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巫女


 ──組織エイリアン施設最下層、地下神殿祭壇


 ほとんど何もない真っ白で広大な空間に、いくつもの柱が地上に向かって伸びている。壁や天井、それと柱が光を発しているのか、影と思われる黒く淀んだ場所は全くない。四方八方から発せられる光が真っ白なそれらを更に白く染め上げている。その白さと言ったら、新婚さんが着るウェディングドレスよりも純白だ。

 ウェディングドレスというのは何色にも染まると言われているが、そんな純白さを凌駕する白い光は見るものすべてに神々しさを与えるだろう。


 ただ、この空間はウェディングドレスよりも純白だからとはいえ、若干の恐怖を覚えさせる色でもあった。畏怖、という言葉を使った方が正しいか。畏怖とはかしこまり、怖がるという意味だ。

 何色にも染まるウェディングドレスよりも強い純白をしているこの空間は、他の何色にも染まりそうにない。空間のありとあらゆる所から眩い光が発せられ、それらが白い壁や天井、柱を反射しているせいだ。ここに何か別の色を足したとしても、この空間の神々しいまでの純白さに染みを付けることは不可能だろう。


 他者に一切染められないというのは一種の拒否だ。この世のありとあらゆるものは常に自分以外の何かと繋がっている。個は全てと関係を持ち、全てに影響されて個が変容していく。それがこの世の在り方であり、この世の自然な成り立ちだ。

 それなのに、この空間は一切の関係をものともせず、全ての関係にも影響されることがない。


 この世の在り方に真っ向から反している。それが見る者に恐怖を与え、その恐怖が畏怖を生んでいる。


 そんな奇妙な空間の最奥に唯一まともと呼べる物体があった。地下をふんだんにつかった恐ろしく広い空間があると言うのに、見つからないようにしたいのか隠れるように建てられている。大人一人が寝転がれるようなこじんまりとした台が一つ。その奥に申し訳程度の木彫りの偶像がある。

 たったそれだけしかなかった。

 広い空間は全てこれのためにあるのは誰が見ても明白だ。なのに、たった二つしか置かれていなかった。

 随分と慎ましい神さまなのだろう。他者を拒絶するような白い空間の主だというのに慎ましすぎる。気が小さいのだろうか。


 まあ、例え気の小さい神様であっても神様であることは違いないようだ。他を拒絶する白い空間に社が建てられているにもかかわらず訪ね人がいる。それも二人も、だ。その日は珍しく神様の手となり足となる男だけでなく、神様の耳となり口となってくれる巫女も訪ねていた。


 白い柱に背を預けて床に座る巫女はこくりと舟をこぐ。この空間は何物にも染められない空間だ。その床には影が無く、巫女がいくらこくりこくりと頭を前後に揺らしても白い床に影は落ちない。

 その少女の足元には十に満たない数の魔道具があった。どれも一級品を越えている。


「おい」


 オーランドが声をかける。オーランドは巫女から離れた位置にある柱に背を預けて立っていた。

 声を掛けられた巫女がゆっくりと瞼を開ける。数度パチパチと瞬きをした。視線を安定させてオーランドをチラリと見ると、返事をするように小さな唇を開く。


「うるさい」


 それだけ言って再び瞼を閉じた。

 オーランドがやれやれと首を横に振る。いつものことだ。別に怒るようなことはない。オーランドは巫女の対話拒否を無視して話始めた。


「あのガキがダンジョンから脱走した。ゴンダが手助けしたみたいだ」


 巫女の頭がピクリと動く。瞼は閉じたままだったが舟をこいではいなかった。


「さっきまで魔力炉に居たんだが報告が途切れた。何をやったかは知らんが、人形の目を欺く術を手に入れたようだ」


 巫女が呟く。


「……そう。オーランドは行かないの? まんまと脱走されてムカついてるでしょ。馬鹿みたいに良いようにあしらわれてるし」


 オーランドは小さく舌打ちした。いつものことだが、巫女の口調は馬鹿にされてるようで気に入らない。

 それにオーランドが行かない原因は巫女にあるのが極めつけにイラつかせる。


「お前が俺に行くなって言ったんだろ。もう忘れたのか」

「……そう、だっけ? そう、だったかも。うん、そうだった気がする」


 瞼が開かれる。巫女は思い出すように虚空を眺めて僅かに首を傾げた。

 巫女は白い肌と白く長い髪、それと闇のように黒い瞳が特徴的な少女だ。この真っ白な空間で黒い瞳はとても浮いて見えた。服装も神事とあって白く統一されているせいで、余計に瞳が黒く見えてしまう。深淵の瞳、そう言っても差し支えないだろう。ずっと眺めていたら吸い込まれてしまいそうだ。


