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暗い暗い地下


 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。


 であるなら、今俺が闇のように暗い廊下を覗いている時、廊下の奥にいる何者かは俺を見ているのだろうか。

 地下に窓はなく、灯りの魔道具も最低限しか置いていない。そのせいで一寸先までしか見ることはできず、廊下の奥に何があるのかを視認することはできない。

 誰もいない中、俺はトイレからの帰り道で、一人ごちた。


「あいつ、俺の技能がしょうもないからって容赦なく笑いやがって」


 先程、少女に俺の技能が魔道具だと明かした。そこまでは別に大したことないのだが、俺の技能が余程普通過ぎたのが面白かったのか、少女が急に腹を抱えて笑い始めた。失礼なガキだ。ちょうどさっき年上には敬意を持てと言ったばかりなのに笑いやがってろくでもないガキである。

 んで、笑い転がった少女が落ち着いた頃に話を聞くと、どうやら少女も俺と同じで魔道具の技能を持っているようだった。この街では最も多い技能であるため珍しくも何ともない。でも、少女にとっては俺がそんなありふれた技能を持っていたのがおかしかったらしい。俺の印象と実際のギャップが大きかったのだろう。

 ギャップが大きいと言うことは俺のことを評価してくれている証でもある。


「少しは俺を凄いと思ってるのかもな。頭良さそうとか言ってたし、もしかして俺にモテ気が来たか?」


 悪くない。実に悪くない。寧ろ良い。

 足が無意識に速くなる。孤児院に来てからずっとつまらなかったが、今はとても気分が良い。人間不信になって誰とも関わろうと思わなかった。でも、ゲンに会って、孤児院の少女と話をしてみて、他人を頼ることを知った。今はまだ確かじゃないけど、このままゲンや良い人たちと一緒に居るのは良いことだ。

 自分でも、ここにきて俺が大きく変わろうとしているのがわかる。


 トイレを終え、闇のように暗い廊下から遠ざかっていく。倉庫に続く廊下には灯りが付いているため、帰り道を迷うことは無い。灯りを辿れば倉庫やその周囲の食事に使ってる部屋には問題なく辿り着ける。逆を言えば、倉庫から遠ざかれば遠ざかるほど灯りが無くなっていく構造になっている。

 まるでその先には進むなと言わんばかりに、奥に続く道は暗く閉ざされていた。


 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。


 俺は深淵の向こうに何があるのか知ることはできない。しかし、深淵の向こうにある何かは俺の姿を見ることができるだろう。理由は単純で、俺の傍には灯りがあるからだ。灯りは闇の中で最も目立つ存在で、闇の中で灯りを見失うことはない。そして、そのすぐ傍に居る俺もまた、灯りによって目立つ存在になっている。

 俺から深淵に何があるのかを見ることはできないが、深淵は俺を見ることができる。理不尽極まりない。だが、


「……ロンガスが言ってたな。余計なことは知らない方が良いって」


 深淵の先を見ることができないのは幸運だったかもしれない。仮に俺がこの先を見ることのできる夜目があって、やばいものを見てしまったらあの優男に殺されるかもしれないのだ。

 俺は暗闇から逃げるように元居た部屋に戻った。


 無事に辿り着いた俺は重いドアを開けて中に入る。精神的にドアが重いのではなく、子供が動かすには普通に重たいという意味だ。ドアが重いのは不便だとは思うが、防音などの都合で仕方がなかったのだろう。


「やっと戻ってきた。遅かったね。これみてよ」


 中に入ると、俺の帰りを待っていたのか、ゲンがすぐに寄ってきた。ロンガスは今は席を外しているようだ。ゲンは流れるように俺に肩を回して、手に持っている紙を俺に見せてくる。


 その紙は写真のようだ。俺はちらりと少し離れたところにいる子供たちに視線をやった。さっきの少女が俺の技能や印象だのを他の子供たちに話している。やれ俺は根は悪い奴じゃないとか、割と頭良さそうなのに平凡な魔道具の技能を持ってるのが可哀そうだとか、そんな感じのことを吹聴されている。反応は概ね良好のようだった。

 俺はそっちも興味があるが、ゲンの手前もあり、ゲンが持つ写真のような紙を見た。


「何だこれ? 写真か? どこでこんなもの……」

「良いから良いから」


 その写真には一人の大人と俺より少し若いぐらいの女の子が写っていた。大人の方は多分ロンガスだ。今より2,3年ほど若いせいで違和感があるが恐らく間違いない。子供の方はロンガスの子供だろうか。何となく目元が似ている気がする。


