友人
俺達孤児院の子供は謎の組織の倉庫の掃除をすることになった。
薄暗く、気味の悪い倉庫だ。倉庫の広さに対して、灯りの魔道具は最低限しかない。それでも倉庫の整理が出来るのなら良いが、箱のラベルに何が書いてあるのか近づかないといけないので、普段から働いている人は不便だろう。窓はなく周囲は石に覆われていて、どことなく牢屋のような閉鎖感がある。
倉庫はどうやら地下にあるようで、屋外に出るための出入り口は一か所しかない。これも閉鎖感の原因の一つだ。しかも、その屋外に出るための出入口一か所は高い位置にあるせいで、屋外に出ようとするなら必ず誰かの目につくようになっている。ご丁寧に出入口には一番明るい灯りがあるせいで、外に出る際には誰が外に出るのか人目で分かる。そんなところもまるで牢屋のような場所だ。
もし仮に俺達が仕事から逃げようとしても外に出ることはできないだろう。
だがそもそもの話、現状の俺達孤児院の子供の待遇は悪くなく、仕事にも不満は無い。逃げるなんてことをしなくても良いのなら、逃げられないのはさほど気にしなくても良いだろう。
倉庫の掃除をしている最中、俺はそんなことを考えていた。
「どう? そっちは終わった?」
最中、ゲンが声をかけてきた。片手にはチリトリを持っている。
「うーん、もう少しだな。そっちは?」
「僕の方はもう終わったよ。まだ終わってないのなら手伝うよ」
「ああ、悪いな。手伝ってくれ」
「大丈夫だよ。どうせみんなまだ終わってないみたいだから」
ゲンは俺と比べて真面目に仕事をやっていたようだ。同じ範囲で仕事を割り振ったのに俺よりも早く掃除を終えている。
俺の近くに来て俺が集めていたゴミをいそいそとチリトリで回収する。ゴミの中には埃や木片だけでなく虫の死骸なども入っていた。気味が悪い。
「掃除の方はどう? これから十数日はここで働かないといけないけど、やれそう?」
やはりゲンは俺と比べてかなり優れた性格をしている。仕事も真面目だし、俺のことを気遣ってくれている。中々出来ることじゃない。
「まあまあ、かなぁ。仕事内容は悪くないけど、場所が若干気味が悪い。ゲンはどう思う?」
「僕? 僕はこれでも十分かな。働けるだけでも有難いことだよ」
「そうだけどさ、なんかヤバい感じがして良い気分には慣れないんだ。薄暗い部屋とか、虫の死骸がそこら中に落ちてるとか。孤児院の建物も綺麗なものとは言えなかったけど、これは気味が悪いにもほどがある。でも、ゲンの言う通りで働けるだけでも有難いっていうのは同意だな」
正直なところ、俺は働くことに対してあまり良いイメージを持っていない。理由は単純に面倒くさいからだ。仕事が簡単で俺にでも出来ることだったとしても、面倒な事には違いない。
それは俺の性格も起因している。
良くも悪くも俺は考えすぎる性格をしているのだ。そのせいで仕事がどれだけ簡単でも、仕事の微妙に関係のないことまで考え始めてしまう。それが面倒くさい。
そうだな……今の面倒ごと言うと、この組織の事がずっと気にかかって仕方がないって感じだ。他に考えることが無いのもあって、俺は掃除をしている間、この施設について色々と考えてしまっていた。とても面倒なことだ。
考えるのが嫌なら考えなければ良いのだが、こればっかりは俺の癖みたいなもので治そうと思っても中々上手く行かない。
出来ればこんなヤバい感じの場所はさっさとおさらばしたいものだ。
悪い環境に居るのは、俺は嫌いなんだ。
「ヤバい感じって? 確かにここの上司みたいなあのイケメンの人は良い雰囲気じゃなかったけど、ここってそんなにおかしな場所かな?」
ゲンが小首をかしげる。
「多少はな」
「ここが地下なのは僕も気付いてるけど、地下に倉庫を置くのは別に変な話じゃないと思うよ。ちょっと薄暗くて良い気分じゃないのも地下だから仕方ないし」
