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ミコという名の少女


 オーランドは俺の腕を落としたときに何かを言っていた。だが、何を言っていたのかは覚えていない。オーランドの声が俺の発狂の声の中でもしっかりと耳に入っていたのは間違いないが、俺を濁流のように襲ってきた痛みに流されてしまった。あの時にオーランドとしていた会話も、大事なことを沢山話していたはずなのに曖昧にしか覚えていない。

 大量の血を失ったせいで脳に何らかの影響が及んでいるのだろうか。記憶があいまいだ。今の俺には何とも形容しがたい奇妙な感覚があった。


 だが、曖昧な記憶の中でも、確かに覚えていることがある。


「殺してやる……。あのクソ野郎は生きてちゃいけない奴だ。俺がゲンを、みんなを守らないと……」


 止血されていたのか、いつの間にか俺の血は止まっていた。今までの人生で腕なかったことは無いため、奇妙な軽さというか手持ち無沙汰な感覚がある。切り落とされた左腕を動かそうとしても、そこに腕が無いせいでうんともすんともしない。

 クソ野郎に対する怒りが沸き上がると同時に、腕がない虚無感が俺を襲ってくる。捕らえられて、腕がなくなってどうすれば良いのかという虚無感は大きい。どれだけ強い怒りがあったとしても、怒りを抱くことに価値があるのかと言われれば心が折れそうになる。そりゃそうだ。俺が独房の中であのクソ野郎に怒り散らしたところで俺が疲れるだけで終わってしまうのなら、怒りは邪魔な感情だ。賢い奴なら憤怒の感情など捨てて人生を諦めるだろう。

 でも俺は馬鹿だったので最終的には怒りが勝った。


「ぜってぇ殺す」


 左腕を切り落とされた際の影響で、独房中に俺の血がびっしりと張り付いている。血はまだ時間が経っていないようでまだ鮮やかな赤みがあった。馬鹿な俺の血の癖に良い色をしている。自分の血ということもあってか、独房中にぶちまけられた血は心なしか綺麗に見えた。だが、それでも人間の血であることには違いない。そして、血液には人間に嘔吐感を与える成分が含まれているという。口に含んでいなくとも、においを嗅げば精神的には似たようなものだ。

 例にも漏れず、この独房中にまき散らされた血の匂いは、俺に酷い嘔吐感を与えてきた。

 気分が悪くなり、俺は胃液を吐く。

 があぁぁ、はぁ。


「クソが」


 悪態をつく。こうなったのも全てあのオーランドとかいうゴミクズのせいだ。あいつがいなければ、俺は腕を失うこともなかったし、ゲンたちが危険に晒されることもなかった。なんなら地下での労働もしなくても良かった。

 あいつさえいなければ。

 だが、今の俺は所詮は虜囚の身だ。左腕はなく、右腕は鎖に繋がれている。その上、独房は石の天井、壁、床で作られており、鉄の檻はどうあがいても破壊できそうにない。視界は悪く、大量の血液を失ったせいで身体は思うように動かない。

 俺にどれだけ強い意志があったとしても、もう俺にはどうしようもなかった。


 殺してやる。殺してやる。殺してやる。


 身体が動かない分、心が動く。次から次へと溢れてくる憎悪の感情が身体を暴走させようとする。でも、身体を動かすことができない。そのせいで、その代わりと言わんばかりに心を暴走させようとしてくる。巨大な感情の渦に俺の頭は支配されていた。先程まで虚無感に襲われていたというのに、そんな使えない感情などとうの昔に捨ててしまったようだ。

 憎悪が次々に溢れ出る。殺してやる。殺してやる。殺してやる。

 俺は抑えきれなくなって叫んだ。


「死ねよカス野郎が!!!」


 ここは地下にある施設だ。俺の憎悪にまみれた声は良く響いた。やまびこのように反響して言い終えた後も声が耳に届いてくる。この独房の外がどうなっているのかは知らないが、声の反響からして、細い通路が続いているようだ。