「ね? この娘かわいいよね? ロンガスの子供らしいんだけど」


 ゲンは若干興奮している。意外だ。

 だが正直、写真に写っている少女は俺も可愛いと思う。この街ではよくみかけるタイプの少女だが、単純に顔立ちが整っている。この写真が2,3年前に撮られたものなら、今は俺とゲンと同年代ということになる。ゲンが調子づくのも仕方のないことと言えよう。


「確かに可愛いな。ロンガスには勿体ないぐらい」

「でしょ!? それでロンガスにいったんだよ。『ロンガスには勿体ないから僕たちにくれ』って」

「お前マジかよ……」


 ゲンは意外と行動派だった。ナンパ気質なのかもしれない。親に対して言うセリフではないだろうに堂々と言ってのけた。その行動力が怖い。

 そんな若干引き気味の俺を置いて、ゲンは楽しそうに話す。


「だから、この仕事が終わったら会いに行っても良いかって聞いたんだ」

「行動が早いな」

「だって、こんな可愛い子は中々居ないよ。僕が貰うにしても、ユーガ君が貰うにしても、先ずは会わないと」

「俺も共犯者なんだな」

「だってユーガ君も男だし。ここは公平に戦う権利を持ってないと不公平でしょ。後で僕だけが可愛い彼女を連れてて文句言われても困るからね」


 俺は別にロンガスの娘に興味などないが、そんなことも露知らず、ゲンはまるで俺がロンガスの娘に興味津々かのように話を進める。だが、俺は悪い気分ではなかった。

 なんだかんだ言っても、俺も男だ。可愛い子と会えるとなるとウキウキするし、もしかしたら交際に発展するのではと思うと気分は悪くない。

 それに、ゲンが楽しそうに話しているのを見るのは悪くない。ロンガスの娘に会うのも友達の家に遊びに行くみたいで懐かしい。

 だが、ロンガスの娘に会うには乗り越えなければならない壁がある。


「で、ロンガスは何て?」

「皆で遊びに来いよってさ。最近暗い話題ばかりだから、僕やユーガ君みたいな変わった人が来てくれると楽しいだろうって」


 まじか。孤児院に送られるようなガキへの対応としてはかなり破格だな。普通に考えたら孤児院のガキなんてスラムのガキと大差ない。家に招くなんてアホでもやらない。今日一日ロンガスと接してみたが、ロンガスはアホじゃない。

 純粋に俺達のことを信頼してくれているのだろう。

 肩を組んでいたゲンが俺の顔を覗き込んできた。視界がゲンの顔で埋め尽くされる。


「……ロンガスは優しいよね?」

「急に顔を出してくるな。きしょい」

「ひっどいなぁ。僕と君の仲じゃないか」


 まだ話をして一日しか経ってないだろ。何でこいつはそんなに仲良さげにできるんだ。まあ、そういうところがゲンの良い点なんだろうけど。俺も別に嫌いじゃないしな。


「はいはい、そういうのはこのロンガスの娘にやってくれ。俺にはするな」


 そんな軽口を言っていると俺の肩がツンツンとつつかれた。

 ゲンが「そういえば」と思い出したかのように俺から離れる。


「その子は誰? ここに入ってきたときにユーガ君に付いてきてたけど」


 その子? 俺はゲンが何を言ってるのか分からず、ゲンが向いている方へ視線を向ける。そいつは俺の真後ろに隠れるように居た。


「誰だ?」


 少女だった。背が低く、顔立ちは幼い。背が低いこともあって、白く長い髪が腰辺りまでかかっている。綺麗な髪だった。ここは地下なこともあって薄暗く、俺達の部屋は大して掃除もされていないため、決して清潔とは言い難い。そのせいか、こんな汚い場所にあるのがおこがましいと思ってしまう。

 髪だけではない。その存在そのものが神聖で現世の者とは思えない神々しさがある。その姿を見ていると、まるで自分が常世に迷い込んだのではと錯覚してしまうほどだ。ついさっきロンガスの娘を可愛いと言ったが、この少女と比べると見劣りしてしまう。正直俺の好みだった。


 そんな絶世の美少女とも呼べる少女が俺を見上げている。俺も少女から目を離せなかった。視線がかち合う。俺と少女の中で何かが繋がった気がした。

 その小さい唇が僅かに動く。


 俺を見上げながらの天使の御言葉である。俺の喉がごくりと鳴った。


「………………変な顔」


 何だこのガキ。初対面で口悪すぎだろ。ぶん殴ってやろうか?

