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復讐心


「ここは……」


 目が覚めるとそこは独房だった。

 石の壁、石の床、石の天井。鉄の檻を除けば四方八方が石に囲まれた空間だ。閉じ込められているのを嫌にでも自覚させられる。嫌な環境だ。その上、倉庫など比較にならないぐらい暗い。一寸先がやっとかっと見える程度で、これまた気が滅入る。独房の中にある光源は最小限すらなく、檻の向こうにある微かな光源が独房に漏れ出ているだけ。これでは暗いのも当然だ。

 俺はそんな最悪の状況を確認するように身を起こす。


「一体何があったんだ? ……あれ?」


 ガシャガシャ。

 俺は身を起こそうと足に力を入れたが立ち上がれなかった。原因はすぐにわかった。鎖である。

 鎖が俺の両手を床に固定するように縫いつけられている。暗すぎるせいで鎖をしっかりと視認するのは難しかったが、何となくの手触りと音が鎖だった。よほど俺を逃がしたくないらしい。足には鎖はついていなかったが、手が床から離れないせいで立ち上がることはできない。せいぜいが膝立ち程度だ。


「俺をこんな場所に連れてきたのは、どうせあのオーランドとかいう優男だろうな。あの部屋に入ってくるには地下通路を通る必要があるし、それをオーランドが見逃すとは思えない。くそが、やっぱりこの組織はヤバいとこだったじゃねーか」


 思った通りだ。ロンガスはオーランドとかいうヤバい奴を信頼しているようだったが結局はこれだ。どれだけオーランドがロンガスに利があることをしていたとしても、あのヤバい雰囲気を持つ奴がまともなわけがない。少し考えれば分かることだ。ちょっと顔が整ってて、くっそ可愛い口の悪い少女を連れてるだけのいけ好かない悪人だ。

 油断した。こんなのは見えてた罠だ。予め対策を打つとか用心するとかできたはず……。


「……いや、警戒してたとしてもどうせ俺には何もできなかったか」


 俺には力がない。所詮は十五のガキだ。何か特別な技能を持っているわけでもないし、他人にはない人脈があるわけでもない。ただの孤児院のガキだ。

 そんなガキが何をしたところでこの結果は変わっていないだろう。相手は組織で、俺達孤児院の子供はたかが知れている。例え天地がひっくり返っても俺がこんな羽目に合わなかった未来はない。

 これはどうしようもなかったことだ。そんなことは分かっている。猿にだって理解できることを俺が理解できない訳がない。


 でも、今の俺にはそれを受け入れることができなかった。


「ゲンは、大丈夫か? あの中から、俺だけが離されたのか?」


 俺は孤児院の子供たちと共にこの地下施設に来ている。俺が最後に残っている記憶だと、俺達は一緒に同じ部屋で雑魚寝していたはずだ。

 だけど、目が覚めたら俺だけがこの独房にぶち込まれていた。恐らく俺が寝てる間に部屋に侵入して、俺を移動させたのだろう。他の子供たちも俺と同じように移動させられてる可能性はあるが、多分それは違う。

 そもそも俺達子供を別ける必要がないからだ。


 牢屋を別々にするのは犯罪者たちに共謀させないようにするための目的がある。それと同じで、捕らえた者達を別々の場所に収容するのは脅威にならないようにするためだ。だが、ガキがいくら力を合わせたところで脅威には成り得ない。寧ろ、別々にすると管理が面倒になるだけだ。

 あの中で比較的知恵が回りそうな俺だけを警戒して攫ったのだろう。


 状況から見て、それが一番しっくりくる。


「となると、ゲンたちはまだ無事ってことになるよな……。ハハ、そりゃ良かった」


 俺の考えが正しいかどうかは分からないが、そう考えると、少しだけ気持ちが楽になった。自分でも驚く。まさかこんな状況で、俺が他人を心配して気が楽になるなどという人間性があるとは思ってもみなかった。孤児院に来たばかりの頃には考えられなかったことだ。嬉しく思う。

 だが同時に悲しくもあった。

 せっかく前みたいに他人を信頼できるようになったというのに、俺はこんな状況になってしまっている。殺されるとは限らないが、未来が深淵のように暗いのは間違いない。碌な生き方はできないだろう。

 今度こそ鉱山送りなどの死亡率の高い職場に回されて、馬車馬の如く使われて死ぬのだ。反抗しようと思えば死期が早まるだけの地獄の職場だ。


「クソがッ」


 俺は額を石の床に叩きつけた。衝撃が脳に響き、額から血が漏れる。顔を上げると傷口から流れてきた血が鼻先から口元へと垂れていく。血の味は鉄を舐めたときと同じ味だった。僅かな嘔吐感が思考を奪う。