 俺には声の反響から建物の構造を読むような力は無いが、何度も試せばその内コウモリのような力が使えるようになるかもしれない。俺の頭はいかれていた。


 ハッ、面白れぇな。俺がコウモリの力を手に入れる日も遠くねぇ。


「このハゲイケメン!!!!!!!!!!!」


 再び声が反響してくる。俺の憎悪に塗れた声が施設中に広がっていると思うと気分が良い。人の悪感情というのは伝播する。周囲に不機嫌な人が居ると自分も不機嫌になってしまう現象は他人の悪感情が伝播しているからだ。誰しも悪感情に蝕まれたくないと思うだろう。今日の飯を食う時に悪感情なのは嫌なはずだ。少なくとも俺は嫌だ。飯が不味くなる。

 基本的に悪感情は出来る限り遠ざけたいのが人間のサガなのだ。

 まあ、オーランドとかいうゴミクズは真正の悪党だから違うだろうが、組織の人間すべてがオーランド程に完成された真正の悪党であるとは限らない。

 気分を害される奴はいるだろう。きっと、今も俺の声を聞いて鬱陶しいと思っている誰かがいるはずだ。運が良ければ俺の独房にまで文句を言いに来るかもしれない。そうなれば俺に利がある。

 俺は気分が良くなって再び大きく息を吸った。胸の内にたまりにたまった悪感情を放出しようと憎悪を込める。

 そして、声を張り上げようと鉄の檻に顔を向けて──。

 ──そこには見たことのある少女が不機嫌そうに突っ立っていた。


「……うるさい」


 俺の叫び声がよほど嫌だったようだ。凄く嫌そうな顔をしている。眼を擦っている所からして寝起きなのかもしれない。俺の叫び声のせいで目を覚ましてしまったのだろうか。

 これに関しては反省せざるを得ない。

 俺は母親に叱られた子供のように委縮した。


「ああ、悪かったな……」


 この少女はミコ……だったか? 腕を失ったショックで記憶が曖昧だが合っているはずだ。背が低く、長い銀髪とそれに対比するかのように黒い瞳。一番記憶に残っているのは何と言っても、その整った顔立ちだ。俺の好みに限りなく近いのもあるだろうが、恐らくこの街の誰に尋ねてもこの顔立ちは至上だと表現するだろう。

 平々凡々とは程遠い天使と見紛うようなのもあって、俺はミコの姿を割と鮮明に覚えていた。それに恐らくミコはオーランドの仲間だ。警戒せざるを得ない。


 俺はミコの反応を伺った。


「……痛くないの?」

「腕が切られて痛くない訳ないだろ。ここらの血は全部俺のだ。これを見ればどれだけ痛いのかわからないか?」

「暗くて良く見えない。……ちょっと、そっち行くね」

「は?」


 言って、ミコが何かよくわからないものを取り出した。見たことのない道具だ。多分、魔道具だろう。俺の経験上、奇抜な見た目の道具は大抵が魔道具だから恐らくそうだ。鉄のような素材が主で、全体がくの形に折れ曲がっている。その先端には筒のような穴があった。

 ミコはその魔道具を両手で握って真っ直ぐ構える。魔道具の先端の穴は檻の錠に向いていた。


「おい、何をするんだ? そっちに行くって……」

「大丈夫」


 ミコが目を細める。その魔道具の扱いに慣れていないのか、構えてから暫くの間が経って、ガチャガチャと魔道具を弄っていた。ぼそぼそと何かを呟く声も聞こえてくる。ああでもない、こうでもないと何やら試行錯誤しているようだ。

 ミコは大丈夫だと言ったが、俺は心配になっていた。


「それ、魔道具だよな? 使ったことがないならやめておいた方が良いぞ。下手に使うと事故になるっていうし」


 魔道具は魔力を燃料にした道具だ。魔力には様々な力があると言われており、一説には魔力を用いればできないことはないなどと大それたことが囁かれる。大地を創造したり、死人を蘇生させたり、更には神の声を聞けたりするらしい。魔道具の研究が熱心に行われているのも、これらの伝承や与太話のような噂が原因だったりする。

