おはなし
掃除を終えた後、俺達はここで働いているロンガスと食事をしている。
ロンガス達労働者は普段は彼ら個々人の家や食事処で食べているらしいが、今日から暫くはロンガスだけ俺達と一緒に食事をするのだという。この施設の事や仕事内容とかを色々と教えてくれるのだとか。と言っても、話を聞くのは主にゲンなんだが。
ロンガスが暫く面倒を見てくれると言うことで、俺達孤児院の皆が喜んでいた。ここの従業員にしては珍しく、きさくで人当たりが良さそうなため、俺達の中でのロンガスの評価は高い。
暫くの間、労働契約により俺達はこの地下施設の外に出ることができない。そんな俺達が精神的におかしくならないように心配したロンガスが自分からこの役を申し出たらしい。つくづく良い人だ。
ゲン然りロンガス然り、俺の周りには人の良い奴が多い。俺にそういう、良い人を集めるような性質があるのかもしれない。
……いや、そうでもないか。頭の中に一瞬浮かんだ父親の姿を消すように俺は頭を振った。こいつらが良い奴なのに俺は何ら関係ない。
良い奴は俺が関係していなくても良い奴であって、そこに俺がどうこうということはないんだ。
「ねぇねえ、聞いてる?」
「んぁ?」
ぼーっと考え事をしていた俺の頬をツンツンとつつかれた。
「聞いてる聞いてる。……で、何だっけ?」
「やっぱり聞いてないじゃん。ユーガって頭良さそうな振りして本当は馬鹿だったんだね」
「馬鹿とはなんだ。年上に向かってそういうことを……礼儀がなってないぞ。年上には畏まれって教わらなかったのか?」
俺は正面に座る少女に年長者を敬う心を説いた。少女は首をかしげて、記憶を辿るように宙へと視線を飛ばす。多分十歳を過ぎたぐらいの少女だ。こんな少女でさえも孤児院が労働力として売ったと思うと心苦しい。余程金に困っているようだ。
だが、たくましい少女は俺の感情など露知らず、俺の問いかけに元気に答えてくれた。
「うーん、教わってないと思う!」
「馬鹿言うな。そんな訳ないだろ。現にお前ら孤児院の奴らはゲンに対して敬語みたいなものを使ってる。孤児院でも大人たちに歯向かってる奴は見ないし、絶対に何処かで教わってるはずだ」
少女は冷めたパンを千切って口に頬張った。いつもの食事が美味しいとは言わないが、今日の食事はあまりおいしくない。パンしか無くて味気が無いのもあるが、部屋が暗いのが一番嫌になる。
今俺達が食事に使ってる部屋は倉庫から地下へと向かう道を通った先にある。つまりはこの部屋は地下なので窓が無く闇同然だ。照明となる灯りの魔道具は最低限しかなく、この部屋も廊下や倉庫同様に薄暗い。そりゃ、飯も不味くなるはずだ。
現に飯に頓着のない俺ですら今日の食事はちょっときつい。こんな生活があと十数日続くとなると、ロンガスが気を遣って俺達と一緒に食事をしようと提案するのも無理からぬことだろう。
少女がゴクンと冷めたパンを飲み込む。同時に俺の言葉も飲み込んでくれたようだ。衝撃の事実を口にする。
「ゲンも孤児院の人達もユーガと違ってしっかりした人だもん! 礼儀を持って接するのは当たり前だよ!」
俺は違うのかよ。
……言いたいことはあるが、とはいえ、良くできた子供だ。教育がしっかり行き届いている。今時ここまでしっかりした子供が孤児院にいるとは思わなかった。いや、ゲンがいるとなるとそうなるのも道理……か。あいつ凄いな。
俺は調子よくなった。今まで孤児院の子供たちとは会話をしてこなかったが、これを機会に色々と話をしてみるのも良いかもしれないと口が乗る。
「俺には礼儀を持ってくれないのか?」
少女があからさまにムスッとした。
「だって、ユーガは悪い人じゃん」
心外だ。俺は抗議した。
「いやいや、俺が会話をしたのは今日が初めてな訳だろ? で、今日の俺はそんなに悪い人じゃなかったはずだぞ。ネズミが感染源になるから気を付けろとか教えたのは俺だったろ?」
「でも、掃除の時にゲンを驚かせたのもユーガでしょ」
「……いやそうだけども」
