領主の娘
アーガスタ街、領主エンドワース家、屋敷。
広い庭園で剣を振る少女とそれを見守る父親がいる。父親の方はこの街の領主ガンド・エンドワースで、剣を振る少女はその娘エルニィ・エンドワースだ。桃色の長髪に赤い瞳が仰々しい少女である。
エルニィが握る剣は大きく、身の丈ほどもあった。重量は相当な物だろう。それをエルニィはいとも簡単にぶんぶんと振っていた。
父親であるガンドはそれを半ば冷や汗を掻きながら眺めている。
「最近、よく街の外に出かけていると聞く。魔物を狩っているらしいではないか」
ガンドはエルニィの日頃の無茶を咎めた。
エルニィは父親の問いかけに、剣を振るのをやめることなく答える。
「魔物が沢山出てきて困ってるって聞いたから狩りに出ただけなんだし別にいいでしょ。みんな感謝してくれたわ」
息遣いには一切の乱れがない。
「そうかもしれないが、父親としてはやはり生きた心地がしない。できれば控えてほしい」
「ちゃんと私以外にも兵士を何人か連れて行ってるんだから文句言わないで! 父親でしょ!? 黙って娘の成長を喜びなさい!」
ブンッ、と剣の切っ先を天に向けた。己の意志を高々と主張する。
ガンドはやれやれと首を横に振った。
「ああ、何でこの娘は女の子に生まれてしまったんだ。これが息子だったら大喜びだったのに」
貴族の息子には騎士になって武勲を立てるという役目がある。しかし、貴族の娘にはそういった武勲という役割は期待されていない。
危険など冒さずにのんびりしておいてほしいというのがガンドの心情だった。
だが、このおてんば娘は父親の思いを凌駕する意志を持っている。
剣の切っ先を天から父親へと向けた。
「貴族が民衆を守るために戦うのは義務だっていったのはパピーでしょ! 私はその教えを忠実に守ってるだけよ! でも大丈夫! 安心していいわ! 私は死んだりしないから!」
「はぁ、こんな勇敢な娘を持てて私は幸せだよ」
「でしょ!?」
本音を言うと、ガンドは娘を誇りに思っている。幼い頃に守れなかった友人のためにと剣を習い始めてから今日までずっと剣を振り続けている。貴族の長男でも中々できることではない。
それをやってのけるのはエルニィの強い意志のたまものだ。父親としてはそこを否定することはできない。
が、否定したいこともある。
「これでもう少し服装にも気を付けてくれたら完璧なんだけど」
今のエルニィの格好はまるで少年のようだった。運動しやすい格好をすると必然的に少年のような格好になるというのもあるが、それにしても少女感が足りない。Tシャツに半ズボンだ。
長髪と胸が発達しているおかげで少女だと確信を持てる見た目になっているが、そうじゃなかったら少年と間違われる可能性が出てくる。父親としてはなんとも納得できないファッションだ。
小言の一つも言いたくなる。
エルニィは胸を張った。年齢にしては大きく育っている胸がシャツの皴をピッと張る。
「でもユーガは可愛いって言ってくれたわ!」
ガンドは苦い顔をした。
「それはもう何年も前の話だ。今はエルニィも育ってきているし、年齢に合った服装をした方がね……」
「でもこれが動きやすいし、上から鎧を着ても余裕だから普段着として私に合ってるの。わざわざ機能で劣る服に変える気はないわ」
発言が完全に少年のそれである。エルニィは来年で15歳の少女だ。この年頃だと大体はおしゃれに気を遣い始めるどころか、おしゃれに全てを奪われる時期である。なのにエルニィにはその傾向が一切見られない。
ガンドは一つ思案した。ここいらでさくっとメスを入れておくことにする。
物憂げな表情でポロッと零すように呟いた。
「もし、ユーガ君が今のエルニィを見たら、悲しむだろうね……。折角エルニィは可愛いのにって……」
ピク。
「ほんとに?」
食いついた。
「そうだとも。年頃の男の子というのは可愛い女の子が好きな生き物だ。特に服装は男の子を引き付ける最高の素材になる」
「服装……。例えば?」
「そうだね。私はその方面に詳しい訳ではないから、使用人にでも聞くと良いだろう。メイドさんなら良いアドバイスを貰えるんじゃないかな」
エルニィが自分の格好を見下ろした。年頃の少女にしては色気のない格好だ。……胸が大きいせいで逆にこれも悪くはない姿になっているが、ファッション的にはノーだと言わざるをえない。それはエルニィもよく理解している。