 まあ、俺は魔道具にそこまでの力があるとは思ってないんだけど。

 とはいえ、魔道具が危険な事には違いない。魔力は何でもできる万能エネルギーだ。最悪の場合、爆発したら被害を被るのはミコだけでは済まない。俺も巻き添いを受ける羽目になる。


 ミコは俺の注意を意にも介さずガチャガチャと魔道具を弄っていく。


「なあ、動かせないのなら無理に動かさなくても……」

「黙って。ミコが頑張ってるから」


 俺は黙った。所詮は俺は囚われの身でミコに抗う術はない。

 それから十数秒が経つ。


「……できた」


 そう呟いて、ミコが再び魔道具を構えた。両手でくの形をした魔道具を握り、人差し指をくの曲がりの部分に掛けている。先端の筒のような穴は錠に向けられている。


「大丈夫なんだろうな? っていうか、良いのか?」

「悪いの?」

「いや悪いだろ。俺の想像だけど、その魔道具って破壊系の奴だよな? その錠を壊したら、ミコの立場だと良くないだろ」

「……ミコの立場?」


 ミコは何を言っているのか分からないと首を傾げた。


「いやいや、ミコはあのオーランドの部下? なんだろ? じゃあ、オーランドには従わないとダメだろ。俺を逃がすようなことをしたらミコ酷い目に合うのは俺でもわかる」


 ミコは再度首を傾げた。


「ミコはユーガを逃がしたらダメって言われてない。……あと、ミコはオーランドの部下じゃない」

「は? 俺にはミコが何言ってるのかわからん。何を考えているのかも、何もわかってない」

「……ん? よく、わからない。自分じゃない人が何を考えているかなんて誰にもわからない。ユーガはそんなことも知らないの? 馬鹿だね」


 と、ミコが引き金を引いた。


 直後、バァン! と大きな音が鳴った。

 俺はまさか急に大きな音が鳴るとは知らず、とっさに眼を閉じてしまう。


「……成功。まあ、ミコだから当然」


 数秒して眼を開けると、ミコが独房の錠を破って中に入ってきていた。

 とんでもないことをしているというのに何食わぬ顔をしている。何ならドヤ顔を決めている。俺は思わず後ずさりしてしまった。


「お前は……何なんだ? あいつの仲間じゃないのか? いや、そもそも何をしに来た? 俺が叫んでたから来たって風には見えない。元から俺に用があったんじゃないのか?」


 今更になって俺は怖くなった。

 一歩、一歩とこっちに向かってくるミコから遠ざかるように後ずさりをしようとしたが、バランスが取れずに転んだ。片腕が無くなったせいだ。

 仰向けに床に転がった俺を見下ろすようにミコが俺の真上に立った。まるで俺の眼球をえぐるように真っ直ぐに俺の眼を見つめてくる。


 俺よりも真っ黒な眼をしていた。俺はこの街では珍しい黒い瞳を持った人種だが、実際のところ、比較的黒っぽい瞳だと言うだけで全てが真っ黒というわけではない。よく見ないと気付けないだろうが、俺は自分の眼をよく見たことがあるからそれを良く知っていた。

 だからか、ミコの瞳が本当に混じりのない闇のような色をしているのが綺麗に見えた。


 そんな闇のような瞳を持つミコが俺の胸に何かを落とした。


「これを渡しに来た」


 俺は恐る恐る胸に落ちたものを見た。物は二つあった。

 一つはさっきミコが使っていた魔道具だ。でかい音が出る代わりに錠を破壊できる威力を放つことのできる見たことのないタイプの魔道具である。

 もう一つは俺も見たことのある魔道具だった。


「これは、魔道具の整備に欠かせないって言われてる腕輪だよな?」


 人間が生身で魔道具の整備を行うことはできず、魔道具の整備をするには専用の道具が必要だ。例え技師が『技能:魔道具』であったとしてもそれは変わらない。技能の有無、魔道具技師の経験、魔道具の質、それら如何なる要素があったとしても、魔道具の整備や製造を行う際には全ての人間に共通して道具が必要になる。

