技能:魔道具
腹が減っては戦はできぬという言葉があるが、今の俺は戦どころか生きていくことさえ出来ない。生きていくことが出来なければ、俺はここで無様に野垂れ死ぬだけ。オーランドを殺すことは叶わない。
それを避けるには……、食わねばならない。
「……くそッ」
オーク肉を食べないといけないのは分かった。だが待ってほしい。俺は人間であって魔物ではない。生のまま肉を食えば腹を壊すのは知っている。腹の中で色々な微生物が暴れ回って死ぬみたいな話を聞いたことがある。だから肉を食べるときには火を通すのだと。獣は腹が強いから火を通さなくても食べれるから勘違いしてしまう人もいるらしいが、人間はそういう風には作られていないらしい。
人間は弱い生き物だ。例え絶体絶命の状況であっても、肉を食べるなら焼く必要がある。
だから、オーク肉を食べるにしても最低限火を通すことは必要だ。そうじゃないと、空腹以外の原因で俺が死んでしまう。
俺は手持ちを確認した。火を起こせる道具が必要だ。
「銃の魔道具、魔道具を整備するときに使う腕輪、それと俺のなけなしの服か……」
……これで火を起こすのは無理だ。猿でもわかる。そもそも、俺はさっきまで捕まっていたんだ。何か便利なアイテムを持っているわけがない。
俺の熱い魂で火を焼ければ良いが……。そんな奇跡が起きるような世界なら、今頃この世界は火事によって灰と化している。期待はできない。別のものに期待する方が良いだろう。
「まあ、幸いここはダンジョンだし、探せば何か火を付けられそうなものはあるかも。魔法を使ってくる魔物がいたら、その火を別けてもらったり。一番良いのは……」
俺はダンジョン内にある灯りを見た。月明かり程度の光しか出せていないが、真っ暗よりは有難い。これがなかったら俺は前に進むことすらできなかったのだ。
でも、これが火だったらもっとよかった。灯りがあるのは有難いけど、できれば火であってほしかった。まあ、言ってもしょうがないことではある。
「他にあるかもしれない火の灯りを探すのが、俺に出来る最善か。魔物の火を使うのは出会ったとしても危険だし」
俺はダンジョン内を漁って火を見つけようと思い、左右に伸びる通路を見渡した。
灯りの光はそこまで強くないが、かなり遠くまで見渡せる。直線的な一本道のように見えるが、横に道が続いてたりしそうだ。先程は灯りに文句を垂れたものの、やはり灯りがあるのは助かる。
と、俺はふと気づいた。
……魔道具だ。
「今の俺には魔道具を改造できる腕輪がある! もしかしたら灯りの魔道具から火のエネルギーを造り出せるか!?」
俺はそっち方面には詳しくないが、光と熱には密接な関わりがあると言う。光を放つ魔道具があるのなら、その魔道具をいじくれば熱を生み出す魔道具に改造できるかもしれない。
出来ない可能性もあるが、出来る可能性もある。今は藁にも縋りたい時だ。
俺は画期的な可能性を見つけられたと、すぐさま作業に取り掛かった。
俺は魔道具をいじったことは無いが、俺の技能は魔道具だ。技能は絶対的な才能ではないが、俺にとって最も開花する可能性の高い才能が魔道具であることには違いない。俺個人の能力が極端に低いとかじゃない限りは、今すぐにでも魔道具の改造が出来るはずだ。