 その双眸がオーランドに向けられた。

 オーランドもまた黒い瞳をしている。闇に対抗できる瞳だ。巫女の言葉に動じたりはしない。


「オーランドは行きたいの?」

「……巫女の言うことは神の御言葉と捉えている。俺の意志はとうに失せた。行きたいとは思わない」

「変なの。ミコはそうは思わないけど。自分の考えを直ぐに曲げる人は馬鹿だってロンガスが言ってた気がする。……オーランドは実は馬鹿? ふふ、そうかも」


 オーランドは目を逸らした。少しだけ溜息が漏れる。流石のオーランドでも巫女の性格の悪さにはお手上げらしい。

 巫女は丁度思い出したかのように神の贄となる少年の名前を出した。


「あの馬鹿は、ユーガはオーランドとは違って馬鹿じゃない……かも」


 オーランドの耳がピクリと動く。

 黒い瞳の少女はつい先日会ったばかりの少年のことを雄弁に語る。


「ユーガはね、とても適性の高い人。オーランドとは違って一見すると矛盾だらけの馬鹿にしか見えないけど、裏を返せば強い意志の持ち主になる」


 神が求めている生贄には条件がある。オーランドはその条件に最も強く引っかかる生贄を探していた。

 人を攫っては、攫った人を評価して、人によっては更に評価が高くなるように細工をする。そうして高い評価を持つ生贄を何度も神に捧げてきた。


 その評価の基準は一つしかない。強き者だ。


 強き者というのは様々な意味を含んでいる。単純な肉体的な強さだけではなく、精神的な強さや、良心や悪心などの芯の硬さ。

 オーランドはそれらを大雑把に強き者だと解釈していた。神の勝手な独断を把握するには物事を単純にするのが手っ取り早く、理解しやすかったからだ。


 オーランドはその評価基準を満たした者のみを神へと捧げている。その中でもユーガは特別で、格別に良い評価を得ていた。だから、オーランドはユーガの評価を更に上げるために腕を落とした。

 そうすることでユーガの意志を更に強い意志へと昇華させるためだ。


「ユーガは凄い。こんなに適性が高いのは二人目。きっと凄く喜んでくれる」


 やけに巫女が他人を誉める。まあ、神からのユーガの評価が高いため、神の声を聞く巫女からの評価が高くなるのは当然ではある。しかし、オーランドからするとそれは異質なことに見えた。


 オーランドの眼が鋭くなる。


「俺は一度もあのガキのことをユーガとは呼んでなかったと記憶しているぞ」


 巫女は首をかしげる。オーランドが何を言ってるのかわからないといった風だ。


「……それが?」

「いや…………良い。どうせ直ぐにわかる」


 ユーガがここに来るのは分かっている。オーランドは巫女の御言葉のせいでユーガを追って捕らえに行くことはできないが、ここで戦うことは許可されている。

 そこでユーガと話をすればわかることだ。わざわざ巫女とくだらない言い合いをすることに意味はない。

 巫女はそれらを承知している。ユーガとオーランドが戦うことは避けられないことも、オーランドと巫女が言葉を交わすことに大した価値がないことも。


「……オーランドは勝てないよ。上には勝てるけど、下には負ける」


 巫女が口にした『上』というのは地上のことだ。今、貴族がオーランド達の組織エイリアンの行方を追っている。だが、こいつらは敵じゃない。今更エイリアンの存在に気付いたところで既に遅い。長年の時間を掛けた計画は大詰めになっており、エイリアンは街中に巣を張り巡らせている。エイリアンの実態は街を覆う巨大な組織と言っても良い。たった一つの小さな敵ではないのだ。まるで電波のように街中に広がっている。


 巫女が口にした『下』というのは地下のことだ。今、ユーガが単独でオーランドを殺しに来ている。今のユーガは正直なところ戦力不足だ。決して弱くはないがオーランドに勝てるとは思えない。