 その筆頭となる道具がこの腕輪だ。これがないと魔道具を弄ることはできない。


「お前は、ミコは俺の技能が魔道具だって知ってたのか?」

「……ユーガは馬鹿。知らなかったら持ってこない」

「じゃあ、知ってた理由を教えてくれよ」

「オーランドに聞いた」


 チッ、あのクソゴミ。俺の技能知ってやがったのかよ。俺の評価を調査するとか言っておきながら聞いてこなかったのは知ってたからか。

 あいつ何処まで知ってるんだ? それ以前に、オーランドから俺の情報を聞き出せるこいつは何だ? オーランドはあの性格だ。ロンガスに何も話してなかったところから見ても、あいつが他人に情報をべらべらと話すとは思えない。

 聞いてみるか……。


「質問ばっかりで悪いが、ミコって何者なんだ?」

「……? ミコはミコ。最初からそう言ってる」


 ミコはそれだけの説明だけで事足りるとばかりに満足げに頷く。俺は頭を抱えたかったができなかった。片腕は切り落とされ、もう片腕も鎖に繋がれているせいだ。こんな状況なのに頭を抱えられないのが嘆かれる。


 そんな寂しく嘆いている俺を前に、ミコは今の説明で理解できていない俺をまるで珍獣を見つけたかのように不思議そうな顔で見てきた。初対面の時にミコが俺のことを馬鹿と呼んでいたが、今も俺のことを頭の悪い猿程度には思っているかもしれない。


「ああ、ミコが俺に説明する気が無いのはわかった。今はそれを認めようと思う。正直、おかしいのはミコの方で俺が普通なんだが、今はそんな勘違いを正してる場合じゃないからな」

「そう……ユーガが馬鹿なのは今に始まったことじゃない。だから勘違いって思う必要はない。ミコはそれを良く理解している」


 俺は大きく息を吸って、大きく吐いた。

 ……ミコは特別な環境で育った可能性が高い。普通じゃない環境で育った者が普通じゃない性格になるのは当然のことだ。なにせ俺がそうなんだから間違いない。

 だったら、俺が腹を立てるのは大人げないだろう。ここは年上として年上の矜持を見せていくのが正しい年上としての在り方というものだ。

 俺は苛立ちを隠すように苦笑した。


「はは、俺のことを理解してくれるミコには感謝しかないよ。それと、理由はどうであれ、俺のためにここまでしてくれたことも助かってる。俺にはまだやらないといけないことがあるんだ。こんなところで死を待つことはできなかった」


 そう、俺にはやるべきことがある。ミコについては思うところや気になるところが多々あるが、ミコとコミュニケーションを取るのは困難だ。変な環境で育ったせいで俺とは思考が違い過ぎる。それなのにミコから無理に情報を引き出そうとするのは時間が許してくれない可能性がある。

 俺が孤児院に来る以前に散々思い知らされたことだ。話の通じない人間との意思疎通は不可能に近い。だったら期待するのは合理的じゃないし、俺にはそんな選択を取れない。


「何か……することがあるの?」

「まあな、俺と一緒にここに来てた子供たちが居ただろ? あいつらも危険な目に合ってるだろうから助けないといけないんだ」

「子供たち……そう言えば居たような……」


 俺がここに誘拐される前、つまりは昨日の話なのにもう記憶が曖昧のようだ。やっぱりおかしな奴だ。

 無理だろうけど一応聞いてみるか。


「何か知らないか?」

「……知らない。興味ないから」

「そうか。まあ、そうだよな」

「意味が無いものには近寄らない方が良いってオーランドが言っていた。ミコはユーガにしか興味が無かったから、その人達のことを知ろうとは思わなかった」


 意味がないものには近づくな……か。ロンガスも似たようなことを言ってたな。危険なものには関わらない方がいいとかなんとか。気の良いロンガスと如何にもな悪人のオーランドは真反対にみえてたけど、あいつらは似たような考え方をするようだ。または、この考え方というか処世術をロンガスがオーランドから教わったか。

