供の俺よりも、もう少し背丈が低いところをみると四足歩行の獣系統の魔物だろうか。

 四足歩行の獣は一般的に二足歩行の生物と比べて速く動く。当たり前だが、速度が速いことが狩りをする上で最も効率が良いからだ。獲物を見つけてから逃げられるまでの間に獲物を捕獲するには、速度が速いことが最も重要になる。

 四足歩行の獣は狩りを行う上で最適な種族だ。鈍足な俺と殺し合いをするなら、より最適ではない俺が負けるのは必至。


 俺がそいつらに勝つためには、殺し合いに発展する前に殺すことが望ましい。逃げようとしたら見つかったから交戦するなんてのは論外だ。

 交戦するにしても持久戦で時間を稼ぐなんて軟なことをしてたら、全力で襲い掛かってくる魔物に殺されるだけだ。


 魔物の影が見えた瞬間から、俺の答えは決まっていた。


 先手必勝。


 俺は魔物がこっちに気付くよりも先に銃を構えた。狙いを定めて引き金を引く。


 バァン!


 命中。俺が狙った魔物が後方に吹き飛ぶ。やはり銃の魔道具の威力は並外れている。一度当たれば二発目はいらない。


「まずは一体……」


 ガチャリと音が鳴る。弾が装填された音だ。俺は続けて銃口を二体目に向ける。二体目は大きな音に驚いているようで致命的な隙を見せていた。

 その隙に二発目を撃ち込む。


「二体目……」


 バァン!


 命中。俺が狙った二体目の魔物も後方に吹き飛んだ。後は一体だけだ。ガチャリと音が鳴る。

 俺は流れ作業のように三体目に向かって銃口を向けた。引き金には既に指がかかっている。


「他愛な。……なッ!」


 銃口を向けた先に三体目はいなかった。代わりに俺の一寸前に小さな赤い光が現れる。暗いダンジョンの中で赤い光となると考えられるものは少ない。

 俺は瞬時に理解できた。

 三体目に向けていた銃口を引き戻し、俺は全力で後ろに大きく引く。


 その瞬間、俺の眼前を巨大な鋭い爪が通り過ぎた。上から下へと打ち付けるような速度だった。風切り音が鳴る。


「ひゅえぇ。やば」


 下手人は魔物だ。鋭い爪を備えた振り下ろした両腕を地面に叩きつけて、俺への敵意を一切隠さない視線をぶつけてくる。その姿は闇に紛れるかのように黒く、少し目を離せば見失ってしまうぐらい背景に溶け込んでいた。

 銃を撃つ時にはマズルフラッシュという発光現象が起きる。発光現象と言うと暗闇では視界が良くなると感じるかもしれないが、この現象は一瞬で終わってしまうため、逆に視界が閉ざされる事の方が多い。銃口で発生するマズルフラッシュはその構造上、その被害を最も受けるのは、距離が最も近い俺だ。

 この魔物は一発目でそれを理解し、二発目の時に俺に距離を詰めてきたのだろう。


「チッ、俺よりも賢い獣だな。気味がわりぃ」


 魔物の姿を確認する。


 姿だけを見るなら狼型の魔物のようだ。全身を黒い毛に覆われ、瞳は赤い。爪は鋭く、ギラついた歯には肉を噛み千切るのに最適な大きな牙がついている。

 噛みつかれたらその部位は数秒も持たないだろう。


 俺は狼の魔物から眼を離さないようにしながらすり足で後ろに下がった。逆に狼は俺の銃から眼を離さないようにしながら俺へと前へ進んでくる。俺を逃がす気はないらしい。

 でも、直ぐには突撃する気もないらしい。


「……良くないな」


 タイマンでやるのは俺が負ける可能性の方が高い。それが最初から分かっていたから、狼を見つけてから間もなく不意打ちが出来た。

 逆を言えば、不意打ちに失敗したら俺に打てる手は無いに等しい。

 こんな厳しい状態だが、なんとか勝機を得るための打てる手をここから作っていかないといけない。


 俺は手に持った銃を右に左に揺らした。狼は俺の銃を異常に警戒している。まあ、あの威力と着弾速度を見れば警戒が最大限なのは正しい。俺だったらそうするし。

 その警戒心は利用できる。


 俺の手の動きに合わせて、狼の赤い眼が右に左に揺れた。よほど警戒しているようで銃から目を離す気配はない。

 銃口から弾が放たれた瞬間でも見たのかもしれない。俺の攻撃手段が銃口から放たれる銃弾しかないのなら、警戒するのは銃口だけで良い。銃口の射線に入らなければ確実に攻撃を受けないからだ。


