天の巫女
光り輝く教会で、一人の少女が歌っていた。
アースレイナという名の巫女が奏でる声のハーモニーは地下では絶対に聴けないような天性のものだ。まるで天に轟くかのように華々しく響いている。
きっと、天にいるとされる神様も喜んでいることだろう。
そんな至上の歌声は、突然の不意の来訪により唐突に中断を余儀なくされた。
ギィと大扉が開く。
「ここが、その天の巫女が居る教会なのか?」
至上の唄声を閉ざした無礼者は愚かしくも己の所業の罪深さに気付いていなかった。のうのうとした態度で教会に踏み入ってくる。
神の住まう空間だというのに無礼千万である。
「……ユーガ、あんまり先に進まないで」
対し、愚か者の隣にいる少女は己の過ちに気付いていた。だが、愚か者を運んできた少女もまた愚か者であることに疑いはなく罪深い。
少年と少女は共に罪人として認識されて然るべきだろう。
……が、罪人として認識されたのは少女だけであった。
アースレイナという名の巫女は突然の来訪にも関わらず、無礼者であるはずの少年を歓迎した。
「いらっしゃあああああい!!! ユーガ君が来るのをずっと心待ちにしてたんだよ!!!」
超テンションで両腕を広げた巫女……シスター服を着ているが……が少年に肉迫する。
少年はぎょっとして一歩下がった。その少年と巫女の間に少女が割り込んでくる。
途端、巫女が急にムスッと口を尖らせた。
「邪魔だよ」
「……天の巫女、これはミコの物。触らないで」
「それは聞き捨てならないかな。この子はもう私の弟にするって決めたから」
「はぁ!?」
少年は憤慨した。だが二人は少年のことを見向きもせずに勝手に話を進めていく。
「これはミコの物。天の巫女には渡さないし、天の巫女の物になることは無い」
「そんなことはないんじゃないかなぁ。この子は私を求めてくるに決まってるよ」
「……何故?」
巫女は少女を見下ろすように立ってから胸を張った。
「だって私はあなたよりも可愛いから!!!!」
ブチッ。
何かが切れた音がした。
「背が高いだけの女が……」
「背が低い上に胸もない女が!!」
アースレイナという名の巫女は高身長でスレンダーな少女だ。少年を弟にしたいと言っていることからも分かるが、14歳の少年よりも少しだけ年上のように見える。
少年は暴言を吐き合う二人を少し離れたところから見ていた。その眼は困惑が半分と恐怖が半分で構成されている。
お姉ちゃんになりたい巫女はそんな少年に熱弁した。
「違うんだよ。私はユーガ君が今思ったような酷い女じゃないんだよ。ほんとの私はもっと綺麗で可愛いんだから!」
「……猫被りが良く言う」
「こんな他人のことを悪く言う陰湿巫女と私は全くの別だから! 私は地下の巫女とは違って、天の巫女なんだから!」
少年は戸惑っていた。
この地は神のおわす神聖なる地だ。そして、この巫女はそんな神に仕える神聖なる巫女だ。
更には、少年はこの地の神様が偉大なる力を持っていると知ってこの地にやってきた。
神やその巫女に対する畏怖は相当に大きかっただろう。だというのに、実際に来てみたら、当初の畏怖から180度回転した印象をぶつけられたのだ。
戸惑いもする。
「えーっと、俺はどうすれば良いんだ?」
少年は自己保身に走った。
何をすれば良いのかわからなかった。
巫女はギラリと目を光らせた。そそと走って少年に距離を詰める。
「そんなの決まってるよ!!! ユーガ君は私の弟になれば良いんだよ!!! ほら! 私をお姉ちゃんって呼んでみて!!!」
困惑状態の少年は巫女の満面の笑みもあって、思わず口にした。
「お、お姉ちゃん?」
巫女が両腕を広げる。
「んー、もっと大きな声で。できればアースレイナお姉ちゃん……はちょっと長いね。えっと、レイナお姉ちゃんにしようか。レイナお姉ちゃんって呼んでほしいな」
「レイナ……お姉ちゃん? で良いのか?」
「もっと大きな声で! さん、はいッ!」
「レイナお姉ちゃん!!!!」
教会中に響く大きな声だった。
巫女が両腕を目一杯広げて、目一杯の力を使って少年を抱きしめた。