幸い、魔道具の整備改造に必須な腕輪はここにある。ミコが銃の魔道具と一緒に俺にくれたものだ。ミコの先見の眼が凄すぎる。一体何者なんだ……。
っと、そんなことはどうでも良い。
俺は近くの壁に埋まっている灯りの魔道具を取り出そうと手を伸ばした。灯りの魔道具は壁に掛けられているタイプではなく、壁に四角い光源が埋め込まれているタイプだ。灯りを改造するためには一度取り出さないといけない。
俺は触れても大丈夫かどうか確認するために銃口でつついてみた。……大丈夫のようだ。次に灯りの魔道具を取り出すために指をひっかける。そして、力を込める。
「んぎぃぃぃいいい!」
取れなかった。俺が思っているよりもびっしり嵌っている。これを外すには壁を破壊して大きな隙間を作るか、吸盤的な物で灯りの魔道具を引っ張るしかない。
仕方なく銃を構えた。
「……やれるか? まあ、どうせ壊れても別のを使えば良いし。幸い、灯りはいくらでもある」
この銃はただの銃ではない。魔道具だ。同じ弾を同じ銃口から射出したとしても威力を調節することができる。原理がどうなっているのかは知らないが、出来るものはできるのだから利用するだけだ。
何故そんな機能が存在していることを俺が知っているのかは知らない。いや、これに関してはミコが言っていたことか……。俺に銃の魔道具の適性があるからだろう。使いこなせるというのはこういうことらしい。
説明書を読まなくても使い方がわかる。便利な機能だ。だが、実際に自分の手で使えるかどうかを確認する作業は必要だ。知識として持っていても身体が動くかどうかは別の話だ。今回も良い経験になるだろう。
「狙いを定めて……。威力を落とす……。壁を少し破壊するぐらいで、本体の魔道具は傷つけないように……」
俺がそう意志を込めるとガチャリと音が鳴った。オークと戦っていた時に鳴った音と同じだ。弾を装填したのだろう。
瞬間、ドッと疲れが来る。俺は膝をついた。
「なんだ……。急に……」
俺が疲れているのは分かる。腕を失って、血も失って、極度の緊張状態で、食事もできず、生きているのが不思議なぐらいだ。でも、さっきまでは動けていた。こんな急に身体が怠くなることがあるのか? 早く、オークの肉を食わないと……。
立ち上がって、再度狙いを定める。
そして引き金を引いた。もう聞きなれた音が鳴って弾が放たれる。
撃ってすぐ俺は確認しに壁に向かった。弾を放った場所がどうなっているのか確認する。
「お、取れたな」
俺が少し触ると、ボロっと、灯りの魔道具を取り出せた。魔道具には目立った傷は入っていない。多少の傷はあるが性能には問題ない程度だ。
壁の破損を確認する。銃の魔道具の性能を把握するためだ。威力をどれだけ抑えられたかを知っていれば今後の指標になる。壁は少し奇妙な形に破壊されていた。
「あれ? 弾が、無いな……。跳弾した? いや、この削り方だと有り得ない」
先程オークの弾痕を見た時にも思ったのだが、この銃の弾はおかしい。まるで着弾と同時に破裂しているかのように銃の口径以上の破壊が出来る。そして銃弾は形として残らない。
いや、そもそも銃弾が存在しないのか? これは魔力を放っているだけの筒だと考えることもできる。オークの肉を焼いた後でも解剖してみるか?