 だが俺はこのガキよりも大人だったため、イラッとして握りしめた拳を隠した。威圧するように一歩前に出て見下ろす。


「そういうお前は綺麗な顔してるな」

「……へぇ? そう、なんだ」


 反射的に皮肉の台詞を言ったが、ほんとに綺麗な顔をしてたせいで俺が嫌味な奴になってしまった。当の本人は醜い俺の言葉を素直に受け取ったようだ。意地汚い精神状態で放った言葉だというのに、少女は純粋に小首をかしげている。恥ずかしそうにするのでもなく、嬉しそうにするのでもない。純真無垢そのものだ。

 見た目だけではなく心までも綺麗らしい。口が悪いのもガキ特有の純粋さの影響かもしれない。そう思うと先程の悪口も中々愛らしく見えてくる。

 穏やかな心を取り戻した俺は深呼吸を挟んだ後、一歩引いた。見下ろした視線を止める。


「で、お前はどこから来たんだ?」


 この部屋は地下倉庫から地下通路を通った先にある。一応、地下通路には外から入ることもできるが、外から入るのには小屋を経由する必要がある。俺達が倉庫に入るのに使った経路がそこだ。小屋に入るとき、その小屋が街の何処にあるのか隠されていたせいで分からなかったが、ただの少女が入ってこれるような場所ではないのは確かだ。


 この少女は間違いなく何らかの事情を抱えている。事情と言うのは当然、この地下施設を有する組織に関することだ。それは確実だろう。

 だが、それにしては妙だ。


「…………道?」

「なんでそこで首をかしげる。通ってきた道ぐらいわかるだろ。……こいつ一体何なんだ?」


 本人の至って平然とした態度を見るにとぼけているわけでもなさそうだ。


「ミコ? ミコはミコ。……あなたは、馬鹿?」


 悪気は感じないが口は悪い。だが、口は悪くとも純粋なのは確かなようだ。発言からして、この少女の名前はミコと言うらしい。


「えっと、ミコって呼んで良いか?」

「ダメな理由があるの?」


 ほんと何なんだこいつ。見た目は天使かと見紛うほどに良いがクソガキってレベルを超えてる。流石の孤児院でもこのレベルに口が悪い奴はいないぞ。

 俺は隣で成り行きを見守っているゲンに視線を送って助けを求めた。俺の視線に気付いたゲンが何を思ったのか、強く首肯して一歩後ろに下がった。何を言いたいのか分からないが、どうやら助けは見込めないらしい。


「じゃあ、ミコ、道からここに来たってさっき言ってたけど、どの道を通ってきたんだ? 俺が知ってる限りだと、この辺の地下通路は暗すぎてまともに通れなかったと思うんだが」

「暗い? ……馬鹿の眼が悪いだけ」


 俺はまだ子供だが精神状態は大人だったため握りしめた拳から力を抜いた。


「ミコ、まずはその馬鹿ってのやめようか。俺の名前はユーガだ。ユーガって呼んでいいから馬鹿は止めてくれ」

「ユーガ? ……わかった。ユーガ、覚えた」


 ミコは俺の名前を記憶するためか、何度か口の中で俺の名前を呟いた。こんな地下に居た子供だ。どんな事情があるのかは分からないが、他人の名前を聞くのは滅多にないのだろう。

 俺を馬鹿呼ばわりしたのも何か事情があるのかもしれない。


「よし、じゃあ、話を進めよう。ミコ、お前はあの暗い地下を通ってきたんだよな?」

「……地下?」


 ミコがきょとんと首をかしげる。俺は頭を抱えた。


「そこからかよ……。えっと、ミコは知らないみたいだけど、ここは地下なんだ。そこの地下通路の廊下を通ったら倉庫があって、その倉庫から外に出られるようになってる。他にも地下通路から外に出る道もあるみたいなんだけど、暗すぎてどの道が外に繋がってるか分からないんだ」