確かに変な話ではない。現に俺もここ以外にも地下倉庫の存在を知っている。この街は他の街とは違って土地が狭く貴重とされている。地下に倉庫を作るのは他の街よりも一般的なのだ。
その点で言うなら、この倉庫は一切おかしなところがなくヤバいという印象は受けない。
とはいえ、他の地下倉庫もここみたいに閉鎖的で外に出るのが難しいように作ってあるのかはわからない。この地下倉庫だけが敢えて人間を外に逃げ出せないように作ってある可能性は十分考えられる。子供の俺が警戒しても無駄かもしれないが、警戒するに越したことは無い。
……今俺が考えていることをゲンに伝えても良いだろうか。この倉庫は逃げられないような構造になってると。構造を作るのには目的がある。十中八九この構造を考えた奴はこの倉庫で人を隔離する目的を持っている。誰を閉じ込めたいのかは分からないが、危険な思想の下に作られた施設であることは間違いない。
伝えるべきか。
いや、どうせ俺達がこの仕事を投げ出すことが出来ない以上、伝えたとしても意味はない……か。ただゲンを不安にさせるだけだ。何かを閉じ込めるための施設であるのは間違いないが、それは多分俺達じゃない。ただの子供を捕まえるためにそこまで労力を割く必要はないからな。
「ごめん、俺が神経質になってるだけだと思う。ここに来てから一度も陽の光を浴びてないからちょっとおかしくなってるんだ」
「孤児院にいる間、ユーガ君はずっと外を見てたし、陽の光を浴びれないのは辛いよね。大丈夫? 少なくともあと十数日はずっとこんな感じだと思うけど」
「一ヶ月以上ならまだしも、その程度なら問題ないよ。俺はそんな簡単にダメになるようには作られてない」
俺の言葉にゲンが表情を曇らせる。俺に気を遣うように遠慮がちに呟く。
「それは、一度経験したことがあるから……かな?」
俺が孤児院に送られた原因が家庭崩壊にあることは既に知られている。孤児院では俺のような子供の精神状態のケアも行われており、そういう子供の事情はかなり筒抜けになっている。孤児院に送られる時点で何らかの問題があるのは明白で、孤児院の誰もがそういう問題を抱えているのだ。秘密があるのが分かっているのなら、それを知るのは容易なため、バレてしまうのも仕方のないことだろう。
俺の事情を知っているゲンが俺に優しくしてくれるのにはそういう理由もあるのかもしれない。
「流石に日光に十数日も当たらないなんて経験はないな。そもそも俺の家には地下が無かったし」
「そうだよね。いくら家庭崩壊と言っても常識外れ過ぎるよね。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」
「大丈夫だよ。それに俺のこと少しは話すって言ったしな。俺はもう気にしてないから」
「無理してまで話さなくても良いよ。でも、話してくれるなら嬉しいかな」
ゲンは明るく他人のことを思いやれる人間だ。孤児院に送られる人の中では特別に優れた人間だと思う。何が原因で孤児院に来たのかは分からないが、信用できる人であることには違いない。
「なら、夜にでも少し話すよ」
俺達は住み込みで働くことになっており、倉庫での掃除などの雑用が終われば部屋に案内してもらえるようになっている。大部屋か小部屋かは分からないが、二人で話す時間はあるだろう。
「楽しみにしてる、って言っても良いのかな」
「ああ、楽しみにしとけ。でも、俺のことも話すんだ。お前のことも聞かせろよな」
「うん、わかってるよ」
暗い倉庫の中でもゲンが喜んでいるのが分かった。俺の話なんて大したものでもないのに大げさだ。他人の事情を聞くのが好きなのかもしれない。それか、普段話をしなかった人が自分に事情を話してくれるようになったのが嬉しいだけなのか。
過去の事情を話すのは信頼できる人だけだ。ゲンは良い人だから、他人が自分を信頼してくれるのが純粋に嬉しいと感じられるのだろう。
俺とは違って人間が良くできている。
そんな良い人間のゲンにひとつアドバイスをしてあげよう。