「そうだけども?」
少女にとってゲンは尊敬できる人で、俺は尊敬できる人に不快な思いをさせた悪い人。大体そんな感じのイメージを抱いてしまっているようだ。
俺は少女との今後の関係性をより良いものにするため、少女の俺へのイメージ改善を図った。
「あんなのはじゃれてるだけだよ。友人関係なら良くあることだ。孤児院でも友達同士でああいう脅かしたりとかはあったろ?」
「……ゲンとユーガが友人? それほんとに? 嘘じゃない?」
「何でそんなに懐疑的なんだよ。本人がすぐそこに居るのに嘘つくわけないだろ。流石の俺もそこまで馬鹿じゃないぞ」
俺はチラリと少し離れた場所にいるゲンを見る。
ゲンは今、ロンガスと一緒に食事をしている。どうやらロンガスにこの施設や仕事について詳しく聞くためらしい。ゲンはこのグループのリーダー的な存在であるのもあって、責任感を持って行動しているようだ。子供たちの仕事を円滑に進めるために自ら行動できるのは素直に凄いと思う。そういうところがこの少女や他の子供たちに尊敬されるところなんだろう。
そんなゲンと普段から一緒に居る少女が、俺を見て尊敬できないと言い張るのも仕方のないことだ。俺が少女の立場だったら俺もそうする。つまり、俺が少女に舐められているのは決して俺がどうしようもなくクズだからではない。
ゲンとロンガスの声が聞こえてくる。
「正直、俺はこの組織についてそこまで詳しくないかな。俺はあの倉庫の管理をまかされているけど、それ以上の仕事はやったことがない」
どうやらゲンはロンガスにこの組織について尋ねているようだ。俺がゲンに告げ口した「この組織が怪しい」という言葉に少し思うところがあったのかもしれない。
「倉庫の更に下にまだ道が続いているのは御存知でしたか?」
「まあね。入ったのは今日が初めてだけど。君たちの世話をしたいってあの人に言ったら、ここまでなら使って良いって許可をくれた」
「あの人というのは、あのイケメンの人ですよね? どういった方なんですか?」
ロンガスが顎に手を当てて、しばし思考する。ロンガスの中でもあの優男のイメージは固まっていないようだ。考える時間は割と長かった。
「謎の多い人ではあるし、裏に隠れて何かをやろうとしてるのは間違いない。俺達を雇ったのも多分そのやろうとしている何かのために必要だったからなのはわかる。隠し事ばかりで、性格も明瞭じゃない。正直なところ、君たちが怖いって言うのも理解できる。でも、悪い人ではない。ってのは確かだ」
「何やろうとしてる事ってのに心当たりは?」
「……気になることでもあるのか? 君たちは倉庫の掃除と他の雑用だから知っても意味はないと思うけど。それ以上に、もし知ってしまったら厄介なことに巻き込まれるかもしれないぞ」
ロンガスは暗に知りたがるのはやめろと釘を刺してきた。よほど俺達の事が心配らしい。まだ出会って一日も経ってないが、その優しさには感謝しないといけない。ゲンはロンガスの意を汲み取ったからか、少し渋い顔をする。ここまで言うのならロンガスは何か知ってるのだろう。いや、知らずに言ってる可能性もある。どちらにせよ、ゲンの性格からしてこれ以上聞くことはないと思う。
が、ゲンは少し踏み込んだことを尋ねた。正義感の強いゲンのことだ。わるいことをしてる人を見逃すことができないのだろう。
ゲンは他の子どもよりは賢いが、所詮は未だヒーローが大好きな子供の側面を持っている。悪いことに対する心象は大人よりも良くないはずだ。
「ロンガスさんは協力してるんですか? こんなでかい地下施設を使うような何かに」
少し間が空く。
「……いや、多分してないと思う。さっきも言ったが、俺がやってる仕事は倉庫管理だけだから。あの人も俺から情報が洩れるのを懸念して俺には何もやらせてないんじゃないかな。まあ、俺の働きであの人に資金が流れてるから間接的には協力してるんだが。でもまあ、あの人は悪い人には思えない。だから、俺があの人に協力してても大丈夫なんじゃないかな」