「ぎゅ~~~~~ッとしてあげる!!!! うははは!!! そうだよ~、レイナお姉ちゃんだよ!!!」
レイナお姉ちゃんの身体はとても柔らかかった。
少年の中で弟への渇望が溢れ出す。
だが、少女は許さなかった。少年の弟への渇望を滅却するべくカウンターを放つ。
「ユーガは小さいほうが好き」
少年は心外だといわんばかりに少女の方を向いたが、否定することはしなかった。
少女の気持ちを少しは汲み取ったのだろう。ロリコンだと認めるのは絶対に避けたいことだが、認めないと少女が悲しむことになる。
その眼には血涙の影があった。
苦々しい面持ちで首肯する。
しかし、それに待ったをかけたのは、巫女だ。
「えー、思ってもないことを認めちゃうんだ。へー、ユーガ君って悪い子なんだね」
「いや俺はそんな……」
「でもぉ、ロリコンじゃないんでしょ? ユーガ君は小さい子よりも大きな子の方がすきでしょ?」
「いやあ……」
と、そんなことを三人がわちゃわちゃと言っていると空から鳴き声が聞こえてきた。
ホーホー、ホッホー。ホーホー、ホッホー。
この街では誰もが聴いたことのある天からの鳴き声だ。子供のころから、先祖の頃から、その前から、ずっとずっと聞こえていた鳥の鳴き声。
だが、その姿を見た者はいないという。
巫女が天を指さす。
「あれが神様だよ。二人には……私にも見えてないけど、天には鳥の神様が居るの」
巫女が教会の奥へと進んだ。二人はその後に続く。
「鳥の神様はいつも街の中に魔力を与えてる。人間は魔力を使えないから、人間の代わりに魔力を魔道具に供給してる」
「……全ての魔力を?」
「うん、全てだよ。この街の全ての魔道具に魔力を入れてる。この街で『技能:魔道具』が多いのも神様がそうやって魔力を供給してるから」
人間の技能はその環境に最適なように配分される。例えば、戦闘が多い地域だと戦闘系の技能が増えたり、食物の採取が多い地域だと採取系の技能が増える。
この街だと魔道具に魔力がほぼ無制限に供給されるため、魔道具の技能が最適だと判断されたのだろう。
……無制限に供給される。
「代価は何だ? 地下の神様は特別な魔道具の代償に人間の命を望んでいた。じゃあ、天の神様は何を望んでいるんだ?」
少年の指摘に巫女が微笑む。
「食べ物だよ。とーーーーっても高価な食べ物」
「それは誰が運んでくるんだ?」
「んーっとね。ガーちゃんが沢山持ってきてくれるよ」
「ガーちゃん?」
高価な食べ物を沢山持ってくるガーと呼ばれる人。少年には心当たりがあった。
「もしかしてガンドか?」
ガンド・エンドワース。この街の領主だ。
「そうだよ。良く知ってるね?」
「そりゃあ、領主様だからな。知ってて当然だぞ」
「へー、ガーちゃんってそんなに有名人なんだ」
どの街でも領主を知らない人はいないだろう。生活している中で領主の名前は重要になってくるものだ。領主の名前を知らないのは巫女が特殊な環境で育っていることを意味していた。
その環境について気になるのは山々だが、少年にはそれよりも気になって仕方がないことがあった。ぶつぶつと呟く。
「領主様が大金を使って神様に供物を渡して、魔力を街中に行きわたらせていた……。となると、最近の重税は魔力がより必要になったから……だよな」
より多くの魔力が必要になったから、それを得るためにより多くの供物を買わなければならなくなった。そう考えると領主の重税に理由が付く。
少年が考えを巡らせている中、巫女はガーちゃんについて話す。
「ガーちゃんは狂信者って奴なんだよねぇ。神様が魔力を街中にばら撒いてることを知らないんだ。ただただ神様に貢ぐためだけに供物を沢山持ってきてくれるの。だから巫女の私がちょっと困った顔すると何でもしてくれてね、それが楽しくて楽しくて」
と、少年は何かに思い至ったようだ。顔が真っ青になる。
「街中の魔力の中には、ネイラの地下施設も入ってる……よな? ネイラは大量の魔道具を抱えてて、人形の魔道具は常にフル回転してる。時期的にも、一致してる」
