決戦と蛇
謎の組織エイリアン、最奥──
何色にも染まらない神々しい白い空間に標的が居た。孤児院から子供を労働力の名目で連れてきて神への捧げものにしようとした悪党だ。俺の腕を千切ったくそ野郎でもあり、俺の復讐相手でもある。
不遜なことを言うなら、この世に一秒たりとも長く存在してはいけない生命だ。俺の奴に対する怨みは強い。
俺がその姿を見つけた瞬間、頭のどこかでプツンと何かが切れる音を聞いた。
銃口を向けて、即座に引き金を引く。コンマ数秒の速度だったが、今の俺にはそれだけで当てるだけの技量があった。
バァン!
白い空間に音が響きわたり、銃弾が直線を描いて空を貫いていく。向かう先は憎き敵の眉間、オーランドを死に至らしめられる脳天だ。
そこを撃ち抜けば魔族を殺せることは確認している。ここに来るまでにも何体かの魔族を撃ち殺してきた。俺が使っている銃の魔道具の威力なら一発で十分なのも何度か試して検証済みだ。
引き金を引くと同時に俺の身体は前傾姿勢を取っている。黒いマントが俺の身体を覆い隠す。
その姿勢のまま、俺は強く床を蹴った。オーランドに向かって円を描くように回りながら走る。
銃弾がオーランドの脳天に衝突する。いや、衝突したのは脳天ではなく半透明の板のようなものだった。あれも魔力なのだろうか。銃弾が弾かれる。
疑問点は多いが、今はそんなことに思考を割いている時間はない。不意の一発が失敗したことを嘆くことなく次の攻撃に集中する。
ガチャリと魔弾が装填される。俺はマントで隠れている状態から銃を構えて、瞬時に撃った。
二発の半透明な魔弾が射出される。それらはオーランドとは全くの別の方向へと飛んでいった。
オーランドが呟く。突然の戦闘だというのにその声には焦りが無い。
「なるほどな」
何がなるほどなのか。そんなのはどうでも良い。俺は次の攻撃に移るだけだ。
オーランドには聞きたいことが沢山ある。言いたい怨嗟が山ほどある。でも、そんなのはオーランドを殺してしまえば全て必要なくなる。だったら、無駄に喋る時間は要らない。寧ろ、俺がオーランドと喋るのは俺のストレス値が上昇するだけだ。考えるだけで吐き気がする。やらない方が良い。
銃を宙に放り投げて、俺は針を数本取り出してオーランドに向かって投げた。これは魔道具だ。ただの針ではなく魔力を使った特別な効果を持っている。
流れるように宙に放り投げていた銃を手にする。銃についていたナイフサイズの刃が巨大な剣へと変化していた。
俺の身の丈ほどもある巨大な剣だ。これだけあればどんな生き物でも一刀両断できるだろう。
その間、オーランドは身を僅かに左右に動かして俺が投げた針を避けていた。だが、針は魔道具だ。避けただけでは終わらない。針がワイヤーのようなものを吐きながら、オーランドを中心に公転運動を始める。
ぐるぐる巻きにして縛り上げるのだ。
しかし、オーランドはそれを予期していたかのように指先に魔力を集めていた。魔力は鋭い形をしており、まるで刃のように見える。
オーランドが指先をワイヤーに当てていくだけで、針の魔道具はその効力を活かせずに落ちていった。
だが、どうせそうなることは読めていた。俺はオーランドの実力を侮ってはいないし、それどころか過剰なまでに評価している。オーランドが動揺していないのと同様に俺も一切の動揺を見せない。
巨大な剣を振り上げてオーランドに肉迫した。同時に、先程俺が撃っておいた魔弾が別の方向から帰ってくる。俺の計算通りにこの白い空間で動き回ってきたのだ。その魔弾はオーランドの後頭部と足元を狙っていた。
巨大な剣と二発の魔弾が三方からオーランドを襲う。
普通なら絶望的な状況だと言うのに、オーランドはそれでも涼しい顔をしていた。口元がニッと笑みを浮かべる。
「あの時、お前の腕を落としておいて良かったと俺は俺自身を評価したい」
オーランドは俺から一切目を離さないまま、頭を横に振って、足を僅かにずらした。魔弾の軌道を知っているかのように最小限の動きで完璧に躱している。後は対処すべきなのは剣だけだ。
片腕の俺では剣に十分な力を加えることができない。剣の扱いは必然的に不完全なものになってしまう。だからオーランドは俺の腕を落としておいて良かったと言ったのだろう。
恐らく、俺が両腕を使ってオーランドに攻撃を仕掛けていれば、オーランドは危なかった。逆を言えば、俺が片腕だったからオーランドは危な気なく対処できる。
俺が片腕で振るう剣に対し、オーランドは両手を突き出した。その両手の平に魔力の盾が発生する。先程銃弾を防いだ時と同じような透明感と色だったが、その分厚さはさっきのそれを優に超えていた。
銃弾のように弾かれるかもしれない。そんな疑惑が俺の中をよぎる。
俺は気合を入れるように歯を食いしばった。腕に力を込める。剣の重量を活かすように大きな弧を描いて振り下ろす。
巨大な刃が魔力の盾に迫った。
ガィインッ!