 そして恐らく、攻撃を受けないと確定している間は俺を攻撃してこない。


 ──グゥゥルルルウゥ。


 いや、本当にそうか? あいつの視線はあからさまに俺を殺すと宣言してる。攻撃的すぎる眼力だ。攻撃を受けないと確定しているからと言って、俺を殺すまでの時間稼ぎを容認するようには見えない。


 すぐにでも俺の首を噛み砕きたいと言いたげな眼だ。


 ……やるんだったら、先手を取るのが最も勝機がある。少なくとも二体の狼を仕留めることができたのは、俺が先手を取ったからだ。


 俺は日和った。


 地面を蹴って後ろに飛ぶ。脇を締めて銃を構えた。銃口は狼に向いている。引き金にかかった指を引く──

 直前で俺は指を離した。


「姿が消えた!?」


 狼の姿が消えていた。俺は一切視線を外していない。突然、そこそこの巨体がパッと消えた。


「いや、影か……ッ!」


 狼が元居た場所から俺の方へ回り込むように影が伸びてきている。恐らく狼の姿が消えたと思った原因はこれだ。

 最初に消えたときも影になって移動していたのだろう。そりゃ気づかないわけだ。人間の眼は闇の中で動く影を見抜けるような造りをしていない。


 俺は直ぐに銃口を狼の影に突きつけた。躊躇なく引き金を引く。

 狼が俺の引き金の指の動きをじっと見ていたのには気付いていたが、それでも俺は止められなかった。


 弾が放たれる音が響く。


 バァン!


 影が一部消失する。

 だが、それだけだ。残った大部分の影の中で赤い点が点滅する。瞼を上下に動かしているのだろう。まるで俺を嘲笑うかのようだった。


 俺はギリッ、と歯をかみしめながらも、諦めてはいなかった。風のような影の動きに合わせて、俺は苦し紛れに銃口を狼に向ける。しかし、今俺が引き金を引いても弾が放たれることはない。


 二発目の弾を撃つには弾を装填する必要がある。それはガチャリとした音で判断できるが、その音が鳴るには弾を撃ってから数瞬のラグがある。その間、俺は銃を撃つことはできない。

 狼はそれに気付いていたのだろう。先程まで抑えていた獣性を解放し、俺が銃口を向けているにもかかわらず、一切の躊躇なく俺にぎらついた牙を見せながら飛び掛かっていた。


 狼にしては巨大な身体が俺にかかる。


 俺はニッと口角を上げた。


「俺の勝ちだ」


 狼の身体から血が噴き出す。背中から噴水のように周囲に飛び散る。その血はオーク同様に真っ赤な血だった。ついさっきまで暴れ回っていた狼の新鮮な血液だ。色は鮮やかで、噴き出す勢いは激しい。狼の出す血は一つの芸術品のように完成されていて、俺は不謹慎にも目を奪われてしまった。


 でも、そんな芸術品のような光景の中で、最も視線を引き寄せられるものは別にある。


 剣だ。


 俺は狼の腹から背中に突き刺さっている剣を横に振るう。それだけで剣の刃が狼の身体を紙のように切り裂いていく。

 剣の支えを失った狼の身体が床に落ちた。ぴくぴくと痙攣しているが、ほとんど死んでいるだろう。


 俺は剣についた血を払う。


「悪いな。俺はまだこの魔道具の力を良く知らないんだ。銃についてた小さい刃が剣の大きさになるなんて、少しも知らなかった」


 この狼は俺に読みで勝っていた。咄嗟の瞬間に銃の魔道具の使い方が頭に浮かんだだけで、それが無かったら俺は負けていた。


「でも、これは俺の勝ちだ。俺の成長の可能性に考え至らなかったお前の負けだ。まあ、ダンジョン内だとそんなことなかっただろうからわからんだろうけどさ」


 狼の頭に刃を入れる。この狼は強い。念のためだ。最初に殺した二体も頭を切った方が良いか。


「あれ?」


 最初に殺した二体の死体が無い。何処かに逃げた? いや、あの戦闘で逃げる理由はない。三体で一緒に俺を殺しに来ていたら俺は絶対に勝てなかった。


 俺は警戒しながら二体の死体があった場所に近づいた。


「これは……」


 灰のような砂が残っていた。触ってみるとさらさらしている。……見覚えがある気がする。


「ああ、これが影の正体か。灰に姿を変える狼の魔物。もし俺が生きて地上に出られたら調べてみるのも良いかもな」


 また一つ生きてやることができた。

 俺は狼の死体を後に、ダンジョンの先へ進んだ。


 そして、ダンジョンの行き止まりにあって戻ってくる羽目になった。


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