少年の表情に気付いた少女が親身になるように身体を寄せた。
「大丈夫。ユーガは悪くない」
「はは、こんな時に優しくするなよ。余計に虚しくなる」
「あれ? 二人とも、どうかしたの?」
少年はかぶりをふって何でもないと巫女の後を追った。
気分を変えるために話題を逸らす。
「そういえば、俺が教会に入ってすぐ、俺に会いたかったって言ってたけどあれは?」
少年は貴族でもなければ名の知れた人でもない。初対面なのに会いたかったとはかなり変だ。
巫女はニヒヒとイタズラな笑みを浮かべた。
「私は神様の声が聞こえるからね。何でも分かるんだ」
「何でも……。流石に制限なしにわかるって訳でもないだろ。実際のところはどのくらい分かるんだ?」
「そうだね。ユーガ君は世界で一番巨大な魔道具を知ってる?」
この話の流れだ。巫女は世界一巨大な魔道具を知っているのだろう。
「俺は知らないな。俺はこの街から出たことないし」
巫女は少年をぎゅっと抱きしめた。
「ユーガ君はまだ若かったんだね。てっきり私はもう気付いてるんだと思ってたよ」
「気付く? ……もしかして、俺はそれを見たことがあるのか?」
「この街の魔力と同じだよ。生まれたときからユーガ君はそれを見てる」
この街の特徴は三つ。
・魔物の住む森に囲まれている。
・魔道具の生産が盛んで、『技能:魔道具』の人が多く生まれる。
・魔道具には定期的に神様から魔力が供給される。
「いや、わからん」
巫女は仕方がないと言って微笑んだ。
「私が教えてあげるから、こっちにおいで」
教会の奥、鳥の銅像の前で巫女が手招きしている。
少年は少女に一言断りを入れてから、巫女の手招きに応じた。
巫女が説明を始める。
「魔族と魔物は殆ど同一の存在だって知ってる?」
少年は首肯した。
「魔物の素材を使って魔道具を作るのは?」
「知ってる。魔物の身体は魔力を扱えるようになってるから、それを利用して魔道具を作ってるんだ。俺もそのために魔物を狩ったからわかる」
「魔道具を構成する三つの要素は知ってる?」
「ああ、魔力を保管して、魔力を引き出して、魔力を変換する。その三つの工程があれば魔道具は成立する。もう少し具体的に言うなら、中に魔力があって、中の魔力が外側の素材を貫通して通るときに変換が行われる」
巫女が嫌に笑みを浮かべた。可愛らしい笑みだが、見る者によっては僅かに恐怖を感じるような陰のある笑みだった。
「この街、アーガスタ街は何に囲まれてるの?」
「沢山の魔物に囲まれてる。………………あ」
繋がった。
この街は神様によって巨大な魔力が常に供給されている。その影響で街は魔力に包まれていると言って良い。
そして、街を囲うように魔物が住み着いている。
その構造はまるで魔道具のようだ。
「なあ、その魔道具は俺にも使えるのか?」
巫女は「うん」と少年の言葉を肯定した。
「この魔道具を扱えるのはユーガ君だけだよ。だから私はユーガ君に会いたかったんだ」
「お前が俺にこの魔道具を使ってほしかったのか?」
「んー、そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。使うかどうかはユーガ君次第だよ」
少年は巫女から目を離して、銅像を見上げた。
立派な鳥だ。恐らく、この鳥が神様の姿なのだろう。
この神様のおかげで街の魔道具技術は発展した。
「これだけの魔力があれば、何でもできそうだな」
「御名答。この魔道具には理論上、不可能はないよ。……死者を蘇らせることだって出来るかもしれない」
少年がぶるりと揺らいだ。
そして、口元が弧を描く。
「これ、使っても良いか?」
巫女は世界で最も巨大な魔道具の使用を許可した。
「良いよ。弟の願いを叶えるのはお姉ちゃんの役目だからね」
その瞬間、歴史上最大の魔法が行使された。
これで完結です。ほんとは全編通して15万字ぐらいでやろうと思ったんですけど、思ったよりも最初が長引いたせいで終盤がとんでもないハイペースになってしまいました。