「外に出たいの?」

「ああ、いや、外に出たいってわけじゃないんだけど……」


 俺達は孤児院から労働力として送られてきた。仕事を終えるまでは外に出ることはできないし、したくない。

 煮え切らない俺の態度にミコが追い打ちをかけてくる。


「……なら、ユーガは何がしたいの?」


 俺は再度頭を抱えた。ミコの質問は俺の望むものと真逆で、俺を逆なでするようなものだったが、純粋さ故か、その質問は的確だった。


 ミコが疑問に思っている通り、俺は別に何かがしたいわけじゃない。この組織のことは危険視してるし、何らかの後ろ暗い目的があるのは間違いないが、だからと言って俺には何もできないのだ。

 俺はたまたま孤児院からこの倉庫の作業に駆り出された労働力でしかなく、それ以上にこの組織と関わり合うことがない。なら、俺は組織のことなど考えなくて良いし、組織に変に首を突っ込むのは自殺行為だ。好ましくない。


 なのに、俺はガキだと言うのに、組織について疑り深く色々と調べようとしてしまっている。ロンガスから情報を得ようとしたり、ミコというこの少女からも情報を聞き出そうとしている。

 でもそれは俺がすべきことじゃない。俺がすべきなのはただ孤児院とこの組織の契約期間でしっかり仕事をこなすことだ。


 俺は苦笑した。さっきまで力を入れていた拳を解いて頭を掻く。


「いや、悪かったよ。別に何がしたいってわけじゃないんだ。変なことを聞いて悪かったな」


 後ろで話を聞いていたゲンが俺の肩を叩く。ぼそぼそと俺に耳打ちしてきた。


「良いの? この子、何か知ってると思うよ。この雰囲気からしても多分聞いたら答えてくれるだろうし。一応聞いておいた方が良いんじゃない?」

「さっきロンガスも言ってたろ? あんまり多くを知らない方が良いって。虎穴に入っても俺達が本当に欲しいものはないんだ。リスクは負うべきじゃない」

「……まあそうだね」

「つーわけだ。ゲンもミコに詮索とかはするなよ」


 俺はゲンに釘を刺してから、ミコに向いた。

 改めてみてもミコはとても可愛い顔をしている。そこらに出せばこの可愛さだけで金がとれそうなほどに可愛い。多分、街を出て王都に行ったとしても通用するだろう。


 そっと手を伸ばして、ミコの頭を撫でる。拒否されるかと思ったが特に抵抗はされなかった。ミコの髪はこの街では珍しい銀の髪だ。手を動かすとさらさらの感触が心地良い。俺は高級な毛皮を触ったことは無いが、それに勝るも劣らない手触りだと思う。

 俺に頭を撫でられているミコが俺を見上げてきた。僅かに頬が赤い。鬱陶しいと思われてると思ったが、そうではないようだ。ミコは一瞬、俺と目が合ってから眼を背けるように俯く。

