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爆弾


 伝説上で大蛇と呼ばれる化け物を遥かに凌ぐ巨大な姿をした大蛇は伝説にうたわれるほど愚かではなかった。

 魔力を持ち、力を持ち、知識を持ち、更には底知れぬ器を持っている。何処を取っても人間とは比べ物にはならないほどの圧倒的な存在感を放っていた。

 おおよそ、この世界にこの大蛇よりも多くを持つものは居ない。そう思わせる物がある。


 でも、そんな大蛇にもわからないことがあるらしい。この世の殆ど全てを知っているだろう見識なる大蛇は「わからない」と心中を吐露した。


 大蛇の言葉が純白の空間に響き渡る。


「お前がここに来るまで、俺には多くの時間があった。俺はそこらの魔族よりも一際優秀な魔族だと自負している。そんな俺が使用する時間はお前たち人間の体幹時間の約十倍に値する。お前のことを調べ上げるのには十分すぎる時間だった」


 ……何を言っている?

 俺は大蛇が言っていることの意味が分からなかった。こいつが使う時間は人間の約十倍? 十倍速で動いているとでもいうのか?


「やはりお前はまだガキだな。俺の言葉をまるで理解できていない」

「……悪かったな。折角俺のために解説してくれてるってのに理解できなくて」

「いや、これは俺の配慮ミスだ。お前のようなガキにでも伝わるような説明をしなければならなかった。俺にはそれだけの頭脳があり、俺はお前に聞きたいことがあるのだから」


 大蛇は知能レベルが低い俺みたいな猿を馬鹿にはしなかった。寧ろ、俺に気を遣って己の行いが間違っていたと訂正を入れてきた。身体がでかくなってから比例するかのように器もでかくなったようだ。

 ノブレス・オブリージュという奴だろう。能力があるものは能力が無いもののために使用するのが望ましいという考え方だ。

 この大蛇はその精神を完璧に身に着けているらしい。


 大蛇は俺にも分かるように説明を付け加えてくれた。


「お前たちは二本の腕を使って物事をこなす習慣がある。一つの頭脳で扱える腕の数は最大で二本だけであり、二本以上の腕があったとしても脳の処理が追いつかずに結局二本の腕しか使いこなせない。しかし、俺には人間の十数倍の頭脳がある。これがどういうことかわかるか?」

「……作業しながらも、別の事を考えることができる……」

「悪くないがまあまあだな。つまり俺は十数倍の頭脳を使って十数倍の腕を操れるということだ。人間を十数人集めた複合体と考えてもらっても良い」


 何となく分かっていたが、この大蛇は個として見ることのできない化け物らしい。人間とは扱えるスケールが違い過ぎる。


「で、そんな最強の知能を持った魔族が俺の何がわからないんだ?」


 俺は大蛇と会話する気は毛頭なかったが話に乗ることにした。時間を稼げるのは悪くない。


「行いだ。お前がどうしてそこまであのガキどもに執着するのか分からない。牢に放り込まれてから脱獄できたお前はそのまま地下施設から脱出する選択もあったはずだ。何故逃げずにここまで降りてきた?」


 変なことを聞く奴だな。こいつは脱獄した俺を追ってこなかった癖に。どうせ俺がここにくるってこいつは分かってたんだ。


 だが、敢えてこいつが『わからない』と言って俺に尋ねているのは妙だ。


「逆に聞くけどさ、どうして俺が戻ってこないと思ってたんだ? あけだけのことをされて俺が戻ってこないわけないだろ」

「あれだけのことと言うのは腕を切り落としたことだろうか。それとも少し仲良くなったガキどもの身を案じてのことか。……どちらにせよ大したことではないと考えている。いや、お前の過去の履歴を漁ってみたが、お前の性格からして、それらが大事だとは思わない」


 過去の履歴というのは俺の過去の事情のことを指しているのだろう。

 俺は家庭内暴力やその他もろもろの特殊な事情によって孤児院に送られた人間だ。そんな俺が人間不信に陥ることは自明であり、人間不信のせいで俺は孤児院でも長いこと独りで過ごしていた。


 俺の性格を客観的に述べるなら、人間不信で他人に一切の関心を持とうとせず、恐怖に負けて人間不信を治すリハビリもできない臆病者だ。


 到底誰かのために動けるような人ではないし、腕の怨みを晴らすために地獄を見に行くような勇敢な精神の持ち主ではない。


 俺は笑った。


「オーランド、お前はやっぱ賢いんだな。賢いから俺が何を考えてるかわからないし、わかろうともしないんだ。心のどこかで人間のことをどうでも良いと思ってる。だから少し考えれば分かることを考えない。俺もそうだから分かるよ。蟻が何を考えてるかなんてどうでも良いし、蟻の本能を知ったところで得が無いからやらないからな」