「それは……」
ゲンは途中で口を噤んだ。ゲンが言いたいことは俺には何となくわかった。詳細の知れない謎のやばい組織に手を貸す理由としては弱いと言いたかったのだろう。だが、ロンガスの手前言えなかった。いや、あの優男がやろうとしていることが例えとんでもない犯罪だったとしても、ロンガスは仕事を貰えたことで助かっているし、もし仕事が無かったら生活が大変なことになっていただろう。
責めるのならロンガスではなく、街の住民をこんな状態にした貴族の方だ。孤児院でも大人たちが話をしていたことだが、税金が上がったことで生活が苦しくなっているらしい。
ゲンが気を遣って口を噤んだことで、ロンガスは苦笑した。
「大人には気を遣うもんじゃないぞ。これは俺が選んだことだ。仕方がないなんてのは言い訳でしかない。それじゃあ世の中は回らないからな。どうせ俺が持ってる情報なんて大したもんじゃないし、君が聞きたいことは何でも聞いてくれ」
「……そうですね。……なら、お言葉に甘えて、他の事を教えてください」
ゲンは姿勢を正して再度ロンガスに話を聞き始めた。
殊勝なことだ。ああいう真っ当なやり方は俺には出来ないだろう。
などと、俺がゲンを見ながら物思いにふけっていると、不意に少女が俺に爆弾を投げてきた。
「ユーガってゲンのことが好きなの?」
「は?」
何がどうなってそうなった? こいつあたまおかしいんじゃないのか?
「だって、今まで全然話そうとしてこなかったのにゲンと話をしてから急に話し出すようになったし」
「それだけで?」
「それだけって、結構重要なことじゃないの? 私だって孤児院の皆と最初に話をした時は何か特別なものを感じたよ。そういうのをユーガも感じてるんじゃないかなって思ったの」
「なるほどねぇ」
こいつら孤児院の子供たちは何らかの事情があって孤児院に送られてきた。きっと、俺が知らないだけで、この少女にも事情があり、その事情を克服して回復するまでの何らかの過程があった。
少女にとって、今の俺はかつての自分を見ているように感じるのかもしれない。俺にはその過去の事情を知る由は無いが、少女の語り口からしてそうなのだろう。
「私ね、ずっと前に魔物にパパを殺されたの」
少女の事情など知る由もないと思っていたが、何故か少女はペラペラと自分の事情を語り始めた。我ながら心無いと思うが、俺は興味を持つことができなかったものの、黙って耳を傾ける。
「ユーガは知ってる? この街って他の街とはちょっと違うんだって」
「ああ、そりゃ街に何年も住んでれば知ってるよ。魔物の話でこの街のちょっと違うところってなると、この街が魔物が多く住む森に囲まれてるって話か?」
「うん、この街は沢山の魔物に狙われているから警備兵や冒険者は危険なの」
この街の土地が狭い原因がこれだ。この街は周囲を魔物が多く住む森に囲まれており、街の外に出るにはたった一本の街道しか存在しない。そのため、その街道を守るために多くの警備兵や冒険者を雇っている。税金が高い理由もだからだと言われている。
俺は少女の話し方からざっくりと話の予想を立てた。
「それで、お前の父親は警備兵だった……。いや、冒険者だったのか」
「え、すごい。よくわかったね」
「冒険者は放浪的なものが多いからな。それに対して警備兵は街に根付いて活動してる。孤児が生まれるとするなら大半は冒険者の子だ。警備兵の場合は親族なり近所付き合いなりで引き取ってくれる家が割と多いって聞く」
俺の推測が見事的中したのか、少女は驚いたように眼をパチパチと瞬きした。話を続ける。
「それでね、ママは居たんだけど、パパが死んじゃってから直ぐに何処かに行っちゃって。それで孤児院に来たんだ。パパが冒険者の技能を持ってたのもあって、一応私の技能も見てくれたんだけど、私はパパみたいに凄い技能を持ってなかったから」
「冒険者の技能って言うと……剣術とかの技能か?」
「パパは弓術の技能だった。技能は遺伝するって言うから私にも弓術の技能があるかもって言われたんだけど」
