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ママと呼びなさい!


 俺とエルニィは酒場に来ていた。エルニィの隣には兵士のおっさんが二人おり、俺は三人に助けられた冒険者ということになっている。良くも悪くも貴族の娘であるエルニィは知名度が高い。

 俺に配慮してこのような形にしてくれたのは有難いが、俺は早く釈放してほしかったのでエルニィに感謝はできなかった。……さっきの魔物の解体を早くしたい。最高の素材が手に入ったんだ。


 そんな俺の気持ちに毛ほども気付かない鈍感系エルニィは俺との再会を楽しそうにしていた。

 ……訳でもなかった。

 着席して早々に怒りを内包した拳がテーブルに叩きつけられる。


「だから言ったでしょ!? あいつなんかさっさと捨てるべきだって!!」


 エルニィと俺は久しぶりに出会った既知の関係だ。家庭崩壊が起きる前はちょくちょく遊ぶ機会があった。俺の家は貴族の家とも関係を持てる程度には一般階級の中でも上層クラスだったのだ。

 エルニィと俺は歳が同じなのもあって、割と仲は良かった方だと思う。

 だからだろう。俺の家がおかしくなっていくのを察知したエルニィは、俺を貴族の屋敷で匿うなどと言い出したことがあった。

 だが、俺はそれを拒否した。


 俺はいきなり怒鳴ってきたエルニィを無視してお冷を口に含んだ。エルニィの隣にいるおっさん二人に目を向けると、おっさんたちは呆れたよう落ち着いていた。

 貴族の娘であるエルニィが怒鳴るのはわりかしいつものことのようだ。……変わってないな。


「あのなぁ、あの時も言ったろ? 俺はそういうのは好きじゃないんだ」

「そういうのってなに!?」

「そういうのは、あれだよ」


 俺は貴族をあまり好きではなかった。原因はいくつかあるが、分かりやすい所を上げるとすると、今の貴族の金遣いに不審点がある所とかがそうだ。

 貴族に直接的に助けになるのは俺の精神衛生上良くない。


「……まあ、あれってやつだ」


 俺は言葉を濁した。

 エルニィがむすーっとする。怒鳴りたいことがあると言いたげだが、すぐに怒鳴ったりはしてこなかった。あのころと比べると少しは成長しているのだろうか。


「言う気はないってこと?」

「思うんだが、別に良いんじゃないか? 俺は生きてたわけだし、こうやって再開もできたんだ。結果的にあの時のエルニィが正しかったのはそうだけど、俺の選択が間違ってたわけでもない。じゃあ、これで良くないか?」

「……ふーん、まあ、言う気が無いのならそういうことにしてあげても良いけど……」


 やけに物分かりが良いエルニィにおっさん二人が驚いていた。二人はてっきりエルニィが怒鳴ると思っていたのか耳を塞いでいたのだが無駄になってしまった。ほっとしたように耳から手を離している。