 どれだけ頭が良かろうが思考には限界があり、その限界までを有効に使うために優先順位を設ける必要がある。人間の十数倍の知能があったとしても、人間のことを考える領域が十数分の一しかなかったのなら、その知力は人間の知力と大差ない。


「俺のことを理解したかったのなら、もっと真剣に俺を見ておくべきだったな。どうせ監視も適当にやってたんだろ? 俺が何を叫んでいたかとか何を考えていたのかとか、興味が無かったお前はサボってたわけだ。俺の履歴とやらをみるばかりで”今の俺”をお前は身てこなかった」


 話しながら俺は歩いた。白い柱の陰で隠れているミコに近づく。

 ミコは俺とオーランドの話を興味深そうに聞いていた。大蛇と対面している俺が近づいても怯えることなく首を傾げる。

 俺は小動物のように可愛らしいミコの肩に手を置いた。大蛇にふり返って言う。


「俺とミコの話、どうせ聞いてるんだろ? 何か思わなかったのか?」


 話している間、割と俺の方が有利に会話を進められていると思っていたが、大蛇は俺が予想だにしていなかったことを口にした。


「巫女がお前のことを名前で呼んでいた。それからして、巫女がお前に何らかの特別な感情を抱いていることは把握している。……お前も巫女に何らかの感情を抱いているのか? そうとは考えられない」


 名前で呼んでいる? それはどういう意味だ?

 俺は分からなかったが無視した。話を進める。


「まあ、実際それはそうだ。俺はミコに興味は持ってるけど、まだ出会って日が浅いし、得体が知れなさすぎて特別な感情を抱くのは難しかった。助けてもらったことには感謝してるけどな。如何せん得体が知れないものに強い好感を抱くのは厳しい。特に俺は人間不信を抱えてるし。お前の洞察力は間違ってないよ」

「では、」


 俺は左手で首から下げていた魔道具を手に取った。インフィニティである。その魔道具を使えば無限の世界からありとあらゆるものを取り出すことができる。

 もう片方の血の通った手でミコの頭を撫でる。ミコの白銀の髪は見た目に違わぬ素晴らしいさらさら具合だった。ずっと撫でていたくなる。不気味なバックストーリーを持つ少女には気味が悪いと思わないでもないが、この可愛さと無邪気な心は確かに価値があると思う。


「初めてミコを見たときに思ったんだよ。こいつは俺よりも価値があるって。わかるか? 俺みたいな馬鹿よりも、お前みたいなハイスペック指示待ち魔族よりも、ミコの方が多くの価値を秘めてる。それは孤児院にいたガキたちもそうだ」

「だからお前は自己犠牲の精神に目覚めたと?」


 自己犠牲?


「まあ。…………大体そんな感じだ」


 俺は嘘を吐いた。実際のところ上手く言語化することはできない。色んな要素が混ざりあって、その中でメリットやデメリットがあって、それらを総括したときの感情など俺にはわからない。

 人間の考えは複雑で、自分でも自分が何をしたいのかを明確に断定することは難しい。


 人間の脳は魔族のように高品質には作られてないから、実際の性能の三割程度しか使いこなせないなんて自体が起きる。自分の脳の処理速度を自分でコントロールすることはできず、自分が何を思っているのかを100%言語化することができない。自分のやりたいことややりたくないことを思い込むことだってある。


 結果として、俺は自分がどうしてここまでやってきたのかを説明するのに適切な言葉を用意できなかった。

 まあ、普通に考えればエイリアンとかいう馬鹿げた組織に喧嘩を売りに行くなんて馬鹿げたことはやらない。その馬鹿げたことをやってる時点で俺の脳みそはイカれてしまっている。


 俺は「結局さ」と続けた。


「俺は俺のことでさえ詳しく知らないんだよ。何がしたいのか、何をすれば良いのか、どんな結果を求めてるのか。曖昧には分かってるつもりだけど、明確に口に出して言えるほど確かじゃない。そんな俺が何を考えているか。傍から見てるお前には理解できないんだよ。だって、俺でさえ自分が何をしてるのかわかってないからな」


 大蛇は俺が如何に馬鹿な生き物なのかを知らない。真剣に俺を観察していれば分かっただろうが、こいつはそのリソースを出し渋った。それだけの価値があると思ってなかったから。

 だから、こうなるのは半ば必然だったのかもしれない。


 インフィニティが持つ無限の空間には制限がない。如何に巨大な物でも収納することできるし、それを取り出すことも出来る。


 いわゆる、奥の手と言う奴を俺は隠し持っていた。


 時間稼ぎは十分だろう。


「まあ、でもお前が言ってることは間違ってないよ。俺は自分が可愛いから他人から侵されることが怖くて他人と関わらなかった側の人間だ。あいつら子供たちに対する感情もミコに対する感情もまだそこまで強いとは思わない。良い奴だとは思うけどな」


