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巫女とママ(仮)


 エルニィは胸に手を当てて高らかに心中を吐露した。


「ユーガが居なくなって、私は色んな事を考えたわ。今まではユーガが考えてくれていたことを私が考えないといけなくなったから、パピーたちの意見を聞いたりして、私は一体どうすればよかったのかとか、私はこれからどうすればよいのかとか。いっぱい、いっぱい沢山のことを考えたの」


 それは俺がエルニィの前からいなくなったせいで起きた不幸だった。


「私にもっと力があればユーガを守ることができたんじゃないかって思って、それからは真剣に剣の稽古に取り組んだわ。自分の発言力を上げるために街に出て民衆の助けになることも沢山した」


 かつてと比べてエルニィはかなりの成長が見て取れた。身体が女性的に発達したのを筆頭に、剣士としての強さや貴族としての資質が磨かれている。

 それは、かつてはなかったものだ。


「だからね、今日ユーガに出会った時に思ったの。今度は私がユーガを助けて見せるんだって。ユーガは見栄っ張りで嘘つきだから私の手を握ってはくれないだろうけど、私が無理矢理にでもユーガの手を掴んでこっちに引っ張るんだって」


 俺は椅子から尻を浮かせた。いつでも逃げる準備を整えてから、質問を投げかけた。


「なぜ、ママなんだ?」


 エルニィは満面の笑みで答えてくれた。


「ユーガにママって呼んで欲しいからにきまってるでしょ!?」

「……わからない。俺にはお前の価値観が分からない。前はそうじゃなかっただろ。何か、心境の変化でもあったのか?」


 俺は隣のおっさんに視線を飛ばした。

 しかし、おっさんにも分からないようで首を横に振った。何なら俺に理由を聞きたそうにしている。


「ユーガは直ぐに私の手の外に出ちゃうから、私はそれが許せないの! それに、ユーガはママが欲しいって言ってたでしょ!? だから私がママになってあげる!」


 言ってたかなぁ。いや、俺は母親を早くに亡くしてたけど、ママが欲しいなんて言ってたかなぁ。


「安心してくれて良いわ! 今日からは私がママとしてユーガの面倒を見てあげるから!」


 とても嬉しそうだった。


 俺は居たたまれなくなっておっさんに助けを求めたが、おっさんは歪な笑みで俺を見つめ返してきた。

 その瞬間、俺とおっさんの間で何かが繋がったような気がして俺は嬉しくなった。あははと乾いた笑みを浮かべる。


 それがエルニィの気分を良くしたのか、エルニィは俺の腕を取った。女の子の手は柔らかいと思っていた俺の幻想を破壊するように、鉄の握力が俺の腕を固定する。


「喜んでくれて嬉しいわ! じゃあ、早速帰りましょう!」

「か、帰るって? え?」


 まさかと思った。だが、エルニィは貴族だ。そんなまさかを実現させるのは難しいはずだ。有り得ない。


「もちろん! 私達の家に帰るの!」


 俺はすぐに逃げ出そうと床を蹴ったが俺の腕はピクリともエルニィから離れようとはしなかった。まるで手錠で固定されているかのように少しも動かない。

 しかし、逃げる手立てが全くないというわけではない。


 エルニィは気付いていないようだが、今エルニィが掴んでいる腕は左腕……俺の生身の腕ではないのだ。俺は左腕は魔道具で作った義手で、いつでも取り外すことができる。

 逃げることは簡単だった。

 とはいえ、俺が腕を失ったことをエルニィに知られるのは不味い。ここは見に徹するべきか……。


「じゃあ、帰りましょう! きっとパピーもユーガと再開できることを喜んでくれるわ!」

「……はは。領主様かぁ。懐かしいなぁ」


 苦笑いが止まらない。

 今の俺の立場は領主の敵と言っても良い。領主はエイリアンを追っており、エイリアンはネイラの前身だ。事実上、俺と領主の関係は良好とは呼べない。

 俺はエルニィに引き摺られながらも、やんわりとエルニィに意見した。


「やっぱり申し訳ないから領主様に会うのはちょっとなぁ。押し掛けるのも迷惑だし、その、不義理があると言うか」


 別に領主様に不義理はなかったが、そう言えばエルニィが解放してくれるんじゃないかと思った。


「安心して! もうユーガは私の子供なんだからパピーには何も言わせないわ!」

「助けてくれええええええええええ!!!!」


 もうなりふり構っていられない。こうなったエルニィは止まるところを知らない。取り返しが付かなくなるまで突っ走るだろう。このままだとほんとに俺がエルニィの子供にされてしまう。