 しかし、エルニィは急に声を張り上げた。


「でも! 今まで何があったかは聞かせてもらうから!」


 俺は両手を挙げて降参のポーズを取った。


「それについてもパスで頼む。俺にも事情があってさ、色々と話せないことが多いんだ」

「はぁ!?」


 ドンッとテーブルを叩いて、エルニィが身を乗り出してきた。


「そんなの通じるわけないでしょ!?」

「まーまーまーまー、俺の方でも色々あったんだから良いだろ? 年頃の男子なんだから隠したいことの一つや二つあるんだよ」


 俺とエルニィの仲はそこそこ深い。当時の関係だと俺等は友達が少なかったのもあって、互いが最も近しい友達だったのは間違いないだろう。

 エルニィは俺がテコでも動かないことを知っている。


 フンッとそっぽを向いて怒っていることをアピールするだけで、それ以上追及してはこなかった。本題に移る。

 すっかり拗ねてしまったエルニィの代わりにおっさんたちが話を始める。


「ユーガさん……で、良いかな」

「ユーガで良いよ。俺は貴族じゃないし」

「じゃあ、ユーガ。さっきの戦いに関してだけど、あの鳥の魔物を仕留めてくるなんて強いんだな。てっきり直ぐに追うのを止めて戻ってくると思ったぞ」


 そっぽを向いてメニューを注文していたエルニィが話に割り込んできた。先程までのぷんすかと怒っていたのが嘘のように興味津々で食いついてくる。


「ねえユーガったらいつの間にあんなにつよくなってたの!? 私すっごく驚いちゃった!? あの剣は何? 私のと一緒で魔道具みたいに見えたけど!?」


 俺は腰に付けていた剣を取り出した。テーブルの上に置く。青い線が入った鉄の剣だ。


「よくわかったな。エルニィの言う通りこれは魔道具だ。冷気を出す力がある」

「ふーん、私のとは結構違う力を持ってるのね」

「エルニィのはどんな力なんだ?」

「えっとねぇ」

「お嬢ちょっと!」


 エルニィは剣を取り出そうとしたがおっさんがそれを止めた。


「なに?」

「お嬢の剣は大きすぎてここに置くのは不味いです。それに重さも結構ありますし、丁度、注文してた料理も運ばれてきましたから」

「……まあ、そうね」


 エルニィは剣の柄に掛けた手を戻した。

 俺はテーブルに出していた剣を仕舞い、店員が運んできた大量の料理をテーブルに並べる。大盛りの皿が大量にあったせいで複数回にわけて運んできていた。


「……それってお前が注文したのか?」


 テーブルに並んでいる料理は四人前とは思えない程大量だ。十人前ぐらいあるかもしれない。

 俺の指摘にエルニィはムスッと口を尖らせた。


「何よ!? 悪い!?」

「ま、まあ、一杯食べる婦女子を好きって奴は居ると思うぞ。何も悪くない。うん、改めて考えてみても何も悪くないな」

「ふーん、ユーガもパピーと同じことを言うのね」


 領主様が娘に甘いという話は良く聞く話だ。普通に考えたら暴飲暴食レベルの娘を咎めるだろう。


「パピー? ああ、お前の父親か……領主様はご健勝か?」

「今は忙しくしてるけど元気よ。何か変な組織がどうたらとかとか言ってるけど──」

「お嬢、お嬢、それは内密にお願いしますよ」

「え? そうなの?」


 何やら不味い御様子。俺は厄介なことに巻き込まれたくなかったため、聞かなかった振りをした。急いで飯を口に咥えてムガムガと咀嚼する。


「あんだって? 何が内密って?」

「ユーガには後でパピーに話させるから安心して」

「お嬢、流石にお嬢の知り合いでも機密情報を教えるのは……」

「良いの良いの。だってユーガだから」

「いや、俺も面倒ごとはごめんなんだが」


 はははと笑う。

 領主の娘であるエルニィは一般人に比べて多くの危険情報を持っている。俺はそれが恐ろしくて仕方がなかった。

 だが、エルニィは俺にも共有してほしいと思っているようで、俺に相談事を良く持ち込んでくる。


「ユーガなら手っ取り早く解決してくれそうなんだけどなぁ」

「過剰評価しすぎだ。俺は大したことないぞ」

「でもさっきはユーガに助けてもらったよ?」

「あのくらいはまあ」

「ほら、やっぱりユーガは頼りになる。ユーガがいつもそんな感じだから私はユーガを頼るんだよ」


 面倒ごとは嫌いだが誉められるのは悪くない。

 しかし、やはり面倒ごとは嫌いだったため、俺は早々に退散することにした。注文した料理はどれもあまり美味いものじゃなかったのも大きい。

 適当に皿を空にしてから、ふいぃと息を吐いた。流れるように席を立つ。さわやかな笑みと後腐れなさそうな台詞を口にした。


「久しぶりに会えて嬉しかったよ。また会ったら一緒に食事でもしようか」


 俺は何食わぬ顔でエルニィに微笑んだ。冒険者の付き合いだと鉄板とも呼べる口調で話を締めくくる。

 が、エルニィはそう簡単に俺を離してはくれなかった。

 俺の腕が物凄い力で掴まれる。次いで絶妙に怒っている綺麗な声色で尋ねられた。


「何処に帰るの?」


 俺は何も悪事をしていないかの如く普通の面持ちでエルニィの顔を見た。エルニィの顔も俺と同様に怒ってなどいないといわんばかりに能面であった。頬が僅かに鬼のように赤い点を除けば能面と呼んで差し支えないだろう。

 俺はごく普通の日常会話のような調子で答える。


「そりゃ家に帰るに決まってるだろ」


 当然のことだ。エルニィの手から逃れようと俺は腕を動かす。……だが動かない。俺はその場で立ちすくんだ。

 逃げることのできない俺にエルニィは余裕の表情で問いかけを続ける。


「家ってどこに?」


 俺は一瞬にして頭を回した。最も怪しまれないであろう答えを探し────

 突如エルニィが俺の耳に口を近づけてきた。


「ワァア!!!!!!!!!!!」


 わぁあああ???????? なんだなんだなんだ??? 何で急に!?


 俺はパニックになった。

 パチパチと瞼を開閉しながら現行犯であるエルニィを見る。

 エルニィは咎めるように俺を睨んでいた。


「今、私をダマす言い訳を考えてたでしょ」


 ……バレてる。何でだ? ほんの一瞬黙っただけだぞ。とにかく誤魔化さないと──

 だが、俺が口を開くよりも先にエルニィが俺の腕を痛いぐらいに握りつぶす。俺は苦痛で口を歪めざるを得なかった。


「また私をダマそうとした。もう私はダマされないわ」


 この女、エルニィは俺が知らない間に成長していたようだ。一歩下がる俺の腕をぎゅっと引き寄せて、俺と鼻先がくっつきそうなほど顔を近づけた。


「それで、何処に帰るって?」


 俺は口を閉ざした。こうなったら俺は逃げられないだろう。俺の知らない間にエルニィは俺をはるかに超える馬鹿力を手にしていて、俺の性格を完全に把握しきっている。これは、割と正直に話さないとずっとこのままかもしれない。

 ……あー、嫌すぎる。でも…………、はぁ。


「わかったよ。少しだけ話すよ。少しだけな」


 俺は観念して席に座りなおした。

 そして、俺が孤児院に送られてから、今は孤児院からの派遣先である倉庫で暮らしている旨を伝える。エイリアンなどの酷い話は全て除外した。貴族の娘にエイリアンの話をしたら厄介なことになるというのもあるが、俺はエルニィに心配させるのが好きじゃなかった。


 しかし、たったそれだけでもエルニィにしてみればよっぽどのことだったようだ。うるうると目元を涙で湿らせている。隣のおっさんも涙をこらえるように顔を歪ませていた。

 よくわからないが、俺が話したことでエルニィの心の壁を少しは下げることができたのは成果と呼べるだろう。これなら逃げることを視野に入れられる。


 などと安堵していた俺はエルニィの潔い行動力を甘く見ていた。


 頬に涙を垂らしたエルニィは勢いよく立ち上がった。


「ユーガ!」


 エルニィは袖で涙を拭ってから、貴族の娘にあるまじき言葉を口にする。


「今日からは私をママと呼びなさい!」


もうちょっとで終わります

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