人間はそれぞれ技能を持っている。
技能は言ってしまえば才能を視覚化したものだ。その人がどの分野で特筆した才能を発揮するのかを客観的に示してくれる。
例えば、この少女の父親のような弓術の技能があれば弓術に関しては他の人よりも秀でた成績を出すことができる。ただ、これは絶対ではない。同じ技能を持っていたとしても個人差は存在するし、技能を持っていても技能を持っていない人に負けることはある。
あくまでも技能はただその人が最も秀でている才能を視覚化したものでしかない。
「冒険者の技能はこの街だと貴重だからな。持ってることがわかれば、好待遇で育成機関に入れる」
「そう、だから周りの人に連れられて調べたんだけど、ダメだった」
「何の技能だったんだ? あ、嫌だったら答えなくて良いぞ」
技能を隠す人は多い。自分の才能を他人にひけらかすのは自分が不利になることが多いからだ。
「ん、私は別に隠してないから教えても良いよ。でも、ユーガの技能も教えてくれるならね」
少女の発言と態度からして、少女の技能は孤児院の他の人も知ってるのだろう。そうなれば少女が俺に話すことのデメリットは存在しないも同然だ。
少女はリスクが無いと言わんばかりに、一切の曇りのないニヤケ顔で俺を見てくる。俺はそっぽを向いた。
「ならいいや」
「えー、何でー、いいじゃん。ユーガの技能教えてよー」
「俺の技能はまだここの誰にもバレてないからな。交換するならもっと良いものじゃないと交換には出せん」
「つまんないのー。どうせ大したものじゃないくせに」
大した技能を持ってる奴は孤児院に来ない。必然的に俺の技能も大したことないものになってしまう。そしてそれは正しい。
俺の技能はこの街では極々普通で、最も数が多いと言われている技能だ。残念ながら、こんなにもったいぶるほどの価値はない。
「良いんだよ。大したものじゃなくても、自分の持ってるものなんだから大事にしたいんだ。お前も自分の持ってる力なんだ。大事にした方が良いぞ。何だかんだ、最後に頼れるのは自分の力だからな」
いざという時に他人は頼りにならない。いざという時でなくても他人という生き物はコントロールが出来ないから、自分の害になることをし始める。例え何年も一緒に居たとしてもそれは変わらない。他人の頭の中を覗けるわけじゃないから、他人が自分をどれだけ大事にしてるかは分からない。そして、わからないものは頼れない。
かつてがそうだった。
「冷たいなぁ」
「それが現実だろ? 現に、俺が言ってることが正しかったから、お前も俺もここにいるわけだしな」
孤児院に行きつくのは誰も頼りになるものが無かったからだ。俺もこの少女もそれは同じ。きっと、ゲンもそのはずだ。
「そうだけどぉ」
「だろ? だから自分の技能をほいほい他人に教えずに、しっかり磨いて大事にしろよな」
少女がむすーっと頬を膨らませる。だが、何か面白いことを思い出したのか直ぐに元気を取り戻した。
前のめりになって、俺に満面の笑みを向ける。
「でも、そんなことをいうユーガもゲンのことは頼りにしてるんだよね?」
俺は苦笑した。両手を上げて降参の姿勢を取る。
「俺の負けだ。お前の言う通り、他人を頼りにするのは悪いことじゃない」
「でしょ! ほらね! じゃあ、ユーガの技能を教えてよ! 他人を頼るのが悪いことじゃないなら、教えられるよね!」
「えぇ……」
それとこれとは話が別だろ。と思ったが、別に俺の技能は特別なものではないため口にはしなかった。年下の少女に意地を張って話さないなどと言う愚かをしてまで守らないといけないほど致命的で重要なものでもない。
一般人が持つにはどうってことのないただの一般技能なのが現実だ。
俺は諦めたように言った。
「魔道具だよ」
この街で最も多いとされる技能の名前を、俺は口にした。
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