 口が悪いだけかと思ったが少しは可愛らしい所があるらしい。


「さて、どうしたもんかな。ゲンはどう思う? ミコをここに置いておくのはリスクだ。かと言って俺等にできることがあるとは思えない」

「うーん、そうだね。帰る場所があると思うから、来た道を戻ってもらうのが……」


 ドアが開いた。重たいドアが静かな音を立てる。俺とミコが入ってきた時に使ったドアだ。そのドアは暗い廊下に繋がっている。


 入ってきたのは優男だった。背が高く、整った顔立ちの優しそうな男だ。だが、纏う空気は重く恐怖心を植え付けてくる。

 優男は部屋を見渡し、目的のものを見つけると視線を動かすのをやめた。


「ダメじゃないか。こんな場所に勝手に来て。誰かに言伝でも残したか?」


 優男はミコに向かって問いかける。その声色は軽かったが、俺とゲンはミコから後ずさるように遠ざかった。


「……言伝?」


 ミコは優男に向かって慣れたように言葉を発する。俺達のように臆した声ではなかった。優男の歪な空気に幼いミコが気付いていないとは考えにくい。二人の関係性が気になる。


「ああ、そういえばこんなことは初めてだったか。なら、覚えておけ。移動するときは必ず何処に行くのかを報告しろ」

「……必要のないことはしない。面倒くさいから。なのに、馬鹿は必要のないことばかりやってる」


 二人の関係性は分からないが、ミコは優男に対しても口が悪いらしい。俺は少しだけ、ざまぁと思った。

 だが、優男はそんなミコの態度がいつものことだと言わんばかりに動じない。優男も俺と同じで大人な精神を持っているらしい。淡々としている。


「必要なことだ」

「……うーん? でも、オーランドはここが分かった」


 優男の名前はオーランドと言うらしい。確か、この情報はロンガスも知らなかった。俺達が知っても良かったことなのだろうか。

 俺の懸念を他所に、優男……オーランドはミコに反論する。


「少なからず時間がかかった。その時間が惜しい」

「……次から、そうする」

「それでいい」


 俺とゲンは既に孤児院の子供たちの傍まで来ており、距離は離れていた。

 オーランドが俺達へ視線を向けた。距離が離れているせいでどんな表情をしているのかが性格にわからない。だが、肌がピリピリと震えるせいで、その表情が良いものではないのは容易にわかった。


「迷惑をかけたな」


「いえ、そのようなことは。静かでとても良い子でした」


 答えたのはゲンだ。俺達の代表はゲンだから、こういう時はゲンが率先して前に出てくれる。


「そうか、それは良かった。ああ、そうだ、ロンガスから話は聞いたよ。今日の掃除はしっかりできていたそうだな。孤児院からわざわざ雇って良かったよ」

「ど、どうも。僕たちもご迷惑をおかけしなかったようで安心です」


 ゲンがごくりと喉を鳴らした。緊張しているようだ。


「他に、やってもらう仕事もある。そっちの方がおいおい話す。それまでは倉庫での雑用をしておいてくれ」

「は、はい。わかりました」


 オーランドがミコを連れてドアの方へ歩く。重たいドアを開け、オーランドがミコが先に部屋を出るように指示する。俺達はオーランド達が部屋の外に出るその瞬間まで目が離せなかった。オーランドが恐怖を与えてくるのだから仕方がない。

 だが、俺はオーランドが部屋を出るよりも先に視線を別に移してしまった。


「ミコ……」


 ミコが部屋を出る直前、俺の方を向いていた。視線がかち合う。暗がりの中でもはっきりわかった。

 その数瞬後、ミコとオーランドは部屋を出ていった。


 部屋中に安堵を示す嘆息が充満する。子供たちがざわついた。


「なんだったんだ……」

「死ぬかと思ったよ」

「あの人、凄く怖い人だったね。ユーガよりも怖かったよ」

「誰だ今俺の悪口を言ったのは。俺を何だと思ってるんだよ。俺は心優しい紳士だぞ」


 初日から雲行きは暗いが、ともあれ、今日一日は無事に終わったようだ。

 オーランドという名の優男とミコという名の可愛い少女は何らかの闇がありそうだが、俺達には関係ない。少し不安なところもあるが、ロンガスはこいつらと比べてかなり信頼できる人だ。何かあったとしても頼りにして良いだろう。


「今日はもう寝るか」


 色々あって今日はもう疲れた。


「そうだね。みんなも疲れただろうし、今日はもう寝よう。この部屋を使っていいって話だから、雑魚寝になっちゃうけど」

「いつもとあんまり変わらんだろ」

「まあ、そうだね」


 ふぁあ。

 あくびが出る。俺は横になった。こんな冷たい床で上手く寝られるとは思えないが、寝ないのは明日に響く。

 そう、瞼を閉じる俺の背中をゲンがつついた。


「……ねぇ、ユーガ君」

「ん? どうしたゲン」

「約束の話」


 約束? ああ、そういえば昼にしたな。俺について話すみたいな。でも、今は眠い。それに、話すとなると部屋の外に出ないといけない。

 オーランドとミコが出たばかりの外には出たくなかった。


「あしたで良いか? 今日は眠い」

「そうだね。じゃあ、あした」


 言って、俺とゲンは瞼を閉じた。


 今日は様々な経験をした。長い長い一日だった気がする。孤児院から労働力としてここに送られてきて、働いて、食事をした。その間に今までは話してこなかった孤児院の子供たちと話をした。

 ゲンは良い奴だ。少なくとも、孤児院に来るまでに俺と出会った人よりも。比べるのもおこがましいほど良い奴だ。もっと早くに仲良くなっておけばよかった。

 こいつらを大切にしたいと思う。


 だが、その日の夜、何故か俺だけが誘拐された。


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