「血には嘔吐感を催す成分が入ってるんだったか……」


 昔、父親にそう教わった記憶がある。何でも、人間の身体は血液を嫌うように作られているんだとか。理由はわからないがそういう面倒な機能があるらしい。


 チッ。俺は舌打ちした。

 死が近づいていると知って俺の中の嫌な時期の記憶が蘇ってきた。孤児院に来る前の生活の記憶だ。

 俺はそれらを全て忘れ去るように、再び額を床に打ちつけた。……痛かった。


「おいおい、あらぶってんな。そんなに自傷してどうした?」


 聞いたことのある声だ。いや、“聞いたことのある”などという曖昧なものじゃない。この声は忘れもしない声だ。その声の主が独房の檻を外し、中に入ってくる。外の光が独房の中に入ってきて、中が少しだけ明るくなった。おかげで顔が良く見える。


「オーランド……だったか?」


 俺は独房に入ってきた第一容疑者と思われる優男にガンを飛ばした。忘れられるはずのない気に食わないイケメンの顔だ。纏うオーラも昨日と変わりはなく、俺の恐怖心を刺激してくる。だが、今の俺はオーランドが与えてくる恐怖よりも怖いもののせいで怖気ることはできなかった。


「捕まったのは俺だけだろ?」


 俺は暗にゲンたちはまだ無事なのかと尋ねる。率直に言わなかったのはオーランドの出方を伺うためだ。こいつとまともに会話することは最初から諦めてる。


「どうしてそう思う? ……まずは席を整えるか」


 オーランドは膝立ち状態の俺を見下ろすように立っている。必然的に俺はオーランドを見上げるように顔を上げている。正直首が痛い。オーランドはそれを加味してか、独房の外から椅子を持ってきた。


 こういうところをロンガスは評価していたのだろう。俺を捕らえている悪の人間とはいえ、俺が顔を上げるのが辛いことを察することができる。そういう態度を見ると本当は良い奴かもしれないと思ってしまうが、オーランドは如何にもな悪人オーラを発することを辞めないせいで、俺が勘違いすることはできなかった。


「詳しい理由はわからん。だけど、お前は俺に興味があるんだ。ここにお前が来たのも、俺と話がしたかったからだろ? 俺をただのゴミとして処理するなら、わざわざお前が出向いてくる必要はない」


 俺は当てずっぽうを吐いた。オーランドほどの組織の人間が求めるような力を俺は持っていないことはわかっている。

 オーランドがふんと唸る。


「俺が思ったよりも頭が回るみたいだな。ゲン、と言ったか? あのガキよりもお前の方が賢そうだ。これは評価を少し改めないといけないか」

「評価? お前、俺達を評価してどうするつもりだ?」


 オーランドが俺の問いを咎めるように手のひらを向けてくる。


「まずはさっきの質問からだ。正直に言おう、お前への興味は半々といったところだ。半分はお前に興味があるが、もう半分はお前でなくても良い。そうだな……、お前個人に特別性は見出していないが、孤児院のガキどもに興味があるって感じか」

「評価しているってのがそれか?」

「そうだ。俺がわざわざお前に話をしに来たのはお前を評価するためだ。お前の身体を利用するのに重要なことだからな」


 どうやらこいつは俺だけじゃなく、子供たち全員を評価するつもりらしい。理由については聞くまでもない。だが俺は念のために聞いた。


「奴隷商にでも売るつもりか? だから評価をつけている。違うか?」

「違うな」


 即答だった。念のために聞いて正解だったようだ。


「じゃあ何でだよ」


 オーランドは懐の中から一冊の本を取り出した。薄暗く、俺から見ると逆光になっているせいで本のタイトルは見えない。何となく黒いカバーなのが見て取れた程度だ。

 オーランドはその本のカバーを大事そうに細い指で撫でる。そこには子供を誘拐し監禁するような悪人の顔は無かった。そのイケメンの顔立ちに相応しい穏やかな表情だ。

 小さく息を吐いて、イケメン特有の整った唇を動かす。


「神への貢ぎ物だ。お前達孤児院のガキは全員そのために雇ったからな」


 神への貢ぎ物。

 俺はオーランドの言葉の意味を直ぐには理解できなかった。

 オーランドは唖然と口を開ける俺にチラリと目を向け、本の表紙を指でなぞりながら続ける。


「お前は神の存在を感じたことはあるか? ……なんて言うと、この街の人間はどいつもこいつも『神など知らん』と言う。お前のその反応からして、お前もその口だろう。馬鹿な奴らだ。神はいつもお前等の身近に居ると言うのに、それに気付きもせずのうのうと生活している」