鈍い金属音だった。
魔力の盾はヒビが入っているものの健在で、俺が握っていたはずの剣は弾かれていた。手がひりひりと痛み、衝撃を手で受けきれなかったせいで宙に剣が飛ぶ。剣は銃へと姿を瞬時に戻していた。宙でくるくると回転している。
剣を弾かれた反作用により、俺の身体は大きく後方へ仰け反っていた。立て直すには数秒が必要で、身を引きながらオーランドに攻撃を仕掛けるのは難しい。俺の身体は腕が一本ないこともあって身体能力に著しいデバフが乗っている。対し、オーランドは上手く勢いを逸らせたおかげで大した支障はないようだ。
直ぐに体勢を整えて魔力を両手に集めていた。俺の決定的な隙を突くために一気に攻勢に出てくる。オーランドの手は炎を纏っている。
「クソがッ!」
俺は今まで閉じていた口を動かしていた。絶対に負けられないから、その意志が溢れ出したのだ。反動によって腕は動かないし脚も上手く動かせない。受け身を取るために全身を大きく回転させているが、それ以外の動作はほとんど止まっている。
そんな状態で出来る最大限の表現と言えば、殺意を持った眼でオーランドを睨みつけて叫ぶぐらいだ。
オーランドは笑っていた。黒い髪と黒い瞳という珍しい姿をした優男は、俺を殺すその瞬間に笑っていた。笑うだけの余裕があるのだろう。
気に入らないが……、悪くない。俺も同様に笑みを浮かべた。ここまで上手く行くとは思ってなかったから。余裕が生まれて笑みが漏れ出てしまった。
呟く。
「インフィニティ」
首にかかっていた魔道具が輝きだした。黒いマントで隠れていたからオーランドはこの魔道具を俺が持っていることに気付けなかったはずだ。
マントは首から下を隠すのに最適な服装だ。手元を相手に隠しながら戦えるだけでなく、手持ちの荷物を相手に見られないようにする役割もある。
インフィニティはありとあらゆる物を収納し、取り出せる魔道具だ。今この瞬間にでも、俺があらかじめ収納しておいた物を取り出すことができる。
オーランドが眉間に皴を寄せ、目を細めた。オーランドは俺がインフィニティを持っていることを予想だにしていないことだったようだ。
僅かに瞳に魔力が纏われている。視力を強化しているのかもしれない。俺が何を取り出すのかをいち早く視認したいのだろう。だが、今の俺はマントを着ている。そして、黒いマントは丁度俺の失われている片腕の位置を隠していた。
「チッ」
即座に理解したオーランドが舌打ちする。インフィニティで取り出された物を破壊するために、手を前に突き出した。手に纏われていた炎が手から離れる。向かう先はもちろんマントで隠れた部分だ。
「銃?」
銃が宙を舞っている。オーランドの魔力の盾と衝突して弾かれていた銃だ。刃は既に通常サイズになっていて、普段の銃の魔道具の形になっていた。
それがオーランドと俺の間に落ちてくる。丁度、俺の失われた片腕の正面だ。そして、失われた片腕の位置にはインフィニティによってとある物が取り出されている。
俺の唯一の右腕は魔力の盾と衝突した影響でまだ使えない。
「ナイスタイミング」
俺は宙から降ってきた銃を拾った。あるはずのない左腕で……。だが、あるはずのない左腕は確かに俺の肩から伸びている。
その腕は俺の腕にしてはかなり無骨で機械的な狂暴さがあった。その指は俺の指にしてはかなり白くて繊細そうな可憐さがあった。
おおよそ俺の腕とは思えないようなアンバランスな腕だった。しかし、その腕は正真正銘、俺の肩から伸びていて、俺の意志で動いていて、オーランドを殺すのに力を貸してくれている。