 最悪同年代におぎゃる俺の噂が街中に知れ渡る羽目になる。痛いどころの騒ぎじゃない。軽く自殺もんだ。

 それに比べれば腕を失ったことがバレるぐらい大したことじゃ…………。


「……遅いと思ったら、何してるの?」


 白銀の長髪と黒い瞳を持った少女がエルニィの進行を阻害していた。


「ミ……コ……?」


 た、助かった。ミコと協力すればこの局面でも逃げられる。倉庫で一緒に過ごしている同僚とでも言えばエルニィも納得して俺をリリースしてくれるだろう。

 俺は九死に一生を得るとばかりに飛びあがった。


 が、


「誰アンタ?」


 エルニィの空気が一瞬にして凍結した。

 ミコの姿を上から下まで眺める。ミコの情報を探っているのだろう。


「白い髪、黒い眼……」


 この街で黒い眼を持つ者は少ない。俺の知る中でも片手で数える程しかいない。

 そのため、黒い瞳を持つ者の出自はある程度絞ることができる。


 俺と関係があって、俺と同じ黒い瞳を持っていて、俺より少し幼い見た目をしている。エルニィは馬鹿じゃないから、これだけ情報が揃っていればある程度の答えを得ることができた。

 ……以前なら出来なかった芸当だ。これもエルニィの成長のたまものだろう。


「あなた、もしかしてユーガの妹さん?」


 俺はこの船に乗ることにした。

 バッと飛び起きてエルニィとミコの肩に手を置く。詐欺師をも超えるニッコニコの笑みで二人の間を取り持った。


「いやぁ、そうなんだよ。正確には妹じゃなくて従妹なんだけど、よく気づいたな。俺が父親に捨てられた後にばったりとミコと会ってさ、ミコの眼は母さんと同じ黒だろ? そこで俺もピンときちゃって。妹じゃなくて従妹ってことが、血筋的にはちょっと離れてるけど、俺と親族なことは違いないじゃん? だから、俺はミコの所でも世話になっててさぁ」


 ミコが首をかしげているが、俺はミコとエルニィの肩をばしばしと叩いて誤魔化した。俺が言っている意味が分からないのは当然だろうが、ここは合わせてほしい。

 そんな念をミコに送ったが、俺はテレパシーを使えなかったためミコは首をかしげたままだった。

 だが、エルニィをダマすことには成功したようだ。


「ふーん、ユーガに従妹が居たんだ」

「そうそう! だから俺の方は大丈夫だって。エルニィの心配は最もだと思うけど、俺も従妹のおかげで元気にやってるし、それで今は十分かなって。ミコも今が良いよな?」


 ミコは傾げた首をやっと元に戻した。よくわからないが「今が良い」のはミコにとって紛れもない真実で、首を縦に振るのは当然だった。

 俺の腕を掴むエルニィの力が緩む。俺はその気を狙って腕を抜こうとしたが、すんでのところで再び掴まれた。


「ユーガの、ママになるのは、今は諦める……。でも、また会ってくれるよね? 前みたいに居なくなったり、しない……よね?」


 俺はそれどころじゃなかったのもあって、エルニィのことなどほとんど忘れていたが、エルニィは俺のことを考えてくれていたのだろう。


「ああ、今の俺は自分で言うのも何だけど割と安定してるからな。前みたいに居なくなることはしないよ」

「……信じて良いの?」

「俺を信じられないか? ……まあ、普通は信じられないか。じゃあ、どうしたら信じてくれるんだ?」


 エルニィが俺の腕を解放するには俺を信じてもらう必要がある。エルニィにはその手段があるようだ。


「パーティを組むのはどう? 冒険者ギルドに登録して、私とパーティを組みましょう。どうせユーガは冒険者の登録してないんでしょ?」


 冒険者……。たしかギルド長のおっさんが仕切ってる組織か。


「登録はしてないな。する機会もなかったし」


 おっさんがぎょっとした顔をした。


「あんな凄い力を持ちながら冒険者ギルドに登録してないのか?」

「別に登録しなくても魔物は狩れるからな」

「でも! 今日からはユーガも冒険者ね!」


 ということで、俺は今日から冒険者になることになった。


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