 どちらにせよ俺にはどうでも良いことか。……って感じで遠ざけるあたり俺も似たような考え方だな。嫌になる。


 そんなクソみたいなことを考えて嘆息つく俺をよそに、ミコが俺の傍まで近づいてきて屈んだ。ミコは俺やオーランドとは違って近づかなくても良い物にも近づけるようだ。これが良いことなのか悪いことなのかは俺には判断できないが、気分は悪くなかった。


「手、出して」

「手?」

「鎖を取らないと」

「ああ、でも取れるのか? 魔道具で無理やり破壊するのは困るぞ。俺の腕も飛んでいったら大事だし。……片方はもう無いけどさ」


 ミコは俺が若干ビビってるのを気にもせず俺に手のひらを見せるように手を差し出した。暗くてはっきりとは見えないが、濁りのない綺麗な手だった。


「いや?」

「……頼むよ。出来ればなるべく痛くないようにしてくれ」


 ミコが何物なのかはこの際どうでも良い。今の俺に重要なのは、俺にはやらないといけないことがあって、その為には手段を選んでる余裕がないことだ。多少の犠牲は飲み込める。どうせ既に腕を一本無くしたばかりだ。でかい出費があった後に、今更少しのリスクに怯えることはできない。


「ユーガがどんな軟弱者でも、ミコの力なら痛みはない。安心して」


 ミコが俺の手を取り、繋がれた鎖にもう片方の手を伸ばす。その細い指が鎖に触れた瞬間、鎖が粉々に砕けて灰のように俺の手から落ちて床に流れた。

 これで俺は自由の身になった。まあ、どこかの知らない組織の地下施設の中にいるのには違いないが。


「ありがとう。お陰でかなり助かったよ。ここから出してくれて、武器もくれた。どうしてこんなことをしたのか、理由が聞きたいけど教えてくれたりはするのか?」

「最初に言った。ミコはユーガに興味があったから」

「……興味って?」


 ミコが魔道具を指さす。独房の錠を破壊したときに使った魔道具だ。


「ユーガならそれを使いこなせると思ったから」


 この魔道具を、俺が?

 俺はミコが俺に渡してきた魔道具を拾った。全体的に鉄でできているようで僅かに重い。だが、振り回すのには丁度良い重さだ。ミコがやっていたように持って構える動作もしっくりくる。ミコは両手で持っていたが、今の俺には片手しかないせいで片手で持つしかなかったが問題はないようだ。

 まだ試し撃ちしてないから何とも言えないが。


「確かに手に馴染む。俺の技能は魔道具だから、もしかしたらそれ関係なのかもな。技能は説明書があるわけじゃないから、まだ判明してないことも多い。個人差まで考えれば、俺の技能に何か秘密があってもおかしくない。……これの名前は?」

「銃。銃の魔道具ってオーランドは呼んでた」

「勝手に持ち出して良かったのか? って、今更か。俺が銃の魔道具を使いこなせると思ったからここに持ってきたってのが真実なのを……、足音?」


 コツ、コツ、と足音が聞こえてくる。誰かが来たようだ。さっきミコが銃で出した音で組織内の誰かが様子を見に来たのだろう。俺が脱獄しているのを見られるのは不味い。俺は直ぐに身を隠そうと周囲を見たが、ここは独房だ。隠れる場所があるわけがない。