 オーランドが眉を顰めるのも無理らしからぬことだった。


「俺があのガキに負けるとでも?」

「……耳が悪いの?」


 巫女の煽りをオーランドは無視した。


「ないな。その言葉は神の御言葉じゃないだろ。お前の妄想だ。それとも願望でもあるのか? ハッ、お前らしくもない」


 僅かに間が生まれる。


「……願望? そう……かも……しれない」


 言って、巫女は足元にあった四角い箱のような魔道具を拾った。ここに持ってきているということは大事な魔道具なのだろう。巫女は魔道具を傷つけないようにと丁寧に扱っている。

 天にかざして太陽の光を透かすように箱の側面にある穴を覗く。しかし、ここは地下なため太陽は存在しない。

 それでも巫女は穴を覗くのを続けていた。ふと呟く。


「ミコは期待してる? どうなんだろう」


 オーランドがその場を離れようと、柱から背を離した。神の御言葉によりこの空間を出ることはできないが巫女から離れることは出来る。

 この地下空間は広い。見たくない物や聞きたくない物を遠ざけるだけの広さがある。


「ロンガスが俺のことを不審がってた。あのガキどもはロンガスに少しは影響を与えてたみたいだ。俺はロンガスと通信してくる。まだあいつらには働いてもらわないと困るからな」


 オーランドは巫女から遠ざかるように歩いていく。コツコツと足音が響きわたった。その足音もやがて消えていく。

 巫女はオーランドが遠くに行くのを気にもせずに、箱の形をした魔道具の穴を覗いていた。


「見えない……」


 特別な魔道具には適性が必要になってくる。巫女には適性が無いからその魔道具を使うことはできなかった。


 遠見の魔道具。巫女が覗いている魔道具の性能だ。この魔道具を使えば使い手の適性に応じて望むものを見せてくれる。だけど、巫女には適性が一切ないから真っ黒な闇しか覗くことができなかった。

 巫女が幾ら上の世界の光景を見ようと望んでも、上の世界を覗くことはできない。巫女に見ることができる世界は下の世界のみである。


「はぁ……」


 溜息も吐きたくなる。


 他を知らぬ者に個を測ることはできないから、ユーガが本当に凄い人なのかを知ることができない。

 ユーガに銃の魔道具への適性があると一口に言っても、巫女にはそれがどれだけ貴重なのかがわからない。それが巫女の心につっかかっている。


 巫女は歪んだ生い立ちを持つ少女だ。自分が何者かさえ碌に知らない。気付いたときには巫女をしていて、それ以降はずっと地下で儀式をするのみだったから。それ以外には何も知らない。話し相手は数少なく、大体の話し相手はオーランドや他の魔族だ。そいつらは口が悪いし、他人を名前で呼ばずに馬鹿だのなんだのと呼んでいる。やれ地上の人間は侵略されていることにも気付かないだの、雇われているロンガス達は自分らの故郷への叛逆をしているのに気づいてないだの。散々な言いようだった。


 そんな人達を見てきたから巫女は他人を馬鹿だと思っているし、馬鹿だと呼ぶ。それ以外の呼び方を知らないから。そう呼ぶのが普通だと思ってる。ユーガと初めて会った時に馬鹿だと呼んだのはそれが原因だ。そして、今先程に巫女がユーガのことを馬鹿と呼ばずにユーガと呼んだ時、オーランドが疑念を抱いた原因でもある。

 他人を馬鹿だと常々口にする奴らしか知らない巫女が他人のことを名前で呼んでいる。それはオーランドの眉を顰めさせるには十分な理由だった。


 上の世界を知らなかった少女が上の世界に興味を抱いている。オーランドはそれが気に入らなかったのだろう。


 時間が進む。巫女が見えない世界を見ようと遠見の魔道具を覗いている間も時間は進んでいる。


 長い間が経って、巫女がウトウトと舟をこぎ始めた頃だった。


 銃声が鳴る。


 バァン!


 その音は一度聞いたことがある。巫女がユーガを助けるときに独房の錠を破壊したときだ。その時は銃の魔道具を使った。

 そして、銃の魔道具は巫女が助けたユーガに渡した。適性があったユーガに使いこなしてもらうために。


 巫女は黒い瞳で入口へ目を向けた。ここからだと入り口は数多の柱が邪魔で見えない。姿を見るには近づかないといけない。立ち上がる。大事な大事な魔道具の一つを拾って、巫女は走り出した。


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