「あ、そう言えば知ってるか?」
「何を?」
「ネズミって病気の感染源になるんだ。ネズミが病気を持ってきて、人間がネズミに病気を移されるんだよ」
「そうなんだ。知らなかった。ユーガ君って物知りなんだね。だけど、それがどうかしたの?」
「あれ、何か分かるか?」
俺は少し離れた場所にある拳大の塊を指さした。ここからでは目を凝らさないとあれが何なのかわからない。
ゲンが近寄ってそれが何なのか確認する。
「ネズミの死骸だ。まだ食べられてないんだね。こういうのって直ぐ他の生物に食べられるんだけど」
「つまり、まだ死んですぐだってことだ。ネズミがもし感染症を持ってた場合、まだ病原体になる可能性は高い」
「……ってことは、触ったり近づいたりしたらダメだってこと?」
ゲンは急に怯えたように振り返って俺を見る。この街ではネズミが感染源になることが知られていない。俺は他の街に行ったことが無いから分からないが、以前に行商人と話をした時に教えてくれた。まだ、家庭崩壊が始まってすぐのことだ。
「ネズミに近づいても良いけど、噛まれたり、ネズミのフンを体内に入れたりしたらダメって話だ。ゲンに限って警戒を怠ることは無いと思うけど、こんな環境で暫く働くことになったんだ。注意はしておいてくれ」
「そうなんだ。後で皆にも言っておかないとね。その時は、ユーガ君が教えてくれたって言っても良いかな?」
「ああ、別に俺は構わないぞ。でも、あんまり俺の言うことを信用しない方が良いぞ。もしかしたら嘘をついてるかもしれないしな」
俺はネズミの死骸から離れて近寄ってくるゲンに寄った。ニッと笑ってネズミの死骸の前に立つ。
「例えば、こんな風にな……」
そして、ネズミの死骸を拾うように身をかがめて、手のひらの“それ”をゲンに放り投げた。弧を描いて宙を舞う。暗い倉庫であっても、何かが宙を舞っていることは見える。ゲンには、俺が拳大の何かをゲンに向かって投げたのが見えているはずだ。
「ワッ。ちょっちょ!!」
ネズミの死骸を投げられたと思ったゲンが大きな声を上げて“それ”から離れる。横の壁に背中をぶつける。数瞬後、カランカランと音を立てて“それ”が床に落ちた。
「なにすんのさ!!」
とんでもない形相でゲンが俺を睨みつけてきた。それに対し、俺は床に落ちた“それ”を指さす。
何か事情があるのかもと察してくれたゲンは俺の指の指す方へ目を向けた。直ぐ近くに落ちているそれの正体を見る。
「……木片だね。なんだ、ネズミかと思った」
ほっとしたように肩をなでおろす。次いで、直ぐに俺を睨みつけてきた。
俺は両手を前にして敵意が無いことをアピールした。ゲンがあまりにも想定通りの驚き方をしたもんだから、口元は笑っていると思う。
「驚かせて悪かったよ。ちょっとからかっただけだし、許してくれ」
「何でこんなことしたのさ」
咎めるように俺をじとーっとした眼で見つめてくる。
「俺はゲンが思ってるよりも良い人じゃないってことだよ。こういうイタズラを嗜むような悪ガキなんだから、あんまり信用するなよってこと」
「……わざわざこんなことしなくても言ってくれれば良いのに」
「そりゃ悪かったな。次からは気を付けるよ。あ、そこの死骸で最後だから集めといてくれ。くれぐれも注意してな」
俺はケタケタと笑った。そろそろ他の皆も仕事を終えてる頃だ。後はゲンに任せて俺は先に戻っておくとしよう。
──ヒュンッ
と、俺の眼前に何かが飛んできた。暗いせいで、それが何かは分からなかった。だが今は大した問題ではない。
俺は咄嗟に物が飛んできた方へと目を向ける。……ゲンだった。
「ユーガ君も最後まで手伝ってよ」
俺は苦笑した。
「……ああ、悪かったよ、からかったりして」
俺が思っていたよりもゲンは強かったらしい。上から目線で忠告などとカッコつけたことをやってしまったのが恥ずかしくなる。
俺は渋々とゲンを手伝った。