オーランドの顔が驚愕に染まる。
「ありえない……ッ」
俺はギラリとした歯を見せつけた。銃を掴んだ左手を動かして、向かってくる炎の弾を弾いた。流れるように向かってくるオーランドへと銃口を向ける。ガチャリと弾が装填される音が鳴った。
ドッと疲労感が襲ってくる。今までと比べものにならない。数倍か、それ以上の疲労感だった。弾を込める際には疲労感が伴う。その疲労感の度合いによって弾の威力が上下する。人間の気力のようなものをエネルギー源にしているのだろう。
オーランドが急に青ざめた顔をして、咄嗟に銃口から逃れようと床を蹴る。……が、慣性は咄嗟には消えない。横へ逃れようとしたオーランドの身体は歪に動くことになる。その動作は大した速度は出ていない上、逃げる方向も適切ではない。
今の俺なら余裕で追える速度だ。照準がへばりつくようにオーランドの脳天を追っている。
引き金を引いた。
バァン!
銃口から実弾が飛び出る。その射線上にはオーランドの頭があり、その頭を守るように魔力の盾がある。だが、その盾は手のひらで展開していた時ほどの厚みはない。
銃弾が魔力の盾に接触する。
ピキッ、
魔力の盾にひびが入り、貫いた。勢い止まぬ銃弾は、そのままオーランドの脳をぶち抜く。真っ赤な血と脳みそが辺り一帯に飛び散った。
オーランドの死体と肉片と血液がぼとぼとと床に落ちる。オーランドの頭は吹き飛んでいた。
真っ白な空間を染めるように真っ赤な液体が広がっていく。死体はピクリとも動いていなかった。頭を吹き飛ばされた魔族は即死する。それは確認済みだ。
でも、オーランドは別かもしれない。俺は銃を構えてから死体を二発ほど撃った。
それでも死体はピクリとも動かない。
「おわった……のか?」
オーランドの首から溢れる血が真っ白な床を汚していく。俺は血を踏まないように距離を取りながらオーランドの死体を眺めた。
何とも言えない虚無感があった。
俺はオーランドを過剰に評価しすぎていたのかもしれない。この程度で死ぬとは思っていなかったから、この程度で死んだのが物足りないと思っている。何度か魔族の死にざまは見てきた。頭を撃ち抜けば魔族が死ぬことは知っていた。
だったら、オーランドが死ぬのは道理だ。何もおかしなことじゃない。
「……ゲンたちを探さないと」
俺はオーランドの死体から目を離した。祭壇の奥へと足を運ぶ。
と、見知った少女を見つけた。
「あ……」
白い柱に身体を隠している少女が、真っ黒な双眸でこちらを見ている。背が低く白銀の長い髪を垂らしている特徴的な少女だ。少し屈めれば床に髪が触れてしまいそうで危うい。でも俺はそんな少女の長い髪がけっこう好みだった。
「ユーガ……」
「ミコ……。いや、巫女なんだっけ」
ミコの表情は良かった。……良かったという表現は曖昧に過ぎるだろうが、俺が知ってる限りのミコの表情はいつも真顔だったのもある。良い表情をしているという表現だけでも十分に思えた。
少女相応に可愛らしい。そんなミコに俺は刺激的な言葉を投げかける。心は痛まなかった。
「オーランドは俺が殺した。その辺に転がってる死体がオーランドのだ」
俺は親指で背中の方を指さした。今の俺は両腕を持っているから片手を雑なことに使うだけの余裕がある。腕を作っておいてほんとに良かった。オーランドとの戦闘でも上手く不意を突けたし。
ミコがちらりとオーランドの死体を見て、俺の腕に眼を向けた。
「……その腕は?」
ミコは俺がオーランドを殺したことに触れなかった。相変わらずオーランドとミコの関係性がわからない。オーランドが死んで、ミコは心なしか嬉しそうだし。