数秒、数十秒、数分に及びそうな葛藤があった。
「……聞いてくるわ」
剣を背中に背負うと屋敷に向かって駆けて行った。
元気な少女は今日も元気に生きている。それは良いことだ。だが、その生活も今は瀬戸際に入っている。今が踏ん張りどころで、頑張りどころだ。娘と会話できる時間はそう多くなかった。
「……あまり待たせるのも良くないか」
今日も医者を呼んでいる。別にガンドの体調が悪くて診察に呼んだわけではない。いつもの会談だ。
◆
椅子に腰掛ける。医者は既に部屋に入って紅茶を優雅に飲んでいた。この医者には良くアドバイスを貰っている。医者は知識に富み、多くの人脈を抱えているから、アドバイスを貰うには丁度良いのだ。
「娘さんとの時間はもういいのか?」
「良い訳がない。が、私にはやらなければならないことがある」
持ってきた資料をテーブルに置く。ここ数日の調査の結果である。
医者はカップから手を離し、資料を手に取った。パラパラとめくる。ページをめくるごとにその表情は厳しい物へとなっていった。
「微妙なラインだな」
医者の発言にガンドも同調する。
「何とも言い難い結果になってしまった。どう思う?」
今回、ガンドは領主の権限を使って街中の中規模以上の組織を調査した。冒険者ギルド、商会、魔道具技師会、自警団、倉庫などの大きな土地を有する者。他にも街中である程度の力を持っている組織を事細かに調査した。
その結果分かったことが資料にまとめられている。
医者は眼を細めながら、もう一度資料を読み始めた。顎に手を置いて唸る。
「怪しい所が結構あったみたいだが、決定的ではないのか。というより、結構ありすぎるな。管理者が不在だったり、利益が極端に少なかったり、あとは全体的に新しいグループが多い。基本的に子供は親の仕事を継ぐだろ。雇い入れをしないといけない新興は少ないはずだ」
「ああ、私もその辺りは怪しいと踏んでいる。だが、あと一歩足りない」
この街に怪しい奴らが紛れているのはほぼほぼ確定だろう。そこまでは医者もガンドも同意している。
怪しい奴らが何をしているのかは分からないが、何らかの目的があるのは間違いない。隠れてコソコソやっていることだ。どうせ良くないことをしているのだろう。領主としては目障りだ。消しておきたい。
だが、消すには肝心の証拠がない。
調査によると働いているのはどこも普通の一般人だ。何の悪だくみもしておらず、働く理由も最近の増税のせいで金がなくなったからなどで、正当性が十分にある。その者達の背後についての調査もしているが、特筆すべき変なことはなかった。
怪しい組織を消したいのはやまやまだが、このまま何の理由もなしに彼らの働く場所を奪うことはできない。ただでさえ増税で反発を生んでいるのにそんなことをやったら反乱を呼ぶ。
「面倒すぎる。数もやたらと多いし、ほんとにこの数全部が敵の工作員のグループなのか? 流石に多すぎるぞ」
資料によると現在調査できた数の半分が何らかの怪しい要素を含んでいるとあった。半分だ。この数が本当に全部敵の手に落ちているとするなら、この街はとうの昔に落ちている。
「やはり、工作など荒唐無稽な話だったか? ……いや、現実逃避はよそう」
「そうだぞ。現実逃避はよせ。この街は攻撃を受けてる。対処するのは急務だ」
「だが、そうはいうがなぁ」
ガンドは大きな溜息を吐いた。
怪しいと言うだけで何十人、何百人、はたまた何千人を路頭に迷わせるわけにはいかない。悪いことをしているという証拠があるわけでもないのだ。
現状、領主と医者には手の打ちようが無かった。
どれだけ大きな権力や知恵を持っていたとしても、それを振るうのはリスクを伴う。力は発揮すべき時でないと発揮できないものだ。それが現実というものである。
ガンドは再度大きな溜息を吐いた。
「……娘が、ファッションを気にし始めて嬉しい」
医者はカップを持ち上げて紅茶を啜った。
優雅にカップを置いてから、はぁと紅茶の熱い息を吐く。
「そうか。それは良かったな」
やれることがないのなら、もうしばらく仕事から離れても許されるだろう。
謎の組織への対策会議は白紙のまま終わった。