 この街は森に囲まれているせいで他と比べて閉鎖的だ。だから、街の外にある宗教がこの街までやってくることは滅多になく、布教しに来たとしても、生活感の違いから受け入れられることはない。そのせいで、この街で神の名を聞くことは殆どないと言っていい。

 俺が最後に神の話をされたのも思い出せない程に昔だ。この街に住むもので神の話を急にされれば誰でも俺みたいな反応になるだろう。

 オーランドは話を続ける。


「神は偉大な存在だ。俺やお前なんかとは比べ物にならないほど大きな力を持っている。そして、その大きな力の一端を我々に与えてくれている。それは俺であっても、お前であっても変わらない。神の下では俺やお前はただの下々の者だからだ。慈悲深いだろう? 神の存在を知りもしないお前達であっても神は力の一端をくださるのだ」


 そう語るオーランドは楽しそうだった。

 俺はこんなに絶望的な状況で、その原因はこいつにあると言うのに、こいつは悪びれもせずに薄ら笑みを浮かべている。それが気に入らない。


「そっか、お前の言うことが正しいのなら、俺の知らないところで神さまとやらは俺にも加護をくださってたのか。でも、俺の今の姿を見ろよ。地下に閉じ込められて鎖につながれて、牢屋にぶち込まれてる。酷い有様だよ。で、神さまは俺に一体何をくれたってんだ?」

「フッ、それは……自分で見つけることだな。お前は良い素体の人間だ。ただ日々を生きているだけでも見つけることができるだろう。まあ、お前の日々はあと僅かで終わってしまうがな」


 チッ。やっぱり俺は死ぬのが確定してるのかよ。そして、死ぬのは俺だけじゃない。ゲンたちも俺のように捕まって、神とやらの貢ぎ物として殺される。こいつのこの堂々とした態度に嘘はない。そもそも、俺が死ぬのが確定しているのなら嘘を吐く理由がないしな。

 でも、もしかしたら、何か奇跡が起こったら……。俺は生き延びるかもしれない。その可能性は限りなく低いが、こいつの言う神が本当に俺にも加護をくれているというのなら、俺が生き残る奇跡も降ってくるかもしれない。

 俺は歯をぎらつかせた。


「教えろよ。お前は俺ら孤児院の子供を集めて神に捧げると言ったな? その前準備のために俺達を評価している。お前の今の発言を取るなら、俺は素体の良い人間だった。その評価の条件は何だ? 評価が悪い奴は解放してくれるのか?」


 こいつの目的が分かれば、少なくとも目的に沿わない奴らは解放してくれるように交渉ができる。俺は神への貢ぎ物として評価が高いらしい点を加味すれば、俺に他の子どもたちの代わりに労働なり何なりをすれば見逃してくれる可能性もある。

 俺は孤児院のガキたちと話をして一日しか経っていないが、あいつらが良い奴なのは十分わかった。俺みたいな性格のねじれた嫌な奴はおらず、皆将来が期待できる良い子だ。出来ることなら助けてやりたい。

 正直、こんな役回りは俺の柄じゃないと思う。今の俺は他人のために泥をかぶるとかいう、物語の主人公のような自己犠牲に酔ってるだけかもしれない。でも、俺があいつらを助けたい心は多分本物だ。

 だが、俺の望みは叶いそうにない。オーランドが俺の希望を砕くように否定してきた。


「予め言っておく。あの孤児院のガキの中に評価の低いものは居ない。相対的に下に見えるものはいるが、人間全体から見るとどのガキも評価は高い。お前が考えてるようなことは無理だと予めことわっておこう」


 クソがッ。


「……評価の基準は何だ?」


 俺の問いにオーランドが僅かに言い淀む。言いたくないと言いたげだった。


「答えろよ。それとも、こんな死期の決まったガキにすら話せないような糞ったれた評価なのか? ハッ、まあ、そうだろうな。俺みたいなクズの評価が高いんだ。神が欲してる人間ってのがクズ人間なのは想像に難くない。それに、お前みたいなゴミが仕えているのも──」

「黙れ」


 その言葉一つで俺はまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。圧倒的なプレッシャーがあった。オーランドは出会った時から何らかの不穏なオーラを放っていたが、それはオーランドが無意識に発していただけだったようだ。今発せられている圧は桁が違う。冷や汗がぶわっと湧き出る。