まあいい、オーランドが死んだことには変わりない。オーランドなんて死人のことは無視して、ミコに俺の新たな腕を自慢するか。魔道具の管理室にあった魔道具をいくつか分解して作った俺の最高傑作なんだ。ベースになってるのが人形の腕だから少女の腕っぽさが見た目的に微妙だけど、改善できる余地があるのが魔道具の良さだ。
これから俺の腕をドンドン強化していける。
オーランドを殺した時の虚無感はもう無くなっていた。考えるのはこれからのことばかりだ。今まで見えてこなかった未来が少しずつ照らされていく。
ミコと話しているだけだというのに、俺は明るい未来を強く実感していた。
「この腕は──」
だが、やはり、俺の評価は間違っていなかった。
オーランドに対する評価の話だ。虚無感は正しかった。オーランドは頭を吹き飛ばす程度で死ぬような敵じゃなかった。
過剰評価は過剰ではなく、正当な評価へと昇華する。
空気が冷たくなる。足が止まる。ミコは……いつもどおりの無表情に戻っている。俺の心臓は、バクバクと鼓動していた。
死の到来と未来が閉ざされていくのを感じる。
俺の背後で、うじゃうじゃと何かが蠢く音がした。いや、蠢く気配がした。
「魔族は頭を破壊した程度では死なない。お前は知らなかったようだな。いや、頭を破壊すれば死ぬと誤解したのか」
バッと、背後を向いて銃を構える。でも撃てなかった。おぞましすぎる姿に恐怖して指が動かなかった。
周囲が白く発光し続けているこの空間には影が無い。そのせいで、巨大なものが真後ろにあったとしても気付きにくい。
俺は無意識の内に一歩足を引いていた。
「エイリアンの正式な構成員は二人だけだ。俺とゴンダ、お前がダンジョンで会った裏切り者のことだ」
巨大な身体から発せられる声はとても響いた。広い空間で反響していて、まるで遠吠えのように重複して聞こえる。
「俺の性格からして、施設深部を管理しているのは魔道具と魔族のみだと踏んだのだろうが、残念ながらそれは誤りだ。魔道具で脳内を掌握した人間も使っている」
オーランドの死体があった場所には何も残っていなかった。肉片や血は無くなっていて、ただの白い床に戻っている。
巨大な化け物の姿はオーランドなのだろうと察するには状況証拠が揃っている。
認めたくはなかったが、俺のオーランドに対する過剰なまでの評価は間違ってはいなかった。
俺は身体が恐怖に震えているというのに口角を上げた。これは武者震いだと言い聞かせるために無理をして両腕を大きく動かす。ついでに言葉も発した。
「随分と獣じみた姿になったもんだな! そいつがお前の本性か!?」
蛇は獣に該当しないだろうが、俺は煽るために敢えて獣だと断定した。そっちの方が俺の恐怖が紛れる。煽ってる側に居れば自分は有利な側に居ると思えるからだ。
「大した違いではない。お前たち人間が猿や他の獣たちと同類なように、俺達魔族は魔物と同類と言える。体内に魔力を持ち、魔力を変換し、魔法を行使する」
「それはお前たちは魔物と大差ないってことかよ!? ハッ、随分と腰が低いもんだなぁ!?」
オーランドは冷静だった。大きな身体に違わぬ大きな器を持っていた。
「構造的に違いが殆どないのは紛れもない事実だ。俺は事実を嘆くほど若くはないし、愚かでもない」
まだら模様のニシキヘビは己が愚者ではないと宣った。そしてそれは正しい。愚者と賢者を分けるものは一つしかない。
勝つか負けるかだ。
俺は銃を構えた。ミコに下がるように言ってから、大蛇を見上げる。
「俺がお前を殺して、お前を愚か者にしてやるよ」