「先に灯りの魔道具の改造をやらないといけないけど、試してみる価値はありそうだな」
俺はすぐに灯りの魔道具の改造に取り掛かった。
「まずは、分解から始めるか? でも、元に戻せなくなったら困るな。分解するときは慎重になった方が……。いや、これ以外にも灯りの魔道具はあるし、元に戻せなくても良いのか」
何か物を調べるとき、サンプルが一つしかないのなら最大限に慎重になった方が良いだろう。それが他にも手に入るような物なら良いが、二度と手に入らないような貴重な物なら、一度壊してしまったらそれで終わってしまう。
分解して調べるにしても、解体する前に出来ることをすべてやり終えた後であることが望ましい。分解する物によっては二度と同じ形には戻らないようなものもある。人間の身体とかがそうだ。
魔道具は人間の身体とは違うが、魔道具は専門的な道具だ。その構造は一般人には理解できないことが多く、分解したものを元に戻せなくなったなんて話は日常茶飯事だ。分解するなら十分に警戒した方が良い。
だが、今の俺にはその心配はない。灯りの魔道具はこれ一つだけではないからだ。思う存分分解して調べつくしても何らデメリットはないし、寧ろメリットばかりだ。やらない理由が無い。
俺は魔道具の腕輪を付けた手で灯りの魔道具に触れた。腕輪を使って魔道具を調べるのは初めてだが、何となく触れれば良いのだろうと思った。これもまた技能による適性なのだろうか。
「……うお! これは、すごいな……」
魔道具の構造は思いのほか単純に作られていた。エネルギーの源である魔力の貯蔵庫から魔力を引き出し、魔力を別のエネルギーに変換する。魔道具は俺の手のひらよりも少し大きい程度のサイズで、魔道具の大部分の機能がそのために使われているようだ。魔道具の機能を大きく分けると、魔力を貯蔵し、引き出し、変換する。この三つしかない。魔道具を使って出来る事柄に比べるとかなり単純だと思う。逆を言えば、この三つが果てしなく複雑だということでもある。
魔力は万能エネルギーと言われている。光だけでなく、火、水、風、土、石、雷、草、木、ありとあらゆるものに姿を変える。俺が出した例だけではなく、他にも理解できないようなものまで変換できるという。大地を創造したり、国を滅ぼしたりするのは俺の理解できない範疇だ。きっと一生かかっても俺がそれらを可能にする魔道具を作ることはできないだろう。
まあ、魔力とは変換するための装置を作ることができれば、ありとあらゆるこの世の全てを作ることができるということだ。
だったら、灯りの魔道具が光に使っていた魔力を火に変換することも可能だろう。ここにある道具は俺の腕輪しかなく、別に道具を持っていないのが不安点だが、光と熱には密接なかかわりがある。灯りの魔道具に使われている素材を組み替えるだけでも作れる見込みは大きい。
「分解して、書き換える。光を作るために流れてる魔力を、火を作るための魔力に書き換える。魔力は万能エネルギーだから、やれないことはない」
目指すは肉を焼ける程の火力だ。べらぼうな火力は求めない。冒険者が使うような大火力は難しいだろうが、その程度の火力なら灯りの魔道具でもできるはずだ。
「……ここか。この部分を書き換えて……。光と熱は繋がっている。光をいじるときに、熱もまた何らかの影響を受けている。なら、光に変化を入れれば熱にも変化が起きる」
この理論が合っているのか間違っているのかは知らない。この際どうでも良い。ただ、俺が灯りの魔道具に変化を加えることで、火が起こってさえくれればそれで十分だ。因果関係が違ってても良い。頼む……ッ!
俺は少しずつ変化を加えていった。それに伴って、灯りの魔道具の発する光に変化が生じる。
光が弱くなったり強くなったり、光の色が赤になったり青になったり、熱が出たり消えたり。
俺が魔道具に何らかの変化を入れていくごとに光に変化が生じていく。俺は自分でやっていてなんだが、どんな変化を入れているのかわかっていない。完全にランダムでとにかく魔道具をいじっているだけだ。
理論も糞もない。完全な運頼みである。
「頼む……。頼む……。火が出てくれれば……。火が出なくても肉を焼けるぐらい強い熱が出てくれれば……ッ!」
俺の健気な祈りが届いた。
「熱っ!」