 大蛇は俺の言葉を黙って聞いているだけだが、この大蛇は聞いているだけでも十分以上の情報を得ることができる。この辺にしておいた方が良いか……。

 時間は十分に稼げたしな。


 俺はミコに背を見せ、両掌を大蛇に見せるように開いた。一生に一度の大勝負である。俺はギラリとした歯を見せた。


 ミコがぼそっと呟く。


「……一言ぐらいミコに何か言ってくれても良いでしょ」


 ……俺はいそいそとミコに向き直った。

 肩を掴んで、俺が如何にミコを大事に思っていたのかを雄弁に語る。


「オーランドの手間、さっきはミコのことはどうでも良いみたいなことを言ったけどあれは嘘だ。いや、嘘じゃないけど、でも、お前に特別な価値があると思ってるのは紛れもない事実だ。オーランドの下にいるのは良くないと思ってる」

「……あの爬虫類の下は良くないの?」


 聞き捨てならないと大蛇が割り込んできた。


「俺は神の御言葉を知りたいだけだ。悪いようにはしてない。地下から出るなとは制限を課しているが、この施設の環境は外では体験できない程高度なものだ。この環境に不満があるのは、ひとえにミコの努力不足に他ならない」


 くそ親みたいなこと言いやがって。子供が悪いばかり言って親は悪くないみたいな言い草は俺が一番嫌いな奴だ。

 俺は聞き捨てならないと声を上げようとして、ミコが先に声を上げた。


「うるさい爬虫類」


 俺は苦笑した。口の悪さは共に過ごした魔族たちの口の悪さの影響を強く受けているからだ。

 言ってしまえば、こいつらが生み出した言葉でもある。巫女に変な言葉ばかりを教えるから口の悪い巫女が生まれたのだ。


「そう言うわけだ。オーランド、お前はミコの養育者として相応しくない。爬虫類なんてのは今時流行らないんだよ。人気になるのは鬼とか悪魔とかそういった類の奴らだ」


 察しの良い大蛇は俺の台詞の意図を履き違えない。


「俺を殺す手段があると?」


 俺は先程ミコに止められて出来なかったことの続きを再開する。

 ミコに背を向けて、両掌を大蛇へと見せるように開いた。


 白く広大な空間に響き渡るようにパァンッと手を合わせる。いわゆる合掌の構えだ。


「祈りの時間だ」


 カチ、カチ、カチ……。


 インフィニティの空間の中に入っているものは普通に時間が進む。だから、食料を入れていたら腐るし、時計を入れても正常に時間を刻んでくれている。

 大蛇は俺の意図を測っているが、俺が何を言いたいのか分からないといった風だった。


「祈り? お前は神を信じないはずだ。魔力炉で姿を消してから、お前にどんな心境の変化があった?」

「無神論者でも神へ祈るときがあるのを知らないのか? 神を信じる者には理解し難い行いなのかね。まあ、わからんでもないが。じゃあ、覚えとけ。無神論者の人間でも神に祈る時がある」


 カチ、カチ、カチ……。


「ああ、そうだ。お前に聞かないといけないことがあったんだ」

「良いだろう。聞いてやる」

「あいつらは、子供たちはここにはいないんだろ?」

「その通りだ」

「……そうか」


 俺はそれだけ言って、眼を閉じた。


 じっくりと神へ祈りを捧げる。


 俺は一般人で無神論者だから教会に行ったり、聖書を読んだりしないが、それでも神へ一回も祈ったことがないわけじゃない。無神論者であっても神へ祈るときがある。


 それは無知蒙昧な望みを叶えたい時だ。


 俺はバッと、黒いマントをはためかせた。後ろを向いて、背後のミコをマントで包む。ミコの耳元で魔道具の名前を呟いた。


「インフィニティ」


 背後に巨大な結晶が現れる。赤黒く透明な材質の結晶だ。全体的に楕円形のような形をしていて、角が少ない結晶だ。


「魔力炉……」


 大蛇が虚を突かれたように動きを止める。瞼が高速に動いている。

 魔力は万能エネルギーだ。正常に管理できればありとあらゆるものへと姿を変えることができる。しかし、正常に管理できなければ、そのエネルギーは得体の知れない何かへと変貌する。その何かというのはわからない。

 無害な空気になるかもしれないし、ただの洪水で終わるかもしれない。


 だが、場合によっては周囲の全てが地獄へと変化することもあるだろう。暴走したときの魔力の動きは完全なる運だと言っても良い。とても危険なエネルギーなのだ。


 それが俺達のすぐそばにあって、不吉な音をカチカチと音を鳴らしている。


 どんなに無頓着なアホでも状況は一瞬で飲み込めるだろう。


「どっちが生き残るか。運試しをしようぜ」


 カチ、カチ、カチ──


 ────チーン。


 真っ白な空間で膨大な魔力が爆発した。



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