 俺はそれ以上口を開くことができず、黙ることしかできなかった。


「良いだろう。そこまで言うなら、評価を教えてやってもいい。少し渋ったが、別に隠す必要のない情報だ。知られたところで神に害はない。強いて言うなら、一番害があるのはお前だからな」

「は? それは何で」


 オーランドは俺の言葉を無視して、本を仕舞った。椅子から立って俺を見下ろす。流石に俺の態度が頭に来たのか、イケメンの顔が少しだけ歪んでいる気がする。


「評価の大まかな項目は一つしかない。神が求めるのは常にその一つの項目が高い者だ。俺は長いこと神の遣いのようなことをやってきているが、例外はないらしい。まあ、俺からしてみればこんなのは曖昧すぎる基準なせいで、例外と断定できるものが少ないんだが。

「おい、御託は良い。さっさと言えよ」


 オーランドが嘆息を付く。


「お前はもう少し風情というものを覚えた方が良い。が、俺もクソガキ相手に長話をする趣味はない。耳をかっぽじって良く聞け、その評価の項目ってのは……、いや、これは後にするか。そっちの方が評価は高くなるだろうしな」


「おい、話が違──


 ──プンッッ


 途端、俺の視界が真っ赤に染まった。


「がああああああああああああああああああ」


 誰かの絶叫が俺の耳に響く。とてもうるさく、聞き覚えがあって、骨にも響く声だった。誰の絶叫か知らないがやめてほしいものだ。鼓膜が破れそうなくらい耳が痛いし、骨が歪みそうなぐらい振動している。だが、俺が文句を言うよりも先に別の問題が起こった。

 左腕の付け根の部分に激痛が走る。

 痛い。などという軽い物じゃない。人生で一度も経験したことのない激痛だ。こんな経験は人生で三度ないと言い切れるほどに強烈な痛みだ。きっと、孤児院の誰もこの痛みを経験していないだろう。そう、言い切れるほどにその痛みは過酷だった。

 絶叫に混じって、オーランドの声が耳に入ってくる。


「これをすれば、お前はもっと評価が高くなるらしい。そういう啓示があった。ああ、止血は安心しろ。この独房の中では死ねないようになってる。血が流れ過ぎることは無い。まあ、そっちの方がきついと思うがな」


 止血? 何を言って……。

 俺の思考が絶叫に阻まれた。痛みが酷すぎるのだ。脳の処理が追い付かなくなって、オーランドの声が聞こえなくなる。


「評価ってのは人の強度に由来している。意志や力と言い換えても良い。お前があのガキどもを助けようと思い、その意志を糧にして足掻けば足掻くほどお前の評価は上がる。……せいぜい評価を上げてくれや」


 オーランドが何かを言っているはずだが、俺の脳には入ってこなかった。聞こえているのは何となくわかるのに、痛みが酷すぎるのだ。

 俺の視界も使い物になりそうになかった。真っ赤に染まっているせいで視界が不明瞭になっている。足音が遠ざかっていく。オーランドがこの独房から離れているのだろう。まだ聞きたいことは沢山ある。評価について問い詰めないといけないし、ゲンについても聞きたい。孤児院の皆の安否も知りたい。誰でも良い、見逃してほしい。

 でも、もうオーランドは行ってしまった。


「なんで……。いてぇ」


 最悪だ。情報元が居なくなったせいで、俺には何もできない。何とかしたいのに、俺には何の力もない。技能は魔道具とかいうこの街なら大概の人が持ってる平凡なものだし、特別な人脈があるわけでもない。俺には個人の力も集団の力もない。

 そして、今の俺には左腕もない。

 うるさいぐらいに聞こえてくる絶叫は俺のもので、視界を埋め尽くした赤色は俺の腕から噴出した血液だった。


「クソ野郎がッ……」


 許せねぇ。俺はまだ死ねない。少し前の俺ならここで死を選んでいただろうが、今の俺にはその選択を取ることはできなかった。


「俺が救ってやる。あのクソ野郎の思い通りになってたまるか」


 孤児院の子供たちは俺とは違って良い子ばかりだ。こんなところで神の捧げものになって死んで良いような奴らじゃない。これから先の未来を孤児院やその周囲の人達と一緒に楽しく生きていける奴らだ。

 絶対にあのクズのせいで殺されて良い訳がない。


 俺は、薄らいでいく意識の中、あのクソ野郎への復讐と孤児院の子供たちを救い出すことを誓った。


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