咄嗟に手を離す。手のひらを見ると真っ赤になっていた。火傷にはなっていないが、少しひりひりする。
「火は付かなかったけど、これならいけるか?」
魔力には限りがある。魔道具をしばらく放置していると勝手に魔力が補充されるが、それには時間がかかる。その時間まで俺が生きている保障はない。直ぐに肉を焼かねばならない。
俺は近くのオークの死体に銃の魔道具を突っ込んだ。銃の魔道具には白兵戦でも使えるように小さく刃物が付いていた。それを使ってオークの肉を切り裂いていく。
「…………悪いな」
腹を裂くと血が溢れてきた。既に頭から大量の血液が外に出ているため、血が噴き出るようなことはなかったが、それでも気持ちの良いものではない。肉を切り裂く感覚は初めてだし、まだ温かい血を触りながらの作業も初めてだ。
だが、自然と吐き気のような倦怠感はなかった。
生きていくためには必要なことだ。それを俺の身体も精神も理解できているのだろう。まあ、既にオークを自分の手で殺しているのも原因の一つかもしれない。
粛々と肉を裂いて、焼きやすい大きさに切り出す。
暗いと分かりづらいがオークの肌は黄色だ。しかし、血も肉も赤かった。
「じゃあ、焼いていくか……」
手のひら程度に切り出したオーク肉を灯りの魔道具の上に乗せる。すると、じゅぅ~と肉の焼ける音がした。
「や、焼けてる。それに、匂いもじゅーじーだ」
ダンジョンの中で絶体絶命に瀕しているというのに、俺の脳は過剰な興奮状態になった。
匂いが鼻孔を刺激し、脳にまで行きわたらせる。脳全体が肉の存在を認識すると、脳に来た匂いが神経細胞や血管を通じて全身にまで肉の匂いを運んでいく。
今の俺の全身は肉の匂いに支配されている。よだれが止まらず、他のことを考えられない。きっと、今敵が来たら俺は無防備のまま殺されてしまうだろう。
だが、幸運にも俺を狙う敵は来ず、俺は本能の赴くまま肉に手を伸ばした。
赤い肉に焦げ目が付いている。もう火は中まで通っただろう。胃の中に入れても変な病気に侵されることは無い。
「へへっ」
俺はじゅるりとよだれをすすった。
指でオーク肉を摘まむ。本当なら口に入るサイズに切った方が食べやすいが、今の俺にはそんな知能は残ってない。食べられればそれで良い。とにかく食わせろ。
手のひらほどもある肉を掴んで口に運んだ。手で掴むと火傷しそうなほどに肉は熱かったが手を離すことは無い。そのまま口に運ぶ。
はふっはふっ。
「う、うめぇ……」
肉は熱く、俺は肉を噛み千切る最中、荒く息を吐き続けた。俺が用意した肉は大きく、口の中の肉を全て食べても噛み千切った残りの肉はまだ沢山ある。それに、これで足りないならまたオークの身体から肉を取って焼けば良い。オークの身体は大きいため、俺がいくら食べても肉が切れることは無いのだから。
俺はいつのまにか、涙を流していた。
「みんな……」
俺はなんとか生きている。これは凄いことだ。腕がなくなって、オークと戦って、普通なら死んでいるのに、何故か俺は生きている。そして、肉を食べている。
俺は俺自身を高く評価することは無いが、正直、今回に限っては俺じゃなかったら絶対に死んでいた。俺だったからここまで生きてこられた。俺じゃなかったらみんな死んでいた。
もし、俺以外の孤児院の子供たちが俺と同じような状況になっていたら、間違いなく死んでいるだろう。ゲンなら俺以上に上手く生きているとは思うが、他のみんなはそうじゃないと思う。
俺で良かった。そう思うと同時に、何ともぬぐえない不安が湧き上がってくる。
俺以外にも俺みたいな状況になっている奴が居るかもしれないという可能性だ。そして、オーランドならそれをやりかねない。俺がこうしている間にも、子供たちはどこかで苦しんでいる。
俺なんかよりもずっと前を向いて生きていける奴らが、俺を残して死んでいっているかもしれない。
そう思うと、生きていくための肉を食っているはずなのに、涙が止まらなかった。
「くそぉ。あいつ、殺してやる」
もう何度も思った執念とも呼べる誓いを口にして、俺はオークの肉を齧った。魔力がたっぷり蓄えられた純粋な魔物の肉を、俺は何の疑いもなく一心不乱に齧って、腹の中に放り込んでいった。
その後、俺は腹を壊した。
原因は魔力中毒である。
ブクマ感想とかよろしければください