 独房に続く廊下を足音と声が反響してくる。


「さっき来たばかりなのに、また来る羽目になった。ガキがうるせぇって報告も上がってるし面倒な奴だ」


 ……オーランドの声だ。やばい。こんなところを見られたらせっかくの頼みの綱が。とにかく何とかしないと。

 でも……、いや、今は武器がある。ミコがくれた銃の魔道具だ。

 俺は銃を手に持って身をかがめた。ここは薄暗く視界が悪い。オーランドが俺を視認するのは苦労するはずだ。その隙に一発叩きこむことができれば、俺の勝ちだ。


 リスクは時に大きな力を持つ。リスクがデカければでかいほど、リターンも大きくなる。オーランドに不意に遭遇したのは不運だが、この闇に紛れて攻撃できる機会なんて二度とない。

 これはチャンスだ。


 オーランドの足音が近づく。ドン、ドン、ドン、と音が大きくなる。いや、違う……な。これは俺の心臓の音か。銃を構えていて、闇に紛れていて、相手は俺が捕えられていると思っている。負けるはずがない。

 でも、俺の心臓はまるで俺が勝つことは無いと言わんばかりにうるさくなっている。


 ドン、ドン、ドン、


 俺は、勝てるよな? いや、ここで勝てればオーランドへの復讐は終わるし、ゲン達も助けられたも同然だ。オーランド以外の構成員がどうなっているのかは分からないが、オーランドを殺せれば苦労はないだろう。

 地上に出られればロンガスや衛兵の力も借りられる。今までの俺の未来は暗かったが、これからの俺の未来は明るい。


 間違いない。俺はここで全てに解放される。

 なのに、湧きだす汗は止まらない。鼓動も痛いぐらいに鳴っている。心臓が筋肉痛になりそうだ。


「……大丈夫?」


 肩に手が置かれた。温かく、優しい手だった。


「……ユーガは弱いから、今は戦わなくて良い」


 ぎゅっと、俺の身体を抱きしめてくる。身をかがめていたから、ミコに抱えられるように抱きしめられた。温もりが俺の身を包む。

 ミコが俺の額に唇を当てた。


「……ミコに任せて」


 それだけ言って、ミコは独房を出て言った。

 俺はその間、ずっと何もできなかった。


「何なんだよ……」


 オーランドとミコが話しているのが聞こえてくる。オーランドはミコがここに来ていると知っていたようだ。そう言えば、昨日オーランドがミコを連れて戻るときにミコに書置きを残しておけみたいなことを言ってたな。ミコは律儀にオーランドの指示を聞いているのか。ミコはオーランドの組織の一員だから。

 でも、ミコはオーランドの意に反して俺を助けてくれた。ミコは俺が銃の魔道具を使いこなせるから俺を助けたと言ったが、それをオーランドも望んでいるとは思えない。というか、オーランドはこのことを知らない。

 俺から見るとミコとオーランドは仲間のように見えているだけでそれは真実じゃない……と、考えてしまうのは俺がミコに何らかの愛着を持ってしまったからだろうか。


 オーランドはミコを見つけてから戻っていく。俺の独房まで確認しにはこなかった。元からミコを連れ戻せれば良かった程度にしか思ってなかったようだ。

 これで俺は組織の地下施設を十分に見て回れることになった。


「……友達を捕らわれて、年下の女の子に助けられて、いい気味だよ」


 ああ、くっそ。情けねぇ。こんな自分が嫌になる。

 でも、もっと嫌なことがある。ミコについて、この組織について、何も分からずにただただ一方的に殺されることだ。

 孤児院の子供たちを助ける以外にもやることが増えたな。


 俺はミコのお陰ですっかり落ち着いた心臓の鼓動を再び加速させた。気持ちが昂るのを感じる。友達を失って、腕を失って、死がもうすぐそこまで来ている。だけど、どうやらまだ俺はやれるらしい。

 ハッ。こういうのは初めてだ。


「やってやるよ。手始めにこの組織をぶっ潰してやる」


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